145 王笏設計
ヒヨリの話によると、最近成都租界では独立の気運が高まっているらしい。
近々一波乱ありそうというか、もう既に一波乱起きている。
現在成都租界を治めているイギリス貴族スチュアート家は、元々は現在成都がある位置に栄えた小国「久」を滅ぼした軍閥貴族だ。滅ぼしてそのまま居座り、長らく権勢を誇っていた。
現地の中国人を安くコキ使い、対立を煽って団結を妨害し、利益だけ吸い上げる。「分割して統治せよ」の原則に基づいた、いかにもイギリスらしいイヤな統治だ。
イギリス人移住者は年々増え、中国国内にある小さなイギリスといった感じの街になっている。
風向きが変わったのは、アーサー・スチュアートが成都租界を治める領主の座についたのがキッカケだ。
アーサーは中国の名家の令嬢と恋に落ち、結婚した。
令嬢は魔人(グレムリン埋め込み由来)の一族で、中国の西方では名の知れた家門だった。一族の子を鬼畜紅茶野郎に奪われた名家の人々は最初ブチ切れていたが、アーサーと令嬢の間に一人娘のエインセル・スチュアートが生まれた事を切っ掛けに一気に和解。
成都租界は、かつてないほど親中国へ傾いた。
面白くないのがイギリス本国である。
成都租界における中国人への扱いが良くなるほど、本国へのアガリが減る。イギリス本国へ送られてくるはずの利益が、中国へ分配されるからだ。
まあ、そこからゴタついた。
アーサーが本国からの転封命令を拒否して揉め。
魔法暴走を起こして死亡した妻の死因に疑わしさを覚えたアーサーと、西方名家がイギリスへの反感を強め。
本国と話をつけるためアーサーが護衛の超越者を連れイギリスへ出向けば、事が収まるまでアメリカへ避難させようとした娘のエインセルがまさにその途上で暗殺されかかった。
もうね、ヤバい。
妻を殺され(恐らく)、娘まで殺されかかり。
そんなのもう戦争ですよ。
しかし成都租界は虎魔物産業で栄える西方一の大都市だが、大都市の枠に収まる程度。イギリスと戦争する力はない。
一方でイギリスも内戦を終えたばかりで国はガタガタ。正面切って成都租界と軍隊をぶつけ合いたくない。
スチュアート家はもはや本国への忠誠など全くない。恨み骨髄だ。
本音を言えば復讐したいが、そこまでの力はない。
ゆえに独立を計画している。散々とんでもねぇ事をしてくれやがったイギリス本国から離反するなら、本国が内戦のダメージで疲弊している今しかない。
スチュアート家は、イギリス系移民からも中国現地人からも支持が厚い。独立を宣言しても領民からの反発は出ない。
なお、正式に中国に土地を返還して帰属するのはそれはそれで問題があるらしい。
中国は東方地域が強く、西側は軽んじられている。中国の下についても、利益を献上する先がイギリスから中央政府に変わるだけだ。辛い。
俺が王笏を作らなくても、どの道スチュアート家はイギリスから独立する。
スチュアート家は打てる手を全て打っておきたいのだ。
80年も昔に作られたにも関わらず、ずっと最強魔法杖の座に君臨し続けるオーバーテクノロジーマジックアイテム「キュアノス」の制作者、0933。伝統ある超一流の伝説的職人が王笏を作り新国家の王権に箔をつけてくれるのなら、避けられる困難は増え、話が色々とスムーズに進むだろう……という話。
俺は事のあらましを聞き腕組みをして頷いたが、ツバキは俺の背中にのしかかり顎を肩に乗せポカンとした顔をしていた。
「名前いっぱい出てきてよく分かんない。オーリ、分かりやすくまとめて」
「イジめられてムカついたから、自分の縄張りを持つ事にしたんだ。ご近所さんは頼れないから、自分の足で立って歩いていくしかない。で、俺は険しい道を歩くのを助けるための杖を作る」
「ミミミ。分かった!」
「ほんとか……?」
「オーリはスゴイ杖つくる。みんな喜ぶ。めでたし。合ってる?」
「おっ、正解~」
ほっぺたをつつくと、ツバキはミミミと鳴いて目を細めた。
ツバキは賢いなあ!
俺とツバキはほんわかしたのだが、デカい仕事をとってきた敏腕営業ヒヨリは髪先を指で弄り思案気にしている。どうした?
「まだなんかあるのか?」
「ある。独立する時に中国はいいんだ。中国の中央政府の目線で考えれば、イギリスの飛び地がイギリス亜種に名前を変えるだけに過ぎない。むしろイギリス本国からの紐が切れて単なる小国になる分、扱いやすくなると喜ぶかも知れない。
イギリスは嫌がる。確実に。独立を支援する王笏を作ればイギリスの心証が悪くなる」
「え……依頼断った方がいいか?」
王笏は格式があり挑戦しがいのある仕事だとテンションを上げていたのだが、営業の魔女がNOと言うなら断った方がいいのかも知れない。
お伺いを立てると、ヒヨリは悩ましそうに眉間の皺を揉み解す。
「難しい問題なんだ。この依頼を断るならいっそイギリスの味方をした方がいい。どちらの味方もしない蝙蝠になったら、どちらからも嫌われるからな。現状の国力はイギリスの方が強いから、イギリスについた方が強い後ろ盾を得られる。
だが成都は将来性が高い。ツバキは感じないか? この土地の魔力を」
「ミッ?」
「サラマンドラで地脈に接続してみろ」
促されたツバキはあまり話の流れを理解できていないポケーッとした顔のまま、言われるがままサラマンドラで床を突いて目を閉じる。
ややあって、ツバキは目を開けぱちくりした。
「ミミミ、ミー……? もしかしてココ、地脈強い?」
「ああ。成都は恐らく魔法的に特別優れた土地だ。虎魔物がここを好むのもその関係だろう。年月が経つほどこの土地の魔法的な恩恵はきっと強くなっていく。ここに根差す国と繋ぎを作るのは将来への投資として抜群だと思う」
そして一呼吸置いて、ヒヨリは正直に話を結んだ。
「あと、イギリスは気に入らん。アーサーとエインセルの事は気に入っている。助けてやりたい」
「じゃあ難しく考えなくていいだろ。この仕事請けようぜ」
商売をしていれば嫌われる事だってある。全員に好かれる商いはできない。
どうせ好かれるなら、嫌いな奴に好かれるより、好かれたい奴に好かれる方がずっといい。ド有能だがカスな入間に好かれるのと、衝撃的超絶美人ヒヨリに好かれるの、どちらが良いのかという話で。
俺はアーサーとエインセルなんて顔も知らんし特別興味もないが、彼女が気にかけているなら助けてやろうという気にもなる。
俺が乗り気で前向きな姿勢を見せた事で、なんだかんだと利害関係を気にして悩んでいたヒヨリも踏ん切りがついたらしい。
俺は正式に依頼を受け、新王となるアーサー・スチュアートの王笏を作る事になった。
さて。
俺が仕事を請ける事になると、案の定依頼主は直接の顔合わせを求めて来た。
それをガーディアン・ヒヨリがバッサリ断り交渉代理人に立ってくれ、首尾よく先方からの要望書を手に入れる。
難解な言い回しの英語で書かれた要望書の読解をヒヨリに手伝ってもらい、判然としない部分については質問状を送って確かめ、内容をまとめて理解する。
ザックリまとめると「100年後も威厳を保つ、格式ある杖」をお求めとの事だ。そのために各種魔法金属と魔石「マーリン・ダイヤモンド」「崑崙玉」の提供まである。二種類の魔石を出すとは向こうも本気だ。
マーリン・ダイヤモンドは元々大きな塊だったが、今は複数に砕かれ分割されており、原石の1/10ほどの量をスチュアート家が保有している。
崑崙玉はエインセルお嬢様が母方の実家の祖父母から贈られた魔石で、これも原石から分割された小片。
昔は原石がマルっと手に入った魔石だが、現代では昔よりも更に貴重品になっている。小片だけでも超貴重だ。
魔石を丸ごと一個杖のコアに使うだなんて、現代では考えられない。そういう意味では昔は良かったな……
素材は良し。
やる気も良し。
問題はどういう杖に仕上げるか?
今まで東京魔女集会を筆頭とした名だたる超越者たちのために魔法杖を作ってきたが、流石に王笏を作った経験は無い。
100年後も威厳を保つ、格式のある杖。どんな物が良いのか悩む。
まず一つあるのは、最新技術に頼り過ぎるのは良くない、という事だ。
現代の最先端を行く技術を詰め込んだ最新型の杖を作ったところで、100年後には型落ちになっている可能性がある。
事実、80年前に最先端だったキュアノスの逆流防止機構は長い歳月の中で陳腐化したし(今は最新型に換装済)、かつては0933の専売特許だった多層構造だって三層までなら実現している。
一方で、魔力計測器や正十二面体フラクタルは思いっきりロストテクノロジー化していた。今もなお、作れるのは俺だけ。世の中には型落ちしないモノもある。
80年間貴重で有用な物であり続けた実績を持つ魔力計測器は王笏に組み込むとして。
古い技術を現代のデザインで再現するのは伝統と格式を重んじるイギリス貴族的には好印象だろうし、火守乃杖の封印機構も組み入れたい。
継火を80年延命させた火守乃杖は、二種類以上の魔石小片を繋げて作るマモノバサミ機構が素材として必須だ。
幸い、王笏の素材として二種類の魔石を受け取っている。丁度いい。
イギリス出身貴族が中国に建国する小国の王笏として、イギリス由来の魔石と中国由来の魔石を両方使うギミックは相応しい。
火守乃杖の封印機構は、中に封印されている者が持つ魔法的特性を血縁使用者に与える効果を持つ。
イアトロス・グラスの魔力識別機能と上手い事組み合わせられれば、「王の血筋だけが使える王笏」が作れるんじゃないかと思うんだよな。
そんな機能が作れるなら、まさに王が持つ杖に相応しい。
魔力計測器と、王族血統専用化。その二つの機能を盛り込むとして、あとの機能はどうするか? デザインスペースが余ってるから、もう1つ2つ機能を入れたい。まあ逆流防止機構は流石に入れ得のド安定パーツだから仕込もう。
で、あとは……ふーむ……?
宿の一室で床に書き殴った設計図を散らかし、胡坐をかいてウンウン唸る。
先程設計図を焦がしてしまったツバキを摘まみ出して部屋に戻ってきたヒヨリは、溜息を吐いて散らかった設計図を拾い集めまとめ始める。
「いーよ片付けなくて。置いといてくれ」
「そうは言っても足の踏み場も無いだろう……おい、これは四次元技術の設計図か?」
ヒヨリが設計図の一枚を見て非難がましい大声を出したので、万年筆のペン先を拭いながら顔を上げる。
うるさいよ。集中が途切れるだろうが。今いいとこなんだから!
「馬鹿ッ、やめろやめろ! また誤作動で事故を起こしたらどうする? 四次元技術は使うな」
「キュアノスと同じセーフティーつけるから大丈夫だ。それにその設計図の四次元技術は収納出現じゃない。理論的にはたぶんハトバト氏が人形の設計に使ってた理論よりクォデネンツに近い」
「はぁ……? 何を言っている? お前、クォデネンツを見た事がないだろう」
「でも四次元幾何学構造なんだろ? じゃあ三次元的な体積の制約を突破するためにそうしてあるはずだ」
「は?」
相変わらずグレムリン幾何学に疎いポカン顔のヒヨリのために、俺は最近ようやく思い至った魔法理論について噛み砕いて説明する。
大量のグレムリンをパズルのように組み立てて1つの塊として運用する幾何学グレムリンには、最適体積というものがある。全体の大きさが一定の体積(1400㎤)を超えると、増幅率や伝導率が指数関数的に減少するのだ。
つまり、俺のように精密小型化加工ができないからといって大型化させてしまうと、性能がガクンと下がる。
無詠唱機構や魔法通信、魔力計算機を筆頭とした幾何学グレムリンの性能は、小さな空間にどれだけ機能を詰め込めるかにかかっている。
恐らく、クォデネンツが四次元体なのはこの原理に関係している。
三次元的な体積の制約を、四次元技術で打ち破っているのだ。四次元方向に体積を広げる事で、三次元的には1400㎤の範囲に納めたまま、非常に広いデザイン空間を活用できる。
「要は圧縮だ圧縮。いいか? データ容量を10GB以内に収めないといけないと思ってくれ。100GBとかにすると、動作が重くなったり、フリーズしたり、強制シャットダウンしたりする。でもどうにかして100GBのデータを詰め込みたい。
だから圧縮する! 100GBのデータを圧縮して10GBにしちまえば良いんだ。
三次元だとデカすぎる幾何学グレムリンを、四次元空間を利用して小さくコンパクトにまとめてるわけだ。実際にはクソデカでも、三次元に表出してる体積は小さいから問題無い」
時に、技術は技術のために生まれる。
明るさを求めて電球が開発され。電球を高性能化するためにフィラメント素材が改良される。
クォデネンツが四次元体であるのも、幾何学グレムリンが抱える技術的問題を解決するための技術なのだと考えれば筋が通る。
俺が設計図の裏面にアレコレ図示しながら説明を終えると、ヒヨリは自信が無さそうに首を傾げた。
「あー……と……つまり山上理論の空間積層論の話か……?」
「そう! その発展形。お前よく覚えてるな?」
「うろ覚えだ。まあ話は分かった。物体の消失と出現より遥かに安全なのは間違いないな。でも実験はしろ! いきなり本番実装するな。実験は私がやる。実験する時は絶対に私に言えよ? このぐらいなら自分でやっても大丈夫だろうなんて考えるな」
「はいはい、分かったよ」
「ちゃんと聞け! 私は大利が心配なんだ。いいか、お前は昔から危機感が無さ過ぎる。大丈夫だろう、じゃダメなんだ。絶対大丈夫だという確信があっても石橋を叩いてだな」
俺は仕方なく正座して、ヒヨリ母さんの説教を大人しく聞いた。
そんなギャンギャン言う事ないじゃん。
まあでも説教聞けばヒヨリの気が収まるならそれで。ストレス発散目的で怒鳴りつけられてる訳でもないし。そもそもヒヨリは嫌いな奴に説教なんてしない。
「だからダブルチェックを必須として――――何をニヤついてるんだ? 真面目に聞いてるのか?」
「いや? ヒヨリは俺が好きだからこうやって小言言ってるんだなーと思って」
「…………。はぁ。もういい」
一瞬呆気にとられたヒヨリは諦め顔で肩を落とし、頭突きを喰らわせてきた。
よー分からんが説教は終わりらしい。良かった。
何やらベタベタくっついてくるヒヨリをあしらいながら、王笏の設計に戻る。
待ってろよ依頼人。魔法時代の王が持つに相応しい、最高の王笏を作ってやるからな!