109 黄金螺旋構造
ヒヨリが「新聞を取るなら花梨新聞にしろ」と言った意味は、蘇生魔法騒動を経てようやく分かった。
花の魔女をCEOに置く花梨新聞社の花梨新聞は、他の新聞社と比べ情報が少なく、遅い。ティアマト襲撃の翌日には他の新聞社と同じように東京湾怪獣バトルを一面に挙げたのだが、他の新聞社と違い、二面からはいつも通り。魔物園で虎魔物の赤ちゃんが生まれたとか、小学校の職業見学先に首相官邸が追加され首相との握手体験が行われたとか、ほのぼのニュースばかりだ。
大ニュースの記事量が少なすぎるので物足りなくなって他の新聞も買ってみたのだが、これがまあ酷い。
「マモノくん、東京侵略計画か!?」「蘇生魔法の独占禁止について独占インタビュー!」とかなんとか、あることないこと煽る煽る。
マモノくんは東京侵略計画なんて立てていない。しかし「計画か!?」と疑問形にする事でギリギリ嘘にはなっていない。
蘇生魔法の独占なんてされていないし、むしろ幽霊グレムリン養殖事業を開始し独占からほど遠い計画が進められている。だが、まるで独占しようとしていてそれに対する対抗勢力が動いているかのような書きぶりだ。混乱を避けるための施策を批判する事で混乱を生む泥沼。
どの記事もギリギリ嘘は書いていない。しかし出所も真偽も怪しい情報が、購読者の不安と興味を煽るように膨らまされ書き散らかされていた。俺も一応は一連の事件の当事者だったから、いかに情報がねじ曲げられているのかよく分かった。
その点、花梨新聞は情報の裏取りがしっかりしている。
情報が少ないし遅い分、その情報には間違いが無い。簡潔明瞭に情報がまとめられている。辛いニュースを見たくない、でも世間の最新情勢は追いたい、という人々の間で根強い人気を持ち、余計な煽りも思想の偏りも無い。
……いや思想の偏りはあるか。
花梨新聞は絶対に花の魔女を筆頭とするアルラウネ族の悪口を書かないし、記事の中に花の魔女への賛美や好意を刷り込むような文言が紛れ込んでいる。私は清廉潔白な新聞ですよ~、みたいな顔しておいて、情報操作するつもり満々なのだ。
電気文明全盛期、情報時代の手口を知っている魔女はこれだから。
とは言え比較的信頼性の高い情報源には間違いないので、花梨新聞にはこれからもお世話になる。フヨウも推してるし。当たり前だけど。
新聞から情報を得る一方で、俺は特権的に事件の渦中にある人から話を聞く事ができる。
ヒヨリは蘇生魔法の性能詳細や普及計画についてオフレコだと念押しした上でペラペラ教えてくれるし、マモノくんは秩父山中に確保したゲイザーくん及び幽霊魔物飼育牧場建設予定地についてペラペラ教えてくれる。大日向教授から蘇生魔法迂回詠唱の研究進捗について詳細に書かれた手紙が届いたりもする。
情報規制はぐだぐだだが、これでいいのだ。
なにしろ、俺も国家機密級の魔法杖無詠唱機構や、魔王グレムリンの解析状況についてペラペラみんなに話してるから。
もはや奥多摩は機密情報の無法地帯と化している。最高だな!
新聞には書かれていないのだが、ヒヨリが倒したティアマトの素材はけっこうバラバラな組織に持って行かれたらしい。
まず二割は超越者連盟の取り分だ。
超越者連盟はヒヨリが持っている真空銀の証明書を発行している国際組織で、超越者が倒した甲類魔物の素材の二割を徴収する。その代わりに超越者は国家の枠組みを超え様々な支援を受けられるのである。
一割は行政が持って行く。
今回の場合は日本政府だ。この徴収割合は討伐された甲類魔物がもたらした被害規模によって増減し、最小で一割。最大で七割まで膨れ上がる。この素材から得られる収入は魔物被害の補填や復興に充てられる。
昔はこの行政の取り分は無かったようだが、過去に周辺被害を無視してわざと派手に甲類魔物を倒す厄介者がいたらしく、そのバカのせいで周辺被害がなくても最低でも一割の徴収が行われるようになったそうだ。
ヒヨリはティアマトとの戦闘で限りなく周辺被害を抑えたが、一割は徴収され、今後甚大な魔物被害が出た時のためにプールされる。
さらに一割は、解体業者が取る。
甲類魔物は巨大な奴が多く、ティアマトも例外ではない。放置すれば腐敗していくし、素材の解体・運搬・保管も一苦労。素材価値鑑定も専門知識を要する。一割は安い方だ。
そして四割を関係各所に取られ残った六割が今回のヒヨリの取り分になる。
ヒヨリに何か欲しい素材はあるかと聞かれたので、俺は例によってグレムリンを要求。ついでに氷漬けの頭も。俺に極大サイズの綺麗な黄色グレムリンと生首一つを貢いだヒヨリは、残り全てを気前よく可愛いオコジョちゃんに貢いだ。手元に何も残さない貢ぎぶりにちょっと心配になる。
貢ぎすぎだろ、と苦言を呈せば、二人で百年暮らすだけの資産はもうある、と言われてしまい、それ以上何も言えなくなった。
80年の旅の途上で甲類魔物倒しまくったみたいだしなぁ。俺も稼いでいる方だと思っていたが、青の魔女様は桁が違うぜ。
ティアマトのグレムリンは60mmが三つで、どう加工してやろうか創作意欲が刺激される。が、ひとまずはお預けだ。やりたい事が溜まり過ぎているから。
魔王グレムリンの分解がまず30%までしか進んでいない。これは魔法杖職人として極めて学びが大きく面白い作業だし、ルーシ王国のクォデネンツ解析の前段階として早めに終わらせておきたい。
加えて、マモノくんから学んだ知識から着想を得た魔物生体機構由来の魔法杖改良案も試したい。
大学レベルの知識を修めた魔物学者の中では常識なのだが、魔物にはある程度の共通した機能がある。魔物の分類は「甲乙丙」の脅威度分類が有名だが、所持している機能由来の分類法もあるぐらいだ。
例えば、収納袋。これはフクロスズメの物が有名で、フクロツバメやドラゴンも持っている。
彼らが持っているお腹のところにある腹袋は、体積や重量を無視して物を収容できる。腹袋は必ずだるだるの皮でできているため、腹袋を持つ魔物は共通の祖先を持つのではないか、と言われている。
ドラゴンとフクロスズメは同じ祖先を持っているにしては違い過ぎるが、現状、腹袋を持つ魔物は空を飛ぶ魔物か、空を飛ぶための痕跡器官をもつ魔物しか確認されていない。ドラゴンとフクロスズメの祖先が同じだという説はあながち荒唐無稽でもない。鳥の先祖は恐竜だっていうし。
面白いのは一部の魔物に見られる螺旋構造だ。
フィボナッチ数とそこから導き出される黄金比は、地球の自然界でも多く見られる。
例えば、百合やコスモスの花の花びらの数はフィボナッチ数に支配されている。ひまわりの種のつき方もフィボナッチ数によって定められる。
大自然が、長い進化の過程で出した生存を有利にするための一つの解答としてフィボナッチ数という数学を採用しているのだ。
フィボナッチ数から導き出される1 : 1.618の比率、即ち黄金比の具現である黄金螺旋もオウムガイの殻を代表とする自然界の生物の特徴として現れている。
要するに、自然界には数学的な規則正しい螺旋形状が隠れているのである。
これは魔物においても同じ事が言える。
ある種の魔物も黄金比に基づく黄金螺旋構造を体のどこかに持っている。
体表の模様として持っている魔物もいるし、内臓や骨に黄金螺旋構造が刻まれている場合もある。
この黄金螺旋構造は強大な魔物ほど現れやすい。乙類上位から甲類魔物にかけては特に顕著で、ゲイザーくんも持っている。ティアマトにもあった。生首を確認したところ、瞳の中にこの模様が確認できたのだ。
やはり、である。口からビーム吐いてたしあるとしたら頭部だと思って取り寄せた甲斐があった。
マモノくんはこの黄金螺旋構造を、単なる生物学的特徴でも、強力な魔物に共通する特徴でもなく、強力になるために必要な特徴である、という説を提唱している。
根拠の一つは強力な魔物の多くがこの特徴を持っている事。
甲1類魔物の中にも黄金螺旋構造が確認できない個体はいるが、身体内部構造の確認が難しいような部位が黄金螺旋構造になっていた場合、見逃す事は十二分に有り得る。例えば血管の配置が黄金螺旋になっていたとしても、なかなか分からないに違いない。
また、一部の超越者も黄金螺旋構造を持っている。
主に非人間タイプだ。
マモノくんが確認している限りでは、七人の非人間型超越者のうち、六人の身体構造に黄金螺旋があった。透明人間である幻の魔法使いには確認できなかったから、人間と見た目が違えば必ず黄金螺旋を持っているというわけでも無いようだが、確認率は大変高い。
蜘蛛の魔女の黄金螺旋構造もマモノくんが確認している。お腹のところにある疑似餌収納用の窪みの中の疑似餌と本体を接続する部分が黄金螺旋構造になっていたそうだ。
これは蜘蛛の魔女を除く蜘蛛系の魔物には確認されていない。
フヨウも黄金螺旋構造を持っている。
花弁スカートの中に潜って調べたのだが、主根が黄金螺旋を描きながら地中深くに伸びていた。フヨウがこうなら、母親である花の魔女も黄金螺旋構造を持っているに違いない。
アルラウネ族以外の植物魔物で、黄金螺旋は確認されていない。
以上のような事例から、俺は黄金螺旋は何かしら魔法的に有利な図形であると判断した。
強い魔物だから、強い個体だから黄金螺旋が現れるのか?
黄金螺旋を持つから強くなるのか?
どちらなのか判然としない。だが、魔法的に有利な図形であるなら、取り入れない手は無い。
俺は魔物や超越者、魔人に現れる魔法界の黄金螺旋構造について十二分に観察した後、キュアノスを預かり、柄にフヨウの主根をベースにした黄金螺旋構造を組み込んだ。柄の材質もフヨウに頼んで主根と同じものにしてもらった。
工房でできたての改良キュアノスを受け取ったヒヨリは、手に持った途端にサッと放してしまった。キュアノスが硬質な音を立て工房の床に転がる。
ヒヨリは警戒を露わに一歩下がる。
ほう。
何かあれば儲けもの、と思ったが、何かしらの効果があったらしい。
「どんな感じだ? 何を感じた?」
「魔力の流れが……変だ。今度は何をした?」
自分でも自分が何を感じたのか分からない様子のヒヨリに、俺は今回の改造について説明した。
柄に仕込んだ黄金螺旋構造と材質変更、その由来について聞いたヒヨリは、恐る恐る杖を拾い、目を閉じて集中する。
「……魔力を注ごうとすると、柄の螺旋に沿って引っ張られる。それに抵抗すると……何かを吸い上げているようだ。これは、そうだな。混ざる、というのか」
「意味が分からん。分かりやすく頼む」
要領を得ない呟きに注文をつける。
魔力コントロールができれば言葉の意味も分かるのかも知れませんがね。
俺には分からんのだ。一般人にも分かるように説明してくれ。
注文を聞いたヒヨリは、杖に意識を集中しながら考え考え言葉を選び説明する。
「ストローで飲み物を飲むだろう? 強いて言えばアレに近い。飲み物を吸って、口を離すとストローの中の液体は勝手に容器に戻る。汚い話だが、その時にツバが混ざる。黄金螺旋の流れに従って魔力を流したり引き上げたりすると、何か妙な魔力が混ざるようだ」
「……それ何かに感染してないか? やめた方がいいんじゃないか」
キノコパンデミックや脱影病の例もある。怪しげな魔力を混入させて変な病気になったら大変だ。
心配して中止を提案したが、ヒヨリは首を横に振った。
「いや。悪い物には感じない。むしろ……これは………………………………………………」
ヒヨリは言葉を止め、動きも止めて、長々と沈黙した。
時折キュアノスの石突で床を叩いては、首を傾げ、沈思黙考する。
あまりにも長く考え込んでいるので、俺は漫画を工房に持ってきて読み始めた。
しかし、一冊読み終わってもまだ考え込んでいる。長い。どんだけ考え込むんだお前は。
そして二冊目の中盤まで読んだところで、ようやくヒヨリは目を開け意識を現世に戻した。
「掴めたと思う。これは……おい、何を読んでいる? 私がこんなに苦労して、」
「いや暇だったから。一時間もボケーッと待っていられるかよ。で、どうなんだ」
「はぁ……まあいい。結論からいえば、いわゆる地脈に接続できたと思う」
「なんて?」
予想外のスピリチュアルな単語が飛び出してきて聞き返すと、ヒヨリは自信が無さそうに繰り返した。
「地脈だ。龍脈でも力線でもライフストリームでも、呼び方はなんでもいい。星の内部を流れる大きな力の流れにアクセスした。と思う」
「な、なんか分からんがすごそう……!」
「私にもこれが何を意味するのか分からない。が、すごそうだ」
二人揃って小学生並の感想を漏らし、すごい、と繰り返す。
なんかすごそう!!
「ヒヨリヒヨリ、地脈にアクセスするってどんな感じなんだ?」
「なんというか……すごい。しかし薄くはある。薄口の出汁の大海原に舌の先をつけて舐めたような……?」
「なんだそりゃ。えーと、つまり、地脈は大規模だけどパワーが低いし、蛇口も小さいって事か?」
「た、たぶん? 私も感覚を研ぎ澄ませてようやく朧気に捉えただけなんだ。だからよく分からない。とりあえず、すごい物ではある。それは間違いない」
なるほど。それはすごい!
で、何がどうすごいんだ?
さっきからすごいのは伝わってくるが、実態がいまいち分からんぞ。
「地脈にアクセスするとどうなるんだ? 星のパワーを引き出して使えるとか?」
「いや。そういう感じでは無さそうだ。いやそういう感じなのか? 星の力というと強力なようだが、感じられる魔力、力の流れは弱い。フクロスズメの方が遥かに強く感じられるぐらいだ。これは……弱っているのか? いや未熟? 接続強度が低いだけか?」
ヒヨリは一生懸命感覚を言葉にしようとしてくれるが、どうもふにゃふにゃしてよく分からない。
地脈を感じているヒヨリ本人ですら朧気でよく分かっていないのに、それをまた聞きする俺に分かるわけもない。
再びブツブツ呟きながら杖を通して感じる感覚に集中し自分の世界に入ってしまったヒヨリのために、俺はお茶と菓子を準備しに台所へ向かった。
いつもすまんな、ヒヨリ。俺が天才的な新機構を作りまくるせいで、それを使いこなそうとするヒヨリは大変だ。
しかしヒヨリもまた天才。必ず地脈の正体と活用法を見つけてくれると信じてるぞ。