明かされるアレクシスの過去
二人の足音が聞こえなくなる頃、ふとアレクシスさんの方を見ると笑いを堪えていた。
必死に顔を隠すために両手で覆っているけど、震えているので無駄である。
「アレクシスさん、笑っているのがバレていますからね」
「ん、んぶぶッ……ご、ごめん……笑うつもり、じゃ……んふふふふ」
「どこに笑いのポイントがあったんですか?」
「……なんでッんんふ……二人を拝んでいるのか、んふふふふッ……わからな、くて……ゲホッごほっごほ!」
「笑いを堪えすぎて咽ているじゃないですか。はい、落ち着いて下さいね」
パーティー会場での険悪な表情が一転し、笑いを堪えすぎて瀕死になっている。
背を丸めて屈んでいたので、その背中を撫でながらゆっくりと呼吸を促す。
呼吸が苦しくなるほど堪えなくてもいいのに、と思いながら宥めた直後に大笑いされてしまった。
意外にもアレクシスさんの笑い方は豪快だった。
「あははは……ごめん、久しぶりに大笑いしたかも……」
「アレクシスさんの笑いのツボが浅いことは、よーくわかりました。全く……ん?」
笑いが落ち着いたので、さっきまで座っていたソファに戻ろうとすると何故かアレクシスさんに姫抱きされてしまった。
そのままアレクシスさんは、俺が座っていたところに座っている。
なんだろうこの状況は。普通に座らせて欲しい。
なんだか居心地が良くないので身じろぎをしてみたが、ガッチリと捕まえられている。
文句のひとつでも言おうとしたら首筋に顔を埋められた。
「え?ちょ、アレクシス、さん……?」
「んー……もうちょっと、このままでいて欲しい。ユータの匂いが、すごく落ち着くから……」
そう言いながらも、鼻先や頬擦りをしているのはどうしてだろう。
すんすん、と匂いを嗅ぐだけじゃなく、どう考えても猫のマーキングに似ている。
自分の所有物に身体を擦りつけて、自分のものだとアピールするものだ。
「……やっぱり、大きな猫……」
「ふふ、ユータは誰にも取られたくないからねぇ……ごめんね、パーティーが楽しくなかったでしょう?」
「いえ……アレクシスさんの仕事ぶりが見られたのは、それなりに楽しかったです」
「えー?お仕事していないと思ってたのぉ?」
「あ、バレましたか」
ほんの少しの軽口を言い合いながらも、お互いを擽り合って笑い合った。
大きなソファで、大の男が何をやっているんだろう。
それでも、こういったスキンシップは嫌いではない。たぶん、アレクシスさんだから、好き、なんだと思う。
俺の肩に頬を寄せて、瞳を閉じるアレクシスさんからは信頼の情が感じられる。
よくよく顔を見ると、目の下には大き目の隈があった。
前まで不眠だったと聞いたけど、それは本当だろう。
それに、王城から脱走していたのは、眠れないことを心配されたくないのかもしれない。
こんな状態であっても、きちんと騎士として仕事をこなす彼がとても可愛い。
無意識の内に、頭を撫でていた。
「ん……ユータの、なでなで、大好き……」
「喉元擽ったら、ゴロゴロ鳴きますか?」
「さすがにそれは無理かなぁ……僕はこれでも、人間だからね……」
それもそうだ、と思いながらも撫でる手は止めない。アレクシスさんの声がだんだんと小さくなっていく。
なんだか寝落ちしそうな感じだ。
一旦離れて、寝かせた方がいいかなと考えていると緩く瞳が開く。
それから、俺ごと近くに用意されている簡易ベッドに連れていかれてしまった。
添い寝をして欲しいのかな。随分と甘えん坊だ。
アレクシスさんは皺になりやすい上着を脱ぎ捨てると、また俺を抱き締める。
「……あのね、これは独り言。聞き流してもいいこと」
「うん」
「僕は元々、北部辺境の領主になる予定だった。でも、姉様の婚約者がこっそり行っていた闇魔法を使って、大量の魔獣を呼び寄せたことがあった」
「……闇魔法……」
「別に普通の闇魔法なら問題なかったんだ。でも闇魔法の中でも禁忌と言われていた魔族召喚、と言われる魔法がある。それを好奇心で発動させた」
あの文官さんが好奇心で発動させた魔法により、大量の魔獣が現れた。
それに一般市民や辺境で働く人々が被害に遭いそうになったのだろう。そうなると、辺境を守る騎士団が動くはずだ。
「すぐに僕が率いる辺境騎士団で撃退させようとした。でも、一体だけ違った。そいつは、邪神だった」
「え……邪神って、神様……」
「たとえ邪悪な存在であっても、神格だ。人間では歯が立たず、辺境騎士団は僕を除いて……目の前で皆殺しにされたよ」
酷い。辺境騎士団なら、身内同然のはずだ。
そんな彼らが無残に殺される姿を見せられてしまうなんて、俺だったら絶対に耐えられない。
「ギリギリのところで辺境領の屋敷に戻れたけど……その頃、母が危篤でね。僕が帰還すると同時に、息を引き取った」
「お母さん……」
「身内の騎士団惨殺、実の母の死亡、タイミングが悪かったとは思うけど……心が壊れたよ」
ただ聞いていただけではあったけど、思わず俺はアレクシスさんを抱き締めた。
そんな辛い目にあったら、あの文官さんのことは許すことはできない。むしろ、話すことすら不可能だ。
スリ、と擦り寄るアレクシスさんは話を続ける。
「心が壊れた直後、何をしたのか……全く覚えていないんだ。気づけば、血まみれで……片手には邪神の衣服を持っていたらしい」
「邪神の衣服……?もしかして、アレクシスさんが討伐したってこと……?」
「たぶん、そうだと思う。僕はわからないけど、父様がそう言っていたからそうじゃないかな」
「それなら、大量にいた魔獣たちは……」
「自分の意思が戻ってきた頃に、殲滅させたのだと気づいたよ。それ以降かな……眠れないし、身内の生存確認を取るようになったのは」
残った身内が、生きているのかどうか確認しないとベッドに入れなくなったそうだ。
領主であるお父さん、それにお姉さんが眠っている時に呼吸しているのか確認して、心臓の音を聞く。
そうやって、ようやくベッドに入って目を閉じる。眠ることは出来ないけど、ただ目を閉じていた。
「この世界には、精神科医はいないからね……心が壊れた人間は、最終的に神殿で臨終まで過ごすことになるんだ」
「あの……アレクシスさん、どうして精神科医が必要だって……」
「僕の両親はね、元々ユータと同じ世界にいた人間だったんだ。母さんは、人間じゃなくて猫だけど」
「あ……だから、こちらの話を聞いても不思議に思わなかった……?」
「うん。あのスマートフォン?とかいうのは、本当に知らなかったけど」
胸の中で苦笑するのがわかる。
半年以上の療養期間はあったけど、不眠が改善されることはなかったそうだ。
それから大量の魔獣及び邪神討伐の実績があったため、辺境の地を離れて王族の護衛騎士として抜擢されたのだという。
それが、後継者でなくなったことと、王都に来た理由。
「騎士のくせに、情けないって思う?」
「そんなことない。むしろ、これだけちゃんと生活できていることが凄いと思う……俺じゃ、廃人になっていたと思うから」
「……ユータが廃人になるのはヤダ。でも、ユータに褒められるなら頑張れる」
「ありがとう……うん、アレクシスさん。生きていてくれて、ありがとう」
「……ん……」
スリスリと頬擦りした後、動きが止まった。
よく耳を澄ませると、寝息が聞こえる。本当に、俺が一緒だと眠れるようになったんだろうな。
パーティーはまだ続いているとは思うけど、今は眠らせてあげよう。
そう思いながら、俺もゆっくり、ゆっくりと眠りに落ちていった。