146 禁術指定
成都租界に樹立されるスチュアート新王家の象徴となる王笏には、唯一無二の性能を持たせたい。
俺は目玉機能となる重要部分をブラックボックス化しつつ、製造にあたって必要な数学的計算部分を外部委託した。俺は器用さワールドチャンピオンだが、頭の出来はそれなりといったところ。四次元に関する脳みそ沸騰モノの複雑な計算はそういうのが得意な連中に任せるに限る。
俺は立式したり、定理の証明を丸投げしたり、データを押しつけて式を作ってもらうだけ。
学者が考え、俺が作る。これがベストだ。
王笏製作が佳境に入り、俺達は宿をスチュアート邸の迎賓館に移した。
構想が固まったので理論通りに完成した場合の想定スペックを提示したら、先方から国家機密指定が入ったのだ。民営の宿の一室で進められるプロジェクトではなくなった。
話がどんどん大事になっていく。
俺が王笏製作にあたって必要な計算を依頼したのは成都大学だったのだが、いつの間にかそっちも極秘プロジェクトになってるし。
理論段階を超えて実地検証のために試作品制作に入り、俺じゃなくても作れる簡単な部品の製造を外部委託しようとしたらスチュアート家お抱えの専属職人たちが出張ってきた。
お抱え職人たちは王位を保証する三つのレガリアの残り二つ、王冠と指輪を担当している。
彼女らは王笏が外国(の職人)産になるのがめっちゃ悔しいらしく、せめて部品だけでも国産比率を増やそうと技術の限界に挑戦している。四次元理論の習得と実践にも熱心だ。
まあ、四次元技術は使いこなせれば極めて強力な兵器になるし、あらゆる方面の技術を大躍進させる可能性を秘めている。
コレに食いつかない技術者は三流もいいところだ。同じ職人として気持ちは分かる。
でもお前らが作った部品、試作品になら百歩譲ってギリギリ使ってもいいクオリティだけど、完成品に使える精度じゃないからな。あんま出しゃばるんじゃねーぞ!
俺は試作品を作るのに忙しいが、ヒヨリとツバキもなかなか多忙だ。
ヒヨリは俺と計算&部品製造依託先の間のクッション役になってくれているし、産業スパイにも目を光らせている。
暗殺されかかったエインセル嬢の傍にゴーレムを置いて気を配っているし、試作品の性能試験もしている。
プロトタイプ王笏の廃棄も念入りにやってくれていて、毎日手料理まで作ってくれる世話焼きっぷりだ。
公私ともに支えてくれる優しくて可愛くて美人で一途で献身的な彼女って童貞の妄想じゃなかったんだな。最初の出会いが死ぬか生きるかだったのはまるで中二病患者の妄想だったけど。
ツバキもヒヨリに負けず劣らず忙しい。
おねだりされたのでサラマンドラに組み込んでやった無詠唱機構で無詠唱魔法の基礎鍛錬をしたり。
エインセルお嬢様とラツィオ産最高級エクストラバージンオリーブオイルで優雅なお茶会をしたり。
散歩したりお昼寝したり灰まみれの素足でカーペットの上を歩いて掃除メイドを困らせたり。多忙を極めている。
三者三様の忙しさ。みんな大変だ。
結局、王笏製作総期間は実に二ヵ月に及んだ。取り掛かった時は夏だったのに、もう秋めいてきてしまっている。
俺に協力してくれるチームが弱かったのが製作が長引いた主因だ。協力してもらった手前こう言うのは悪いが、やはり成都は小さいのだなと思い知った。
これが日本なら。マンパワーがあり、優秀な人材を多く抱える東京魔法大学の協力があれば半分の時間で済んだ。
成都にも人材はいる、いるが、日本ほどの精鋭はいないし、数も少ない。
本当に取るに足りないミソッカスな人材しかいなかったらそもそも王笏を完成させられなかったから、まあ、及第点ではある。文句は言うまい。
でもこのレベルの人材でイギリスと中国に挟まれて独立を保っていくの、大変そう。
短くても今後十数年ぐらいは肩身の狭い立場で苦労するんだろうな。
だからこそ、少しでも楽をするために王笏に箔付けをしたかったんだろうけど。政治ってやつは大変だ。
「……で、完成したのか」
「した。名付けて王笏ベイファン!」
工房と化した迎賓館の一室で、俺は完成した杖を掲げてヒヨリに見せる。
名付けて、というか銘に関しては依頼人のアーサー氏から奥さんの名前にしてくれとの激重感情指定が入ったのでその通りにしただけなのだが。
王笏ベイファンの外見は伝統的な西洋風の王笏に準拠している。
つまり、まっすぐな柄があり、先端に煌びやかな王冠を模したコアを戴いている。
この如何にも王笏らしいデザインのコアの内部に仕込んでいるのが、王笏としての機能の核の一つ。
「継承者識別機能」だ。
王冠の中に仕込んだ火守乃杖原理機構とイアトロス・グラスを組み合わせた複合機構によって故・ベイファンさんのグレムリンとアーサー氏の固有色グレムリンを識別する事で、二人とその子孫の魔力にだけ反応して機能を解放する仕組みとなっている。
この仕組みを実現するためのデータ採りでなんかスチュアート家お抱えの職人チームはヨレヨレになったらしい。3000通りぐらい試してもらったからね。仕方ないね。
でも俺が勘と経験を武器に元々10万通りぐらいあったのを絞り込んで3000にしたんだから感謝して欲しい。
そしてもう一つの王笏の核となる機能が、完全なオーバーテクノロジーとして杖の威光を担保する。
「魔力貯蔵機能」だ。
これは魔力逆流防止機構から分岐した技術である還元機構と四次元技術を組み合わせたギミックである。
柄の持ち手部分の魔力計測器を介して魔力を送り込むと、杖がその魔力を四次元的に格納・保存する。
まあ、ザックリ言えば魔力外部タンクを備えている。
カタログスペック上は8000K弱の魔力を貯めておけるぞ!
自分の肉体では保持しきれない魔力を、杖が代わりに貯め込んでおいてくれるスグレモノ!
ヒヨリが優れ過ぎているという理由で世に出して良い物かどうか散々迷ったオーバースペックすれすれの超機能だ!
王笏ベイファンを持っていれば、保有魔力が20Kのアーサー氏やエインセル嬢でも、魔力消費8000Kクラスの大魔法を使えてしまう! 100%制御しきれず暴走して死ぬけど!
それでも「1年かけて貯め込んだ大魔力を喰らえ!」とかできるのはアツいし、そんな派手な事をしなくても、魔人ですらないただの人間が治癒魔法100連発とかできてしまうのは素直に素晴らしく強い。
平時に魔力を貯めておき、有事に一気に使える。杖を持ち続け、魔力をコツコツと貯め続けてこそ真価を発揮する杖だ。
あと、ブラックボックス化した魔力貯蔵機能には花の魔女族ネットワークの信頼できる運輸ルートで日本から届けてもらった魔王グレムリン由来の液体グレムリンを使っているから、要望通りあと100年ぐらいは陳腐化せず格式を保つと思います。
何しろ液体グレムリンは誰も製法が分からない! 誰にも製法が分からない素材を使って俺にしか製造できない構造にすれば、間違いなく製法の秘密は守られるだろう。
キュアノスにも同じ機能を追加したせいで、魔王グレムリンから採取できた液体グレムリンの在庫は全部無くなったし。
【継承者識別機能】
【魔力貯蔵機能】
【魔力計測機能】
この三つの機能を備えていれば、流石に王笏としての「格」は十二分だろう。
クレームは受け付けるけど、これ以上のスペックを求められても困るから、そこは承知してもらいたい。
かくして王笏ベイファンは完成した。
あとは依頼人に納品するだけなのだが、ヒヨリがお疲れの様子で深くしんどそうな溜息を吐いたので、労いにかかる。
「お疲れ、ヒヨリ。色々ありがとな。お陰で完成した」
「ん。これぐらいなんともないさ……と言いたいが、正直気疲れはした。お抱え職人連中が大利に会わせろ直接やりとりさせろといつまで経ってもうるさくてうるさくて」
「やば。そんな事になってたのか? 俺が直接対応してたら胃液吐いてたな」
戦慄を禁じ得ない対人業務をこなしてくれていた営業担当が本当に気苦労で顔色を悪くしていたので、そっとベッドに転がし、服を剥いでマッサージに取り掛かる。
納品はいつでもできる。頑張ってくれた彼女のケアの方が優先だ。
「わーっ!? まっ、待て待て。シャワーも浴びて無いしこんな昼間からそんな、」
「お客さん凝ってますね~。はいじゃあうつ伏せになってもらって。上から揉み解していきますねー」
「……そっちか。いやありがとう。これは期待した私が悪いのか?」
ヒヨリはブツブツ言っていたが、素直に俺に身を任せた。そしてあっという間にこわばっていた体から力が抜け蕩けていく。
ヒヨリは見た目こそ人間だが、心臓無いし深部体温が氷点下だし、体の内部構造が人間と全然違う。それでも、俺はヒヨリの体を知り尽くしている。ヒヨリが喜ぶツボは全部まるっとお見通しだ。フハハハハ!
時間をたっぷりかけ、大利式最高級スパ&エステでヒヨリを労わりデロデロに甘やかしていると、ふにゃふにゃになっていたヒヨリが何かに気付いた様子で顔を上げた。
突然、部屋の防音を貫通するほどの怒号と悲鳴が聞こえてくる。
かと思えば空気が歪むような奇妙な衝撃とも波ともつかない何かが迎賓館を駆け抜けていき、たちまち蜂の巣をつついたような大騒ぎが沸き起こった。
「なっ、なんだぁ!?」
「分からん! とりあえず服、服!」
投げ渡した服を素早く着たヒヨリは、俺を抱きかかえて窓を蹴り破り迎賓館の外に脱出した。
前庭に転がり出た俺達は、事の全容を一発で見て取った。
使用人やお抱えの職人たちが暮らしている離れの宿舎が、大きく抉り取られ消滅していた。
地上だけでなく地面まで深く抉られ排水管が剥き出しになり、水が噴き出している。
破壊されたのではない。消失だ。
目算で約20m四方の正方形に綺麗に消失したその衝撃的な痕跡から、俺は何が起きたか理解し呻いた。
「バカッ……! 指定範囲を逸脱した四次元技術運用をしたな? 散々注意書きして送っただろーが!」
「四次元事故か!? 私が監督していない時は弄るなと厳命していたぞ!?」
俺達がお抱え職人たちがしでかした大惨事に頭を抱えていると、消失範囲のギリギリ外で腰を抜かしていた金髪の少女が我に返ってわぁわぁ叫び出した。
「クッソやべぇですわーっ! お父様、ロードリック様、イヴェットーッ! 大変です! 救助と治療班の手配を! あっ!? 青の魔女様! 良い所にいらっしゃいました、お助け下さいまし!」
「!? ああ、そうだな。エインセル! お前は早く屋敷に戻れ! 二次災害があるかも知れない! 人手はこっちで出す! 長女に麗しき反抗期が訪れ、石の軍勢が王の旗下に加わった」
ヒヨリは懐に手を突っ込んで指の間に四つの大粒グレムリンを挟んで取り出した。
そのグレムリンを投げながら詠唱すると、四つのグレムリンを核に四体の単眼ゴーレムが出現した。
「救助しろ。人命優先だ」
「ゴ」「ゴ」「ゴ」「ゴ」
四体のゴーレムはヒヨリの命令を受けて軋り声をあげ、大部分を抉り取られ今にも残った部分が崩れそうにグラついている宿舎に駆けていく。
あちこちから集まってきた屋敷の人々が恐れ戦き遠巻きに見守る中、恐れ知らずのゴーレム達が運よく被災を免れた人々を担ぎ出していく。
その様子を見守りながら、ヒヨリは渋面を作った。
「大利、消えた物を戻せるか?」
「無理だ。こういう消え方をしたなら戻せない。待てよ、消え方から逆算して……いや無理だな。無理に戻そうとしたらもっと酷い事故が起きる」
事故が起きる危険性は分かっていた。
だから、事故が起きないような運用をしたし、誤った運用法をしないよう、散々警告もした。
それでも事故は起きた。
人災だ。
なんともやるせなく、虚しい。
俺の技術に追いつけ追い越せと職人連中が奮起していたのは知っていた。
研究と研鑽に前のめりになるあまり、やってはいけない事に手を出してしまったのだろうか? ブレーキを振り切るほどの熱意は恐ろしい。
俺もヒヨリが口うるさく言ってくれなかったら、どこかでこういう事故を起こして頓死していたかも知れない。ゾッとする。
俺達が見ている前で、グラついていた宿舎の残りの部分が傾き崩れていく。
酷い土埃と悲鳴の中で、四次元事故はひとまずの終着となった。
四次元事故発生から半日で、被災者と被害内容は確定した。
数学者3名、職人2名、使用人13名の合計18名の四次元追放消失(事実上の死亡)。
使用人宿舎全壊。
四次元研究資料の消失。
大被害である。
この事態を重くみたアーサー氏は、少なくとも領内での四次元技術研究原則禁止を決定した。
禁術指定だ。
これから無許可で四次元技術を研究するだけで厳罰に処される事になる。
無理もない。危険な事は分かっていたが、それが実害をもって証明されてしまった。
四次元技術が使用されている王笏ベイファンに関しても、四次元関連技術機構を取り外して作り直す討議がされた。
が、難を逃れた職人たちの証言と、俺の「王笏を使用しても同様の事故は起きない」という保証。そして難しい顔で考え込んでいたヒヨリの密談によって、王笏の改修は行わずそのまま納品する運びとなった。
なんとも後味の悪い結末だ。
王笏が120%のクオリティに仕上がった一方で、こんな事故が起きてしまった。
俺とヒヨリがどれだけ事故に気を付けて注意喚起を念入りにしても、事故は起きた。
杖の納品で、俺の仕事は終わりだ。
もうここにいる理由もない。
せっかく大仕事を終えたというのに、なんだか気まずく居たたまれない嫌な空気に追い出されるようにして、俺とツバキは険しい顔のヒヨリに引っ張られ成都を出立した。
虎の背に乗り、街道をいく。
なんの事やら事態が呑み込めていないツバキも、暗い雰囲気の俺とヒヨリにアテられ神妙な顔だ。
誰も喋らないまま、俺達は重い沈黙の中を数時間進んだ。
「さて」
やがて山間に入り、成都の街並みが見えなくなったところで、ヒヨリが口を開く。
虎から降りたヒヨリは声は優しく温かく、目だけは寒気がするほど冷たく、言った。
「私は黒幕を殺しに行く。二人はここで待っていろ」