ハウスキーパーとして
異世界で果たして、現代の家事スキルが役に立つのだろうかと内心不安に思いながらも、
アレクシスの後を付いていくと着いた先は、小さなレンガ造りの可愛い家だった。
具体的に言うと、可愛いものが好きな女の子向けの感じだ。
こんな巨人みたいな男が住むようなイメージではない。
アレクシスが、扉の前でパチンと指を弾くと鍵が開いた音が聞こえた。
おお魔法が使えるんだ。しかも、結構簡単にしているからこの人すごい。
そんな風に感動しているとアレクシスが、俺の方を向く。
「あはは、驚いたでしょ?僕みたいな男が住んでいるとは思われないんだよねぇ」
「……あの、アレクシス様」
「様は付けなくていいよ。言いにくいなら、アレクって呼んで?」
「さ、さすがに愛称で呼ぶのはちょっと……じゃあ、アレクシスさん」
仕切り直したところで、室内に入れて貰って再び魔法で明かりが登場する。
この家はどうやらどの部屋も土足で良いタイプのようだ。
なんだか海外に来た気分。
少しごちゃごちゃになっている室内を進みながら、後ろにいるアレクシスが反応してくれた。
「うん、なぁに?」
「この家、天井に頭をぶつけたりしませんか?」
「ううん、大丈夫だよ。ほら、見た目よりも天井が高いでしょ。空間魔法を使っているから、とっても広いんだ」
明かりがあるからわかるのだけど、確かに上を見るとすごく高い。
しかも、家の見た目にも関わらず部屋がどれも広く感じる。
この広さも魔法でやっているのか。さすがはファンタジー世界。魔法が万能すぎる。
「ん?あの、それだけ魔法で出来るのなら……俺はいらないのでは?」
「ううん、魔法は万能というわけじゃないんだ。家事全般に関しては、人の手でないと出来ないようになっているの」
「……随分と部分的に出来ないんですね?」
「そういうルールが、この国にあるからねぇ」
玄関から進んで、部屋の説明を受ける。
台所、お風呂、トイレ、リビング、それぞれの個室、裏庭にある洗濯場。一通りのことは問題なくやれそうだ。
お風呂は自分で湯沸かしを行うタイプだけど、火の加減に関しては祖父母に鍛えられた。
現代では珍しい五右衛門風呂を愛用していたので、巻き割りや火起こしをしないといけなかったから。
ただ、問題はあまりにも汚く散らかっていることだけ。
使った食器類は洗わず、流しに放置。ゴミは溢れかえっている。風呂もいつ掃除したのかわからないほど、黒く濁っている。
リビングも衣服が脱ぎ散らかされていて、洗われている様子もない。
アレクシスの個室も、本が散乱、洋服も散乱してゴミもその辺の床に放置。
まるでテレビの向こうでしか見ないような、片づけられない家そのものだ。
「……あの、アレクシスさん?この荒れ具合はなんでしょうかね?」
「えっと……言ったでしょ……生活力ゼロだって……」
「はぁー……わかりました。とりあえず、必要最低限のところを掃除するところから始めます!」
まずは掃除道具の発掘から始まった。
せっかく掃除用具入れがあるというのに、開けた途端に何もないのは意味不明だ。
あちこちに散らばっている道具を探し出して、まずは台所から片づけていく。
乾燥機なんてものはないので、洗った食器類は逆さまにして自然乾燥させる。
ある程度台所の片づけが終われば、次はお風呂だ。一旦、そのままにされている水を抜く。
水を全て抜き終わるには時間がかかるので、その間にリビングに散乱した衣服を集めて裏の洗濯場へと運ぶ。
要らない袋にゴミや紙をポイポイと入れ、時折紙幣があって驚いたけれど、どうにかリビングが使えるくらいにはなった。
お風呂掃除を済ませて、洗濯をこなし、干したところで今日は一旦終わりだ。
「はぁー……ある程度は片付いたかな……疲れた……」
「ありがとう、ユータ。この家って、こんな床だったんだねぇ」
「本当にそれですよね……まだまだ片づけは必要ですけど、少しずつやっていきますね」
「ふふ、頼りにしているよ」
途中で買ってきてくれたらしい温かい総菜パンと、紙のホットミルクを渡された。
これが今日の夕食だろう。
俺専用の個室に関しては、全く着手していないのでそこも大掃除が必要そうだ。
ひとまず、今日は一緒にリビングで眠ることになった。
お客さん用の簡易布団を敷いて、二人一緒に入る。
いつもは一人で寝ているから、なんだか不思議な感じがする。
「おやすみ、ユータ」
「おやすみなさい、アレクシスさ……んぅ……」
高い体温を感じながら、疲れがピークだったためすんなり眠りに落ちた。
隣で一度目を閉じたアレクシスは、ゆっくりと目を開ける。
それからユータの口元に手を当てる。そこから、心臓部分に耳を当てた。
とくんとくん、と生きている音が聞こえるとアレクシスは安心したのか、小さく安堵のため息を零す。
「……わかっている、はず、なのにな……」
辛そうな表情で目を閉じる。
それから、その温もりが消えてしまわないように抱き込んだ。
翌朝に、ユータの叫び声で起こされることにはなったが、アレクシスは怒られながらもどこか嬉しそうだった。