122 長耳族の島
マーキン(87歳、成人男性、長耳)は、エロマンガ島の大王である!
元々、マーキンは島一番のアホだった。自分がものすごいアホだと自覚できていないぐらいのアホだった。
ところがある日突然病気になって三日三晩苦しんだと思ったら、頭の中がスッキリ爽やか。一躍島一番の大天才に躍り出た。
賢くなったマーキンは、まず最初に苛烈な復讐をした。
自分を馬鹿にしていつも髪を引っ張っていじめてきた幼馴染の女の子にスキスキ魔法をかけ、自分の事を好き好き大好きにした。
授業が下手クソだった学校の美人な女教師にもスキスキ魔法をかけ、手下にした。
マンゴーを売ってくれなかった意地悪お兄さんにもスキスキ魔法をかけ、自分にだけ無料でマンゴーを売るように指示した。
親に叱られてばかりの悪いやつなのに顔を合わせると鼻くそをなすりつけてくるヤスーくんにもスキスキ魔法をかけ、鼻の穴に臭い木の根っこを突っ込ませた。
快進撃は止まらない。
天才的な頭脳とすごい魔法を使い傍若無人に振る舞うマーキンの行動はどんどんエスカレートしていき、すぐに復讐に関係無く相手が誰であれスキスキ魔法をかけるようになる。
そして、マーキンは僅か15日で人口2000人弱のエロマンガ島を完全支配し、エロマンガ島の王に君臨した!
マーキンは王様なので、エロマンガ島の一夫一妻の決まり事も無視できる。
恐るべき事に、マーキンは幼馴染、義妹、女教師、島一番の美少女、偶然島に滞在していて帰れなくなった女観光客を全員嫁にして、誰にも真似できない空前絶後の大ハーレムを築き上げた。神をも畏れぬ所業である。
エロマンガ島の住人には全員スキスキ魔法をかけているし、賢いマーキンは赤ちゃんが生まれたらすぐに自分の元に持ってこさせ、油断なくスキスキ魔法をかける。支配体制に隙はない。
マーキンは万能の天才だった。
エロマンガ島を支配するだけでなく、完璧に統治した。
それは即ち、全世界を手中にし、意のままに操るに等しい。
そんな事ができるのは大海の大王マーキンをおいて他にない。
賢王マーキンは賢い行いを好み、バカを嫌う。
マーキンの政策は常に賢い。
島に湧いた魔物の中でも強いやつらにスキスキ魔法をかけ、島の守り神に仕立て上げたり。
限りある医薬品を無駄遣いせずに済むよう、薬草栽培事業に力を入れたり。
優秀な鶏同士を掛け合わせるように優秀な人間同士を掛け合わせ、優秀な人間を作らせたり。
死体を土葬にする非効率な葬儀をやめさせ、死体は全て細かく潰して肥料や撒き餌にするようにしたり。
灰や砂、魔物素材を使った複合濾過装置を発明し、安定・安全・大量・簡単の淡水供給を島内全域で実現したり。
風の力や川の力を使い、積極的に労働の効率化と自動化を推し進めたりもした。
マーキンの子供たちが一人の例外もなく優秀な頭脳と身体能力、魔力を発揮し始めると、マーキンは島の全ての女を自分の嫁にし、せっせと優秀な子供を増やした。
優秀なら別に誰の子でも良かったのだが、自分の子供が一番優秀なのだから仕方ない。マーキンは島民を全員ハイスペック長耳族に置き換えるべく、数十年に渡って大変頑張った。
順風満帆完全無欠のマーキン王朝に陰りが見えたのは、マーキン歴40年を超えた頃からだった。
王の子らは王の特徴を受け継いでいる。金髪碧眼で、美形で、身体能力も魔力も知能も高い。
成長が遅く、八歳頃からガクンと歳をとるのが遅くなるのが難点だったが、それは裏を返せば寿命が長いという事でもある。
早くに生まれた長女は35歳で子供を作れるようになったので、フィジー島から苦労して連れてこさせた優秀な若い男と結婚させた。遠からず孫世代が生まれていき、エロマンガ島はますます富み栄えていくものと思われた。
ところが、五年経っても全然子供が生まれない。
妙だった。
最初は個体の問題だと判断し、子供を産めない長女を離婚させペット枠に回し次女三女に期待をかけたのだが、それも上手く行かない。
男側の問題なのかと思い、娘たちに自分の子を産ませようともしてみたのだが、それもまた失敗。
マーキンが知恵を絞り何をどうしようとも、孫が生まれない。
時が経つにつれ、一つの噂が流れ始める。
「王家の血は呪われている」と。
噂はもっともだったので、マーキンは不安になった。
自分の血は本当に呪われているのでは?
孫を作れない、呪われた血なのでは?
もしかして、自分は愚かにも呪われた血筋を島に広げてしまったのでは……
信じたくなかったが、どれだけ調査・実験しても、そうとしか思えない。
王家の血は、孫が生まれない呪いに侵されていた。
マーキン歴60年の時点で、島民の95%はマーキンの子供に置き換わっていた。
もう、元の普通人社会には戻せないぐらい置き換えが進んでしまっている。
今はそれで問題ない。
しかし孫世代が生まれない以上、いくら子供たちが長生きとはいえ1000年後には世代交代に失敗し島民が死に絶えてしまう。
永遠不滅であるべきマーキンの王国は、残酷な時の流れの中で崩れ去る宿命にあった。
王の子を全員処分して環境を一度リセットする政策も思い付きはしたが、気が進まなかった。
マーキンは、元々アホで使えないカスだった。欠陥品だった。
血の呪いに侵された子供たちは欠陥品であり、見ていてイラッとする事も多々ある。
が、欠陥品の子供たちを処分するのは、まるで昔の自分を処分するようで気分が悪い。
理性は未来の無い子供を処分してゼロからやり直せと囁くが、大昔の惨めな記憶がそれを拒否した。
良い案は出なかったが、定期的に島の外に舟を送り新しい女を連れてきて自分の嫁に加えれば、ひとまず将来的人口減による破滅は避けられる。
島の外に島の維持繁栄の根幹を依存するのは不愉快だ。それでもそれ以外に方法が無いのだから仕方ない。
マーキンは散々思い悩んだが、結局、気長に行く事にした。
王とその子供たちの寿命は長い。
長期的問題には、長期的に取り組めばいい。
天才マーキンに解決できない問題はない。
マーキンは誇り高きエロマンガ島の支配者である。
血の呪いになんて絶対負けない!
そうして血の呪いを解こうと試行錯誤を重ねるある日の事。
エロマンガ島に三人の来訪者がやってきた。
上陸した三人はどうやらピリピリと気を張りながらアレコレと情報を集めているようだ、と諜報係が宮殿に報告を上げてくる。
三人の似顔絵を見てみると、来訪者たちは顔がエロい女と、胸がエロい女と、尻がエロい男だった。
しかも全員マーキン並の魔力の持ち主ときた。
「へえ! 良いね。全員嫁にしようか」
宮殿の玉座に腰かけるマーキンが喜んで言うと、諜報係は嬉しそうに頷いた。
魔力格差問題は、かねてより考えていた事だ。
マーキンは魔力が非常に大きい。不相応に魔力が貧弱な女との間に子供を作るから、呪いがかかるのではないか? これは合理的な疑念である。
また、似顔絵と報告書によると、尻がエロい男は驚くべき事に島の外からやってきた自分と同じ純血長耳族。
この男にどうにか自分の子供を産ませられれば、魔力豊富な純血同士から生まれた長耳の子になる。呪いにかからない公算は高い。合理的な予測である。
三人とも顔が好みだし、まるで舟に勝手に魚が飛び乗ってきたが如き幸運だった。
幸運の女神にスキスキ魔法をかけた覚えはないが、忘れているだけでかけていたのかも知れない。
ウキウキのマーキンは、三人の来訪者を宮殿に招くために遣いを出した。
二時間ほど経つと、数人の野次馬を引き連れ来訪者たちがやってきた。
美しく蒼い杖を持つ顔がエロい女。
全てがデカく角が生えた胸がエロい女。
自分を十歳ぶんぐらい成長させたような金髪碧眼の尻がエロい男。
この三人だ。
マーキンは玉座から身を乗り出し、自分に匹敵する魔力を持つ三人を興味津々でジロジロ見たが、三人もまたマーキンをジロジロと見て言った。
「お前は入間じゃないな。だが、やはり入間に似ている。見た目もやり方も」
「色々入間似だけど、なんというか……アレだね!! 島の名前に相応しいっていうか!!」
「アー、初対面なのにすまないが、君の顔を見ていると何故か虫唾が走る。公平な裁定を下せそうもない。無論僕らはここでは外国人に過ぎないし、他国の慣習に口を出すのは誤りかも知れない。しかしこれは……」
尻がエロい男は、王から玉座の隣に侍る長女に目を移し、すぐに視線を逸らした。
昔ペット枠墜ちした長女には服を着る事を許しておらず、代わりに猫耳と首輪の着用を義務付けニャンちゃんとして王に奉仕させている。
マーキンが始めた素敵な制度である。他国民にとっては珍しいのかも知れない。
目を見張るような美女二人を侍らせている美男が三人の纏め役だとアタリをつけ、マーキンは尻男に厳粛に声をかけた。
「エロマンガ島にようこそ、お客人。歓迎しよう」
「……歓迎、感謝する。僕はコンラッド・ウィリアムズ。君に会うためにこの島に来た。彼女たちは僕の友人だ。
できればお互いに魔法無しで穏便に会話をしたい。最終的にどうなるにせよ、まず君の人柄を確かめたいんだ」
「へえ」
マーキンは尻男の言葉と尻、そして服に興味をそそられた。
来訪者は本人のみならず、装いも特別だった。
「その服、魔物素材と未知の金属の合材か。製法は秘密なんだろうね? でもお見通しだよ。ソレは魔法耐性が高いに違いない。前時代には存在しなかった、魔物時代に適した素材と構造と見た。低温処理をしたドラゴンの筋線を紡いだ糸を溶解させた金属に浸す手法だね? 魔物素材を織るならそれが一番だ」
美しく澄み切っているのに、毒々しい底なし沼のような碧眼が来訪者に注がれる。
目の前の情報を丹念に拾い上げ、己の知識と照合し、解析し、貪欲に真実を手繰り寄せる。
「しかしその光沢、見た事がない。金属の剥がれも見えない。金銀よりも筋線と相性が良い新素材を、ふむ。魔法的処理を施した元々地球上に無かった新金属かな? そうだね? そのような新金属を製造獲得し得るとするなら、考えるに魔法成分を含ませた新合金というよりむしろ魔法でもって既存純金属を処理し……」
マーキンが顎に手を当てぶつぶつ考えを纏めていると、角女が蒼褪めて尻男を肘でつついた。
「ちょっとコンラッド、ヤバいよこいつ!!! ただのスケベ少年じゃない!!! やっぱり入間枠だ!!!」
「おい。もういいな? 封印するぞ。これ以上考える時間を与えたくない」
「仕方ないか。やってくれ。すまないマーキン王、恨むなら僕を恨んでくれ」
「……ん? 封印? 僕をか? 何を言っている、僕ほど優れた支配者はいないぞ。それを封印とは一体何を」
マーキンは80年近く、歯向かわれるという経験が無かった。
超越者になってから、同格以上と戦った経験も無かった。
生まれてから一度も島を出た事がなく、島の外の世界を知らなかった。
そして変異によって大幅な知能の向上を受けたものの、元々がアホだった。
最初から不穏な空気を纏っていた三人に二本の杖と一式の腕甲を構えられてようやく、来訪者が不遜にも王を害する可能性に思い当たる。
マーキンは心底驚いたが、それはそれとして素早く玉座の後ろに飛び込みながら盾としてペットの頭を掴んで引き寄せた。
「慈悲深いだろう? 命――――」
「撃ち砕け」
「この一瞬の先を識れ」「××××賢い賢者はいない」「真夜中を抱きしめて」
「君よ、氷河に沈め――――」
王座も盾も迂回して意思を持つが如く飛来した光弾によって顎を撃ち抜かれ、王の詠唱が中断する。
来訪者の蛮行を止めようとした子供たちが一斉にフラフラとよろめく。
両手両足に氷の枷が這いまわり、目の前が真っ暗になる。
マーキンは自分の魔法しか知らなかった。
長い詠唱を短い詠唱で妨害する定番戦法を知らなかった。
三つの口で三つの魔法を同時に唱える化け物を知らなかった。
防御が意味を成さない事実上の即死魔法を知らなかった。
無詠唱魔法も知らなかった。
何よりも、入間の魔法使いという最悪の前例ゆえに、自分が最強格の武装済み超越者三名によって万全の布陣で命を狙われるなどという理不尽な事態を想像すらしていなかった。
とどのつまり、マーキンは世界を知らなかった。
マーキンは一瞬の交戦によって己の致命的な無知を悟り、同時に瞬時に情報を分析し対策を脳内で検討する。
知識武器防具経験技術護衛警戒策略、全てが必要だった。
だが全ては遅かった。マーキンにとって手遅れになるよう来訪者たちが行動したからそうなった、というのもあるが。
ともあれ砂上の楼閣は崩れ去る。
「――――永久凍土に眠れ」
蒼の杖から放たれた魔法が王を捉える。
今際の際の捨て台詞すら凍りつき、エロマンガ王マーキンは玉座と共に冷たい死の眠りに閉ざされた。
王朝は外の国からの使者により、あっけなく崩壊した。
玉座の間にいた王の子供たちは眩暈から覚め、生まれた時からずっと自分に宿っていた魔法の支配印が消えた事に困惑する。
子供たちはざわざわと不安と狼狽も露わに言葉を交わし合う。
彼らは物心ついた時から、王の言葉通りに生きて来た。
そうでなかった瞬間は一度もない。
王に従う生き方しか知らない子供たちは、傀儡魔法が解けてもそれまでの考え方と生き方をなぞった。
「ど、どうしよう。王様死んじゃった!?」
「ガラス割って助けないと!」
王によく似た幼く見える美少年と美少女たちが、一斉に王を閉じ込める氷塊に群がっていく。
その姿を、来訪者たちは物悲しく見つめる。
大氷河魔法の氷は並の強度ではない。
それに、特殊な魔法でなければ溶かす事もできない。
王の支配下で生きてきた呪われた血の子供たちは、王を失ってどう生きていくというのか?
諸悪の根源が王であったとしても、そのせいで苦しむのは子供たちだ。
世界にとっては封印しなければならない危険人物だったとしても、島民にとっては偉大な父であり王であったに違いない。そう思わされ続けていただけだとしても、そうなのだ。
三人は歪んだ御旗を失った子供たちのこれからを想い、暗い気持ちに沈む。
「でも、王様助けて島に利益あるかな?」
しかし。
子供の一人が呟いたその一言で、全員ピタリと動きを止めた。
雲行きが変わった。
「ねえヒヨちゃん!! これってさ!!」
「ああ。案外自業自得だったのかも知れない」
王の洗脳教育は、間違いなく子供たちを根深く犯していた。
ゆえに、子供たちは王の教育通りに効率的に思考していく。
「うーん? 王様いなくても大丈夫そう……?」
「正直、私たちだけで運営できるよね」
「じゃあ問題ないか。王様助けてこの人たちに敵対する方が島にとって不利益になりそう」
「じゃあ助けるのやめとこ」
「それがいい、それがいい」
「ミャオゥ」
「姉さんはもう人間の言葉喋っていいと思うよ」
「あ、そう?」
「うん。マーキン法に則ると飼育者が死んだ時にペット枠から解放されるから」
「そうだった、そうだった」
それは効率主義のマーキンの血であり、物心ついた時から教え込まれた教育の賜物でもある。
子供たちはすぐに薄情な合理的判断を下し、あっさり王を見捨てた。
王は非情で効率を求めたがゆえに、自らもそのように処理される事となった。
自業自得である。
王の子らの中で、最も年嵩の少女。ほんの1分前まで猫耳をつけ四つ足で猫の真似をしていた少女は、コスプレセットを投げ捨て二本足ですっくと立ち、大真面目な顔で三人の超越者にスラスラと言った。
「皆様、ようこそエロマンガ島へ。歓迎したいところなのですが、本島で殺人が起きた場合、王権所有者が裁判を行う事になっています。先王が殺害されましたので、私に王権が移動しました。従って、私が貴女の裁判を行う運びとなります。
しかし一方で、裁判を行ったところで、恥ずかしながら執行部が判決に基づく適切な刑罰を貴女に対し執行できるとは考えられません。ゆえに特例措置として無駄な裁判は省略させて頂きます。
お三方の言動から察するに、来島目的は王の処断にあった御様子。それが終わった今、我々に何をお求めでしょうか? こちらとしては双方に利のある話し合いができればと考えているのですが、如何に?」
「……あー、とりあえず服を」
紳士的なコンラッドは、堂々と全裸で仁王立ちする少女に、饗宴魔法で出したテーブルクロスを出して被せてやる。
少女がテーブルクロスを身に纏って一息つくのを待ってから、礼儀正しく丁寧に答える。
「こちらの要求は一つ。御父上の氷像をエロマンガ島から運びだし、こちらで管理させて欲しい。どうしても嫌なら無理にとは言わないけど、その場合は僕たちの国からエロマンガ島に監視役として駐在員を置かせて欲しい。どちらにせよ適正な対価を払うと約束しよう。
なぜ僕たちがこういう事をするのかは長い話になる。腰を据えてこちらの事情を説明するから、御父上の御世が始まってからエロマンガ島で何が起きていたかもちゃんと聞かせて欲しいな」
大真面目に卑猥な言葉を連呼する勇者の横で、青の魔女と地獄の魔女は再び変な表情を表に出さないよう、かなりの精神力を費やした。
エロマンガの王は無事封印された。
エロマンガ島は、どうやら平和になりそうだった。