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2.

 セレーニアと呼ばれたマードックの婚約者は少し小柄で可愛い容貌をしていた。長く伸ばした髪は薄い飴色で艶があり毛先がくるくるしていた。大きめのアーモンド型の瞳は濃いブルーベリー色で、光が当たると薄い空の色になる。小さな顔に艶やかでふっくらした桃色の唇。マードックと同じ歳とは思えない程幼く感じる。腰は抱き締めれば折れてしまいそうな程細く、それに対して胸はそれなり…まあ、万人の男は好感を持つだろう容姿だ。


 …黙っていれば、だが。


「しかしあの女、何だあの話し方は。全然言い返せなかった。ジジイってよりありゃ貴族のオヤジだな。妙な威圧感があって常に諭されてる感じ」


 しかも公正で反論する箇所が無い。男色だと分かっても尚否定する訳でもなく引き離そうとする訳でもない。恋に落ちたからと無謀な馬鹿な真似はするな、筋を通せと言って来る。だが最後には勝負して負けたら潔く離婚はしてやるとまで言うのだ。普通婚約破棄したいなんて言われたらまず泣くか喚くか怒るだろう…あまりにドシリとした態度に呆気に取られてしまった。


「…ありゃぁ確かにマドには扱えね~な。暫く遊んで引っ掻き回してやろうかと思っていたが…あの女相手じゃ焼け石に水だろう。かと言って小馬鹿にされるのも腹が立つし…」


 ─二月後貴方が本当に必要とするのは私と彼どちらなのか……─


「ん?本当に必要って…どちらを本気で愛してるかって事だよな?なら楽勝じゃねーか、はは。二月もいらねーけどまあ良い。貴族騎士の地位が得られるのであれば思っていた以上の待遇だ」


 アルバードは大学校に馴染めなかった。侯爵家の一員ではあるが兄弟が多く更に仲は最悪だった。何故なら兄弟全員母親が違っていたからだ。五人が五人とも半分しか血が繋がらない。好色の女狂いとまで言われた父である侯爵の所為で彼はある時大学校で笑い者になったのだ。

 それまでも幾度と無く風潮の被害を被っていたのだが、入学して直ぐ血の気の多い男だけの大学校で逃げ場がなくなり乱闘になった。今までの鬱憤を晴らすかの様に大暴れしたのだ。高位貴族と言う事で退学は免れたが、それから彼は堕落した。三度の留年をする程に…


「羽振が良いロリス伯爵家のマードックに着いてけば暫く遊んで暮らせると思って来てみたが…こりゃ上手い話が転がり込んで来たもんだ。蜥蜴程度の魔獣なんざ俺の相手じゃないしな」


 ニヤッと笑いながらアルバートはソファに寝転がり美しい装飾で作られた肘掛けに足をドカッと乗せた。


 **


「…なんだこりゃ?」

「この子は私の騎獣のドントウォーリーだ」

「あ?なんだって?」

「二足歩行竜目の陸亀属で…」

「亀は見たら分かる。いや、こんな足の長い亀は見たこたぁないが…」

「因みに雌だ」

「知らんがな。てか、なんでそんな名前を…」

「貴方の騎獣はインポシブルと言う」

「……」

「更にあの子はグッドバイだ」

「縁起悪っ」

「ちゃんとハローと言う子も居る。大丈夫だ」

「大丈夫の使い方が間違ってるっ」


 コテンと首を傾げアルバードの言っている言葉を反芻するが、何が悪いのか分からない。義母様も「素敵なお名前ね~」と喜んでくれたのに。


 翌朝私達は新規事業の一つである騎獣のタートルドンドン農場に来ていた。アルバードが討伐の仕事を受けたからだ。

 彼らは馬より早いし衛も固いので今大人気の魔獣だ。領外からも問い合わせの書状が多数届いている。本来は大森林の大滝の近くなどに住み着いているのだが数年前孵化する前の卵をたまたま発見した私が数個持ち帰ったのだ。

 小さな頃から好物の洋梨カラメルプリンを食べさせてあげていたらこんな風に足が長く育ってしまったのだ。いや、どうやら卵全部が突然変異だったらしい。亀なのに成長が早く卵も沢山産み愛嬌もあるのでロリス伯爵領の広い牧草地跡を借りて愛玩用として飼っていたら騎乗出来る事に気が付き、体力も持久力も高く害獣討伐の際に試しに乗ってみたらこれまた馬より乗り心地も良くて思い切って許可を得て繁殖を進めてみたのだ。


 …と言う話をするとアルバードが頭を抱えて座り込んだ。


「どうした、頭痛か?」

「ちげーよ…」

「蜥蜴討伐はこのタートルドンドンに乗って行う。あいつらは早いからな。故に貴方には騎獣であるこの子に慣れて使いこなすところから始めるぞ。な、インポシブル」

「…いや、ちょい待て。お前も討伐に参加してんのか?令嬢だろ?」

「適材適所だ」

「んな訳ないだろ!事業八割受け持ってるって言ってただろ。そんな暇も技術も…」

「勿論この農場も今は八割の中に入っている。後、私は強い」

「は?強い?馬鹿言うな!こんなちっこい手で剣なんか握れるのかよ?いくら大した事ない蜥蜴相手でも…」

「ギルナイン」

「へ?」


 今まで空気の様に一言も発せずタートルドンドンの甲羅をペタペタ触っていたマードックがアルバードに向かって言葉を投げる。


「…ギルナイン?ギルナインと言えば…あの魔導軍司令官総統のリオウォーレル・ギルナイン公爵の事か?」

「私の祖父だ」

「ゔぁ!??」


 祖父は軍の総統をしている。齢六十二だがまだまだ現役で、洋梨カラメルプリンが大好物な屈強の白髪髭もじゃの御人である。昔は戦場帰りに返り血を浴びた姿でよくうちの伯爵家に尋ねて来たものだ。そのついでに数日稽古を付けてくれたし母の亡き後は各所討伐にもよく連れて行ってくれた。誰も祖父に文句を言えなかったので女の私でも剣を握らせてくれたのだ。

 祖父と従兄と兄と私でよく大森林で野宿をしたものだ。まさに生き残りを賭けたサバイバルだったが楽しかった。卵を拾って持ち帰ったのもその頃だ。


「剣術は祖父からのお墨付きだ。ああ、マードックと一緒に育てた雄達は今遠征に連れて行かれているが、雌なら産卵塔に居るぞ?後で見に行くか?」

「まだ産むの?あの子頑張るね」

「モテるからな。雄が放っておかないのだろう。まあ、寿命で言えばまだまだ現役だしな…」

「亀だもんね…」

「亀だからな」

「いや、本当に亀か?」

「亀以外なんだと言うんだ?さあ、時間が惜しい。騎乗の訓練を始めよう」

「……おう…ところでさ」

「何だ?」

「名前変えねぇか?」

「戯言を言うな。今更変えたら皆混乱するだろう」


 そんな訳でアルバードには騎乗訓練をさせ、昼食に迎えに来させる旨を言い渡し私はマードックと共に仕事に戻る。

 昨日はオドオドとしていたが今は平静を取り戻していた。


「昨日言った通り貴方には事業の引き継ぎをして行こうと思う。小さな取引も多いが大事なのは信用だ」

「うん」

「貴方が大学校で学んだ事を是非活かしてロリス伯爵家を守って行って欲しい。…彼は貴方の片腕になりそうか?」

「どうかな」

「…まあ、私は負けないがな」

「…セレーニアは嫌じゃないの?僕に恋人が出来て君を裏切ったんだよ?」

「嫌に決まっている。だが気付いていた。貴方が私を嫌っているのを…」

「え?」

「見て見ぬふりをしていた。そして予想もついていた。いつか貴方が私以外の相手を必要とする事も。だがな、私が一番望むのは…貴方がこの先を幸せに生きる事だ」

「…セレーニア…」

「だから気負わないで欲しい。悪い様にはしないつもりだ…だから貴方ももう少し向き合って欲しい」

「…ああ、やっぱり…君には」


 マードックが何か小さく呟いて下を向いた。そして意を決した様に私が渡した書類に目を通し始める。

 彼は元来真面目で大学校の成績でも分かる様に勉強熱心だ。少し怖がりなところもあるが別に気弱な訳では無かった。冷静な判断でよく私を諫めてくれたりもした程だ。今のこの彼ならこのロリス伯爵家を守っていけると確信した。


 隣に私が居なくとも……


**


 あれから一月経った。

 思っていたよりアルバードは真面目に騎獣を乗りこなし、初の討伐では相当数魔獣蜥蜴を処理してくれた。彼は中々の逸材で体力もあり、討伐隊の仲間達とも直ぐに打ち解けた様だ。…いまだに騎獣のタートルドンドンの名前が気に入らないらしいが。

 討伐対象の魔獣蜥蜴は放って置くと体が大型犬程に大きくなり、森の中だけで無く隣接した人が住む界隈に出没し食べ物を求めて荒らし回る厄介な害獣なのだ。奴らは何でも食べてしまうので農地や家畜に被害が出る。体を覆う皮膚が固い為普通の剣では刃が通り難い。なので魔剣の使い手は重宝されるのだ。


「今回の討伐は私も参加する事になっている。そこで隊を構成する際に必要な戦略は何だと思う?」


 何故か私の執務室に頻繁にお茶をしに来る恋敵?のアルバードに自身の戦略を聞いてみる。しかし彼はマードックとはちゃんと時間を取っているのだろうか?


「司令塔が鍵だな。後は闇雲に追い掛けたって逃げられるだけだし編成は三部にすると戦力が削られるから追い込み役は少数で二部大編成でいきたい。大森林は規模はデカいが水場は限定される。汚染の可能性を考慮して岩場に誘導したいところだな」

「至極真っ当だ。流石マードックが連れて来た人だな」

「あれ?認めんの?じゃあ勝負は必要無いんじゃねーか?」

「ふふ、少し褒めただけだ。私には敵わないと思うぞ?」

「ほう?じゃあ俺とも勝負しようぜ?ギルナイン総統が認めた剣技、俺に見せてみろよ」


 そう言ってアルバードは私を煽る。どうやら祖父の存在がかなり効いているらしい。恋人より祖父に興味を示すとは…これだからムチムチは。


「勝敗を知る前に天に召されたいのか?いくら私でも慈悲はあるぞ?」

「言うじゃねーか。ほら、練武場行くぞ!」

「…貴方は本当お構いなしにグイグイ押して来るな。まあ丁度手が空いたから、良いだろう。体も動かしたいしな」


 パキパキと肩を鳴らし息を吐く。ここ暫く義母様とのお茶休憩以外は机に向かっているからか体のあちこちが固まっている。

 そろそろロリス伯爵が戻って来られる筈だから労いのちょっとした宴会やその他準備で更に忙しい。結婚式も間近だし…暫くは気が抜けない。


「なんの為の結婚式か。笑えるな、本当に」


 そうして持っていた書類をパサリと机に置いて立ち上がり、アルバードと私は連れ立って練武場に向かった。


 *


「若奥様!」

「若奥様だ~もしかして稽古されますか?」

「若奥様、お疲れ様です!」


 昼過ぎに練武場に着くと隊員達が昼休憩を取っていた。


「ああ、皆体調は壊していないか?次回の討伐も宜しく頼む。必要な武具等の申請は明日締め切りだから漏れの無いようにな」


 そう言いながら練習用の木剣に手を延ばした。彼らとも長い付き合いだ。

 伯爵様が不在の時はいつ何時招集が掛かるとも知れないので私は常にパンツにブーツスタイルだ。女性要素が少ないが致し方ない。それにまだ式も挙げていないのに若奥様と呼ばれるのは少し抵抗があるのだが…他に言い方が無いのだろう。


 ズカズカと相変わらず大股で近付いて来たアルバードも同じく木剣を手にした。


「さあ!やろうぜ若奥様よう。総統仕込みの奥義俺に撃ち込んでくれよ!」


 その言葉を聞いた周りの隊員達が一瞬で押し黙る。


「分かったわかった。そう急かすな…ああ、貴方達…」


 隊員達に目配せすると申し合わせた様にパタパタと練武場の端に避難してくれる。だが顔は苦笑いやニヤニヤとやらしい笑いを浮かべており、移動はしたがそのままこちらを見学する様だ。


「…私は奥義なぞ持っていないが…」


 礼をして木剣を構える。


「強いのは本当だ。まあ、堪能してくれ」


 **


「流石マードックだな。良く考えられているよ。ここの箇所、私は思い付かなかった案だ。これでかなり迅速且つ収益も上がるだろう」

「良かったよ」

「視察に行ったロコラン村の村長から御礼の手紙が届いたそうだな?あの花の染料面白いな。むらさき色なのに熱を加えると黄色に変わるなんて知らなかったよ」

「大学校の図書館で読んだんだ。あまり出回っていない黄色の光る染料の話。発色が良くて暗い中でもぼんやり見えるって。挿し絵の花の形を覚えていて良かった」

「あの花はロコランの周辺に群生地がある。需要がかなり見込めるからこれから整備して増やしていかねばな」

「…うん、そうだね」

「ところでマードック。今度の討伐本当に参加するのか?貴方は戦闘には不向きだと思うのだが…」

「状況を確認するのは当然の事だろう?確かに剣術は自信無いけど、それでなくともこう頻繁に討伐が組まれるくらい数が増えているなら現場に訪れてみないと。酷い場合は国に届け出を出し軍に動いて貰うしかないからね。それだとロリス家だけでは抑え切れないし、最悪スタンピードが発生しているかも知れないから…」


 スタンピードの可能性は私も考えた。だが何か違和感を感じているのだ。確かに蜥蜴達がチョロチョロ大森林の外に這い出て来る頻度が高くなって来たが当初考えられていた大発生とまでは言及出来ないでいた。もしかしたら全く別の理由が大森林の中で起こっているのではないか…


「分かった。今回の討伐はその調査の為の意味合いも高い。今後ロリス伯爵家を担う貴方も参加する義務がある事を理解しよう」

「…君だって一応小伯爵夫人になる女性だろ?討伐に参加しているなんて知らなかったし…」

「手紙には書いていたさ。大規模な討伐に参加し出したのは花嫁修行を始めた二年前からだし。それまでは父が許してくれなくてね…やはり私からの手紙は読んでもいなかったのか?」

「……手紙は…僕の所には届かなかったんだ…」

「! それは…どう言う事だ」


 **


「……」


「うん、分かる分かる。ギルナイン様の名を聞いたらちょっと挑戦してみたくなるよな」

「まあ、若奥様ちっこいし勝てるかな~って思っちゃうし」

「うちの隊で挑んだ奴はお前で七人目だ。そう落ち込むな」


 討伐隊の事務室に隣接された医務室のベッドで仰向けに転がされ額にペタンとガーゼを張られたアルバード。

 隊員数人がワイワイ騒ぎながらこっ酷くやられた彼の擦り傷切り傷に消毒液を擦り込んでいる。


「いだだだだっ!余計傷口が悪化するわゴシゴシ擦り付けんな!ったく…もういいから」

「木剣でこれなんだ、魔剣ならどうなると思う?」

「…あの女…魔剣を扱うのか?」


 その瞬間バシッと頭をはたかれる。


「っ──ってぇ!何すんだよ!」

「若奥様と言え。あの方は次期小伯爵夫人でこのロリス家を支えていらっしゃるんだ。ご実家も太いし何よりロリス伯爵家がここまで潤沢に資産を増やせているのは若奥様が有益な事業を展開されておられるお陰だ。不在がちな伯爵の代わりを、いや伯爵様と小伯爵様二人分を婚約者と言う立場でお一人でカバーされて来たんだ。敬え」

「……チッ」


 (確かにあいつは強いし賢いし…顔は可愛いし何だかんだで優しいし礼儀正しいし俺に対しても陰湿な真似はしてこないし…あのプリッとした上向く尻もたまらんが…全く持って可愛げがねぇ!俺より強いし!後、あの口調が鼻に付く)


「…なあ、あのおん、…若奥様さんは何であんな喋り方なんだよ」

「ああ…十年ほど前若奥様が母君を失くされた時かららしいぞ。…あんまり良い亡くなり方じゃなかったみたいでな。当時はかなり噂になってたって…間男に惚れ込んで命を落とした恥知らずってな。だから嫌になったんじゃないか?女性らしいとか可愛いとかってのが。まあ、噂で憶測だ。若奥様には言うなよ?」


 パタンと救急箱を閉じ棚に戻した隊員が手をプラプラ振りながら医務室を後にする。一人残されたアルバードはぼんやりと自身の母であった女を思い出していた。

 彼の母は男爵家の末娘で、社交界にデビューした年に侯爵の毒牙に掛かった。家門の序列の為侯爵の妾にされた母から後に当時好いた婚約者が居たのだと涙ながらに明かされた事がある。その後その母は消息を絶った。男と駆け落ちしたらしい。自分一人を憎い男の元に残して…


「ああ…子は親を選べない。奴らの為に俺らが被害を受けるなんて…全くウンザリする話だな」








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