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141 魔女帽子

 実際、頭装備で魔力封印防御をしようという考えはそう的外れでは無いと思う。

 クォデネンツは杖っぽい形状をしている。

 魔法の中には武器を召喚し強化するものがある。

 魔法でなんでもできてしまいそうな魔法文明人にとっても、きっと装備品は重要なのだ。

 ハトバト氏も帽子被ってたし。アレにも何かしらの魔法的効果があったのではないだろうか?

 ただの伊達と酔狂かもしれないが。チキン&キムチを爆食いして韓国生活をエンジョイしてたぐらいだし。


 俺はキンレンカにも魔力封印防御装備を融通する事を対価に、装備開発の援助を全面的に受ける約束をした。

 キンレンカの()の一声でたちまち武漢中の研究機関から関連資料と実験に必要な物資が集まり、宿に籠って早速開発を始める。俺の頭や膝の上に登って邪魔してくるツバキはヒヨリが買い物に連れ出してくれた。


 ベースになるのはパンデミックキノコの菌糸構造だ。

 日本に大被害をもたらしたパンデミックキノコは人に感染すると体内に根を張り、魔力を吸い上げる。重症化すると頭部にある不可視の魔力臓器にアクセスし、魔力操作を不可能にしてしまう。

 原理的には一番魔力封印に近いはずだ。アミュレットに使っているマーブルグレムリンも元はと言えばパンデミックキノコ由来だから、それも関係しているかも知れない。


 まず武漢の大学から取り寄せたキノコの標本と菌糸構造スケッチを半透明なトレーシングペーパーでレイヤーに分け、分解整理する。

 魔力鍛錬に使われている磁場の磁力線図も同じように整理する。

 そして二つを丸一日かけて比較し共通点を割り出そうとしたが、全く上手く行かない。

 まあパンデミックキノコも魔力鍛錬も重要研究対象だ。こんな程度で発見できるならとっくの昔に誰かが見つけている。


 俺の特技は「器用」だ。特技を生かして攻めるのみ。

 キノコは菌糸を通して魔力を吸い上げていた。ならば、菌糸は魔力の通りが良い素材のはず。

 キンレンカに依頼して菌糸の組成に似た植物繊維を思いつく限りの種類作ってもらい、その繊維を編み上げてキノコの菌糸構造を再現する。


 キンレンカは俺が爆速で編み上げた菌糸構造模型を見てドン引きした。


「気持ち悪っ……!」

「菌類は嫌いか? まあ精油で虫とかキノコ駆除するぐらいだもんな」

「ああ、誤解させたようね。大利の手の動きが気持ち悪いのよ。なにその、何? 人間技とは思えないわ」

「フハハハハ! 俺は人間精密機械だ!」


 褒められて悪い気はしない。

 鼻歌を歌いながら複数パターンの菌糸構造模型を作ったら、そこに魔力を通して流れを確認してもらう。

 しかしまたしてもスカ。細部を調整しつつ50パターン用意したのに、どのパターンにもこれといった反応が無かった。


「ははあん? やっぱマーブルグレムリンを組み込まないとダメなのか? マーブルグレムリンを核にしないと構造的な効果が機能しない説はありえる。生きてるパンデミックキノコじゃないとダメだとしたら厳しいが……とりあえずやってみるか」

「納得したわ。大利は発想をすぐ形にして試せるし、その試行錯誤のペースが異常に速い。研究所が年間スケジュールを組んで進めるプロジェクトを器用さに任せて1日で終わらせられるなら、当然新技術発明速度も速くなる」

「要するに俺は天才って事だ」

「そうね。平たく言えば」


 見直したわ、と言ってキンレンカはちょっと笑った。

 それは逆説的に言えば今まで見下してたって事か? 聞き捨てならねぇ……いや聞き捨てていいか、これは。俺は会って早々に気に入られる性格をしていない。至って普通の反応だ。


 開発は何週間もかけてゆっくりと進んだ。

 途中で魔力封印有識者のツバキとヒヨリにも頼んで魔力封印メカニズムについて意見を貰いつつ、試作品の山を積み上げていく。

 ツバキは母譲りの高い魔力コントロール力を持っていて、ヒヨリよりも長く練習していたのもあって魔力封印を習得している。

 ヒヨリがツバキに何度も手本を見せてもらい段々習得に近づいている一方で、キンレンカは早々に匙を投げた。

 曰く「難し過ぎる」らしい。


 それもよく分からない話なんだよな。

 ハトバト氏はヒヨリが魔力封印ができないと知った時「技術の進歩がチグハグだ」と言っていた。

 それはつまり、ハトバト氏目線で地球の魔法技術は十分に魔力封印が可能な水準にあったという事だ。そんなに極端に難しいはずがない。

 でも実際には魔力操作エリートのヒヨリやツバキでも相当頑張らないと習得できず。普通の操作能力しかないキンレンカが習得を諦めてしまうぐらいには難しい。


 たぶん、何か見落としがあるんだろうな。

 魔法文明にあって地球文明に無い技術、いっぱいありそう。

 そもそも地球の魔法技術は「詠唱魔法」や「魔王グレムリン」といった極めて高度な技術から逆算する形で発達しているから、技術発展が歪になるのも仕方がない。

 でも地球文明には魔法文明に無い電気技術から派生した技術があるから! ナメんなよ!


 関係各所の全面協力と、俺の試作品を作りまくってデータを採る方針が合わさりバンバン開発は進んでいく。

 試作900号を超えると、魔力封印防御装備はだいたい形になってきた。


 まず、キンレンカに出してもらった植物繊維で帽子を編み上げる。

 その帽子に真空銀の金属糸でパンデミックキノコの菌糸を参考にした刺繍を入れる。

 この刺繍のパターンは原型こそキノコの菌糸だが、実際に形になったものを見てみると脳のニューロンネットワークに近い構造に見える。ヒヨリに言わせれば「宇宙の星の海みたい」だ。

 そんな不思議な刺繍の金属線構造が集まる部分に、魔力防御をしたい装備者……この場合はヒヨリの血を使って作ったマーブルグレムリンのコアをはめ込む。


 試作700号~800号は被ると頭痛や吐き気を起こす呪いの装備になってしまっていたが、その問題は魔力鍛錬に使われる磁力構造を参考に解決。

 かつて東京魔法大学変異学科が夥しい死者を出しながら見つけ出した理論は、時を超え魔力封印防御にもおおいに役立った。

 

 宿のひじ掛け椅子に座り試作912号を被ったヒヨリは、しばらく目を閉じた後、ツバキに手で合図した。ツバキは頷き、ヒヨリに向けて威勢よく片手を突き出す。


「ミミミーッ! ……ミミ? ミ゛ミ゛ミ゛!」


 ツバキは顔を真っ赤にしてウンウン唸り、目力を込めてヒヨリを睨む。

 しかしヒヨリは椅子に座ったまま涼しい顔だ。


 お? いけるか? いけるのか?

 試作900~911号は防御の強度が弱くて貫通されてしまったが。

 今度はどうだ? どうなんですか、ツバキさん!


「ミ゛っ! お手上げ、無理。魔力封印効かない」


 しばらく防御を突破しようとしていたツバキだが、やがて諦めてバンザイした。

 俺もバンザイして、ツバキとハイタッチする。

 ツバキで突破できないなら、魔力封印を習得したばかりのヒヨリにも無理だ。ハトバト氏なら分からんが、完成と判断して良かろう。


「よっしゃ! 完成まで一ヵ月か……長かったな」

「いや短い短い」

「だってキュアノス初期バージョンは一週間で作ったぜ?」

「じゃあ長い……のか? いやそんな訳がないだろ。大利と話していると常識が壊れる。まったくお前という奴は」


 ぶつぶつ言い始めたヒヨリの魔女帽子は我ながら会心の出来だ。

 ツバが広く先端が折れ曲がった黒の三角帽子で、大粒のマーブルグレムリンとそれに寄り添うよう小粒の三つのマーブルグレムリンでシンプルに装飾されている。いや装飾というか効果発揮のために絶対必要な重要部品なんだけども。

 あとは戦闘中に脱げないよう、首につけたチョーカーと引き合うようにしている。これはシェルピンスキー二十面体とクヴァント式の鎖構造を組み合わせたものだ。

 帽子に組み込んだ部品とチョーカーに組み込んだ相当する部品が磁石のように引き合って、魔力が流れている限り簡単には脱落しないようになっている。

 そんな回りくどい事をしなくても、素直にサークレット型にした方が圧倒的に楽なのだが、俺が魔女帽子ヒヨリを見たかったのだから仕方ない。面倒な工夫を凝らしてでもやる価値はあった。


 見よ!

 完全体ヒヨリの雄姿を!


 手には竜炉彫七層型青魔杖キュアノス!

 七層加工の魔法増幅構造、最新式無詠唱機構、ヒヨリの魔力だけを受け付ける専用化処置済みのコア!

 柄に仕込んであるのは最新式の高効率魔力逆流防止機構。魔力計測器付で魔力の残量が分かるお役立ち機能つき!

 コアを取り巻くクヴァント式魔法圧縮交叉円環は起動すれば魔法を圧縮し鋭く小さく範囲を絞れる!

 アタッチメントの緊急防御機構も特筆すべきだ。ワンタッチで超強力な短時間全周防御を展開できる。

 持ち手についている歯車は四次元収納トリガー。歯車の輪に指を入れて魔力を込めれば一瞬で四次元空間に杖が格納され、歯車はそのまま指輪になる。

 最新最高機能山盛りの魔法杖は最強の魔女が持つに相応しい。


 キュアノスを持つ左手薬指に嵌まるのは俺との婚約指輪!

 プラチナ製で、特に魔法的な効果は無い!

 でも俺はヒヨリが時々指輪を眺めてニマニマしてるのを知ってるぞ。

 なんか恥ずかしい。


 服は日本を出る前に作り直した蜘蛛の魔女デザイン、俺縫製のローブ!

 蜘蛛の魔女の蜘蛛糸と、鉄鋼羊のウールの交織で織り上げた布で仕立てたローブで、熱耐性があって頑丈。魔法にも耐性がある。汚れに強くて折り目が付きにくくて、軽いし色落ちもしにくい。80年前から変わらない安心の高級ブランド品だ。

 もっと防御力が高い装備はあるが、まさかガチガチの重い鎧を日常的に着るわけにもいかない。魔女の普段着としてはコレがベスト・オブ・ベストと信ずる。


 ローブを着た魔女の胸元でキラリと光るのは六花結晶型のアミュレット!

 研究者たちのたゆまぬ技術進歩により25%の魔力回復速度向上効果を実現している。

 懐に入れている魔力回復薬と併せ、魔女の継戦能力を向上させる。


 ポケットの中の治癒魔法スクロール!

 これも重要だ。もっとも、自分用というよりは俺用っぽい。

 魔力封印をされたり奇襲で大ダメージを喰らったりしていても、生きていればスクロールを出してポンで全快できる。敵にとってはたまったもんじゃないだろう。


 そしてそして、オオトリを飾るのが本日実装の魔女帽子!

 クソつよ魔力封印を完全ガード。それでいて見た目も良い。


 魔法の杖。

 指輪。

 ローブ。

 アミュレット。

 スクロール。

 魔女帽子。


 全身をマジックアイテムでガチガチに固めたヒヨリは、コッテコテの絵本に出てくる魔女のよう。

 完璧だ。中身も見た目も最強。


「ヒヨリヒヨリ」

「ん?」

「めちゃ似合ってる。最高」


 俺が親指を立てて太鼓判を押すと、ヒヨリは魔女帽子のツバを下げて恥ずかしそうに目元を隠した。

 うおおお、カワイーナ! カワイーナ!


 テンションを上げていると、ツバキが俺の背中をつついて目をキラキラさせおねだりしてくる。


「ミミッ。私も私も。私もアレ欲しい」

「お? いいぞ、いっぱいお手伝いしてくれたからな。最高の帽子を作ってやろう」

「違う。アレ、あの首のやつ」

「ああチョーカーか? せっかくだから首輪にしようか」

「ミミミ、首輪。首輪つける」


 思えば、ツバキがちゃんと首輪をつけていれば、野良火蜥蜴族ではなく、ちゃんと飼育されている火蜥蜴族だとハトバト氏にも分かっただろう。

 飼い猫に首輪をつけ、野良猫ではないと知らしめるようなものだ。

 第二第三の魔法文明人が現れた時、野良火蜥蜴族だと勘違いされ今度こそ殺されてしまうかも知れない。

 首輪は必要だ。ツバキはウチの大事なペットです。手を出さないで下さい。


「おい待て。ツバキに首輪をつけるのか?」


 ツバキに希望の首輪デザインを聞いていると、モジモジするのをやめて真顔になったヒヨリが口を挟んできた。

 気のせいか、ちょっと引いてる。なんで?


「首輪は必要だろ。どっかの魔法文明人にまた野良火蜥蜴だと思われて駆除されたら困るし」

「ミミミ。私もオシャレする。オーリにオシャレさせてもらう」

「うっ……いや、あのな。ツバキ、別のオシャレにしないか? ほらっ、帽子とか。ネックレスとか。首輪は……お前の見た目で首輪をつけて大利の後について歩くのは、そのー、外聞が悪いというか」

「心配するな。ちゃんとリードもつける」

「リードもつけるのか!?」


 至極真っ当な事を言っているのに、ヒヨリは驚愕してドン引きした。

 俺とツバキは顔を見合わせ、首を傾げる。

 なぜヒヨリが動揺しているのか分からん。


 全域私有地の奥多摩ならいざ知らず。市街地でペットを連れ歩くなら、放し飼いは危ない。首輪つけてリードを持って離さないのはむしろ当たり前では……?


「ツバキに首輪つけたら何かマズいのか? つけない方がマズいと思うんだが。どういう事なんだ」

「青の魔女だけズルい。私もオシャレする。首輪したい。なんで首輪ダメ?」


 二人で聞くと、ヒヨリは頭を抱え途方に暮れてしまった。


「まともな感性は私だけなのか? 助けてくれ蜘蛛の魔女……」


 よー分からんが、どうやら俺達は変らしい。

 しつこくなぜダメなのか聞くと、ヒヨリは渋々緊急家族会議を開催し、気まずそうにダメな理由を教えてくれた。

 ツバキはなぜダメなのか理由を聞いてもキョトンとしていたが、俺は納得した。


 なるほどね。流石に女子中学生に首輪つけて連れ歩くド変態野郎だと勘違いされるのは嫌だな。

 すまんツバキ。オシャレプレゼントは別のやつにさせてくれ。

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― 新着の感想 ―
青の魔女が出かけてるときに首輪の話でてたら危なかったなw
冷静に考えて魔法も使わないで鉄の鳥が空を飛び回り、世界中の人間と制限はあれどどこでも繋がれて、魔法が起こす奇跡に匹敵するレベルの火力を出せる手段があった科学文明も強いよな。 技術ツリーが違うだけで魔法…
火蜥蜴形態のときに首輪してたっけ?って思って読み返したけど描写はなかった その辺のペットを見て首輪して欲しくなったのかな?
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