142 小型地核杖サラマンドラ
約束通りキンレンカに花冠を模した魔力封印防御装備をパパパッと作って渡した俺は、ツバキのコーディネート問題に取り掛かる事にした。
宿のベッドの上を灰まみれにしてヒヨリに正座させられているヤンチャなツバキを見ていると、改めて無防備さを強く感じる。
ツバキは全裸だ。
ヒヨリが新しく買い与えた深淵金ハンマーを背負っていても、服は着ていない。
体にゆらめく炎を纏いそれが服のように見えるから一見文化的に見えるが、裸族には違いない。
ツバキに服を着せようなんてのは犬猫に服を着せるようなもの。そりゃあ可愛いだろうけど、なんだか人間の都合でペットに無理をさせているようで、俺は嫌いだ。
やはり首輪、もとい、魔力封印防御のチョーカー装備程度が妥当だろう。
母譲りの反射神経と魔力操作で、拳銃の弾丸ぐらいなら深淵金で弾けるみたいだし。下手な防具を無理やり着せる事もあるまい。
あとはせっかく二足歩行になって両手が空いたんだし、杖を持たせてやるか?
……いや、それはツバキの戦闘スタイル的にどうなんだろう?
ツバキはヒヨリと戦う時に一切詠唱魔法を使っていなかった。
使わなかったのか、使えなかったのか。
「ツバキ。お前どんな装備欲しい?」
「ミッ! オーリ呼んでる。お説教おしまい」
「あ、こら! せめて灰を片付けていけ! ……ああもう、まったく」
声をかけると、正座させられ萎れていたツバキがこれ幸いと駆け寄ってくる。
非難がましく見てくるヒヨリに適当に手を振ってあしらい、俺は早速聞き取りを始めた。
ツバキの戦闘スタイルは如何なる物で、どのような装備を必要としているのか?
「とりあえず魔力封印防御のチョーカーは作ってやる。ヒヨリとお揃いのデザインで、色合いだけお前向きに調整するつもりだ。なんか要望あるか?」
「……チョーカー、燃えない?」
「そうか、耐熱性問題があるのか。お前何度ぐらいの炎吐けるようになったんだ」
「分かんない。でも尻尾ある時よりもーっとメラメラ」
舌を出してちょっと火の粉を吐きながら、ツバキは自慢げに胸を張った。
成体になって火力が上がったらしい。幼体の時ですら既にタングステンを融かしていたから、少なく見積もっても3500℃以上……?
まあ3500℃の炎を吐けるわけではなく、火蜥蜴族は望む物に吐いた炎の熱を集中させる事ができるから、長時間の火炎放射で段々と対象の温度を上げて行って最終的に3500℃を突破できるという感じだろうが。素で3500℃の炎を吐けるなら流石のヒヨリも消し炭だ。
「フーム。そうなるとチョーカーの素材が無いな。どんな素材で作っても焼け融けちまう」
「ミ。魔石は無理」
「あー」
ツバキは俺の胸元――――服の下のお守り袋の中のオクタメテオライトの破片を見透かすように見ながら、悔しそうに言った。
確かに魔石の耐熱性は世界一だ。グレムリンと違い、魔石は融かす事ができない。
砕く事はできるが、融かせないし、消滅させられないし、錬氷術魔法も効かない。
つまり魔石は魔石以外の物にする事ができないのだ。
そもそも隕石として宇宙から降って来た魔石は大気圏突入時に発生する数千度の高熱を耐えている。耐熱性は折り紙付きだ。
ではオクタメテオライトを素材にツバキのチョーカーを……?
いやいや、ねーよ。流石に。
オクタメテオライトは俺の御守りだ。ふしぎなちからで邪神を撃退した実績を持つマジモンの守護神だぞ。いくらツバキのためでも手放せない。
そもそも素材が魔石だけじゃ魔力封印防御システムを組めないし。
「チョーカーは素材考えとこう。まあ2000℃ぐらいの耐熱性確保しとけばよっぽど白熱したバトルにならん限り融けたりしないだろ。深淵金も融けて無かったし。で、防具は深淵金があるから良いとして。武器はどうしてる?」
「全部深淵金。雑魚はぶん殴って燃やす。強かったら変身」
ツバキは背中のクソデカ黄金ハンマーを両手に持ってぶんぶん振りながら元気よく言う。攻防一体ってワケね。ヒヨリとのバトルで見せたのは強敵用本気モードなのか。
「杖持って魔法も使いながら戦えばもっと強いんじゃないか」
「それダメ。オーリ、スゴイゾだけど戦い分かってない」
俺の素人の浅知恵はツバキにバッサリ却下された。
曰く、半端に魔法に頼るより深淵金操作に集中した方が断然強いらしい。
そもそもツバキは魔人であり、超越者より魔力が圧倒的に少ない。最弱超越者の半分以下だから、魔力切れが早い。魔法の撃ち合いでは超越者に勝てないのだ。
加えて体の頑丈さも超越者に格段に劣る。人間よりは多少頑丈だが、超越者と比べれば紙装甲だ。
だからツバキは魔法勝負を完全に捨て、深淵金近接戦闘に極振りした。
詠唱魔法だの無詠唱魔法だのに意識と魔力を割くより、大容量の深淵金を精密に力強く素早く動かしブン殴る方が強い。
歌いながら踊った結果、どっちつかずになって下手な歌と粗末な踊りを見せるぐらいなら、歌か踊りどちらかに集中した方がいい、という話だ。
「魔法使って戦うと、魔力どんどん減る。すぐ息切れ。ミー。深淵金だけで戦うと、ながーく戦える。怪我した時だけ治癒魔法。ミミッ!」
「お前、本当によく考えて戦ってるんだなぁ。凄いぞ」
「私スゴイゾ。一番スゴイ縄張り持つ。いっぱい勉強、いっぱい練習、強くなる」
頭を撫でてやると、ツバキはフンフン鼻息と一緒に火の粉を散らして胸を張り、そっくり返った。
昔から一番態度がデカくて主張が激しく威張りんぼな奴だったが、そうするだけはある能力がある。大した奴だ。
それからもしばらく聞き取り調査をしたが、ツバキの今の戦闘法は変えないほうが良いという結論に達した。そもそも、今の時点でも条件付きとはいえヒヨリを押せ押せで攻められるぐらいだ。今のスタンスを伸ばしてやった方がいい。
ツバキ。お前は近接戦の達人になれ!
近接戦主体となると、作られる杖も限られてくる。
俺は検討を重ね、実験的な杖を作る事にした。
地球のコアをミニチュア再現しそこから力を得る、小型地核杖だ。
魔法を使わず戦うなら、現状、魔力の大部分を持て余している事になる。
魔法螺旋杖を使って魔力を身体強化に変換してしまっていい。
そしてツバキの高熱の炎があれば、ワンチャン地球の核で起きている地脈形成を地上で模倣できる。
まず前提として、現在地球の中心では魔法的な変化が起きている。
地球の核にはドロドロに融けた高温の金属の核があり、自転と対流によって絶えず動いている。
この融けた金属と、金属の対流によって発生する電気を食って育ったグレムリンが高温高圧下で混ざる事により、地球の核では絶えず未知の魔法金属が生成されているのだ。
この未知の魔法金属は地球の環境を変え、大地に魔力の流れ――――地脈を作り出す。その地脈に魔法的な螺旋構造を使ってアクセスし、自分の魔力と混ぜて取り込む事で、魔人や魔物は己の身体能力を向上させる事ができる。
問題は地球に魔法という劇物がブチこまれてからまだ100年も経っていないという事だ。
100年なんて、御年46億歳の地球様にしてみれば刹那の一瞬。まばたき一回分ぐらいの時間しか経っていない。そんな短時間では地球の核、ひいては地球の地脈は十分に育たない。
だから地球の地脈はまだまだ赤ん坊同然で、弱々しい。
貧弱な地脈を使って行う魔力の身体強化変換効率も、また貧弱だ。
今回ツバキ用に作る杖ではその「地脈貧弱問題」の解決に挑戦する。
まず、魔法金属を混ぜ込んだ超高強度・高耐圧・高耐熱性の合金で手のひらサイズの耐圧球を作る。
空洞になっている耐圧球の中に地球の核の成分を再現した鉄、ニッケル、グレムリンを主成分とする種々の物質を封入。
そしてツバキが炎を吐いて加熱し、耐圧球内部の温度と圧力を高める。
すると耐圧球の中の物質がドロドロに融解し、対流を起こし、理論上は地球の奥深く地下2900kmで起きている地脈形成と同じ現象が起きる。
直径12,756kmの惑星である地球がその巨大なスケールで行っている地脈形成という大事業を、手のひらサイズにダウングレードして再現するのだ。
2900km地下にある地球規模の地脈よりも。
手元に置いておける手のひら規模の小地脈の方が、アクセスが簡単で、より近く密接して、強い恩恵を受けられる。
はずだ。
たぶん。
恐らく。
基礎理論だけなら夢いっぱいなのだが、実現にあたって問題は多い。
第一に地核の成分が正確に分かっていない。地下2900kmに何があるかなんて、間接的にしか分からない。だから地核の成分を正確に真似るのは無理だ。どうしても誤差はある。
第二に絶対的に圧力が足りない。地核の圧力は約365万気圧。これに対し、現在の人類が実現できる現実的な圧力は僅か1000気圧前後だ。3650分の1! 低すぎる。
それでも実験する価値はある。
なぜなら自然の模倣が自然に劣るとは限らないから。
清らかなアルプスの天然水よりも、人工的に作った超純水の方が遥かに不純物が少ない。
永遠の輝きを持つ神秘の天然ダイヤより、人工合成ダイヤの方が頑丈だ。
地球の核で自然に行われている地脈形成を、手のひらの人工地脈は凌駕できないなどと誰が言えるだろう?
天然自然に形成される地脈と違い、人工地脈は温度を変え圧力を変え成分を変え、最適な地脈形成条件を何度でも模索できる。
俺が耐圧核とその内容物を調整し、ツバキが炎で加熱し運用する。
そうして作った地核を模した金属のコアと、そこから伸びる魔法螺旋の柄を組み合わせて作る小型地核杖は、上手く行けば身体強化に優れた近接戦闘者たちをおおいに助けるだろう。
最悪、小型地核コアが全然上手く行かなくても、柄の部分だけで地球の地脈に普通に接続できるから、それだけでも使い勝手は悪く無い。
かくして理論は整った。
構造そのものは単純なので、加圧実験でコアを七回爆発四散させただけで、思ったよりもアッサリと新しい杖の製造に成功した。
赤熱する中心コアは熱波が凄かったので魔法瓶の要領で外殻で覆い熱の放射を遮断したのだが、それがまた地球の内核と外殻を図らずも模倣したようで、いかにもそれっぽい。
金属の球体コアに、金属の柄。
メタリックな全金属製の新しいオモチャを手に入れたツバキは、嬉しそうに全身の炎を燃え盛らせ、杖をぎゅーっと抱きしめた。
ツバキがうっかり熱し過ぎてコアが融解しないよう取り付けた放熱機構が早速白い蒸気を噴き上げている。圧力鍋みたいだ。
なーんかスチームパンク杖って感じになっちゃったなコレ。これはこれで悪く無いが。
「ミミミ。金属好き。オーリ、ありがとー。毎日温めてお世話する」
「おお、世話しろ育てろ。コアを冷やすなよ。高温高圧状態をずーっと保ってれば段々地脈が育ってくるはずだ。理論上は」
名付けて『小型地核杖サラマンドラ』。
今後経過観察と改良を重ねていく予定ではあるが、サラマンドラはきっとツバキの更なる飛躍の助けになるだろう。
そしてツバキが活躍すれば、そのツバキが持つ杖の名声もウナギ登りでミミミって寸法よ。
ヒヨリと同じデザインのお揃い魔力封印防御チョーカーも合わせればミミミのミミミだ。
俺に良し。ツバキに良し。
いざゆけ、大利・ツバキ・スゴイゾ!