133 マギアグラス
ヒヨリが翻訳魔法の再現に成功したのは、俺がキュアノスに四次元収納機能を足した三日後の事だった。ヒヨリ曰く「少し歪な形になった」らしく、三種類の無詠唱魔法を重ねがけする事で翻訳魔法を再現している。
本当なら一度の無詠唱魔法でできるはずだが、三度に小分けしなければならなかったのがもどかしいらしい。よく分からんが再現できたならいいんじゃないですかね? 十分、十分!
「ヒヨリ、すごいぞ!」
「……もっと撫でろ」
頭をナデナデして褒めると、ヒヨリは胸元にぐりぐり顔を押しつけてきた。おっと、スゴイゾかと思ったらカワイーナだったようだな。エライゾでもある。三姉妹の二つ名は全て母親由来だったと見える。
大仕事を成し遂げお疲れのヒヨリをあれこれ撫でまわし、なんやかんや一晩過ごした後、俺達は一ヵ月弱の滞在を終え釜山を出立した。
釜山―ソウル―平壌は蒸気機関鉄道で接続されているから、ここからは汽車の旅になる。真韓民国の港口から首都を経由して、北朝鮮旧都まで約12時間。
速いような、遅いような。
前時代の飛行機や新幹線の速さを思えば遅いが、自転車だの飛脚だので移動通信をしていたグレムリン災害直後のあの頃を思えば速過ぎるぐらいだ。ドラゴン便や帰還魔法の移動速度を思えば一部2024年の移動速度を超えてはいるけれど、それは一部の金持ちや有力者に限った話で、一般大衆が気軽に使える移動手段ではない。
雑然とした駅のホームで列車を待つ間そのあたりについてヒヨリに話を振ると、肩をすくめた。
「これでも一昔前よりマシになったんだぞ。虎魔獣が普及したし、都市間なら機関車で繋がったし。便利だ」
「でもヒヨリなら走った方が速いだろ」
「お前なら平壌まで走るか? 魔力が足りるとして」
「……いや、ダルいな。12時間も走りたくない」
「だろ」
納得した。もっと速く移動できたとしても、汽車の旅には意味がある。何しろ楽だ。道に迷う事も無いし。
平壌行の列車は予定から3分遅れでやってきた。日本の黒塗り汽車と違い、韓国の蒸気機関車は白い。全面が白く塗られ、そこに広告がドカドカ載っているのはちょっと面白かった。全身広告だらけの列車だ。
翻訳魔法は文字には対応しておらず、広告の韓国語は読めないが、イラストと併せて見ればだいたいなんの広告なのか分かる。開拓団と魔獣牧場の人員募集が多いっぽい。化粧品の広告もちらほら。このあたりの需要は日本とあんまり変わらんな。
そして地味に貼られているハトバト氏の手配書。どんまい、ハトバト氏。生きてまた会える事を祈る。四次元収納機能自慢したいし。
ヒヨリがとったのは一等客室で、ゆったりとしたふかふかのソファが置いてある個室を二人占めだ。サイドテーブルの籠の中に詰め込まれていた飴玉を舐めながら一等客室の中を調べるが、特に面白みはない。ソファの下に埃が溜まっていて、目につかない場所の掃除サボってんなーと思ったぐらいだ。
と、思ったらヒヨリが優雅にソファに座り、カタログを捲っていた。
手招きされて隣に座ると、一緒にカタログを見せてくれる。列車がゆっくりと動き出す中、ヒヨリが説明してくれる。
「車内販売のカタログだ。こういう一等客室にはだいたいある。そこの紐を引いてベルを鳴らせば係が来る」
「あ、その紐飾りじゃなかったんだ。そういや客船にもあった気が。それならそうと言ってくれれば……言ってくれてもか」
わざわざ知らん人を呼びつけるなんて冗談じゃない。どうせ使わない機能だ。知らなくても同じか。
カタログは買わなくても見ているだけで面白い。しばらく一緒にカタログを眺めていたが、一ヵ月の韓国滞在で見た事あるものか、買った事あるものばかりだったのですぐ飽きた。韓国土産はほとんど全部日本へ郵送してある。今頃奥多摩でモクタンが嬉々として包装紙を破っている事だろう。
カタログを見ているうちに列車は市街地を出て山間を抜け、また市街地に入った。虎魔物がくつろいでじゃれあっている魔獣牧場ののどかな光景もあれば、粗末なバラックが立ち並ぶ猥雑な地区も見える。
日本も田舎と都会で発展の差があるが、韓国は日本よりもその差が大きいように見える。都市の活気が田舎にまで届くにはまだまだ時間がかかりそうだな。
やがて景色も見飽きて、俺はポケットから日本に郵送しなかった韓国土産を出して弄り回した。パッと見ではただのガラスの六角柱なのだが、しばらく触っているとじんわり金色に変わって面白い。
韓国の魔法石占いで使われるこの占い道具は、いわゆる「マギアグラス」というやつだ。
グレムリン処理をした鉄の中間金属(魔法金属になる一歩手前の物質)とガラス、グレムリンを適切な配分で混ぜ熱すると、本来の融点よりも低温で融けて混ざる。
それをゆっくり冷やして固め六角柱にしたものがマギアグラスだ。
マギアグラスは、魔力固有色を調べる事ができる。俺が触れば俺の魔力固有色である金色に変わる。ヒヨリが触れば青色だ。
魔力に反応して色が変わるという部分では魔力定規っぽいが、魔力量を測れたりはしない。単純に固有色が分かるだけ。
80年前、自分が持っている魔力の固有色を調べたければ固有色が反映される魔法(目玉の使い魔)を使うか、血を融解グレムリンに混ぜるしかなかった。
それと比べて、このマギアグラスはずっと簡単に固有色が分かる。便利だ。
便利なのだが、だからといって何がどうなるわけでもない。
星座占いのようなもので、魔力の固有色が分かっても実用的な利用価値は無い。単純に面白いし、ちょっとテンションが上がるだけ。
ヒヨリも「マギアグラスの占いは面白いが根拠はない」と断言していた。魔女が言うなら間違いない。
試しに日本人観光客向けのガバガバ和訳占い本を片手にマギアグラスで占いをしてみる。
「相性占い」のページには、色を調べて意中の人との相性を確かめよう! と書かれている。
えー、俺の固有色が金。ヒヨリが青。
金と青の相性は……
「!? ヒヨリヒヨリ、金と青の魔力の持ち主は相性良いんだってさ! やっぱりな!」
俺が彼女の肩を揺すって言うと、ヒヨリはカタログから占い本に目を移し、フッと笑った。
「当然だ。相性が悪いなんて許さない」
「お、おお。許すとかの問題なんだ……?」
信じる根拠なんて無い、テキトー書いてあるだけと知っていてもちょっとウキウキしてしまう。
なるほどね。占いなんて詐欺だと思っていたが、これはきっと漫画やアニメのフィクションを楽しむようなものだ。作り物でも面白ければオールオッケー。
だが占い本の先を読んでいくと、単に金色が全ての色とほどほどに相性が良い色というポジションにされていると分かってしまい、ちょっとテンションは下がった。なんだよ、器用貧乏タイプかよ。舐めんなよ俺は器用万能だぞ。
で、青色は「あなたは多くの才能を秘めています。その内なる輝きに惹きつけられる人と親密になるでしょう」。
う~ん、バーナム効果。誰にでも当てはまるフワッとした特徴を個性であるかのように言ってるだけだ。人類は本物の魔法を手に入れたのに、星座占いとか血液型占いから何一つ進歩してない。
もっと未来視魔法を見習え。アレはガチだぞ。いやモノホンがあるせいでこういう嘘八百にも「本物かも」という心理が働くようになってる説あるか?
「えー、金運占い。色で金運が分かる。金色は……大金持ち! 全ての色の中で一番。あなたは金運のすごいのです。ガバ翻訳。金色だから金運か。安直だなおい。
推命占い。寿命が分かります。六角柱の上下に手のひらを当てて、上下から滲むように着色されていく色がどこで衝突するかを見る。真ん中で色が交わったら寿命普通で、上で衝突するほど長生き。ほうほう」
「…………」
俺が推命占いにチャレンジすると、占いを始めた瞬間に下から上へ向けて金色が一気に立ち昇った。有り得ないほど長寿という結果が出たのには納得だが、挙動が露骨におかしかったのでヒヨリの方を見る。ヒヨリはキュアノスを握って知らんぷりしていた。
「おい。今、俺の占い結果弄っただろ」
「私が長生きさせる。問題ない」
「占いを力づくで捻じ曲げるなよ……」
「なんだ、占いにハマったのか? 気に入らないみたいな事言ってたのに」
ヒヨリもカタログを閉じて興味を示したので、二人で占いに興じる。
「えー、二人でできる占いは。これか。未来占い、二人の未来に待ち受けるものを垣間見る。
二人でマギアグラスに手を当てる。二人の魔力の色が混ざった時、どんな形が見えるか観察する……おい、だからズルするなって。魔力コントロールしただろ。こんなハッキリとハートマーク出るわけねーだろ」
「魔女は占いが得意だと絵本で習わなかったのか?」
「習ったけどさあ」
それから何を占ってもヒヨリが強引に自分が望む結果に持って行くので、しまいには笑ってしまった。青の魔女にかかれば運命すらも屈服して捻じ曲げられそうだ。強い。
釜山を出る時に買っておいた駅弁を食べながら二人でアレコレ占いをしているうちに、ソウルを過ぎて北へ北へ列車は進む。
終点・平壌に着いたら別の路線に乗り換え国境線まで北上する事になっている。
真韓民国の次に入国するのは、中国だ。
中国経済を牽引する大企業、武仙集団が0933を恨んでいない事を祈りたい。無詠唱機構目当てに金科玉杖を810億円もかけて落札したのに、今水面下で魔王グレムリンの情報全開示の計画が進んでるからな。
魔王グレムリンの情報が世界中に公開されれば、武仙集団が大枚はたいて手に入れた技術的優位がほんの1年ぐらいで揺らぐ事になる。契約違反はしてないけど、愉快ではあるまい。
中国滞在中、武仙集団に詫びの品の一つでも送るべきかも知れない……