132 真韓民国滞在記
俺がハトバト氏のお屋敷からかっぱらった目ぼしい資料を宿に運び込み舐め回すように調べている間、ヒヨリは忙しくハトバト関連で動き回っては俺に報告を上げてくれた。
ヒヨリの調査によって判明した情報は多い。
一番大きな情報は「ヒヨリが頑張って集めた情報をベッドでゴロゴロしながら聞くと怒って口をきいてくれなくなる」という新事実で、二番目が「でも誠心誠意謝れば許してくれる」という事。
で、三番目がハトバト氏の地球での経歴だ。
超越者権限で韓国の警察に働きかけヒヨリが調べたところによると、ハトバト氏は三カ月前にふらりと釜山にやってきたという。それ以前の足取りは不明だ。
ハトバト氏は身分証になる物を何も持っていなかったが、国際公用語である魔法語の読み書きができた事。そして魔力コントロールができた事で教養のある魔人として認められ、真韓民国人としての戸籍が用意された。
魔人は大抵の国で重んじられる。それに急成長中で混沌とした真韓民国は法整備が甘く賄賂やいい加減な裁定が横行し、細かい事は気にされない。ハトバト氏がしれっと市井に潜り込むだけの下地があった。
ハトバト氏は単身で釜山にやってきた。が、一流の魔法杖職人としてたちまち大金を稼ぎ、屋敷を購入。広い屋敷にたった一人だったハトバト氏は、毎日のように新しい使用人を増やしていった。
使用人というのは例の人形たちの事だろう。アレだけの性能の人形を日産ペースで作るとは、ハトバト氏の技術は底が知れない。
魔法杖職人として一気に大金を稼いだカラクリは、ヒヨリが入手してきたハトバト氏謹製の魔法杖を数本俺が調べる事によって明らかになった。
ハトバト氏は、複製魔法の使い手だった。
ハトバト氏が作った杖は、全て真韓民国の高級魔法杖メーカー「LG杖商」のブランド品の精密なコピー品だったのだ。
真韓民国の警察やヒヨリは単なる偽ブランド品だと断定していたが、俺の目は誤魔化せない。
単なる模倣や再現の域を遥かに超えた、全ての部品における完璧な同一性。俺なら手作業で同じ事ができるが、生産ペースや効率を考えると三カ月で十本以上も作るのは現実的ではない。俺にできないのなら、それは魔法によって成されたと見て間違いない。
ハトバト氏は高級杖を複製魔法でコピーし量産して売り払う事で、手軽に資産を作っていたのだ。
ハトバト氏はつくづく人形職人らしい。魔法杖職人としてのプライドは無いようだ。
複製魔法の存在は前々から予測していたので驚きは無い。実際、魔王グレムリンにもコピーされたかのように寸分違わない部品がめっちゃ使われていた。
ハトバト氏が魔王グレムリンの製造に関与していたか、あるいは魔法文明では複製魔法が当たり前に使われているのか。どちらも有り得そうでハッキリしない。
ハトバト氏め。謎を解こうとすると新しい謎を生み出しやがるぜ。分かっていたが侮れぬ。
金を稼ぎ、屋敷を買い、使用人を増やして何をやっていたかというと、屋敷で人形を作るか古物商を巡るかの二択だったようだ。悪い噂は何も無かった。
ハトバト氏が屋敷の外に出るのは買い物のためだった。
古本屋で電気やロボット関連の本を買い漁ったり。
骨董品店で前時代のロボットやアンティークの人形を買い集めたり。
時々グレムリンを買ったり魔物素材を買ったりもしていた。薬局にいたのも魔物素材を買うためだったようだ。ハトバト氏が残した資料から考えるに、人形作りの素材として使っていたと思われる。
あと普通に唐揚げとかキムチとかも買い食いしていた。贔屓の屋台の店主はハトバト氏を「ホナコギ(韓国料理)を汁増しで爆買いしていく人」として記憶していたぐらいだ。
話を聞いているとなんだか気が抜ける。火力高めの大火傷しそうな思想に染まっている割に、物凄く普通に暮らしていたっぽい。
裏の顔があるに違いないと決めつけ、後ろ暗い悪行を暴いてやると息巻いていたヒヨリも、虎タクシーを待つ間に子供が持っていたぬいぐるみを綺麗に直してあげていたというエピソードを聞くに至り、渋々とハトバト氏が悪い奴ではない事を認めた。現時点では。
人形が人間を凌駕するその瞬間まで、ハトバト氏は単なる人形好きの好々爺だ。
その瞬間が来た途端にとんでもない人類の敵になる事だけが悩みの種だった。
「ハトバト」の発見は速やかに主要各国に通達され、捜索網が敷かれた。各国の諜報機関に似顔絵と特徴が出回り、これからハトバト氏は大都市に顔を出せばすぐ発見される事になる。
別に指名手配に値するような犯罪は何も犯していないので(地球上では)、犯罪者として指名手配をするのは無理だ。恐ろしい事に存在しない罪をでっち上げる事もできるらしいが、最短でも五百年後まで安全だと推測される以上、余計な刺激を与えるのは憚られる。単純に捜索網が敷かれたに過ぎない。
青の魔女が「戦えば手こずる」と評価したハトバト氏の戦力は、「小国なら単独で滅ぼせる」と言い換えられる。軽々に敵対していい相手ではなかった。
個人的にはハトバト氏とはまた技術談義をしたり意見交換をしたりしたい。ヤバい思想を忘れてくれたら最高なんだけどな。なかなか上手くはいかないものだ。
ハトバト氏の件について出来る事を全てやり、後を警察に任せたヒヨリは俺に遅れてハトバト氏から得た情報を消化しようとし始めた。
つまり、翻訳魔法と集団帰還魔法、魔力封印の再現研究だ。
俺には分からない事だが、魔力が視えるヒヨリにはハトバト氏が使った魔法の魔力の流れが分かったらしい。
入間がオクタメテオライトのお仕置き魔法から意地汚く魔法文明の無詠唱魔法を学び取ったように、ヒヨリもハトバト氏の魔法から無詠唱魔法を逆算・再現しようと試みた。
清廉潔白な美少女ヒヨリは入間のような邪悪な知性を持っていないので、一晩経ちましたハイ習得! という離れ業はできない。
それでも人類最高峰の魔法センスと人類最高の魔法杖キュアノスがある。人類で最も長く無詠唱魔法を扱ってきた経験値もある。
俺にはヒヨリは日がな一日宿の椅子に座って目を閉じ静止しているようにしか見えないのだが、アレコレ試行錯誤を繰り返しているようだ。座っているだけでヘトヘトに疲れ、朦朧としながら俺を抱きかかえベッドに引きずり込み寝てしまう時もある。
実際のところ、ルーシ王国に行くまでの間にこれから色々な国を通過する。集団帰還魔法はとにかく、翻訳魔法が習得できたら旅は快適なものになる。韓国の滞在を長引かせてでも魔法再現チャレンジをする価値はあった。
ヒヨリが新魔法習得に四苦八苦している間、俺もまたハトバト氏が残した資料を元に新技術を開発しようと四苦八苦していた。
大部分が魔法語で書かれた資料は俺の魔法語知識ではまともに読めず、国際便でオコジョ教授に送りつけたので手元にない。
俺が注目したのは作りかけの人形とその設計図だった。
推測が確かなら、コレを参考に杖に四次元格納機能を持たせる事ができる。
何もないところから杖を取り出したり、かさばる杖を虚空にしまっておいたりできるはずだ。
そもそも、四次元格納そのものは馴染み深い現象だ。フクロスズメやドラゴンが持つ体積や重量を無視する腹袋がまさにそう。
クォデネンツも四次元的存在だというから、四次元技術が関連しているのは間違いない。
しかしそれを理論的に説明し、技術的に再現できるか? というと話が変わる。
人類はフクロスズメの四次元腹袋を活用しまくっているが、どういう原理なのかは未だにサッパリ分かっていない。
前時代、99.999%の人類が原理も分からないままスマホを使い倒していたようなものだ。
スマホを使えるのと、スマホを作れるのは別問題。
四次元を利用するのと、四次元を作れるのも別問題。
だがハトバト氏が残した資料には四次元への突破口があった。
俺の考えでは、地球人類が科学的に捉えた「四次元」と魔法文明が魔法的に捉えた「四次元」ではけっこう意味が違う。
生物学者が人間を生物として説明し。経済学者が人間を経済で説明するように。
同じ物を、違う視点で捉えているのだ。
俺が連泊記録更新中の宿でルームサービスしたホナコギを食べながら検証装置の設計図をガリガリ書いていると、受付に届いた手紙を受け取りに出ていたヒヨリが戻ってきた。
「山上氏と慧ちゃんから返信が来た。ハトバトが残した資料の魔法語だが、方言のような特徴が強くて解析に時間がかかるらしい」
「方言……?」
「書き方の特徴が無名叙事詩と全然違うんだよ。関西弁と津軽弁は同じ日本語でも違うだろ?」
「あ~」
何が書かれているのか当分は分からないという話にガッカリしたが、納得もした。
確かにそういう事態は想定すべきだった。
地球だって日本語やら韓国語やら英語やら、複数の言語が使われている。
魔法文明出身のハトバト氏が翻訳魔法なんてシロモノを使っていた時点で、魔法文明に存在する言語が1種類ではない事は明らかだった。むしろ無名叙事詩とハトバト氏が使う言葉に方言程度の差しか無くて良かったまである。
ヒヨリは山上氏からの手紙を俺に渡すと、ホナコギをちょっと摘まんで窓際の定位置の椅子に座りまた瞑想っぽい集中状態に入った。
混ぜ肉はグレムリン災害後に韓国で広まった肉料理だ。複数種類の薄切り魔物肉をゴリゴリに利かせた香辛料と一緒にタレに漬けたもので、クセが強いが慣れると美味しい。いっぱい食べると人間は腹を壊すがヒヨリは平気そうだし、ハトバト氏も爆食いしていた目撃談があるから平気だったのだろう。羨ましい。
結局、ハトバト氏が残した思わせぶりなヒントから新技術を習得したのはヒヨリより俺の方が早かった。
一泊だけのはずだった宿に30連泊もした甲斐あり、俺は四次元技術の一端を掴み実現したのだ。
俺は固有魔力に反応して三次元的に消滅し見えなくなった実験構造体に跳び上がってガッツポーズし、まだ椅子に座って彫像と化しているヒヨリの肩を揺すった。
「ヒヨリヒヨリ、ちょっとキュアノス貸してくれ! できた!」
「…………」
「ヒヨリ? おーい!」
「!? ん? なんだ、何か言ったか?」
「キュアノスをバージョンアップするから貸してくれ」
「え。今使ってるんだが……性能が上がっても使いにくくなると困るぞ。今度は何をするんだ」
「四次元格納機能を搭載する。ゴムボック展開図で杖の全面を隙間なく覆える形状に整えて、スピログラフの軌道に沿って展開図を閉じて組み立てるようにする。そうすれば四次元に折りたたんで格納しても安定状態になってまた取り出せる。コアのテンセグリティ構造がスタビライザーになって空間が反転したりしないし、漂流もしないから呼び戻せる!」
ヒヨリはたっぷり1分かけて俺の説明を咀嚼した後、1文字も呑み込めなかった顔をした。
「は? なんだって?」
「要するにキュアノスをちょっと削って形を整えて、ちっさい歯車を仕込む。歯車に魔力を流せば四次元空間に仕舞える。歯車は三次元に残るから、もう一度魔力を流せば戻ってくる」
「…………? 杖を消したり出したりできるようにするという事か?」
「あー、簡単に言えばそう」
ヒヨリはイマイチ理解しきれない顔をしているが、俺も言うほど理解しきれてはいない。
ハトバト氏の製造途中人形を俺の所見メモと併せて山上氏に送り付けて、返って来たバカほど複雑な理論を俺なりに噛み砕き技術的に実現可能な形状に落とし込んだだけだ。
いよいよ最新型の杖は一人じゃ作れなくなってきた。
山上氏だけでは机上の空論だし、俺だけでは理論が分からないし、ヒヨリがいないと運用できない。
冷蔵庫を素材集めから一人で作るのはなんとか可能だが、パソコンを素材集めから一人で作るのは不可能だ。
俺の、地球人類の魔法杖も単独製作が難しいほど高度な領域に足を踏み入れつつある。
フハハハ! ハトバト氏が聞けばビビって腰を抜かすだろう。
魔王グレムリン解析の下地があってこそとはいえ、たった30日で四次元技術の端に爪の先を引っかけたぞ!
俺はバージョンアップしたキュアノスを四次元格納して消してしまい慌てるヒヨリに呼び戻し方をレクチャーし、無事四次元空間から手元に戻ってきたキュアノスを掲げて悦に入った。どやぁ。
我、伝説を超えし神話的魔法杖職人なり……!
ルーシ王国で待つクォデネンツが四次元幾何学構造体だと知った時は解析できる自信が無かったが、案外いけそうな気がしてきた。
俺に隙を見せたら噛みついて喰らい付くぞ、魔法文明。その高度な技術を残らず解き明かし昇華して、俺の魔法杖の糧としてくれよう。