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まるで初デートのような

朝日が昇り、目を覚ますとそこにはまだ眠っているアレクシスがいた。

朝食の準備のために身体を起こすと、アレクシスも起きたようだ。


「おはようございます、アレクシスさん」

「おはよぉ、ユータ……朝ごはん作りに行くの?」

「はい、今日は少し軽めのメニューにする予定ですよ。顔を洗ってきて下さい」

「はぁーい」


寝ぼけ眼のアレクシスの頭をひと撫ですると、のんびりとしたお返事があった。

目の下にある隈は変わらずくっきりと残っているが、本人が言うにはよく眠れるようになったと聞いている。

それまでは、眠る度に周囲の味方全員が殺される凄惨な風景を見ており、

その度に飛び起きて身近な人の呼吸と心臓の音を聞いて安心していたそうだ。

俺自身に精神治療の心得はない。ただその辛い苦しみを聞くことしかできない。

でも、アレクシスはそれだけで充分だと言っていた。

自分自身のやれることが少ないという事実に、悔しさが残る。


「……いけない。それよりも、朝ごはんの準備をしないと」


頭を切り替えて、今はご飯の用意をしなければ。

頬を軽く両手で叩いて気合を入れる。

俺自身も起きて、エプロンを付けて調理場に立つ。

今日は日本にあったお米に近いものがあったので、それを使った野菜リゾットがメインだ。

鶏肉に近いものをお湯に通して、リゾットに入れておく。

奥に仕舞われていたトースターらしきもので、軽くパンを焼いておくと朝食の完成だ。

机に料理を並べて、飲み物として温かいミルクを提供した。

パタパタと急いで現れたアレクシスは、嬉しそうな声を上げる。


「わぁ、今日も美味しそう!ユータの分は?」

「もちろんあるよ。ほら、冷めない内にどうぞ」


椅子に座っていつもの朝の宣言を簡略化させるアレクシス。それからすぐに、リゾットを食べていた。

熱いので、あふあふと困る表情を見ると本当に可愛い人だと思う。

俺自身も用意したご飯を、少しずつ食べていく。

朝食を食べ終わると、昨日話した通りに仕立て屋に行くことになった。

お皿やコップの洗い物を二人で終わらせると、外行きの恰好になって出かけた。


「そうだ、ユータ。仕立て屋での用事が終わったら、その先にある市場とおススメの料理屋でお昼にしない?」

「市場ってことは、結構大きいんですか?」

「うん!毎日、沢山のお店が並んで賑やかなんだ。普通の商店で買うと高いけど、市場なら少しお安く食材とか手に入るよ」

「なるほど……じゃあ、その時にお買い物のやり方とか教えてください」

「もちろん!ふふ、一緒に出掛けるのって初めてだね」

「確かに……買い物関係はアレクシスさんに任せっきりでしたし……」


申し訳ないという表情をすると、何を思ったのかアレクシスは俺の手を握る。

簡素な高級店が並ぶ場所ではあるが、それなりに人通りや馬車も多い。

慣れない俺のために手を引いてくれたんだろう。


「僕はなんだかデートみたいで、すごく楽しいよ」

「でっ、デートって……?!あの、歩き慣れていないから手を握っているんじゃ……?」

「それもあるけど……僕はユータと手を繋いで歩きたいんです」


覗き込んでくるその表情は、本当に嬉しそう。

アレクシスは初めからこうだ。いつも俺に対して好意的で、優しい。

日本だとそういうタイプほど、裏では何を考えているのかわからない腹黒な奴であることが多い。

この人の気持ちは、本当に純粋なんだと感じられた。その直球の好意が、むず痒い恥ずかしさで自然と頬が赤くなる。


「あの……俺も、アレクシスさんと一緒で楽しいです……」

「ふふ、じゃあ仕立て屋もだけど、市場でも沢山楽しいって思わせてあげるねぇ」


なんだか付き合い始めたばかりの恋人同士のようだ。

仕立て屋というのは、わりと近い位置にあるようですぐに着いてしまった。

到着してすぐに初老の店長さんに歓迎された。どうやら馴染みの客らしい。


「あの、既製品でいいので……安い服ってあるんでしょうか?」

「何を言っているの?ユータ。この国の男のサイズは、ユータよりも大きいからフルオーダーになるよ」

「ふ、フルオーダー?!そんなの絶対高いじゃないですか!」

「僕が買うから大丈夫だって。店長、彼に合う服を五着程作りたいのだけど」

「五着?!あの、一着でいいのに……!」

「だーめ。予備の洋服は持っておかないと、後々後悔するよ。ええっと、そうだね……このデザインで……」


購入する主である俺を差し置いて、店長とデザイナーさんらしき女性と共に話し合い始めた。

そのまま靴もフルオーダーで作って貰うことになり、足の型取りをした上での三足注文。

持っていたサイドポーチから、何か書いて渡している。

ちらっと見る限りでも、それは小切手のようだった。騎士様で小切手持っているのって普通なんだろうか。

デザイナーさんと話し込んでいるアレクシスの横で、こっそり店長さんに聞いてみた。


「あの、店長さん……つかぬことをお聞きしますが……騎士って小切手持っているのは当たり前なんですか?」

「あぁ……その、アレクシス様が特殊なのですよ。通常の騎士様は小切手を持てるほど富豪ではないので……」


店長さんが申し訳なさそうに小声で教えてくれた。

やっぱりアレクシスさんがおかしいくらいの富豪なんだ。

追加の情報で、小切手が持てる富豪というのは大貴族や王族くらいなのだという。

この世界では銀行によく似た金銭の管理を行う機関が存在しており、小切手を発行した額はそこからお金が下りてくるそうだ。

まだまだ知ることが多いな、と考え込んでいると後ろからアレクシスが声をかけてきた。


「店長と話し込んでどうしたの、ユータ?」

「……ええっと、アレクシスさんが恐ろしく富豪なんだなぁって……思いまして」

「もー、敬語はなしだって言ったのに。僕は王族護衛騎士なんだよ?それに、今まで自分のことでお金を使うことがなかったし……」

「え?じゃあ、どうやって生活を……?」

「姉さんや第一王子から叱られて仕方なく生きていた……という感じかな」


衝撃を受ける発言に、俺は思わず凍り付いた。

心に大きな傷を負っているアレクシスが、生きることを放棄していてもおかしくなかったのだ。

それをギリギリのところで生きるようにさせていたのが、お姉さんとあの第一王子様。

次の言葉をどう紡ぐべきか悩んでいると、横から店長さんが声をかけてきた。


「私が言うのも差し出がましいとは思いますが……アレクシス様、現在はユータ様というお方がいらっしゃいます。どうか、御身を大事になされますよう」

「うん……ごめんね、店長。しんみりした空気にさせて。そろそろ行こうか、ユータ」

「あ、うん……ありがとうございました、店長さん!」

「またのお越しをお待ちしております」


優しそうな笑みを浮かべて、深々と店長さんがお見送りしてくれた。

辛い空気をなくそうと、アレクシスと俺はまた手を繋いで市場へと向かう。

さっきまでの静かな高級店が並ぶ場所から一転し、人通りの多い大きな市場が現れた。

活気のある客寄せの声。楽しそうに談笑する店員と買い物客。

本当にここは、人々の憩いの場なのだろう。


「すごい……!こんなに大きな市場は初めて見る……!」

「ふふ、王都一の市場だからね。さて、軽く何か買い食いしちゃう!あ、アレとかどう?」


小走りにその店に駆け寄ると、それは箸巻きに似た甘いお菓子のようだった。

二人分購入して近くで口に入れると、中から甘い蜂蜜と木の実らしきものが入っているのがわかる。

出来立てですごく美味しい。


「んふふ、ユータ。口の端に蜂蜜付いているね」

「え?!ど、どこですか?」


必死に位置を手で探ろうとしたら、アレクシスの顔が近づきその部分をペロリと舐められた。


「やっぱり蜂蜜は甘いよねぇ……あれ?ユータ、顔が真っ赤だよ」

「普通に取って下さいよ……!はず……」

「あはは、ごめんごめん」


周囲から見れば、若い恋人同士になのだろう。

でも、こんなに沢山人のいるところでの舐め取りはさすがに恥ずかしい。

むにむにと、反論できず困惑しているとアレクシスが目的の料理屋さんを見つけたらしい。

俺たちは箸巻きお菓子を食べ終わると、料理屋さんへと入って行った。

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