主神様と愛し子の大神官様
第一王子と御子、俺とアレクシスさんが無断欠席したことで多少のお咎めはあったらしい。
それでも、第一王子とアレクシスさんの顔色が明らかに良かったところを見て、
国王陛下はひと安心した、と最後に告げて終わったとのこと。
王城の部屋で眠ってしまった俺たちは、それぞれの相手と共に家へと戻った。
第一王子と護衛騎士に伴侶が出来た、と目撃した国民のみんなが騒ぎ立てたことにより、
神殿は御子と第一王子の婚姻を認めたらしく、今は手紙のやり取りをするようになったと教えて貰えた。
定期的に、御子の恵斗くんと文通をしているけどお茶会に参加することも出来るようになったそうだ。
『ヴァルハルト殿下が、神殿まで送ってくれた時に神官様は渋い顔をしてすぐ離そうとしていたんです。
でも、そこに大神官様が現れて!僕らのことを祝福して下さったんです。
若く、想い合う二人を引き裂いてはなりません、と神官様が怒られていました』
意外だ。大神官様は、神殿のことを第一に考えているわけではなさそう。
恵斗くんの話によると、大神官様は滅多に姿を現すことがない。けれど、彼自身は主神の愛し子として最も強い力を持っている。
それ故に、彼を逃すことのないように大神官としての地位に留まって貰っているそうだ。
神殿の奥には、主神の愛し子のみが訪れることができる小さな箱庭があるらしい。
そこで主神様と愛を育んでいる、と噂されている。
詳しい事情は誰もわからないそうだ。
「……主神様の愛し子……そんな人がいるんだ……」
「ん?大神官様のこと?」
「あ、はい。恵斗くんのお話によると、大神官様は主神様の愛し子なのだと書かれていて……」
「それは本当だよ。この世界は元々、女神に見放されたから酷く荒れていたことがあるんだ。そこに新たな神として現れたのが、現在の主神様だよ」
パーティーから数日が経過した俺たちは、再び自宅にて晩御飯を食べていた。
家の大掃除が終わり、のんびりとした生活を送る中で必要な勉強がてらアレクシスさんから歴史を教わっている。
そういえば、こちらの世界に来てから宗教関係のお話は聞いたことがなかった。
「あの、主神様のお名前とか、聞いたらダメなんですか?」
「いいや?主神様のお名前は、カイト、と言うんだ。元々、ユータたちの世界にいた男性らしいよ」
「えぇっ?!もしかして、苗字があったりするんですか?!」
「うん。カイト・サイトウ……だったかな。ユータの世界でどう書くのかはわからないけど」
文字から考えられるのは「斎藤 海斗」だと思われる。ものすごく現代日本に居そうな名前だ。
どういうことがあれば、次の主神として選ばれるんだろう。その辺りは謎。
「主神様が、現在の愛し子を戦場で助けたことが始まりなんだって。あぁ、愛し子は、この国の王子だったんだよ」
「情報量が多すぎませんか……どうして、主神の愛し子様が大神官になっているのか謎ですよ……」
それは確かに、とアレクシスさんは笑っている。
どうやらその結末になるには、まだ話は続くようだ。
「当時は戦争ばかり勃発していてね。その戦場にまだ幼い王子が駆り出されたんだ。そこで重傷を負って、死ぬ寸前だったみたい」
「え、そこで主神様が助けたんですか?」
「うん。癒しの光と共に、愛し子に祝福を授けたんだって。その後、治世のために主神様は奔走されて……愛し子も国を救う勇者になった」
「え、どちらも偉業を成し遂げているじゃないですか。凄すぎる……」
「主神様は愛し子が幸せになることを願って、その国を後にしようとしたらしいけど……愛し子が追いかけて一緒に駆け落ちしたんだって」
「王子が駆け落ち?え、つまり、この国を出て行ったのでは?」
「一度はね。ただ、主神様との間に子どもが出来て、守るために戻ってきたんだ。その時の子どもが、現在の王族だよ」
駆け落ちした主神様と愛し子は、子どもを保護するために祖国へと戻る。
そこに、崩壊寸前だった王族が三人を保護したことにより、血筋を絶やすことなく復活したそうだ。
ただ、子どもたちは成長し老いて逝く一方で、二人は老けることもなく生き続けた。
同一の人間が長くいることは、畏怖の念を抱かせてしまう。
その結果、二人は神殿へと身柄を移し、主神様が天に戻るまで仲睦まじい夫婦であった。
ここまで聞いて、俺はひとつの答えが出てきた。
「え、つまり……大神官様って再建国の頃からずっと大神官様ってことですか……?」
「そうだよ。なにせ、主神様により最高の祝福を受けているからねぇ。その内のひとつが、不老長寿なんだよ」
「ん?不死ではない……?」
「うん、不死ではないね。病気や殺されたら、普通に死んじゃいます」
「どうして不老不死の祝福じゃなかったんでしょう……?」
「死ねないことほど、辛いことはない。生きていられるからこそ輝く命はある。というのが、主神様のお言葉だよぉ」
そのわりには、不老長寿の祝福を与えているんだけど。というツッコミは脇に置いておこう。
きっとその祝福により、長く夫婦として箱庭の中で愛し合ってきたのだろう。
亡くなった主神様がどうやって小さな箱庭に現れるのかはわからないけど、そこは神様だからなんとでもなりそうだ。
「意外と二人のお話は、伝承として広く語られているんだ。一般平民も貴族も、二人のようになりたいと願って神殿にお祈りに行くんだ」
「なるほど、一般的に広まっている事実なんですね……もしかして、恵斗くんとヴァルハルト殿下が結婚されるのなら神殿で挙げるんでしょうか?」
「そうだと思うよ。主神様と愛し子の大神官様は、崩壊しかかった小さな教会で式を挙げたらしいけど、王族は神殿で挙式しているねぇ」
なるほど。王族も、神殿で挙式するのか。
それにしても、この国が同性結婚を認めている理由がよく理解できた。
主神様と愛し子の大神官様は、どちらも男性。なので、同性同士の結婚でも幸せになれると共通認識があるのだ。
根底からの常識があるのなら、それは自然と法律にも反映される。
宗教はあらゆる面で影響が強いとは言うけど、まさしくこの事実がそうだ。主神様の実力なんだろうな、この平和は。
「そういえば、ユータ。来週に、ヴァルハルト殿下が御子様とユータと僕の四人でお茶会しようよってお誘い来てるよ」
「え?!第一王子直々のお茶会……?!ど、どんな服を着て行けば……?!」
「大丈夫だよ、無礼講なお茶会なんだし。服装の指定もないから……あ、僕が決めてもいい?」
「え、アレクシスさんが俺の洋服を決めてくれるんですか?」
「うん!大好きな人の服装をコーディネートしてみたかったんだ。明日辺りにでも仕立て屋さんに行こうよ」
「だ、大好き……んん、はい。よろしくお願いします」
さらっと好意を全面に出してくるアレクシスさんに戸惑いながらも、一緒に洋服を作りに行くことになった。
その日の夜。目を閉じて寝たふりをした後、隣に寝ているアレクシスさんが動く。
口元に指先を置く。それから、心臓に耳を当てて、小さく安堵の溜息。
それで安心したのか、俺を抱き締めて眠りに落ちていた。
アレクシスさんの腕の中で、その行動に胸が痛む。彼の心の傷は、まだまだ癒えていないのだ。
どうか一緒にいる間だけでも、と願いながら俺もゆっくりと眠りに落ちた。