101 河童ハウス
デートの前々日、魔法杖製作への集中力を全喪失し何も手につかなくなった俺はマモノくんさんの自宅へお邪魔した。何かして気を散らさないと、デート当日を一睡もできずに迎えそうだったからだ。
マモノくんさんの家である河童ハウスはわかば市(旧瑞穂町)にある。青梅市の隣だから、奥多摩からの交通アクセスも良い。蜘蛛の魔女の送迎で人目を忍び夜更けに訪ねた俺を、マモノくんさんは快く歓迎してくれた。
「こんばんは。すみませんね、こんな夜遅くにいきなり押しかけちゃって」
「いえいえ、とんでもない。どうせ夜作業中でしたし。ささ、どうぞどうぞ。我が家の魔物たちを紹介しましょう」
パジャマの上からエプロンを着て、河童マスクもしっかり被ったマモノくんさんは一目で河童モチーフと分かる造形の奇天烈建築、河童ハウスの中に俺を入れてくれた。
靴を履いたままでよいとの事なので土足でお邪魔すると、入ってすぐの玄関に二本の止まり木があり、スヤスヤ寝ているスズメとツバメがいる。もう一本の大きな止まり木には、二対四枚の黄と橙色の翼を持つ巨鳥がいた。
「でっか! これなんて鳥ですか? 不死鳥?」
「この子はサンダーバードのサッちゃんですね。地球原種のコンドルから変異した魔物でして、原種と競合、絶滅させ、ニッチを占有しました。彼女のような地球原種のポジションと完全に入れ替わった魔物は、専門用語で『交換種』と呼ぶんですよ。丙2類です」
「ほへぇ~……」
「こちらは分かりますか? フクロスズメとフクロツバメです」
胸元の羽毛に顔を突っ込んで寝ているサンダーバードを眺める俺に、マモノくんさんはスズメとツバメも紹介してくれる。
丸々太ったずんぐりスズメは俺も知っているフクロスズメだ。ヒヨリも一時期飼っていたし、昔ながらの魔獣だ。
でもツバメは知らない。郵便配達に使われているという知識しかない。
「フクロスズメは分かりますけど、ツバメの方は知らないですね。最近広まった魔獣ですか?」
「最近……まあ、そうとも言えますね。フクロツバメはですね、フクロスズメを元に品種改良で作り出された人工種なんです。北海道魔獣大学が15年前だったかな、それぐらい前に生み出しました。発情魔法を使ってですね、本来繁殖行為が不可能な組み合わせの掛け合わせを行ったんですね。
フクロスズメの従順さを受け継ぎつつ、飛行速度が飛躍的に向上していまして、速達便用の魔獣として主に郵便で活躍しています。ある程度の自衛もできますし、荷物の紛失率は低いです。ただフクロの容量がフクロスズメより少ないので、大型貨物の運搬には不向きですね」
「はへぇ……あ、賞状めっちゃありますね。マモノくんさんってやっぱ色んな大会で優勝とかしてるんですか」
玄関の壁に額縁に入れ飾ってある賞状を指して聞くと、マモノくんさんは苦笑した。
「マモノくん、で大丈夫ですよ。アレは賞状ではなく免許状や許可証ですね。左から、丙類飼育許可証、乙類飼育許可証、丙4類繁殖免許、北海道魔獣大学卒業証書、市街地魔獣飼育資格証明書……色々ありますが、要するに全部魔物を飼ったり増やしたり馴致させたりするためのものです」
「やっぱ色々飼ってるんですか?」
「今はだいたい80種類、300匹ぐらいですかね」
「すっげ……! そんなにいっぱいグレムリン埋め込んで魔力もちます?」
最弱魔物のフクロスズメですら、グレムリン埋め込みには2K必要だ。80種類ならどんなに少なく見積もっても160Kは要る。魔人の魔力は一般人平均より多いとはいえ、決して軽いコストではない。
「魔物と仲良くなる切っ掛けとして、グレムリン埋め込みは必要だというのが定説です。しかしですね、一度警戒心や敵対心をすり抜けて仲良くなれれば、ずっと埋め込む必要は無いんですよ。
埋め込んで魔力を減らして、魔物と仲良くなったら摘出して魔力を戻して……を繰り返していればけっこうなんとかなります。実際、今は一つも埋め込みしてませんしね。
私ぐらい埋め込んだり摘出したりを繰り返す人は珍しいですけども」
そう言うマモノくんはクチバシを上向けてピンと尖らせ、ちょっと誇らしげだった。
なるほどね。俺が火蜥蜴シスターズと仲良くなってからグレムリンを摘出したのと同じ事をやりまくってるのか。
人並みの知性があり、親が魔女のモクタンですら俺がグレムリンを摘出したらモヤモヤしていた。元が野生動物の魔獣とグレムリン無しで友好関係を維持するのは並大抵の事ではあるまい。
それを80種類、300匹とやっているというのだからマモノくんは桁が違う。大した男だ。
玄関がどうやら鳥コーナーのようで、三種類の鳥の他にもモグラ鳥という乙2類の鳥もいた。が、地面に潜って寝ているため残念だがお目にはかかれなかった。
モグラ鳥は巣の直上の地上で大きな足音を立てたり地面を揺らしたりすると不機嫌になるというので、俺は足音を忍ばせた。魔物の生態は複雑怪奇。専門家の指示を忠実に守らないと命が危ない。
廊下にズラリと飾ってある歴史上確認された甲1類魔物スケッチを豊富な解説付きで鑑賞した後(大怪獣とダイダラボッチを見つけてニッコリしてしまった)、温室に通される。
夜なので温室は暗かったが、青白い人魂が浮いていてぼんやり照らされていた。
人魂……幽霊系!? 最低でも乙3類だ。物理が効かず、物理的な障壁をすり抜けるから、温室の中にいるとはいえ実質放し飼い。いいのかコレ?
疑問が顔に出たのか、マモノくんは懐から何かの骨を出して誘うように人魂に向けて振りながら朗らかに言った。
「大丈夫ですよ。彼は分類上は乙3類ですが、脅威度でいえば丙3類相当です。普段は死骸から自然放出される魔力を吸う大人しい魔物ですね。瀕死の重傷を負っていれば寄って来て魔力と命を吸い上げようとするので危険ですが、健常者にとっては無害そのものです」
「それなら……大丈夫なのか?」
「病院から半径200m以内での飼育は禁じられています。色々な規則を守った上での飼育ですから、安心して下さい」
マモノくんは俺に新鮮な骨を渡し、人魂への餌やり体験をさせてくれた。人魂は俺に対し警戒し近づこうとしなかったが、マモノくんが火を灯したランタンを持って奇妙な踊りを踊ると安心したように警戒を解き、近づいてきて骨から何かを吸い上げ満足そうに夜闇に消えていった。
「満腹になったようです。左右ではなく、上下にゆらゆら揺れながら姿を消したでしょう? アレは上機嫌の印なんですよ。かわいいですねぇ~!」
「へぇ~! アレか、火蜥蜴がガスバーナー吹き付けてやるとヘドバンするようなもんか。ああいうクセあると可愛いですよねぇ」
「ヒトカゲ?」
「あっいやなんでも。ところでこの骨ってなんの骨なんですか? 牛? 人の骨のようにも見えますけど」
「人の骨ですね」
「人の骨なんですか!?」
アッサリ答えられ、俺は悲鳴を上げて骨を取り落としてしまった。
マモノくんはオットットとか言いながら骨をキャッチしたが、なんでそんな平然としてるんです? 人骨だぞ、人骨! なんて物を持たせるんだ!
「大丈夫ですよ。私の骨なので」
「どこが!? 一番ヤバいでしょ!」
「いやいや、そんなにヤバくはないですよ? 一般的な事ではないですが。
やっぱりね、人肉とか人骨を好む魔物っているんですよねぇ。もうね、これは仕方ない。我々が焼肉とかラーメンが美味しく感じるようなものですから。食べなくて平気でも食べたくはなるじゃないですか? だから時々治癒魔法で治る範囲で自分の体を削いで餌作りをしてるんですよ。他人様に迷惑なんて一つもかけていません。ね、大丈夫でしょう?」
「そ……え? なら大丈夫……なのか?」
混乱してくる。
最初はヤバい人に見えたマモノくんは、話してみると常識人っぽかった。
しかし話を掘り下げるとエキセントリックさがにじみ出てくる。やっぱりヤバい人じゃねーか!
「すみませんね驚かしてしまって。てっきりお兄さんはこういうの大丈夫なタイプかと」
「あ、俺も大利って呼んでくれていいっす。どうかな、俺もけっこう感性ズレてるって言われますけど、スプラッタホラー耐性は並……? ああでも自分が死ぬのはあんま怖くないですね。一度彼女に殺された事ありますけど、どんまいって感じでしたし」
「…………そうですか。あの、一応言っておきますけど、蘇生魔法の発見を匂わせる話はしない方がいいですよ。不要ないざこざの元になります。いずれ青の魔女様が正式発表するんでしょう? たぶんですが」
「あ。すみません今の話は内密に」
「はあ。大利さん、よく危機感が無いと言われませんか」
「よく分かりますね!?」
鋭い指摘に心底驚いた。
マモノくんは人を見る目もあるらしい。魔人ってスゲー。伊達に河童じゃないな。
マモノくんは温室の後はため池、水槽、花壇、暗室、風洞など、様々な環境で飼育している様々な魔物を紹介してくれた。ほとんどは昼行性で寝ていたが、夜行性の魔物もいて、何匹かとは触れ合い体験もさせてくれた。カタツムリ魔物と仲良くなるためにグレムリンを舐めるとか、生理的に無理なのでお断りした体験もあったが、勉強になる事は多かった。
資料室も面白かった。魔物の標本がズラリと並ぶ博物室のようで、出来の悪い目玉の魔女の石像や、大怪獣の再現模型などもあった。
最後に、マモノくんは大飼育室を見せてくれた。大広間が丸ごと檻になっていて、中では腰から上が馬、下半身がオッサンみたいなキモい魔物がウロウロ歩いていた。ケンタウロスの余りパーツをくっつけたみたいな奴だ。ダッッッセェ!
「彼はケンタウロス・アマリ。大利さんにお見せできる中では最も危険な乙1類魔物です」
「やっぱケンタウロスの余り物じゃねぇか」
人間のオッサンの下半身に馬の首から上をくっつけたような奇怪な魔物は、ランタンを持つマモノくんにドタドタと近づいてきた。
鼻息荒く鉄柵に顔を押しつけ、俺を睨んでフガフガし始める。おっさん臭い息がかかり、思わず一歩下がってしまった。なんだこの魔物は。
マモノくんはケンタウロス・アマリの鼻先を優しく撫でてやりながら解説した。
「知らない人間を見て興奮していますね。しかしケンタウロス・アマリは賢い魔物です。お客さんを襲ってはいけないと躾けていますから、大利さんを襲う事はありませんよ」
「そ、そうなん――――」
「フガッ!!」
安心しかけた途端、ケンタウロス・アマリは牙を剥いた。
馬なのに、肉食獣のような牙があった。
ケンタウロス・アマリは鉄柵をマモノくんの手ごと食い千切り、もっちゃもっちゃと咀嚼し始める。
俺は悲鳴を上げたが、マモノくんは落ち着き払って千切れた手でケンタウロス・アマリの顎をくすぐった。
やってる場合か!? 血が噴水みたいに出てるんだぞ!
「あらら、かなり興奮してしまっていますね。大丈夫ですよ~、怖くないですからね。よーしよしよしよし」
「ち、治癒魔法ーッ!」
「あ、玄関に治癒魔法スクロールあるので持ってきてもらえます? すみませんねぇ」
ケンタウロス・アマリをあやしているマモノくんに指示された俺は玄関にスッ飛んでいき、大急ぎで赤十字マークがついた箱の中から治癒魔法スクロールを引っ張り出し大飼育室に取って返した。
治癒スクロールの暖かな光によってたちまちマモノくんの失われた手が生え、元通りになる。
戦々恐々とする俺に礼を言ったマモノくんは、興奮が収まり部屋の隅でスクワットを始めたケンタウロス・アマリを子供にじゃれつかれた父親のような優しい目で見つめた。
「彼は私になら噛みついても大丈夫だと分かっているんですね。甘えているんです。かわいいですねぇ~!」
「かわいいか!? 鉄柵の意味! 鉄食い千切ってましたけど!?」
鋭利な噛み跡が残る鉄柵を指して叫ぶ。
安全性どうなってるんだよ。あんな間抜けな姿の魔物でもちゃんと乙1類だ。鉄柵では安心できない。
もっともな指摘のはずだが、マモノくんは動じない。タオルであちこちに飛び散った血を拭き取りながら丁寧に説明してくれる。
「人を襲った魔物はですね、本来殺処分しないといけないんです。例え人側が100%悪かったとしてもです。この檻は人を魔物から守るためではなく、人から魔物を守るためのものなんですよ。だからこれで良いんです」
「ええ……?」
「そもそも、興奮させるような事をした我々が悪いですからね。大利さんも自宅に急に知らない魔物が入ってきたら撃退しようとするでしょう? ケンタウロス・アマリは当たり前の事をしただけです」
「そ、そうかな? そうかも……?」
ケンタウロス・アマリの生態を説明してくれてるのか、言いくるめられそうになっているのか。俺にはもう分かんねぇや。
しかしここまで数多くの魔物を紹介してもらったが、事実、俺は一度も襲われなかった。マモノくんの言葉には一定の説得力を感じざるを得ない。
俺の頭の中の天使も、全身ボコボコになった入間を焼却炉の中に押し込みながら「危ない魔物飼ってるけど、被害がマモノくんだけに収まってるからセーフ」と囁いている。
ほなセーフか。
マモノくんはケンタウロス・アマリに餌の人参をあげてみないか、と言って来たが、流石にスプラッタを見た直後に手ずからの餌やりは怖い。遠巻きにマモノくんの餌やり風景を見させてもらうだけにした。
しかし、マモノくんは腰の引けた俺が高評価だったようだ。
普通の人は錯乱して逃げ出したり、こんな危険な魔物は処分すべきだ、とツバを撒き散らしながら主張したりするのだとか。腰が引けるどころでは済まないのが普通の反応。
いや、まあ、俺もそっちの方がマトモな感性だと思います。
でも俺は火蜥蜴の小さい頃、尻に火をつけられたりした経験があるからな。魔物の飼育に危険はつきものだというのが心の根底に根付いているのかも知れない。
ケンタウロス・アマリ怖いな、とも思うけど、それ以上にマモノくんスゲー! が先に出る。
ケンタウロス・アマリの餌やりが終わると、もう空が白んできてしまった。夜明け頃に蜘蛛の魔女が帰りの迎えに来てくれる手筈になっているので、俺はマモノくんにお暇する事を告げた。
夜中にやってきた俺に、朝まで魔物見学ツアーをしてくれたマモノくんは良い奴だ。ヤバい面も垣間見えてしまったけど、良い奴なのは間違いない。
俺は玄関まで見送りに来てくれたマモノくんに礼を言った。
「今日はありがとうございました。めっちゃ楽しかったっす。色々……色々あったけど。今度俺んち来てくれたら工房案内しますよ」
「おお。それは興味がありますねぇ。実は魔物学で食べていけなかったら魔法杖職人になろうかと思っていた頃もあるぐらいで」
「ああ、被り物の出来が良いのはそれで? ツメが甘いけど加工技術の基礎ができてると思ったんですよね。じゃあ明日にでも……いや、デートあるな。三日か四日ぐらい後ならいつでも来てくれていいんで。迷いの霧抜けられるようにしときますから」
俺達は頭を下げあって解散しそうになったのだが、去り際、マモノくんは真面目な河童顔で俺を呼び止めた。
「一つ、聞かせてもらえませんか。大利さんは全ての魔物と人類が共存できると思いますか?」
「無理じゃないですか?」
俺が即答すると、マモノくんは河童顔を悲しそうにした。
あれ? なんか微妙に誤解を招いたっぽい気がするな。
考えている事を詳しく語った方が良さそうだ。
「えーっとですね。俺は人間ですけど、人間と人間で共存できてないんですよ。生物学的にいうと縄張りが被るともう無理。ストレスフル。人間と人間ですら共存が怪しいのに、魔物と人間なんてできるわけないと思うんですね。
でも他人と距離とれば、手紙とか使って交流できますし、代理人越しに商品作って売って、社会活動もまあ出来るワケです。マモノくんもこうやって会ってて平気ですし、人類みんなダメってワケでもないんですね。
こう、人類って括りだと仲良くできないけど、個人個人なら仲良くできる人はいる、みたいな。スケール感の問題なのかな。
だから人類と魔物が共存するのは無理だけど、マモノくんとケンタウロス・アマリなら共存できる、というような……俺の言いたい事分かります?」
上手く説明できたか分からない。
顔色を窺うと、マモノくんはニッコリ笑った。
「ええ。よく分かります。大利さん、あなたがそういうお考えの方で良かった。次にいらした時には地下室もお見せしますよ」
「お。そりゃ楽しみだ」
俺達は笑顔で握手を交わし、大満足で初めての自宅訪問を終えた。グッド・コミュニケーションだ。
誰かの家に遊びに行ってこんなに楽しいと感じたのはヒヨリとオコジョ以来だ。
全てが終わってみればスリリングな夜だった気すらする。
スリリング過ぎて警察とか救急車が来そうだったけど。
まあ、それはそれ、これはこれ、だ。
マモノくんが魔物関係でうっかり逮捕されてしまったりしないよう、神に祈ろう。「いつかやると思ってました」なんてコメントはしたくないからな。