140 魔力封印対策
ツバキを下ろしたヒヨリは、役所で待つキンレンカに報告しに行った。
「勝った。約束だ、これで木材を出すんだな?」
「ええ、もちろん。助かったわ」
「……フヨウから私とツバキの関係を聞いていなかったのか?」
「戦って大怪我でもさせたらお姉様に怒られるもの。青の魔女なら平気でしょう?」
蔦で口元を隠し妖艶に微笑むキンレンカに、ヒヨリは不機嫌そうに唸った。
当のツバキは俺の背中をよじ登り、幼体の時と同じように頭の上に陣取ろうとして失敗し、最終的に肩車に落ち着いて満足げだ。
やる事がモクタンと同じなんだよなあ。やはり姉妹か。
「オーリ、このまま走って」
「断る。ダルい。代わりに背伸びしてやろう」
「ミッ、ちょっと高くなった!」
「つま先立ちするともうちょっと高くなるぞ」
「ミミ……あんまり変わんない。ぐらぐらする。ふらふら」
ペットをあやしている内にキンレンカとヒヨリの話が終わり、俺達は一度宿に引き上げる事になった。
キンレンカの紹介で木造中華建築の高級宿スイートルームに泊まれる事になったので、三人でチェックインする。
ルーシ王国行の旅を始めてから高級宿にしか泊まってないな? フェリー含めて。
まあここから西に行くと景気が悪い地域に入るからこうはいかないらしいけども。
真っ先に部屋に入ったツバキは部屋中を嗅ぎ回り、窓際の肘掛け椅子を器用に燃やして灰に変え床に撒いて寝床を作った。ヒヨリはヒヨリで部屋のベッドの下を見たりクローゼットに顔を突っ込んだりして安全確認に余念がない。
「こらっ! 備品備品。ダメだろ燃やしたら」
「でもお金払えばいいよーしてくれるよ?」
「じゃあいいのか……?」
「良くないだろ。簡単に論破されるんじゃない」
ヒヨリがキュアノスの先で天井をつついて音を確かめながら呆れた声を出す。
「ツバキ、深淵金を壊して悪かった。後で一緒に買いに行こう」
「ミミ……深淵金、高い。お小遣い無くなっちゃう」
「心配するな、私が全額出す。日本からここまで遠かっただろう? どうやってお金を工面していたんだ」
「治癒魔法。韓国でね、お医者さん免許とかとってね、フクロスズメ買ってね、地図も買ってね」
灰の上に座り込んで身振り手振りをしながら一生懸命説明してくれたところによると、どうやら魔人優遇政策をとっている上に行政がガバい韓国で足場を固めたらしい。
身分証を手に入れ、辻ヒーラーとしての資格も手に入れ、金を稼ぎ、情報を集め、菜種油の一大生産地を目指したのだそうだ。
すっげー計画的! 賢いぞ。
「モクタンとセキタンよりだいぶ頭いいなお前」
「私、一番スゴイゾ! でも蜘蛛さんより馬鹿。だからコンサルタントにお金払って難しい事考えてもらう」
「なるほど? それはそれで賢いな」
自分の知能の限界を把握し、人を上手く使える時点でだいぶ賢い。勉強ができる賢さとは別の、世渡り上手的な賢さだ。
武漢まで旅をして来れているという時点で怪しいコンサルタントにハメられたりもしていないんだろうし、人を見る目もある。スゴイゾ! いやマジで。
俺のペットとは思えない社交能力だ。このへんは蜘蛛さんの薫陶なのかな。
ツバキの言うコンサルタントとは主に探偵や法律事務所の事らしく、悩み事を相談してちゃんとお金を払えばだいたい良い感じに計画を立ててくれるそうだ。あるいはそういう計画を立てられる人を紹介してくれる。
一度酒場で会った自称腕利き弁護士に騙されてからは、ちゃんとした所だけを利用しているとか。
「魔力封印はどこで覚えた?」
部屋の安全点検を終えたヒヨリが大あくびするツバキの顎をくすぐりながら尋ねると、眠気が来ている火の化身はウトウトしながら答えた。
「韓国でお爺ちゃんに会った。尻尾がミ゛~ッてなる強いやつ……尻尾もうなかった」
「やっぱりハトバト氏か」
案の定な特徴の人物が浮かび上がってきて、ヒヨリと目くばせをし合う。
ハトバト氏は韓国にそこそこ長く滞在していたみたいだし、俺達より先行して韓国にいたツバキと滞在期間が被っていてもおかしくない。
叙事詩で語られる魔法文明人のクセに当たり前の顔して釜山をウロついていたから、釜山にいればバッタリ会う事もあるだろう。
「お爺ちゃん、私見てびっくりして『害虫!』言った。イヤそーな顔。それでバチンされた。魔力使えなくなっちゃった。私もびっくりして『やめてー』言ったら、お爺ちゃんもびっくり。『喋れるのか。すまぬ、誤解であった』言って封印解いてくれたよ。それで炭もらってバイバイした」
「ツバキが害虫に見えたのか? ハトバト氏の目ん玉どーなってんだ」
大利の ハトバト氏への 好感度が 10 下がった!
人の感性は十人十色だが、いきなり害虫呼ばわりして魔力を封じにかかるのはだいぶ敵意高い。ひでぇや。
俺が憤慨していると、ヒヨリは熟考してから俺に耳打ちした。
「放火して増える種族だからじゃないか? 継火が特別性欲に頭を犯されたド変態なんだと思っていたが、違うのかも知れない。継火はアレで元々は生真面目な性格だ。本能に正直なら無差別放火魔になっていただろう。
その上で、たった一軒の廃屋放火で三匹生まれたと考えると……種族全体としてそれぐらいの増え方をすると仮定すれば……」
「確かに。何かが噛み合えば東京は火蜥蜴だらけの火の海になってた可能性あるな……」
シャレにならん「もしも」にゾッとする。
超越者の枠の影響と本人の性格のマッチング度は重要。継火も例に漏れなかったようだ。放火して増えまくる害虫という認識もあながち間違ってはいない。というか魔法文明だとそうだったのかな。
蜘蛛さんも素の性格が陰険だったら人を恐怖に陥れて狩る恐ろしい怪物になっていただろうし。
地獄の魔女だって自制心が人並み程度なら人食いのバケモノになっていた。
入間枠が二代続けてエグかった事を思えば、枠の影響が強い超越者は本当に強く性格を捻じ曲げられる。
継火はよく本能に逆らっている方なのだろう。偉い。
偉いけど、俺の彼女に手を出しやがったのは許さんからな。奴が放火ックスした時はまだヒヨリは俺の彼女じゃなかったけど、それはそれ、これはこれだ。
「魔力封印強い。いっぱい練習して、真似っこした。青の魔女にも勝てるー思ったけど、負けちゃった。ミー……」
「いや強かったよ。凄いぞツバキ。本当に。お世辞じゃない」
「ミミミ……」
ツバキはヒヨリに優しく撫でられながらうつらうつらして、灰の中で丸くなり寝息を立てはじめた。
しばらく聖母のような柔らかな微笑を浮かべツバキを撫でていたヒヨリだが、やがて俺に向き直り、笑みを消し深刻そうに言った。
「やはり魔力封印は強すぎる。対策が要る」
「そんなに……? でも勝ってたじゃん」
「杖無し殺し無し縛りの1対1だったからだ。魔力を封印されて数人の超越者に囲まれたら私でも勝てるか五分五分だ」
「つっっよ」
「ああ。だから対策を立てないと」
俺は翼をもがれて包囲されても50%で勝てるヒヨリの強さに恐れ慄いたのだが、ヒヨリは魔力封印の強さにビビったのだと勘違いして重々しく頷いた。
いや、まあ、魔力封印の強さも分かるけどね。
ハトバト氏の専売特許だと思ってたけど、ツバキが真似できるぐらいだし。他にも使い手はいるかも知れない。
「魔力封印をかけられて分かったが、魔力封印は頭部の不可知魔法臓器に干渉している。やり方を掴めば魔力操作で抵抗できる」
「じゃあいいだろ」
「良くない。抵抗や解除をしている間は他の魔力操作が一切できなくなる。自動的に頭部の不可知魔法臓器を護ってくれる防具が必要だ」
「ほほう。話が俺の分野になってきたな」
古くはパンデミックキノコ。アミュレットや魔力鍛錬など、頭部にあるとされる魔法的に重要な器官への干渉法は幾つもある。
キノコ病が重症化すると魔法が使えなくなるから、アレも魔力封印の一種だったのかも知れない。
むむむ。キノコ病の菌糸構造サンプルを当たって……アミュレットの力場と魔力鍛錬の磁力干渉を掛け合わせて……魔法減衰の原理次第だけど真空銀も必要か……?
「…………。まあ理論組み立てるより試作品作りまくってデータ積んだ方が早そうだな。ヒヨリ、とりあえず実際に魔力封印防御防具を作れるかどうかは横に置いといて、一つ重要な事を聞きたい」
「杖作りを優先して良い」
「それも重要だけどそうじゃない。防具のデザインは俺に一任してもらっていいか?」
「なんだそんな事か。任せる」
ヒヨリの許可が下り、俺はニチャッとした笑顔を浮かべてしまった。
ククク、テンション上がってきたぜ。
魔女の頭部を護る魔法の防具? じゃあもうデザインは一択だろ。
ヒヨリ! お前はコテコテのとんがり魔女帽子を被る魔女になれッ!