110 サターイシュ真地核論
政治的にみると、ゲイザーくんとマモノくんの扱いは難しい。
甲1類魔物の違法飼育はテロ行為に等しく、想定される被害規模を思えば死刑クラスだ。
だからゲイザーくんとマモノくんは常識的に考えて死刑なのだが、両方常識外れなおかげで命が助かった。
人に懐き、大人しく、制御可能な甲1類は他に例が無い。その飼育ノウハウを持ち、幽霊グレムリン量産計画の中核を担うだけの能力を持つマモノくんもまた替えの利かない人材。
ゲイザーくんはマモノくんが傍にいないと露骨に不機嫌になり、行動が荒っぽくなる。ゆえにお互いに引き離される事もなく、特例で比較的自由な行動が許されている。
秩父山中の新居と言う名の隔離施設に住み始めた一人と一匹は、どこに行くにも監視がつき、毎日の行動予定の提出が義務付けられている。が、今日に限っては監視を青の魔女が担うという建前で押し、マモノくんはゲイザーくんを連れて奥多摩に遊びに来てくれた。
ヒヨリは三回ぐらい俺に「考え直せ」と言ってきたが、結局最後は頷いた。
それでもゲイザーくんと俺の間に常に立ち、キュアノスの先端を常にゲイザーくんに向けているあたり、考え直した方が幸せだった気がしなくもない。ゲイザーくんにとって。
ゲイザーくんが何か不審な行動を取った瞬間、凍死しそうだもんな。
家を訪ねて来たゲイザーくんは最初体長2mぐらいあって玄関を通れなかったが、風船から空気が抜けるような音を立てて1mぐらいに縮むと、マモノくんの後についてふよふよ浮いて入ってきた。器用なやつだ。
ゲイザーくんはマモノくんの背中に隠れつつ、触手の先についた目玉をしきりに動かし周囲の様子を伺う。そして俺の背中に隠れ顔を覗かせるモクタンと目を合わせた。
「ギィ?」
「ミッ? はじめまして。私モクタン。魔力すごいね」
「ギィギィ」
「喋れないの? 私喋れる魔物。私もすごい」
「ギィ」
「……ドアがきしむ音、なーんだ?」
「ギィギィ?」
「ミー、正解。かしこい」
モクタンがニコッと笑うと、ゲイザーくんもつられてギゲゲゲゲッ! と笑った。笑い声こわっ!
でも雰囲気的にはすっごいほんわかハートフルだ。甲1類魔物の姿か、これが?
空気が温まったところで、俺はほのぼのしているマモノくんを連れて自宅を案内した。マモノくんの河童ハウスを見せてもらったお返しだ。
マモノくんは聞き上手で俺もついついアレやコレやの解説に熱が入ってしまったのだが、案の定というか、一番興味を引かれていたのは火蜥蜴インテリアランプだった。
目を輝かせ河童マスクのクチバシの先がぶつからないギリギリの距離まで顔を近づけ、しげしげと観察する。
「ほう。魔物のグレムリン・インテリアですか。大したものですね」
「お。目の付け所がいいねぇ! それはダイダラボッチのグレムリンを削って作ったやつ。火蜥蜴の幼体に似せて作ってある。しかもだな、見てろよ…………じゃじゃん! なんと尻尾に火がつくんだなーこれが!」
「おぉ~!? すっ、凄い! 本当に生きているみたいですよこれは!」
いいリアクションをしてくれて鼻が高くなる。そうだろう、そうだろう。80年前の作品だろうが、芸術の素晴らしさは時を超えるのだ。
「触ってみてもいいですか?」
「どーぞ」
「では失礼して……ふーむ。鱗の質感が……顎は開かない……瞳まで彫り込んである!? とんだ変態技術だ……芸術の域を超え魔物学的価値すらある……甲1類魔物のグレムリンを使うだけの価値は十分か……」
マモノくんはぶつぶつ呟きながらインテリアを手に取り鑑賞し自分の世界に入っていたが、しばらくすると我に返った。インテリアを置き、しばらく考え込んでから俺に目を向けてくる。
「大利さん、石像の製造は請け負っていますか」
「気分次第。あと仕事内容次第かな」
「では、目玉の魔女様の精巧な石像の製造は可能ですか」
「目玉の魔女の?」
言われ、思い出す。マモノくんの家に目玉の魔女の石像やら肖像画やらがあったな。見た時は気にしなかったが、今思えばゲイザーくん関連の何かだったのだろう。
詳しく話を聞くと、ゲイザーくんと目玉の魔女は推定同族で、目玉の魔女の石像で遊んでいる時のゲイザーくんが一番上機嫌らしい。河童ハウスにあった石像はマモノくんの自作なのだそうだ。
そういう話なら任せて欲しい。俺は像を作るのも上手いのだ。蜘蛛の魔女の疑似餌をヒヨリそっくりに加工した事だってある。石像ぐらいちょちょいのちょいさ。マモノくんよりずっと上手く作って進ぜよう。
裏庭に置いてある石材を使い一時間ぐらいでパパパッと目玉の魔女の石像を作ると、蛙を触手で捕まえ遊んでいたゲイザーくんがふらふらと寄ってきた。蛙を取り落とし、震える触手を石像に伸ばし、触れ、持ち上げて抱きしめる。
頬ずりならぬ目玉ずりをしてギィギィ鳴いたゲイザーくんは、キラキラと輝く目で熱烈に俺に瞬きをしてきた。
「ギィ、ギギィ……!」
「おい、怪しい事をするな。大利から離れろ」
「あ、大丈夫です大丈夫です。喜んでいるだけです。石像を作って貰って感謝しているんですよ」
不審そうに戦意を高めるヒヨリに、慌ててマモノくんがとりなす。
感謝か。なんか嬉しいな。
甲1類魔物って簡単に懐くじゃん? 目玉畜生でも俺の芸術は理解できるのか。クックック、急に可愛く見えてきたぜ。
「エロ人形の神造型師と認識されたようですね」
「ええ? それはなんかヤだな……」
エロ要素は一切入れていないはずだが。不名誉だ!
種族としての価値観が違い過ぎるぜ。
ゲイザーくんが目玉の魔女のハイクオリティ石像に夢中になりその場からテコでも動かなくなってしまったので、ヒヨリとモクタンを見張りに残し、俺とマモノくんは報酬の話をするために工房に戻った。石像作りだって無料では無いのだ。技術の安売りはしないぞ、俺は。0933は高級路線だからな。
ところが石像の対価の話を始めた途端に玄関のベルが来客を知らせる。迎えに出ると、花柄の小包を口に咥えたオコジョがいた。
「教授じゃん」
「こんにちは、大利さん。ちょっと早く着いちゃいました」
「入って入って。今マモノくんいるけど」
「そうなんですか? クッキー足りるかな……」
せっかくなので教授も工房に通す。小包を咥えてチョロチョロ走ってきたオコジョにマモノくんは目を剥いたが、すぐに正体に気付いたようだった。椅子から立ち上がり、丁寧に一礼する。
「こんにちは。大日向慧教授ですね? 御高名はかねがね。私は日本魔物学会副会長を務めさせていただいております、マモノくんと申します。どうぞ、気軽に『マモノくん』とお呼び下さい」
変なマスクを被っているくせに挨拶は普通だ。
教授の方もマモノくんを知ってはいたようで、リアル過ぎる生々しい河童マスクを視界に入れた瞬間ちょっとビクッとしただけですぐ我に返った。製図台の上に上り、ペコリとお辞儀をして挨拶を返す。
「ご丁寧にありがとうございます。東京魔法大学学長、大日向慧です。マモノくんさんのお話も伺っていますよ。北海道が生んだ天才魔物学者なのだそうですね」
「いやお恥ずかしい。大日向教授と比べれば若輩も良いところですよ」
「長生きをしていれば自然に積み上がっていきますから。世間で言われているほどの大人物では無いですよ?」
「御謙遜を。大日向教授が偉人に数えられないなら、世の博士は全員失職してしまいますよ」
二人が大人の退屈なやりとりをしている間、俺は教授が持ってきた小包を空けてクッキーを貪り食った。
むむむ、美味い。腕を上げたな、教授! いや腕が上がったというより素材の質が上がったのか? ポストアポカリプス時代にアレだけの質のお菓子を作れていた事に驚くべきなのかもしれない。
話し込んでいる二人のためにクッキーを一枚ずつ残して一息つく。
教授の揺れる魅惑の尻尾を目で追っているマモノくんと、マモノくんの精巧な河童マスクをしげしげと見つめている教授の褒め合い謙遜し合いは無限に続きそうだった。
別に無限に横で話を聞いていても良かったのだが、俺がぼーっと話を聞いているのに気付いた二人はハッとして蚊帳の外にしてしまった事を謝ってきた。
「いや、俺は蚊帳の外けっこう好きだから。でもまあ本題に入るならそれはそれで。教授、大学に黄金螺旋構造の話伝えてくれた? どうだった?」
水を向けると、教授はクッキーを両手で持って齧りながら結果を教えてくれる。
「黄金螺旋構造ですが、仮説の証明という形になりましたね。何かしらの機構や魔法による星の核への接続については70年前にインドのサターイシュ教授が最初に論文として言及していました。いわゆる『サターイシュ真地核論』ですね。今までずっと存在予測だけがされていた物を今回大利さんが実証したんです」
「ほう。先駆者いたのか」
新分野の先駆けになれなくてちょっと残念だが、まあ仕方なし。黄金螺旋構造も地脈も、幾何学や風水齧ってる奴なら思いつく事だしな。俺が死んでる間ずっとノータッチだったと考える方がおかしい。
教授の話によると、地脈の存在や地脈との接続についてはたびたび研究されてきていたらしい。
これは「地球はファンタジー世界になったんだし、地脈とかあるんじゃね?」というフワフワした話ではない。科学を基礎とする論理性のある話だ。
前時代には「ダイナモ理論」というものがあった。
要は地球を巨大な磁石である、とする理論だ。
地球の核にはドロドロに融けた高温の金属の核があり、自転と対流によって絶えず動いている。この流れが電流を作り、電流が磁場を作る。地球規模なだけで、原理としては小学生の理科の実験でやった電磁石と大差ない。
この地球規模のクソデカ磁気は、宇宙から降り注ぐ有害な太陽風や宇宙線から地上に住む生物を護ってくれている。磁気のバリアが攻撃を防いでくれていたのだ。方位磁石が北を向く原因でもある。
問題は、このダイナモシステムがグレムリン災害によってどう影響を受けたか。
グレムリンは電気を喰らって育つ。物質を透過して極めて広範囲に広がるから、地球の奥深くの核で起きている発電と磁場発生にも噛んでいるはずだ。
本来、地核で作られた電気が磁場を作り、その磁場によって地球規模の磁気バリアが張られる。ところがその電気をグレムリンが奪ってしまうと、磁場は作られなくなり、磁気バリアは消える。
磁気バリアが消えた地球は有害な太陽風や宇宙線といった宇宙から絶えず襲い掛かるモノからの防御手段を失い、全地球規模での相当な環境変化が起きる。
はずである。
ところが、そうはならなかった。
方位磁石は相変わらず機能しているし、オーロラも見える。太陽風や宇宙線の影響も観測できない。
地球の磁気は、依然として機能し続けている。電気を失えば失われるはずのものが、失われていない。
この不可解な現象を説明する仮説は二つある。
一つはグレムリンの伝染能力限界説だ。
地核の中心、ドロドロに融けた液体金属がある場所は地表から2900kmの深さにある。
いくらグレムリンが物質をすりぬけ広がるとはいえ、2900kmものブ厚い岩盤を貫く事はできなかったのだろう、という説。
地下2900kmの実情なんて確認できないから仮説にすぎないが、この仮説が正しければ、地球の核では電気が生きている事になる。
電気が生きているなら磁力も生きている。地球の磁気が失われていないという事実をスマートに説明できる。
もう一つの仮説が件の『サターイシュ真地核論』だ。
これは地核の電気はグレムリンによって失われ、磁気のようでいて磁気ではない新たな力が生まれている、とするものだ。
グレムリンは2900kmの岩盤を貫き、地核にまで到達しているという考えに基づくこの理論によれば、地核で日夜莫大な量のグレムリンが育ち続けている。
高温の液体金属の流動が電気を作り、その電気をグレムリンが吸い上げ成長する。成長したグレムリンは高温によってドロドロに融け、液体金属と混ざり合う。
故・サターイシュ教授が注目したのはまさにここだ。
電気を吸って育つグレムリンは電気の塊であると考える事ができる。莫大な量のグレムリンが高温高圧下で金属と混ざり合った時の反応を、人類は知らない。
グレムリンによって失われた磁気と似た働きをする力場を、グレムリンは作り出しているのではないか?
この理論は魔法金属の発見と研究によって補強され、学会で年々声を大きくしていった。
グレムリンの干渉によって金属が影響を受け変質する。深海の水圧によって変質する深淵金の例もある。
ならば、地核で生じたグレムリンが高温高圧下で液体金属と干渉し合い、未知の魔法金属に変化していたとしても何の不思議もない。
星の地核が、グレムリンによって変質し、何万年もかけて星の環境そのものを変貌させていく。
実際には数式やら成分推定やらが絡んでくるからもっと複雑なのだが、ざっとこれが「サターイシュ真地核論」の概要だ。
「OKだいたい分かった。
つまり地球の核にクソデカグレムリンができている。
そのグレムリンがドチャクソいっぱい特別な魔法金属を作っている。
その魔法金属が生み出す力場か、魔法金属そのものか。とにかくなんかそういうのが地脈の正体。
これで合ってる?」
「素晴らしいまとめです。付け加えると、サターイシュ真地核論によれば地核で作られた魔法金属が地表に押し出されるか湧き出すかするまでに最短でも約5万年かかります。青さんが『地脈が薄い』と言っていた事にも説明がつきます。地球の地脈は、きっとまだ生まれたての赤ちゃんなんです。弱くて当然、薄くて当然なんですよ」
教授が話を結び、俺とマモノくんはほへーっと感心の息を吐いた。
なんとも壮大な話だった。5万年。想像もつかない途方もない年月だ。
地球の電気が封じられ、魔物が現れ、魔法が広まり、環境は激変したと思っていた。しかし、まだまだ変化の途中だったらしい。
魔法金属の使用を前提とした魔法があるのも納得だ。
魔法文明では、きっと天然の魔法金属が採掘できるのだ。
地球がこれから五万年以上かけて歩む道のりを歩み終えていて、色々な魔法金属が当たり前に使われていたのだ。
人類が鉄や銅を当たり前に使うように。魔法文明にとっては魔法金属こそが普遍的で当たり前の金属だったに違いない。
色々と腑に落ちる話だった。
しかし、まだ分からない事もある。
俺が質問しようと挙手する前に、マモノくんが挙手して大日向センセーに尋ねた。
「地脈の話は理解できました。しかし、黄金螺旋構造との関係は? 青の魔女様は黄金螺旋を通して自分の魔力が地脈と混ざり合ったと証言されたというお話でしたが」
俺が聞きたい事を代わりに聞いてくれたマモノくんに、オコジョは満足そうに微笑んだ。
「そこなんですよ。流石の着眼点です、マモノくんさん。結論から言えば、地脈と黄金螺旋の関係性は分かりません。
サターイシュ真地核理論は紙上の理論であって、先日大利さんと青さんが地脈の存在を確認するまで理論が正しいのかどうかもハッキリしていませんでしたから。
地脈との接続についてはサターイシュ真地核理論で触れられています。魔王グレムリンから分かるように、魔法文明は大変高度に発達していたはずです。その魔法文明が地脈のエネルギーや資源を全く利用していなかったとは考えにくい。人類だって地核由来の地磁気を技術に組み込んで利用していたわけですしね。方位磁石とか。
その接続方法が黄金螺旋構造だったというのは新情報です。現状分かっている限りではフヨウさんの素材を使わないと接続が成立しませんし、地脈がまだ未熟なせいで接続が弱い。青さんレベルの魔力コントロール技術があって初めて存在を感じ取れる程度でしかありません。
地脈と黄金螺旋の関係性についてはこれからの研究に期待ですね」
学者二人は質疑応答に満足したようで、アレコレと関連雑談を始める。
いやいや、待ってくれよお二人さん。何を果報は寝て待てみたいな顔をしてるんだ?
楽しいのはここからだろ?
大日向教授はサターイシュ真地核論に詳しい。
マモノくんは魔物や超越者が生まれつき持つ黄金螺旋構造に詳しい。
そして俺はすごく器用。
三人寄れば文殊の知恵って言うし。
三人合わせれば謎を解き明かせると思わないか?
「教授、マモノくん。話いいか? マモノくんは石像依頼の報酬として半強制ぐらいで聞いて欲しいんだけど、ちょっと一緒に研究しないか? 杖を通して地脈にアクセスできてるなら、杖を使って地脈から無限の魔力を引き出したりできそうだと思うんだよ。つまり俺の杖をもっともっと進化させられる! ……かも知れない。な? 協力してくれないか」
「あー、と。私は夜までには秩父山中に戻らないといけないので。本当にちょっとした協力しかできませんが、それで良ければ喜んで」
「私も大丈夫ですよ。専門外なのでどこまでお役に立てるか分からないですけど、こんな面白そうな話見逃せません!」
二人とも乗り気で安心する。
ノリの良い友達が増えて良かった。
そうと決まれば善は急げだ。
みんなで実験しようぜ!!