5.
入れ替わる様にタートルドンドン数体が魔獣に向かって走り込んで来る。
「おわ~派手にやったな~」
「──セレーニア…っ無事か?」
「お前さ、結局どうしたいの?あの子と結婚した後離婚すんの?それとも結婚渋って実家に帰すのか?なら俺が貰うぞ?」
「…どれも嫌だな」
「チッ何だよ、結局俺は何すりゃ良いんだよ」
「このままロリス領で討伐」
「ああ?折角野郎の頭にキスまでしてやったのに俺の純真な男心弄びやがって。あんなにメソメソしてたくせに」
「…いや、弄んでもいないしキスは頼んでなかったから」
「むちゅっと口にしてやろうか?」
「僕が大学校でどれだけ酷い目に遭ったか知ってて言うのか?もう男色は懲り懲りだよ」
「ああ、そうだったな。男の嫉妬ほど醜いものはねぇしな~あの寮長みたいに。まあ、最後は他の奴も節操無しに喰い物にしてて暴漢の現行犯で監獄行きになってたけど。俺にビビって結局お前には手出し出来なかったけどな、へっざまぁ」
「ああ本当に異常で悪害な奴だった…アルバードのお陰で助かったよ。さあ、そろそろ集中しよう。サポートを頼む」
「おう!任せろ!」
アルバードと同室だったのは本当に僥倖だった。黒尽くめの奴が二度、数人で三度深夜に襲われた事がある。いずれもアルバードが撃退、捕縛。その他日中でも建物裏に引き摺り込まれたり、教室で囲まれたり…正しく動物の檻の中に放り込まれた感じだ。
入学後直ぐに先輩に襲われ部屋に逃げ込んだ僕は苦肉の策で彼に相談して小遣いを渡し護衛を頼む事になった。アルバードの好みは僕の容姿とは正反対の小柄で可愛い女の子だと言うので安心したからだ。それに彼は退屈していた様で意外にも役目を嬉々としてこなしてくれた。…留年は頂けないが…お陰で周りが勝手にトラブルを起こす中、無事五年を過ごす事が出来たのだ。
*
セレーニアが溶解液を爆破した事で、魔獣にも少なからずダメージを負わす事が出来た。溶解液を発射する口の周りの皮膚が焼けている。六つに分れる皮膚が数個閉じられない様だ。
ふと見ると魔力溜まりに札結界を張り終えた様でボンヤリと湖面が光っていた。
「よし!整った!奴の溶解液噴射口を狙う!!」
僕はギュッと魔銃のグリップを握り込む。セレーニアがくれたチャンスだ、あの化け物の顔を必ず潰す!
「触手は任せとけ。外すなよ」
アルバードが先行して触手を薙ぎ払う。それを追う様に隊員達も応戦している。
僕は乗っていたグッドバイを停止させ鐙に足を掛けて踏ん張り、騎座から腰を浮かし立ち上がった。
「…ふぅ…当てなきゃ大恥だな…」
ハンマーを引きトリガーに指を掛ける。自身の魔力を魔銃に集める。
「こっち向けよ化け物─…」
顔の火傷が気になるのかグリグリ顔を振る魔獣に向けじっとりと眼中に収める。トリガーに掛かる指が震えるのを歯を噛み抑えようとした。
こんな事ですら緊張し怖気付いている自分が情けない。セレーニアは一人で立ち向かっていたと言うのに…
僕はもう一度息を吸い深く吐き出す。
「弱く逃げてばかりの自分をあんなに泣いたじゃないか…ならもう後は…」
視界の端に遠く彼女の姿が映る。タートルドンドンの背に背筋を伸ばし黙って僕を見ている。きっとこんな僕を見守っていてくれるのだろう。
君はいつでも男前だ。
「…勇ましく可愛い君にもう一度隣に並び立つには護られるばかりの自分を変える必要がある。そうだろ?セレーニア」
魔獣の顔が僕に正面を向けた。グンッと引いたトリガー、同時にバレルを通り発射された魔力弾。真っ直ぐにグリーンの光を帯びたそれは奴の顔の真ん中へ吸い込まれた。一間の静寂と共にパァンッと弾ける魔獣のピンク色の血肉。それと同時に崩れ落ちる巨体。グネグネと暴れながら地を這い始めた。
「ダメージ確認、破壊成功!総員畳み掛けるぞ!!」
**
激戦の後、最後に私が魔獣の首を斬り落とし、終戦となった。
ドロドロとした巨大な身体が細かな塵に変わり、大量の魔力を放出しながら消えて行く。魔力を長い年月を掛けて魔力溜まりから吸い上げていた魔獣の元は大山椒魚だったようだ。後には首の離れた死骸が静かに転がっていた。
「…厄介な奴だったが慎重に事を進めたお陰で総員一人も欠く事無く討伐出来た。皆には感謝する」
激励の言葉を掛け帰還指示を出した。方々帰り支度をしている中、マードックが私に近付いて来る。
「セレーニア…帰ったら今までの事でちゃんと話がしたいんだけど、いいかな?」
「ああ、分かった」
「それと…」
「ん?」
「君の剣技は素晴らしい。凄く頑張って来たんだな。五年間君が成長して行く姿が見れなくて悔しいよ。苦しい時もあっただろう…寄り添えなくて酷い男だな…僕は」
「……ああ…私も貴方の五年間の中に関わりたかった。勇気を出して会いに行けば良かった。傷付いてる貴方を放っていたくなかった。後悔しかない…」
「…僕達はこうやってお互いを思い遣る気持ちを持ちながら確認もせず会うのも躊躇って…すまない、子供だったね。馬鹿だなぁ…」
そう言ってマードックが一筋の涙を溢して極上の美しい顔でふわりと笑った。私もまた胸の痛みの正体を悟りマードックの胸にコツンと頭を付けた。
*
こうして無事伯爵家へ戻った私達。急ぎ軍に結界の状態を連絡し、魔力溜まりに更に強固な結界を張る様に進言。その後領内で蜥蜴の姿も見られなくなり、一先ずは落ち着いたところだ。
その後、今回の討伐の報告書や事業関連の事でバタバタとしていたが、とうとうマードックと私の結婚式四日前までに迫って来ていた。結局二人でゆっくり話す時間があまり取れず、切れ切れになってしまった話を繋げると
マードックは男色では無かった事。アルバードは演技?をしていた事。アルバードの留年は本当との事。
そして五年前婚約を解消するように言って来たのは私の祖父だと言う事。私を公爵家の養女にして婿を取らせるとロリス家に圧を掛けた事で、マードックが私から意図的に離れる為に連絡を断っていた事が分かった。
「…そうか、分かった。ちょっと出掛けて来るな」
「え?何処に?」
「あのジジイ…いや、何でもない」
「…は?」
こうして私は愛亀で昼夜走り、王都の軍司令部総統の豪華な部屋の扉を蹴破ってジジイ…いや、祖父を締め上げ、ロリス家へ謝罪文を書かせ、洋梨カラメルプリンの一年間摂食禁止を言い渡し、この世の終わりかという程に膝から崩れ落ちる祖父を置き去りに一旦公爵家に寄って、従兄弟夫婦と談笑。美味しい昼食をご馳走になってから、また結婚式で会おうと挨拶をして再び昼夜走り二日で帰ると、マードックにギガント級にこっ酷く叱られた。
「なんて無茶な事をするんだ君は!どれだけ心配したと思ってる!あの距離を一人でなんて…結婚式直前の女性なんだぞ?少しは自覚を持て!何かあったらどうするつもりだ!」
そう言って謝罪文を握りながら赤い顔でプルプル震えるマードック。
そして小さくなってプルプル震え土下座する私。
「す、すまないっ、あまりに腹が立って…あのジジイの所為で私達の五年間が…」
「確かにそうかも知れないけど!…あ、そう言えばどうして婚約解消になって無かったんだい?僕も帰る直前まで知らなくて…養女になる話は無かったの?」
「ああ、あの話な。そもそも養女なんてもの自体が間違いなんだ。ギルナイン公爵家と言うのは…」
「うん?」
「バルキリアンノトゥスに選ばれた者が受け継ぐ爵位なんだよ」
「ん?……ぇえええっ!」
「だから私が現ギルナイン公爵さ」
「…あ、ん?じゃあ…えっと…どう?」
マードックが美麗な顔であたふたしている。あれ?可愛いな…癖になりそうだ。
「別にどうもしないさ。私が公爵当主だと言う以外はね。ロリス家の嫁になるのは家門の為でなく私が貴方の妻になりたいからなるんだ。政略結婚だけど政略結婚じゃない。それに貴方が婿に来れないなら私が嫁ぐしかないだろ?嫌だったか?」
「っ……セレーニア…嫌な訳ないだろっ」
「ああ、良かった。あ、公爵家は当主代理を従兄に任せているから今までと変わりない。たまにご飯を食べに行くくらいだ。だから気にするな」
マードックの瞳が潤んでいる。彼は感情豊かだな。私には無いものだらけだ。そんな所も好きだなぁ。
「貴方が大学校に行ってからジジイに何度か内密に、時に偶然を装って貴族の男達を紹介されたんだが…」
「え!…やっぱりあのジジ…」
「全員バルキリアンノトゥスに触れる事が出来なかったし、そもそも無駄だったんだよ。ああ、君は既にこの子に認められているぞ?グリップを握っただろ?」
「ああ、そうだ確かに…少し熱かったけど…認める?」
「この魔剣を造ったのは女性なんだ」
「! そうなんだ!凄い方だね」
「好きな男の為に心血を注いで造ったらしいぞ?だからかな?相手まで選んでしまうらしい、ふふっ」
**
「で?俺との勝負は何だっけ?どちらがマードックに必要とされているか、だっけか?」
「うむ、そうだ。どうだマードック。私とアルバード氏どちらが君にとって必要な人物か決めたか?」
「…結局僕に丸投げするんだ…」
早朝、タートルドンドン農場で仁王立ちで向き合い睨み合う私とアルバード氏。
男色でなかったのは聞いたがそれはそれ。人としての資質を問う絶好の機会だからだ。総合してマードックに必要な人物とは!私か彼か決めてもらおうではないか!
「えーっと…」
「さあ!」
「それは…」
「さあ!」
「うーん…」
『「どっちだ!?」』
「どちらも大事だ、それじゃダメ?」
『「……はぁぁあ??」』
「く、比べる土台が違うから…アルバードは友人だし、セレーニアは…その、つ、妻になる人だし…だからどちらも必要なんだよ!二人だって分かって言ってるだろ?」
「チッお前にはガッカリしたぜ。なぁ、俺を選べよマードック。これからも俺が護ってやるから」
ふ、やるなアルバード氏。だがここで私にしか出来ない隠し玉を投入だ!
「私を選んでくれると信じていたんだぞ?マードック。本当に私を選ばなくて良いのか?【初夜権】を剥奪するぞ?」
『「え''!!?」』
「私の方が爵位が上だからな。ふふふふ…良いのか?拒むぞ?後継が出来な「じゃあ、セレーニアで」くな…お?」
「変わり身早!そりゃズル過ぎんだろ若奥様ちゃん!」
「問題ない…でも愛のある初夜にしてくれマードック」
「ぇ…うん…はぃ…っ」
「か──っ!やってらんねぇ!」
「はははっ、勝った~!」
と、言う訳でこの勝負、軍配は私に上ったようだ。すまんなアルバード氏、勝ってナンボだ。正に身体を張った…いや生贄にした私を褒めて欲しい。
ちゃんと伯爵にマードックの騎士に進言してやるから。
**
小さい頃母様が言っていた。
政略結婚なんてさせたく無いと。母様もまた父とは政略結婚だったのだ。可哀想だと私を抱き締めた。女の子は家の為に売られるのだと。
だから母様は私達を産んだ後、自由に羽ばたいて逝ってしまった。
兄は静かに泣いていた。私は…泣くのは違うと思っていた。
だって母様は…全てを捨てた代償を払っただけだ。
私や兄、伯爵夫人としての家宰の義務や社交。そして父の立場。もしかしたら私達を恨んでいたかも知れない。
でも結局は私達を自ら捨てたのだ。
私達の胸にはポッカリ口を空けた穴がいつまで経っても空いたままで、美しい清らかなイメージの優しい母は亡くなった日から悪夢の中にしか出て来なくなった。
母様の羽はもがれてしまったけれど…彼女の涙は確かに私の呪いになった。
だが、私には美しい天使が側にいたのだ。少し怒りっぽいが私の手を取り離さず闇に堕ちない様に共にいてくれた人。
政略結婚の相手だと分かっていた上で、私は彼を必要としていたのだ。
この胸の痛みは…とても愛しいからだ。
だからね母様。私、幸せになるから。
だから貴女ももう……
涙を拭いて笑って下さい。
**
結婚式当日。
空は晴れ渡り鳥が唄う。
私は真っ白で豪華なウェディングドレスに身を包み、無事にこの日を迎えられた事に感謝を捧げる。
長い美しい刺繍が施されたベールを被り、階段を一段一段登って行った。一番上まで登り切ると広い回廊の脇には沢山の貴族が犇めいている。真正面に立つはマードック。これまた礼服姿が眩しい。これ程王子然とした男がいるだろうか?ちょっとひょろっとしてはいるが、背が高く周りの紳士淑女の目が彼に釘付けだ。
彼の差し出す手に私の手が重なり、神に誓いを立てて二人はとうとう夫婦になった。
この最良の日を以て母からの呪縛を解放しよう。
「マードック。貴方をずっと愛している」
「──っああ…僕も君を愛してる」
今にも泣きそうな顔で極上の笑顔を私にくれる貴方にこれから何度も伝えていこう。
「貴方は私を護り、貴方は私が護る。貴方が私を、貴方を私が幸せにする…二人は一つ。約束は違えない。“Don't worry”だ」
fin
〈後記〉
今回はラストを何度も書き直しました。
寮長がヒーローを攫いに来るとか
寮長がヒロインと決闘するとか
寮長をヒロインが叩きのめすとか
寮長をヒーローが実は…
寮長ばっかしか思いつかなかったので全部消して愛亀で締めさせて頂きました。短編のテンポが少し掴めてきましたよ~まだまだ挑戦していきたいと思います。
因みに作中に「洋梨カラメルプリン」は何回出て来たでしょーか?
またお会い致します。