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128 出航

 生き返ってからちょうど一年が経った四月の、桜舞う頃。俺とヒヨリは蘇生魔法伝授の恩を返すため、二人でルーシ王国へ出発した。

 ルーシ王国は旧ロシア領にある国だ。閉鎖的な内陸国でアクセスが悪い。船や蒸気機関車を乗り継ぎ、交通網が無い場所は歩いて、これから1万2千kmもの長旅をする事になる。ヒヨリ曰く二ヵ月前後で到着するだろうという話だ。


 蒸気機関車で琵琶湖まで行き、そこからは二人乗りの虎魔獣をレンタルして福岡へ。

 福岡に着いたその日のうちに博多湾から出る朝鮮半島行客船の一等客室を取り、ヒヨリは俺にレクチャーしながら早速税関で出国手続きを始めた。青の魔女は要人扱いなので、税関に入るとすぐに一般人とは別のレーンに案内される。

 パリッとした服装の保安検査員に一礼され、俺はさり気なくヒヨリの背中に隠れた。


「こんにちは。パスポートを拝見させて頂きます……青山ヒヨリ様と大利賢師様ですね?」

「ああ」

「ウス……」

「指定魔道具をお持ちでしたらご提示ください」

「ああ。超越者証明証と、こっちが竜炉彫七層型青魔杖キュアノスだ」

「し、試作魔王杖レフィクルとオクタメテオライトです……」


 ヒヨリがカードと杖を出したのに合わせ、俺も自分の杖と御守りケースに入れたオクタメテオライトの欠片を提出する。

 今回の旅立ちに合わせ、キュアノスとレフィクルはセキュリティをアップグレードしている。

 無詠唱機構内部の融解再凝固パーツを所有者の血液成分を混ぜた固有色グレムリンに変更する事で、所有者の魔力以外には反応しないようにしたのだ。

 つまりキュアノスはヒヨリの魔力でしか魔法を使えないし、レフィクルは俺の魔力でしか魔法を使えない。強力なセキュリティロックだ。

 これなら例え盗まれたり奪われたりしても単なる宝石がついた棒にしかならず、悪用される恐れはない。


 自分の杖を他人に持たせる事を嫌がるヒヨリも、嫌な顔をしつつ新たなセキュリティロックを信じキュアノスを渡している。

 世界に三本しか無い無詠唱機構魔法杖を調べる保安検査員の手はちょっと震えていた。

 フハハハハ、凄かろう凄かろう。核兵器が出国するようなもんだからな。

 一本1000億円はくだらない、空前絶後の伝説的名工が作り上げた戦略級魔法杖が二本も!

 ……そう考えるとよくこんな簡単な手続きで出国できるな? まあグダグダ七面倒な手続きを強いられ何日も足止め喰らうよりずっといいけど。


 保安検査員は慎重に指定魔道具を調べてから俺達に返却し、冷や汗を拭いていつ爆発するか分からない爆弾を手放したようなホッとした顔をした。


「はい、結構です。ではあちらの透視魔法エリアへどうぞ。お手数ですが、透視を阻害する防御魔法の類はエリアを通過するまでお切りください。お気をつけて」

「ありがとう」

「アス……」


 生まれて初めての出国は耳慣れない手続きも多かったが、原理としては前時代と同じだった。

 要するに、重要な文化財とか核兵器を国外に持ち出すときはチェックが入る。

 危険物を持っていないかもチェックされる。

 当然、パスポートチェックと本人確認もある。

 X線検査の代わりに透視魔法が使われていたり、チェックリストが魔法時代に合うよう変えられているだけだ。別に身構えるほどの事は無かった。


 出国審査を済ませたら、さっさと乗船する。煙突を生やした黒塗りの蒸気船は時代を逆行したかのようだが、今はこれが最先端。タラップを踏んで船に乗り一等客室の扉を開ければ、そこにはホテルさながらのゆったりした空間が広がっていた。

 キングサイズのベッドが一つ、冷蔵庫とクローゼットも一つずつ。文机に固定されたランプには魔法火が灯っている。壁にはよく分からん前衛的な絵画が掛けられているオシャレぶり。

 とりあえず冷蔵庫とクローゼットと引き出しの中に何が入っているのか漁る俺を尻目に、ヒヨリは持ち込んだ手荷物を備え付けの金庫にしまった。


「あんま何も入ってないな。窓でっけー。でも開かないな……? いや潮風で内装傷んだら困るのか」

「大利は客船に乗るの初めてか?」

「漁船は乗った事ある。でかい船ってあんま揺れないんだな」

「出航すればもう少し揺れるだろう」


 二人で窓の外から見える博多湾の風景を眺めながらアレコレ喋くっていると、妙な物を見つけた。

 海面にビニールゴミが漂っているのだ。

 グレムリン災害直後の動乱期ならいざ知らず、ビニールの生産が途絶えて80年も経っているのにまだこんなゴミが浮いているとは。


「前時代の負の遺産だよな……」

「何の話だ? ……ああ、アレは違う。ビニールじゃない。海洋ウーズの死骸だ」

「なんだそれ? いやなんかで聞いた覚えあるような無いような」


 ヒヨリの話によると、海洋ウーズ問題は近年深刻化の一途をたどり、臨海地域を抱える国家間で何度も話し合いの場が持たれているという。

 海洋ウーズというのは海に住むスライムの事だ。クラゲのように海面を漂い、目に付いた無生物を何でも食べる。前時代、世界中の海に漂っていた1億5000万トン(東京ドーム120万杯ぶん)にも及ぶ膨大な海洋ゴミは何十年もかけてじわじわ繁殖した海洋ウーズによって綺麗に消えた。


 では地球に美しい海が戻ったのかといえば、そんな事はない。

 海洋ウーズは食物連鎖の下位に位置し、海に住む魔物たちの餌になるのだが、奴らはブヨブヨした厚い皮をもつ。

 海の捕食者たちは海洋ウーズの中身だけ食べ、不味くて消化しにくいブヨブヨの皮を吐き出す。

 すると大量の海洋ゴミの代わりに、大量の海洋ウーズの皮が海を漂う事になる。


 海はクラゲの死体のような半透明のぶよぶよの皮だらけ。大シケの翌朝に海岸線を歩くとまるで浜が分厚いビニールに覆われたような嫌な光景を拝むハメになるとか。

 漂着した海洋ウーズの死骸は浜辺の生き物を窒息させてしまうし、蒸気船のスクリューに絡まり故障の原因になる。単純に景観も悪くする。

 さらにフクロスズメは海洋ウーズが発する独特の臭いが大の苦手で、海上を飛ばせると大抵ポロポロ雀の涙を零し痛々しく苦痛に耐えながら懸命に配達任務を遂行しようとする。

 フクロスズメ愛好家から海洋ウーズは目の敵にされ、岸に打ち上げられた海洋ウーズやその皮は専らその手の慈善団体によって撤去されている。


 そんな百害あって一利ある海洋ウーズ最大の利点は、皮が微量の魔力回復成分を含んでいる事だ。

 成分を抽出し集めれば立派な魔力回復薬になる。

 が、1万円分の魔力回復薬の抽出にかかるコストは約30万円。

 三十年以上研究が続けられ、幾度となくコストダウンが繰り返された到達点がそれだ。

 海洋ウーズは邪魔で邪魔で仕方ないのに、処分費用ばかりがかさむ。


 魔物学者と魔法薬学者は「まとめて積み上げて数百年から千年ほど放置すれば、自然に分解され薬効成分の塊が残る」と気の長い結論を出し、海の厄介者問題に半ば匙を投げているとか。


「じゃあ千年ぐらい経ったら魔力回復薬の原料が地層みたいに出来上がってるって事か。ロマンだなー。良いじゃん」

「良くないだろ。普通の人間に千年先を見据えた計画は長すぎる。問題は今起きているんだ」


 長い歴史の流れを感じてしみじみしていると、ヒヨリは冷静にツッコミを入れてきた。

 まあね。十年スパンの政策でも気が長いと言われるのに、千年計画なんて夢のまた夢だろう。

 しかしちっぽけな人間の尺度にこだわるのは浅い。地質学的に考えればむしろ短期的に結果がでるとすら言える。


「海洋ウーズの死骸はそのうちグアノみたいになるんじゃないか」

「グアム?」

「グアノ。カモメとかの海鳥の糞が積もって化石化した硝石塚みたいなやつ。窒素肥料とか火薬の原料として採掘されまくって近代工業を支えたとかなんとか。いや俺もそんな詳しくないけど」


 石炭も石油も、元々は太古の生物だった。

 積もり積もった生物の営みは時を越えて未来に豊富な資源をもたらしてくれる。

 サターイシュ真地核論然り、動物と魔物の置き換え然り、地球は長い年月を費やしゆっくりと魔法という新環境に順応していっている。

 海洋ウーズ問題も長大な地球史の中の流れの一つに過ぎない。

 せっかく寿命が凄まじく延びているんだ。目先の問題にカリカリしても仕方ない。

 千年後に形成されているであろう、魔力回復薬原料鉱床を見るのを楽しみに待とうじゃないか。


「悟ったような顔をしているが、お前にとっても他人事じゃないからな? 海洋ウーズのせいで貿易船が事故を起こして積荷が沈む事もある。去年、注文した中国産の大粒グレムリンが届かなかったのもそうだ」

「おのれ海洋ウーズ!」


 許せねぇ。世界各国は一致団結して速やかに海洋ウーズ問題の解決にあたるべき!

 対応遅いよ何やってんの!? 国民は今まさに! 困ってるんです!


 俺は真剣に怒っているのに、ヒヨリは面白そうに笑った。

 不思議なもので、険の取れたヒヨリの穏やかな笑顔を見ていると怒りも引いていく。

 旅はまだ始まったばかりなのに、既にちょっと楽しい。たまには二人で外国旅行も悪く無いな。


 やがて汽笛が長く鳴り響き、船が動き出す。

 出航、そして出国だ。

 樺太経由の北ルートではなく、釜山経由の南ルートでルーシ王国を目指すのは、ツバキの目撃情報がこっちにあったから。

 上手く居場所を掴めたら、セキタンから預かった植物油の詰め合わせを届けてやりたい。

 奥多摩で育った俺のペットの最後の一匹は元気でやっているだろうか?


 これから二ヵ月は続くだろう旅路に思いを馳せていると、ヒヨリはポツリと呟いた。


「旅の間、何も事件が起きなければいいんだが。私は大利とゆっくり旅を楽しみたいよ」

「心配性だな。旅行するだけで事件に遭うわけないだろ」

「そう思いたい。でも大利と過ごしていると何かと事件に巻き込まれる気がする」

「濡れ衣!」


 俺とヒヨリは死んでる期間を除くと七年ぐらいの付き合いだ。

 確かに色々あったが、そんなに事件だらけってほどでもないだろ。


 改めて指折り今までの事件を数えてみる。

 七年の間に起きた事件なんて大怪獣上陸、竜の魔女の誘拐、キノコパンデミック、継火放火ックス、盲腸手術、荒瀧組襲撃、魔王出現、黒船来航、人魚の魔女の手術、東京降誕祭(クリスマス)地震、ゾンビパニック、死亡、蘇生、継火封印解除騒動、ティアマト飛来、二代目入間封印ぐらいだ。


 …………。

 事件多すぎないか? 七年間で人生七回分ぐらいの事件が起きてるぞ。一体どうなってるんだ俺の人生は。


「分かった、確かに事件は起きるかも知れん。けど、できるだけ回避する方向でいこう」

「回避できるのか?」

「回避率は上げられるだろ。俺も変な事しないように心がけるからさ、ヒヨリもできるだけ暴力無しでいこう。

 おかしな事をしない。破壊しない。シバかない。

 『おはし』を心がけていこうぜ」

「よくそんな改造標語がスッと出るな? まあいい、分かった。実力行使は可能な限り控えよう。私も普通のハネムー……旅行ができるならそれに越した事はない」

「だろ」


 話はまとまった。ルーシ王国のクォデネンツ調査周りでは流石にひと悶着ありそうだけど、何もそこに辿り着くまでの間に揉め事を起こす必要はない。

 まずは真韓民国の釜山港まで十時間。他の乗客と揉めないよう、一等客室で大人しくしていよう。

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― 新着の感想 ―
ツバキだけグレムリン除去後のおーり君に会ってないんだが大丈夫やろか…( ・ω・)
杖をもつ職員のストレスやばそう
氷結呪い機構の80年間は保安員が触れなかったよね? 見ればわかるからスルーしたかな
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