111 魔法螺旋の秘奥
小学校で習った対照実験の概念は偉大だ。何しろ時代の最先端を行く地脈接続実験ですらモノを言う。
大日向教授の提案で、俺は奥多摩の愉快な仲間達を招集し、黄金螺旋構造による地脈接続実験を行った。マモノくんの知見に基づき素材や螺旋の縮尺などを微妙に変えた黄金螺旋構造魔法杖を数十パターン制作し、片っ端から試していき、データを取るのである。
まず、蜘蛛の魔女と青の魔女が超越者枠。魔力コントロール激うまと下手っぴで比較が取れるのがマル。
フヨウ、モクタン、マモノくんが魔人枠。超越者の子供とグレムリン埋め込み由来でバランス良し。
大日向教授と俺は一般人枠だ。ここもケモノ変異者と真・一般人で比較できる。
なお、ゲイザーくんは黄金螺旋杖を一本渡したら不思議そうに触手で弄ってへし折ってしまったので実験からすぐ外した。石像遊びに夢中なのでそっとしておこう。
「大利。確かに私は八本脚だけど、黄金螺旋杖を八本装備しても効果八倍にはならないかな……」
「あ、ダメでした?」
「うん。青の魔女が二本持っても一本の時と変わらなかったでしょ? 私も同じ……ずっと持ってるとオエッてなるだけ……」
「私も地脈から汲み上げた魔力を体内に取り込もうとすると吐き気がする。魔力切れの時の感覚と似ていなくもないが、強いて言えば満腹なのにまだ食べようとした時の吐き気に近いな」
「あ、そう、それ。もう無理って感じる……」
魔女組が満腹感と吐き気を訴える一方で、俺と大日向教授は杖を交換しながら首を傾げ合う。
「教授、今度はこっち試してくれ。なんか感じた?」
「…………うーん。これも何も感じないですね。魔力コントロール可否の問題でしょうか?」
「俺も感じない。教授も感じないなら性別差ではないっぽいよな」
「魔女と魔人は魔力コントロールで地脈から吸い上げた魔力と自分の魔力が勝手に混ざり合うのを拒否できるんですよね。勝手に混ざる、という事は私達の魔力には地脈魔力が混ざっているわけで、魔力が混ざったから吐き気がしているわけではないようですね。
撃て! ……ふむ。魔力が混ざっていても詠唱魔法発動にも支障無し。大利さん、保有魔力量の変化を調べたいんですけど、魔力計測器ありますか?」
魔力計測器は新しく作っていないので、魔王杖レフィクルを渡して備え付けの魔力計測器を利用してもらいながら、キャッキャしている魔人組にも声をかける。
「おーい、遊んでないでちゃんと実験もしてくれよ?」
「はぁい♡」
「見て見てフヨウ、二杖流。マモノくん、覚悟。ミミミミッ!」
「おっと。参った参った、降参ですよ。モクタンさんはお強いですねぇ」
「私の勝ち。マモノくん立派なクチバシしてるけど、まだまだ精進足りない」
モクタンは黄金螺旋杖を両手に持ってチャンバラごっこをしたがり、フヨウとマモノくんはそれに付き合ってニコニコしていた。微笑ましい。
でも実験は……?
火蜥蜴の時は四足歩行ゆえに持てなかった杖を持てるおかげか、すっかりハイテンションになってしまっているモクタンは理科の実験中に遊び始める小学生のようにハシャいでいる。
まあモクタンが楽しんでるならいいか、と思っていると、地面にうつ伏せになり両手両足に杖を持って四杖流! とか言い始めたモクタンをフヨウに任せたマモノくんがそっと俺の方に寄って来た。
「我々も吐き気は感じませんね。というか、地脈の存在も感じられません。これは魔力コントロール精度の問題でしょうけど。黄金螺旋を通して魔力が上がってきて自分の魔力に混ざり込むのは分かります」
「ふーん……? 魔力混ざっても吐き気は無いんだ?」
「無いですねぇ。ただ、うーん。表現が難しいのですが、混ざった魔力を改めて取り込むと、何か食べているというか飲んでいるというか、そういう共感覚めいたモノは感じますね。ミネラルウォーターか重湯でも飲んでいるかのような」
「なるほど……? 魔力に薄味がついてるって事か?」
マモノくんは思慮深げに頷き、フヨウに蔦でくすぐられて腹を見せ降参し笑っているモクタンの方を見ながら続ける。
「モクタンさんの証言はちょっと要領を得ないですが、概ね私と同じように感じているようでしたね。フヨウさんに関してですが、特に何も感じない……というか、元々漠然と感じていた大地との繋がりと同じものを感じるだけだそうです。今までは土地の養分を感じているのだと錯覚していたようですね」
「え。土地の養分を吸い上げていたと思っていたら地脈吸ってたって事?」
「ある意味では。土地の養分も吸っているし、地脈も感じて吸っている、という両取りですね。フヨウさんの生得的黄金螺旋構造を参考に作った杖と蜘蛛の魔女様の生得的黄金螺旋構造を参考にして作った杖では差異があるかも検証したいのですが、どうでしょうか」
「あー、フヨウ素材と蜘蛛素材の差を確かめようって事ね。それは試す価値あるな。マモノくん図面引いといて、俺は素材取って来る。
蜘蛛さーん! あのさあ! 配下の蜘蛛が脱皮した殻とかでいいんだけどさあ、杖の素材にできそうな蜘蛛素材ってある?」
実験も考察も検証も大忙しで、黄金螺旋構造についてのデータは面白いぐらいみるみる溜まっていった。
しかし実験の内容が内容だ。新分野を開拓する実験は一日では終わらない。実験の途中で日が暮れてきて、河童(&ゲイザー)とオコジョは名残惜しそうに帰っていった。でもフヨウ型木製黄金螺旋杖と蜘蛛型甲殻質黄金螺旋杖を一本ずつ持ち帰っていったから、次に時間の都合をつけて遊びにくる時にはデータも持ってきてくれるだろう。
それから二週間の間、俺は黄金螺旋構造の研究に努めた。素材にこだわり、構造にこだわる。ヒヨリと蜘蛛の魔女がすぐにフィードバックをくれるので、調整はスムーズに進んだ。
それで分かったのは、黄金螺旋構造は地脈接続におけるベストな形では無かった、という事だ。
蜘蛛の魔女とフヨウが生まれつき持っている黄金螺旋構造は、形状が微妙に違う。そもそも螺旋の巻き方も違う。フヨウは左巻きで、蜘蛛の魔女は右巻きだ。
俺はこれを収斂進化の発露と考えた。
例えば、フクロモモンガとモモンガは種族的には別種だ。しかし見た目はそっくりさんで、同じモモンガの名を冠するぐらいよく似ている。
スイレンとハスも、分類学上の種類が根本的に違うのに、見た目はとてもよく似ている。
こういう種族的には全然違うはずなのに、見た目や特徴が似すぎていて同種に見える現象を収斂進化という。
別の生き物が、同じ外見や特徴に進化し収束する。収斂されるのである。その方が生存上有利だから。
フヨウや蜘蛛の魔女の種族も、魔法生物的に黄金螺旋構造の所持が生存に有利に働くから、別の進化経路を辿って同じ構造を獲得したに違いない。
俺は二人が持つ黄金螺旋構造を参考に、どちらとも違う黄金螺旋構造を考案した。
結果だけで考えれば、フヨウと蜘蛛の魔女が持つ構造は、最適形状に辿り着くまでの進化の途上だったと言える。具体的には貴金属比にフィボナッチ数列を代入した数列に基づいて作図した螺旋構造こそが最適形状だと突き止めたのだ。
ヒヨリが「これが一番強く地脈を感じる」と言っていたから間違いない。高校生ぶりに頭抱えながら机に齧りついて数列と格闘した甲斐があったってもんだ。
幾何学といい数列といい、魔法ってやつはいちいちインテリぶった数学野郎がダル絡みしてきて困るぜ。しかしそれを扱い使いこなしている俺はやはり天才。
工房の椅子に背をもたせかけ、ずっしり重い疲労感に身を任せる。この二週間で一年分ぐらい脳みそ使った気がする。
もうがむしゃらに器用さゴリ押しで加工だけしていればいい時代は過ぎたなこれは。時代が進み、魔法学は進歩した。思いつきだけでやれる事は、既に粗方試された後だ。これからはしっかり頭を使っていかなければいけない。
いや昔も大学に頭脳労働任せて俺が加工担当って感じだったから、今も昔も頭は使っていたわけだけど……それはそれとして……
椅子に座ってうつらうつらしていると、玄関のベルが来客を告げた。
誰が来たのかと立ち上がって出迎えると、ヒヨリが縮んだゲイザーくんを抱っこしたマモノくんを連れてきていた。
二週間ぶりのマモノくんは興奮した様子で、早口でまくしたてる。
「こんにちは大利さん! 大発見! 大発見ですよこれは。追試はこれからですが、まず間違いない大発見です。この大発見は真っ先に大利さんにお伝えしなければと思いまして」
「お、落ち着けマモノくん。焔魔法でも詠唱するつもりか?」
何を発見したか知らんが、興奮し過ぎてIQが低下してるぞ。ゲイザーくんもマモノくんの興奮に触発されてギィギィしきりに鳴いたが、ヒヨリにキュアノスの先端で小突かれて大人しくなった。
なんか上下関係できてるな。やはりヒヨリは最強生物か。
マモノくんはゲイザーくんをナデナデして魔物セラピーをして自らを落ち着けると、改めて大発見とやらについて説明を始めた。
「秩父牧場に赴任する時にですね、一通り検査をしたんですよ。健康診断と身体力測定です。魔力も測りました。そこにこの十五日間、五日おきに測ったデータを合わせたものがこれです」
言いながら、数枚の書類を押しつけてくる。
マモノくんの各種測定データと、それをまとめたグラフだ。
「あー、と……魔力が落ちて……握力上がってるな。腹筋回数も。立ち幅跳び……肺活量……まあ、全体的に気持ち伸びてるな。これが何? マモノくんはこの一週間で筋トレでもしてたのか」
グラフをざっと見た限りだと、五日おきに計測されたらしいマモノくんの身体能力データがじわじわ伸びている。特におかしな伸び方はしていない。体調による誤差というほど小さくは無いが、目を見張るほどにも大きくない。普通に筋トレすればこの程度は伸びるだろうな、という妥当な成長率に見える。
魔力が落ちているのが気になると言えば気になるぐらいか。
データの意味を量りかねて首を傾げると、マモノくんはデータを指でなぞりながら先を話したくてたまらない様子で続ける。
「いいえ、筋トレは一切していません。むしろデスクワーク中心で運動不足だったぐらいで。見て下さい、魔力がゆっくり減少していますね? 対して、身体能力はゆっくり伸びています。
私は魔力回復薬を飲んでいませんし、脱影病にも罹っていません。魔力欠乏も起こしていない。つまり魔力減少を起こす理由がありません。既知の中では。
私がやった事といえば、自分の魔力と地脈魔力が混ざった混合魔力を体に取り込んだだけです。吸収したと言い換えても良いでしょう」
「…………ん? 地脈を使って無詠唱で身体強化魔法を使ったって事?」
意味を量りかねて確認すると、マモノくんは首を横に振った。
「違いますね。これは魔法による一時的な強化ではありません。恒常的強化です。
魔力最大値の減少と引き換えに、永久的な身体機能の向上を獲得したんですよ。
これは一種の鍛錬メカニズムであると、私は考えます。魔物や超越者の物理的にあり得ない身体性能の秘密は、きっとコレに違いない」
そこまで言われ、やっと理解が追いついた。
マモノくんの興奮の理由が分かり、俺は驚愕した。
おいおい、マジかよ。
地脈に接続したと聞いて、あわよくば無限に魔力を汲み上げられたりしないかな、と思っていた。
それがまさかまさかの、まさかだ。
まさか超越者の秘密の一端が解き明かされるとは思いもしなかった。
マモノくんはゲイザーくんを撫でまくりながら、興奮して言った。
「彼らは自己魔力と地脈魔力を黄金螺旋を通して混合し、肉体に馴染ませる事で、魔法的に身体機能を向上させていたんです!」