護衛騎士の冷たい闇
王城のパーティー会場、というと非常に煌びやかなダンスホールのイメージがある。
今、まさに俺たちがいる場所がそうだ。
天井には、キラキラと輝くシャンデリア。その中に、音楽の合わせてユラユラと光る炎。
不思議に思って見つめていると、アレクシスさんが屈んでくれた。
「シャンデリアの中の炎が気になる?」
「えぇ……なんといえばいいのか……意思があるような気がして」
「そうだよぉ、あれは魔術師が灯している明かりだからね。術者の性格が魔法の炎に反映されているんだぁ」
つまり、あの炎を灯している魔術師さんは音楽が大好きなノリノリ陽キャってことか。
出来ればお会いしたくない分類のタイプだ。
陽キャの人というと、偏見になるだろうけど……裏表がない分デリカシーがない印象しかない。
ぶっちゃけ言えば空気が読めない奴が非常に多かった。
俺の周りの人間がそうだっただけかもしれないけど、いい印象はない。
ひとりでうんうん悩み始めたのを見て、アレクシスさんが静かに背筋を伸ばして手を差し伸べている。
「ダンスホールは降りてからも楽しいよ。おいで、ユータ」
「は、はい……って、えぇえ……?!この階段を降りるんですか?!」
「最後に王族のみんなが来るからねぇ。その前に、僕らがペアを連れて降りるようになっているんだぁ」
嘘か本当かはわからないけど、周囲を見ると確かに高い身分の人たちがペアで降りていく。
特に名前を呼ばれるわけでもないから、貴族の位がある人はここから入場するようになっているようだ。
アレクシスさんのエスコートで階段を降りると、ホールには沢山の人が居た。
居心地が悪すぎた俺はプルプル震えていると、そっとアレクシスさんから飲み物を貰った。お酒ではなくジュースらしい。
色合いと匂いからすると柑橘系のようだ。
「あぁ、やっと見つけた!アレク!」
「……え?姉様?」
一緒にいたアレクシスさんが、誰かに呼ばれた。しかも、愛称で。
実の姉なのだろうか。なんとなく興味本位で振り返ると、確かに良く似た金髪美女がそこにいた。
身体付きから見ても、鍛えているのがわかる。
金髪碧眼でありながらも、真っ赤でスタイリッシュなドレスって絵面的にも強そうだなと思ってしまった。
「もー、なかなか帰ってこないから心配したのよ!あら、そちらの可愛らしいお方は?アレクの婚約者?」
「姉様……久しぶりに会って早々に弾丸トークはやめてくれないかな……彼は僕のところで保護している異世界の人だよ」
「え……?アレクが保護……?お世話される側ではなく……?」
「……そんな信じられないものを見なくてもいいじゃないか。確かにお世話して貰ってはいるけど」
ほらぁ、やっぱりぃー!とかキャッキャッワイワイ話すお姉さんに、それに押されている弟。
こっちの世界では、ギャルのリーダーやっていそうだなって思っちゃった。
苦笑しながら見守っていると、アレクシスさんの表情が一瞬にして無になったのがわかった。
「あ、アレクシスくん……久しぶりだね……?」
「そうですね。私に負い目があるような表情で、よくぬけぬけとここにいらっしゃるとは思っても居ませんでした」
「ちょっと、アレク……!」
「私には護衛騎士としての任務がありますので、これで失礼致します。ユータ、ごめん……あのテーブルに居る団長たちのところにいてね」
「え、あ……うん……ごめんなさい、お姉さん」
アレクシスさんのいつよりもワントーン低い威嚇するような声に、俺も思わず怖くなった。
思いつめた表情のお姉さんに一礼して、騎士団長たちのいるテーブルへと走る。
ちら、と後から現れた男性を見ると真っ青な顔をして大きなため息を吐いていた。
「騎士団長さん、副団長さん」
「ん?おや、ユータ殿。アレクシスは一緒だと思ったのだが……」
「あー……団長、アレですよアレ。例の事件の元凶であるお姉さんの婚約者が居るみたいです」
例の事件、と団長に告げると一瞥してなるほど、と反応していた。
全く話が見えない俺は、完全に蚊帳の外だ。
困惑して二人を見ていると、苦笑されてしまった。
「あぁ、すみません。先程の女性は、アレクシスの姉君であるキャサリン殿。女辺境伯になった天馬部隊の隊長です」
「いきなり情報が多いですね……あぁ、そっか。アレクシスさんが引き継ぐはずだった爵位は、お姉さんが受け継いだんですね」
「おや、その話はしていたんですね。その理由は聞かれましたか?」
「いえ……事情があって、としか……」
「そうですか……うーん、おそらくユータ殿は今後巻き込まれる可能性があるのだから……」
騎士団長が唸って考え込んでいる。
おそらく例の事件、というものを伝えるかどうか迷っているのだと思う。
知りたいと言えば知りたい。でも、アレクシスさんの一番弱いところを知らぬ間に知ってしまったら、本人が悲しみそうだ。
三人で悩んでいると、後ろから声をかけられた。噂をしていたお姉さんとその婚約者さんだ。
「お話中に申し訳ございません。あの、こちらの方はユータ殿とおっしゃるのでしょうか……?」
「はい、アイザワユウタ……違うか、ユウタ・アイザワと言います」
「そうなのですね。愚弟がお世話になっております」
「キャサリン殿、貴殿のことはユータ殿に簡単に説明はした。ただ、例の事件のことは……」
「そう、ですよね……あ、こちらは私の婚約者のルドヴィック・R・クーシェル子爵です」
「初めまして、よろしくお願いします」
婚約者さんは子爵なのか。一見すると、穏やかで優しそうな青年だ。
身体を鍛えていないし、眼鏡をかけているところから見ると文官なのかもしれない。
「ルドウィック殿は元王城の文官でな、王城にある書物の管理を行っているんだ」
「へぇ……文官というか、司書さん……?」
「えぇ、その通りです。王城務めの方には文官と伝えていますが、本来は司書で館長なんです」
「つまり、図書館の所長さんということですよね。まだお若いのに、すごい……!」
タレ目でとろんとした表情で照れている姿からすると、あまり人付き合いは得意ではなさそう。
司書になるくらいだから、確実に本の虫だ。間違いない。
「ユータ殿、あまり関わらないようにしないとアレクシスが二度とここに連れてこなくなりますよ……」
「えっ、でも今はお仕事中だし……?」
「いえ、見てます。あそこのアレクシスを見て下さい」
あっち、と指さされた方向を見ると王子様の横にいるアレクシスさんが不機嫌全開で睨みつけている。
日頃の彼とは思えない鋭さに、思わず口をキュッとさせてしまう。
「……あぁ……やっぱり、許してはもらえないよね……」
「ルド……大丈夫よ、きっと和解できるわ」
「そうだと、いいな……ちょっと、私は図書館の様子を見てくるよ。キャシーは楽しんでいて」
「ちょ、ちょっと!ルドウィック!ごめんなさい、私も失礼します……!」
アレクシスさんの姉夫婦は慌ただしく会場を後にした。
あの人懐っこいアレクシスさんに拒絶されるほど、一体何をしたのだろう。
複雑な視線を向けていたが、団長と副団長から御子様のところへと案内してもらった。
御子となって清楚な服を着ている高校生の彼も、とても元気が良さそうでほっと一安心した。
どうやらこの国の第一王子のことを少し気になっているらしい。確かアレクシスさんが付いていた人だろう。
そんな会話をしつつも、俺の心はアレクシスさんのことが心配でならなかった。