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108 マボロ氏とサザレイ氏

 なんとなく、自分は死なないと思っていた。

 その驕りが打ち砕かれたのは死んでからだった。


 弦嶋(つるしま)ギュゲス(24)は「幻の魔法使い」の二つ名を持つ超越者である。

 本名がいわゆる妖怪ネームなので、学生時代を通して周囲から浮きっぱなしで親を恨んだが、今はもう諦めている。

 名乗るだけで話のタネになるのは数少ない妖怪ネームの利点であったし、防衛省に就職してからはずっと二つ名で呼ばれているからだ。

 ド田舎では未だに魔人や超越者に触ると魔物になってしまうという迷信が残る地域があるぐらいだから、透明の赤子として生まれた自分をウキウキで育ててくれた両親の ち ょ っ と 浮つきすぎな名付けぐらい受け入れるべきなのだろう。


 むしろ浮ついていたのは己自身だというのを、幻の魔法使いは初の甲1類戦で思い知った。

 超越者の例に漏れず、幻の魔法使いは頑健な肉体を持っていた。透明人間であろうが肉体強度は他の超越者と遜色無い。並の魔法を受けても小突かれた程度だし、常人なら即死する魔法でも切り傷や打撲程度で済んでしまう。

 大学の戦闘学科でダイナマイトの恐ろしさを習ったし、卒業試験で甲3類を狩ったりもした。だが、実感として身の危険を感じた事は生まれてから一度も無く、なんとなく、死は自分とは縁遠いところにあるものだと思っていたのだ。


 甲1類魔物である「四頭竜ティアマト」及び「睨み屋ゲイザー」出現による緊急出動で、幻の魔法使いは目を覆いたくなるような悲しい事故死をした。

 誤報によってティアマトを助けた挙句、そのティアマトに吹き飛ばされたゲイザーの巨体に圧し潰され圧死したのである。

 撤収指令に従い、戦場に背を向けて走ったのがいけなかった。

 轟音を聞いて振り返り、迫りくるゲイザーの巨体を前に慌てて防御魔法を唱えようとしたのも悪かった。緊急防御を使えば良かったのに、くぐった修羅場の数が少なすぎて頭が真っ白になってしまい、咄嗟に出なかったのだ。


 人類を超越しているからこその超越者。

 しかし、その超越者も死ぬ時は呆気なかった。


 幻の魔法使いは死後の献体登録をしていた。

 青の魔女を筆頭とした蘇生魔法探求の試みは知っていたが、蘇生魔法などというものは「人類はかつて月に立っていた」という昔話と同じぐらい信じられない絵空事だ。家族は花葬(※アルラウネ族による葬儀)を選択しない事を寂しがったが、防衛省に入るにあたり、献体登録をした方が何かと印象が良い事は確かだった。


 人類が魔法を得てから約90年。蘇生魔法は発見されていない。

 ならばこの先も発見されないだろう、という見通しはとても常識的なものだ。

 しかし常識破りの青の魔女が蘇生魔法を発見していたため、常識は覆り、幻の魔法使いは復活した。


 復活では、献体登録が裏目に出た。

 東京魔法大学の魔法医学科と変異学科が献体登録を盾にこれ幸いと死体を弄り回し、舐め回すように(本当に舐め回された可能性も否めない)散々調べ尽くした後、死後三日経ってようやく蘇生魔法がかけられた。

 儀式魔法十一祭具を用いた儀式蘇生魔法の実行は可能か? という実験によって蘇生した幻の魔法使いは、蘇生後にもイヤというほど体を調べ尽くされ、二日経ってようやく帰宅を許された。

 ニチャついた笑顔を浮かべた変異学科の教授陣はまるで幻の魔法使い本人より幻の魔法使いのカラダを隅々まで知っているようで、悪寒がした。奇跡の復活を遂げたのに、汚されてしまったようだった。


 マッドサイエンティスト達に辱められた幻の魔法使いに同情してか、防衛省からは二週間の休養を命じられた。

 現在、防衛省は伊豆大島でティアマトを違法飼育していたクラノム社の強制捜査に大忙しである。大きな外交問題に発展していて、武力衝突も有り得る中、上司はわざわざ菓子折りを持って見舞いに訪ねてきてくれた。

 自分の情報確認が甘かったせいで誤報を元に指示してしまった、と深々と頭を下げられては文句も言い難い。

 鳴り物入りで入省しておいて、間抜けに事故死した自分は省内の笑い者になっているのではないかと危惧していたぐらいであったから、むしろ肩の荷が下りた面もあった。


 上司が帰った後、幻の魔法使いはホッと息を吐き、せっかくの臨時休暇を楽しむ事にした。

 幻の魔法使いは、極めて珍しい蘇生魔法経験者である。省内官舎住みでなければマスコミが押し寄せ休暇どころでは無かっただろうが、幸いビッグニュースが多すぎて幻の魔法使いへの注目は相対的に小さかった。


 コーヒーを淹れて飲みながら、ソファに座り、購買で買ってきた情報誌をテーブルに広げる。事件から5日が経っても未だに甲1類事件は各紙面を賑わせていた。


 全国紙の一面は甲1類ゲイザーくんの受け入れ先問題について論じられている。

 今のところ、秩父山中か伊豆半島、銚子岬あたりが有力候補らしい。都心で飼育されるのは不安だが、甲1類襲来を素早く察知し迎撃ができるぐらいの距離に居て欲しい……という何とも都合の良い兼ね合いである。

 情報操作の一環なのか、ゲイザーくん、と親しみを込めて書かれているが、そのゲイザーくんに圧し潰されて死んだ身としてはなんとも苦々しい。


 経済紙の一面はクラノム社が不名誉に飾っている。

 クラノム社の株価は急落し、破産が確実視されている。それに引っ張られアイルランド連合国の他企業までとばっちりを受けている。

 反面、クラノム社を除く魔獣牧場系の企業は昇り調子だ。特に新魔獣調教を主軸に置いている企業は注目の的で、幽霊グレムリンの安定確保や養殖がいかに重要視されているのかよく分かる。


 魔法紙は案の定蘇生魔法で持ち切りだ。

 蘇生魔法の重要性や発展性、制限、特権的利用への危惧などについてズラズラと有識者たちがコメントしている。ただ、紙面のかなりの面積を割いて「蘇生魔法の民間利用研究が進行中」「軽挙妄動を慎むように」と繰り返し書かれていた。

 広報と警告でどれだけ混乱が抑えられるのか分からないが、やらないよりはずっと良い。


 週刊誌は一番牧歌的で、青の魔女の熱愛報道が雑誌の半分以上を占める有様だった。

 東京を不在にしている期間が多かったとはいえ、青の魔女人気は根強い。「青の魔女と赤の魔女」「魔物たちの挽歌」といったグレムリン災害直後の時代を題材にするいわゆる動乱劇マンガが現在進行形で連載されているため、現代っ子にも馴染みは深い。

 青の魔女の熱愛にハートブレイクを起こした芸能人が心神耗弱で病院に担ぎ込まれたという真偽不明の噂が面白おかしく書き立てられる一方で、青の魔女のメス顔を引き出してのけた謎の男の正体については異常に情報が少なく、関係各所からの圧力が窺える。

 かくいう幻の魔法使いも、上司にそのあたり釘を刺されている。


 状況を整理すれば、謎の男が何者なのか大体察しはつく。圧力の源だろう青の魔女もそれは承知に違いない。

 大統領や未来視一族のようなものだ。存在を知られるのは仕方ない、往来を出歩きもする。しかし行動予定を押さえるレベルで付きまとうのは許されないし、有象無象が護衛を突破し近づけば排除される。そんなところだろう。


 情報紙にざっと目を通し、自分が死んでいる間の出来事を確認した幻の魔法使いは、時計を見て既に夕食時になっている事を知る。それからコーヒーを飲み干し、購買で買った軽食を手に作業部屋へ移動した。

 作業部屋とはいうが、実質趣味部屋である。壁は漫画や小説、フィギュアを収納した棚で埋められ、天井にはポスターを貼っている。

 幻の魔法使いは椅子にどっかり座り込み、作業机に置きっぱなしの白紙の原稿に溜息を吐いた後、七日ぶりに目玉の使い魔を起動した。


「もしもし。サザレイ氏?」


 しばらくの沈黙の後、感情の抜け落ちた平坦な女性の声が返った。


「マボロ氏。おひさ」

「おひさ。俺がいない間なんかあった?」

「いや。原稿やってた。七日ぶり。どうしたの、仕事忙しかった」

「まあ」


 お互い、正体は知っているはずだ。それでも形式的に白々しく聞いてくるサザレイ氏に、幻の魔法使いはちょっと笑いながら答えた。


 サザレイ氏と初めて会ったのは、五年前の冬コミでの事だった。

 お互いに同人誌を出していて、ブースが隣だった。サザレイ氏は魔力を隠そうともしていなかったし、名前もペンネームを使う意味があるのか? というぐらい直球だったので、誰なのかはすぐに分かった。

 一方で幻の魔法使いも魔力を隠していなかったし、サザレイ氏と同じ露骨なペンネームを使っていたから、人の事は言えない。


「やめたら。仕事。マボロ氏もニートになろうよ」

「いやいや、そうもいかんでしょ」

 

 平坦な声で、しかし本気の誘惑をかけてくるサザレイ氏に苦笑する。

 一度死んで腰が引けたのは事実だが、仕事をやめようとまでは思えなかった。防衛省に就職しようと決めたのは自分自身だ。誰に強制されたわけでもない。

 超越者待遇で就職したのに、超越者らしい華々しい活躍を何もせず退職したのでは格好がつかない。あまりに情けない。


「意地張ってないで国のスネ齧っちゃおうよ。一緒に可処分時間増やして推し活しよ。超越者証明書持ってれば最悪活動保護受けられるんだし。なんなら良い不動産紹介するし」

「あれあれ? サザレイ氏って超越者なんですかぁ!?」

「……私は謎の美少女同人作家。さざれ石の魔女とは無関係」

「ですよねー。バカ言ってないで原稿原稿。どうなんです、進捗は」

「進捗ダメです。うっかり新しい推しカプ沼にハマって時間溶けた」

「ダメそう……!」


 幻の魔法使いは六日間のタイムロスをして焦っていたが、サザレイ氏もばっちりタイムロスしていた。流石は自他共に認める生粋のニートオタクである。沼に足をとられる事に躊躇が無い。

 原稿を落としそうになっても興味を持ったジャンルに突っ込んでいきズブズブ沈むオタクとしてのアグレッシブさは、見習いたくないが見習いたい。


 夏コミに出す予定のサザレイ氏との合同誌は、春の覇権映画の二次創作だ。

 前時代最盛期の電気と情報の時代を舞台にした恋愛モノで、幻の魔法使いにはここ数年で一番ブッ刺さったし、サザレイ氏も時代考証にブツクサ文句をつけはしたが、ストーリーとキャラは高く評価していた。


 しばし、二人で黙々と原稿を進める。

 ただの白紙に情熱と解釈を詰め込み絵にするこの時間が、幻の魔法使いは好きだった。

 場所は違えど同じ時間を共有できる年の離れた友人の存在が、好きな時間をもっと好きにする。


 幻の魔法使いは集中して下書きを2ページ進めたが、3ページ目の途中で詰まった。少し考えたがよく分からないので、有識者に意見を伺う。


「サザレイ氏、サザレイ氏。いま質問よろしいか」

「どうぞ」

「冷蔵庫って乾電池で動く?」

「無理。基本コンセント。ポータブルならバッテリー式も無くは無い、かな」

「バッテリーなんて非オタは存在すら知らんでしょ。どーすっかなぁ。乾電池っぽく描いて注釈で『これはバッテリーです』って入れるとか?」

「若者の乾電池信仰なんなの。無限万能エネルギー源だと思ってない」

「俺は思ってないけど、そう思ってるのが普通じゃないか」


 そもそも、電気に関しての知識は少ないのが普通なのだ。

 電気や雷をナマで見た事のある人は全員鬼籍か化石だ。よく知らなくて当然である。


「はぁまったく。前時代系作品の質が下がるわけだよ。現場の人間の知識不足が目立つんだよね。キャラとストーリーはいいのにさ。新時代の良さを生み出したって昔の良さを疎かにしているようでは完璧とは言えないよ。マボロ氏もそう思うでしょ」

「ババァ落ち着けって」

「お姉さんでしょ。ガキが舐めた口利くんじゃないよ」


 平坦な声の中に怒気を感じ、幻の魔法使いは笑った。

 実際、実年齢はとにかく、リアルで会ったサザレイ氏は紛れもない美少女だった。人工物めいた無機質感は美少女というより美少女人形だったが、それは仕方ない。

 サザレイ氏は動く等身大球体関節人形である。彼女は永遠に若く、寿命が無い。故障はあるから不滅の存在ではないが。


 前時代から生きる古魔女といえば、竜の魔女と青の魔女のイメージが強い。

 強力で派手な逸話に事欠かないイメージがあるが、サザレイ氏のような静かに暮らす者もいる。


 まあ、サザレイ氏は謎の美少女同人作家であって、さざれ石の魔女とは無関係なのだが。

 彼女は幻の魔法使いの同人仲間だ。一緒に趣味に没頭できる友人。それだけで十分だった。


 二人の同人作家はぽつぽつと作業会話をしながら原稿を進めていく。

 そうして初夏の夜は静かに更けていった。


次話から更新ペース3日に1話になります。ご了承下さい。

全部入間のせいです。苦情は入間の魔法使いにお願いします。

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マジかよオレ入間許せねぇよ…(*`ω´*) ってか入間完全消滅したから同じ魔法誰かに継承されてるのでは((( ;゜Д゜)))ガクガクブルブル ま、まぁ人格と脳みその性能は別物のはずなので平和的利用…
赤の魔女は継火のことかな? 新しい超越者が生まれて育って東京魔女集会に加わって大学卒業して防衛省に就職してコミケに参加してるの見て本当に時の流れと復興と成長を感じた。当時は未来視達が戦闘と統治に駆り出…
ついにあのニート魔女に焦点が当てられる日が来たか、と思ったが、特になんの変哲のないニートだった。
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