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114 夏の日、お中元

 ヒヨリと奥多摩水遊びをした翌日、人魚の魔女がお中元を携え多摩川を遡上してきた。


 むかしむかしのその昔、俺に助けられた人魚の魔女はたびたび多摩川を遡上して贈り物をしてくれるようになったという。

 その贈り物の習慣はいつしか形式が整っていき、毎年8月16日に小舟に満載した海の財宝を人魚の魔女が曳航して持ってくるようになったとか。

 奥多摩フレンズの間で、それは「お中元」と呼ばれている。


 お中元を受け取るのはいつも火蜥蜴たちの仕事だったのだが、今はツバキもセキタンも巣立っていったので、モクタンの担当になった。

 モクタンたちはかなり人魚の魔女に可愛がってもらっていたらしいので、飼い主として礼を言うため、俺はブリキのバケツを持ってモクタンと一緒に河原へ降りた。


 河原風は適度な冷たい湿気を帯びて爽やかに吹き抜けていくが、それはそれとして日差しがキツい。川面に張り出した大樹の枝の影に小舟を停め、小岩に腰かけて休んでいた人魚の魔女は、俺達を見つけるとニコニコ笑って手を振った。蝉の大合唱や川の水音に負けない大きな声で挨拶をかましてくる。


「こんにちはー!」

「こんにちは、人魚さん。見て見て、羽化した。立派になった」

「モクタン? りっぱ。えらい」


 モクタンが人魚の魔女に駆け寄りくるくる回って全身を見せびらかすと、人魚はモクタンを抱きしめぎゅーっとして、頭を撫で、額に何度もキスをした。べたべたと暑苦しい。いま真夏だぞ。


 人魚の魔女は最後に会った時と何も変わっていなかった。

 真夏の太陽を照り返し眩く輝く黄金の長髪に、魚の尾びれのような下半身。顔立ちも、記憶が曖昧だがたぶん変わっていない。ヒヨリ以外の美形の顔を見分けるのは難しいが、特徴的な金髪をしているから判別しやすくて助かる。


 俺はとりあえず人魚の魔女の頭にブリキのバケツを被せ、明るく優しげな顔面を直視せずに済むように処理してから、礼儀正しく挨拶した。


「こんにちは、人魚の魔女さん。お久しぶりです。ウチのペットが長い事世話になったみたいで。感謝を言わせてください。ありがとうございます」

「??? バケツ、なに?」

「あ、それは気にしないでもらって。なんかけっこう良い石炭とか原油とか、海の幸とか、毎年届けて下さったと聞きました」

「あ。そう。ひとかげ、かわいい。えさ、あげた」

「本当にありがとうございます。俺のペットなのに、皆さんがお世話をして下さったおかげでこんなに立派に育ったのを見る事ができました。モクタン、人魚の魔女さんにお礼は?」

「ありがとー!」


 モクタンに感謝を込めてベロベロ手を舐められて、人魚の魔女はくすぐったそうに笑った。うむ、うむ。お礼できて偉いぞ、モクタン。

 しばらくモクタンにジャレつかれていた人魚の魔女だったが、モクタンのお腹をわしゃわしゃしてやりながら考え考え言った。


「あなた、こえ。きいた。むかし。おぼえてる。むかし……すごく、むかし…………

 …………。

 …………!!

 せんせい?」

「あ、たぶん俺がその先生ですね。緊急手術した医者先生って意味で言ってるなら。というか記憶力良いですね」


 俺なんて盲腸の手術をしてくれた先生の顔も名前も朧げだというのに、人魚の魔女は俺を覚えていたらしい。

 頷くと、人魚の魔女はブリキのバケツを被ったままモクタンごと俺を抱きしめてきた。

 全身にぞわりと鳥肌が立ち、頭が真っ白になる。

 バカ、やめっ、あ゛ああああああああああ!!!


「み゛っ……!」

「せんせい、ありがとう。せんせい、うれしい。かぞく、あえた。しゃべる、できる。わたし、いきてる。うみ。よかった。ながい、しあわせ」

「お゛っ……!」


 耳元で感謝の言葉を囁かれ、人魚の魔女の鼓動と体温を感じて朝飯が胃液と一緒に口元まで逆流してくる。恐怖で全身に力が入り硬直しているのに、力が入らず押しのけられない矛盾!

 ふざけるなカス! なーにが「ありがとう」だ! 殺す気かボケッ! どういたしまして!


 パニックを起こし過呼吸を起こしかける俺を救ってくれたのはモクタン・デキルヤツだった。俺の青白い顔を見た救急救命士モクタンは慌てて俺と人魚の魔女を引き剥がしてくれ、九死に一生を得た。

 体力と精神力の99%を一瞬にして削り取られ瀕死で河原に倒れる虫の息の俺の代わりに、モクタンが抗議してくれる。


「ミミッ! 人魚さん、オーリ死んじゃう。オーリ、こういうのダメ」

「? ごめんなさい?」

「見て。オーリ、死にかけの魚なってる。もっと謝って」

「ごめんなさい……」

「よし。オーリ、人魚さん、すごくごめんなさいした。いいよ、できる?」


 日本語が相当怪しい会話だったが、言わんとする事は分かる。

 俺が半死半生で河原の冷たい砂利に横たわったまま頷くと、モクタンは満足気に口から火を吹いた。


「仲直り。よかった」

「よかった? せんせい、ぐったり。まだ。せんせいのせんせい。よぶ」

「ア、ほっといて下さい。今すぐお帰り頂くのが一番助かるというか。スマセン……」

「そう……? しんぱい」

「いや正直今すぐ失せやがって下さるのが一番の薬っていうか……」

「うう……それなら、さよなら。せんせい、また。きょう、あった。うれしかった。さよなら。最も旧き我らが祖よ(ミオ)潮騒(ナシァイ)届かぬ(チリ・)果て(×××)までも(××)彼の(タルクェァ)旅路に(ワンン)祝福を(ウェウェント)


 人魚の魔女は最後にブリキのバケツを被ったままそこはかとなく縁起の良さそうな魔法を唱え俺を尾でさし示した。それから、お中元を満載した小舟を河原にしっかり乗り上げさせてから川を下って去っていった。


 善意の脅威が視界から消え、ようやく息が楽になる。バケツ被せてなかったらゲロ吐いてたな。危ない危ない。

 モクタンは心配そうに俺のお腹のあたりに寄り添って丸くなり、温めてくれる。ありがとうモクタン。でも蒸し暑い。


「モクタン、治癒魔法かけてもらえるか? 一番軽いやつでいいから」

「分かった。痛いの痛いの、とんでけ」

「…………。ありがとう。もう一個上のヤツも頼めるか」

「分かった。千年(ギギッタ××)かけて(ピォス)ようやく(ケッネス)運命を(フェデス)躓かせた(デョウ)


 ほんわかした治癒魔法の光を浴びて、体が楽になり、立ち上がれるようになる。

 俺は木陰で二時間ほど休んでから、モクタンと一緒に今年のお中元の荷解きにかかった。


 人魚姫の宝船には荷が満載されていた。大小さまざまな木箱に小さな浮袋がたくさんついた極彩色の海藻(変異した海洋植物か?)が梱包材代わりに詰められ、中の貴重な品々を保護している。


 まず、デカくて立派なワタリガニや毛蟹、クルマエビの海鮮ボックスには氷が入っていて、真夏日の中でも鮮度がしっかり保たれていた。クルマエビをつついたらビクリと動いたぐらいで、磯の香りも強い。採れたてだ。今日の晩飯は決まったな。立派なスズキも一尾入っている。数日は海鮮づくしになりそうだ。


 別の箱には知らんメーカーのラベルが貼られた藻塩の大瓶。「人魚印の!」という謳い文句がラベルに書かれているあたり、スポンサーについているか何からしい。蜘蛛さんもスパイダーシルクのアパレルやってるし、継火の実家はゴン太大企業だし、現代の魔女は何かしらの企業と繋がりを持っているのが普通なのかも知れない。


 食べ物ばかりではなく、海の財宝が詰め込まれた箱もある。

 鑑定書付の龍涎香の塊。色鮮やかな枝珊瑚。綺麗な貝殻の数々。錆びついた硬貨が一袋。クソデカ法螺貝の笛。何かの骨や、得体の知れない石コロもある。とりあえず海で採れた宝物っぽいものを全部詰め込みました! と言わんばかりのよくばりセットだ。


 玉手箱が紛れ込んでいないのをチェックしてから、俺達は人魚姫がくれた財宝をせっせと運んだ。


「モクタン。また両手空いてるぞ」

「! 忘れてた」


 モクタンは幼体の頃の癖で、口に物を咥えがちだ。両手に餌の木炭を持ったまま餌の木炭を探していた事もあったぐらいで、まだまだ人型に慣れていない。

 途中で蜘蛛の魔女も荷運びに参戦してくれたので、お中元の回収は速やかに終わった。

 食材は土間に置いて、それ以外は蜘蛛の魔女が根城にしている古寺に置かせてもらう。去年までのお中元で長持ちするものは、都心の銀行の金庫に預けてあるらしい。別に売り払ってくれて構わなかったんだけど、俺の周りには律儀な魔女が多い。

 もしかして魔女ってみんな律儀な生き物なのか? ……いや竜の魔女とか継火の魔女がいるわ。ただの個人差か。


 治癒魔法をかけてもらってもしんどさが残っていたので、昼飯は蜘蛛の魔女(の疑似餌)に炙り海鮮ポン酢かけを作ってもらった。口の中も気分もサッパリさせたら、魔王グレムリンの分解に取り掛かる。

 山上氏に質問状を送りつけたり、マモノくんの被り物改良を手伝ったり、それこそ今日のようなイベントをこなしたり、魔王グレムリンの分解ばかりに集中はできていない。だが、それでも分解進捗は全体の40%まで進んでいる。


 全体の四割を分解すると、全体像がなんとなく見え、全体像が分かるおかげで推測できる事もある。

 最近確信を得た事は、部品の複製から推察される魔法文明の限界だ。


 魔王グレムリンは部品を一つ一つ製造しているのではなく、恐らく、一つの部品をコピーしている。

 工業的にコピーしたのか魔法的にコピーしたのかは分からないが、魔王グレムリンの同一形状の部品は全てコピーによって増産されている。

 別種の部品同士のかみ合わせは稀にナノ単位でズレている場合があるのに、同種の部品は一つの例外もなく寸分違わず全く同じ。高度な技術によって精密に部品を一つ一つ製造しているならこうはならない。俺だったらこうはならない、ともいう。

 最初は一つ一つ製造していると勘違いして激ヤバ加工技術に恐れ戦いていたが、分解を続ける内にそうではないという確信に至った。


 山上氏に質問状を送りつけ理論面から検証してもらっているが、魔王グレムリンは多種多様な幾何学グレムリンを組み合わせて効率化・小型化をするより、(非効率的になるとしても)少ない種類の幾何学グレムリンを組み合わせる事を選んでいる、と思われる。


 ザックリいえば、魔法文明の加工技術は、恐らく2024年の地球科学文明全盛期ほどではない。


 無論、魔王グレムリンの設計理論や機構そのものは人類の遥か先を行く。

 ただ人類を上回る高度な理論を、人類を下回る加工技術で実現している……とでも言おうか。

 いや、もちろん、部品を完全コピーで増やしているのは凄い事ではある。しかし最小サイズの部品ですら0.4mmサイズを下回らない。俺ならもっと小さく作れる部品も多いというのに。


 幾何学グレムリンには最適体積というものがあり、大きすぎる幾何学グレムリンは原理的に非効率になる。だから、幾何学グレムリンは小さく作れば小さく作るほど良い。

 従ってわざと大きな部品で魔王グレムリンを作った、というのは有り得ない。

 限界まで小型化した結果がコレなのだ。


 まだまだ遥か遠いと思えていた魔法文明にも、弱点はあった。ありとあらゆる全てにおいて地球文明の先を行っていたわけではないのだ。

 俺の加工技術は、二十一世紀の電子加工技術で代替可能だ。もし人類の電気文明が生きていたら、原理が分からないままではあれど魔法文明を上回る加工技術で魔王グレムリンを小型化=効率化できたかもしれない。


 無意味な想像だがちょっと誇らしい。

 地球をナメるなよ、魔法文明! 貴様らにはできない事が、ほんの一分野に限るとはいえ、俺達にはできるのだ。


 俺の専門外ではあるが、大日向教授も地球文明と魔法文明のミスマッチについて少し話していた。

 魔法文字に使う魔法合金も、恐らく地球では簡単に製造できるが、魔法文明においては極めて高度なものであったと。


 サターイシュ真地核論に基づけば、地球の金属は地核の働きでどんどん魔法金属に置き換わっていっている。あと何千万年か、何億年か経てば、地球上の金属はほとんど全て魔法金属に置き換わるだろう。

 そうすれば、通常の金属を手に入れるのは逆に難しくなる。


 現在の地球は魔法が芽生え間もないから、魔法金属の入手が難しく、通常金属の入手が簡単だ。

 しかし爛熟した魔法文明では、恐らく魔法金属の入手こそが簡単で、通常金属の入手が難しい。

 従って、魔法文字の記述に用いられる魔法合金は、魔法文明的には大変高度なものだと推察される。

 これもまた、地球文明にとって簡単な事が魔法文明にとって難しい一例だ。


 地球文明にとって難しい事を魔法文明にやってもらい、魔法文明にとって難しい事を地球文明がやる。

 そういう形で穏便に交流できれば、世界は平和だったのに。

 侵略じみたグレムリン災害のせいで、地球文明は破壊され崩壊し、もはや平和な交流は叶わない。


 かつて魔王を打倒したアメリカは言った。

「魔王グレムリンは、魔法文明とは何なのかを突き止める手がかりに成り得る」と。

 俺は魔王グレムリンをリバースエンジニアリングのために分解しているが、確かに、魔法技術についてだけではなく、魔法文明についてもなんとなーく見えてくるモノがある。


 魔王グレムリンを分解し尽くし、その知見でもってルーシ王国で待つ魔王グレムリンを上回る超技術の塊クォデネンツを調べ尽くせば、魔法文明とはなにか? なぜシャンタク座流星群がグレムリン災害を起こしたのか? といった謎も分かるのかも知れない。


 俺はしばらく世界の謎について想像と妄想に耽ったが、気を取り直して魔王グレムリンの分解に戻った。

 千里の道も一歩から。壮大な謎を解き明かすためにも、まずは1mmサイズの部品をあと36万個ぐらい分解しないとな。

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― 新着の感想 ―
魔法文明では通常金属が全て魔法金属に置き換わるから通常金属が希少って概念目から鱗だった。少なくとも魔法文明の技術では魔化した金属を還元できなかったのか。魔法世界の法則による縛りや弱点があると、リアリテ…
そういえば、泉ってコピーするイメージあるよね金と銀のやつ でも人名かもなんだよね
>ヒヨリと奥多摩水遊びをした翌日 1対1の水着デートがカットされて悲しい けど、ヒヨリとの関係性はある意味でゴールしてるし、みんなで水遊びしたのは書かれてたからカットもやむなし… >痛いの痛いの、と…
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