ユータの過去とアレクシスの本領発揮
通っていた専門学校は、街中にあって活気があった。
学校に通う生徒たちは、みんな動物が大好きでとても楽しかった。
学校が始まる前に、動物たちのお散歩と門の前の掃除を義務付けられていて。
同じ時間に、近所の人から挨拶されることも多かった。
その内のひとりが、やけに俺に話しかけてきて住んでいる場所とか個人情報を聞きたがる人でね。
学校の先生から「わが校の生徒にしつこく聞かないで下さい!」って何度も注意を受けても、
懲りる様子もなくて。
最初の頃は絡まれるだけだった。
でも、授業が遅くなって夜遅くに自宅の扉を開けようとした時に、後ろから突き飛ばされたんだ。
誰だと思ったら、その付きまといの男で。
尻には、明らかに性的興奮しているものが当てられている。
(ヤバい、ヤバいやばいやばい……!犯される……!)
必死に抵抗して、なんとかその場から逃げ出すことが出来た。
その後は無我夢中で警察所に向かって、事情を話したよ。
男は無事に逮捕されたけど、証拠や現場を抑えたわけではないからそいつすぐに釈放されることになって。
俺は、ペットトリマーの夢を諦めないといけなくなった。
いつまた、そいつに襲われるかわからないから。
すごく悔しくて、いっぱい泣いたよ。大事な両親もいなくなって、俺の夢も奪われて。
結局、持ち物はそのままにして俺は遠く離れた土地で新生活を送ることになったんだ。
その時に拾って貰ったのが、少し前まで勤務していた猫カフェのお店。
「……アレクシスさんの苦しさに比べたら、そこまで酷い内容じゃないけどね」
自虐の意味で、小さく笑うとアレクシスがゆっくりと起き上がる。
それから、俺のことをぎゅっと抱きしめた。
「心の傷を負うことは、大きさなんて関係ないよ。でも……本当に、ユータが無事で良かった……」
「……あれく、しっ……ぅ、ぁ……」
「いいよ、泣いて。泣くことは悪いことじゃない。そうでしょう?ユータ」
優しく背中を撫でられて、涙腺は崩壊した。
久しぶりに大泣きをして、子どものように嗚咽を漏らす。
もう既に涙は枯れたと思っていた。でも、こうして自分のことを大事に思ってくれる人がいる。
過去の出来事を打ち明けられる人なんて、向こうにはいなかった。
でも、アレクシスは受け止めてくれる。過去への悲しみと怒り、同時に沸き上がるは嬉しさ。
お互いに異なる境遇だけど、心に傷を負う者同士。
これは傷の舐め合いだと思う人もいるだろう。他人がどう思うなんて、どうでもいい。
ただ、今はこの温もりに包まれて全てを流してしまいたい。
ぐちゃぐちゃになっていた感情が、少しずつ落ち着いてくると涙も止まり嗚咽も小さくなってきた。
それに気づいたアレクシスが俺の顔を両手で覆うと、目元をペロリと舐める。
「え、え?」
「うん、やっぱり涙は少ししょっぱいね」
「当たり前でしょう……?塩分が含まれているんだし……」
「それもそうだねぇ」
のんびりとそう話すアレクシスを見て、思わず噴き出した。
このマイペース具合に癒される。彼は本当に大きな猫だ。
また抱き込まれたと思ったら、そのままベッドに横になる。
「大丈夫、一緒に寝ようよ。ユータ」
「はい……ありがとうございます、アレクシスさん……」
「……うん、おやすみ。ユータ」
いつも通りの位置での就寝。
俺にとって、これが一番安心できるところだった。
それほど時間が経過しない内に、アレクシスは瞳を開ける。
館周辺はそこまで酷くはないが、それも時間の問題だという話だ。
ここには最愛のユータがいる。彼を危険な目に遭わせるわけにはいかない。
ユータの寝顔を見つめて、額にキスをする。
それからゆっくりとベッドから出て、部屋を後にした。
自室へと戻り、鎧を身にまとうと音を立てないように屋敷の外へと出る。
馬房に向かい、愛馬ゲールに乗せてもらい大発生となっている元凶の場所へと駆けていく。
「我が手に来たれ、宝槍よ」
ゲールの手綱を片手に、もう片方の手を心臓に当てる。
そこから現れたのは、漆黒の闇のような巨大な槍。
その槍を片手で扱いながら、前方から来る敵を薙ぎ払う。
目的地にたどり着くと、ゲールから降りて彼を屋敷へ戻れと指示を出す。
賢い彼は、その場所から少し離れた場所に待機していた。
「……邪神の残滓か。悪足掻きもそこまでだ」
日頃のアレクシスとは違う、低く冷たい声。
黒くドロドロとした存在が、巨大な竜へと変化していく。
残滓周辺にいた魔物や魔獣たちも、アレクシス目掛けて襲い掛かるとそれを槍で軽々と叩き潰していく。
巨大暗黒竜の足元へと滑り込むと、上空目掛けて突き上げる。
そして槍の刃先は下方へと雷のように突き付けられた。
竜だった異形は、聞くに堪えない汚濁の悲鳴を上げて消えていく。
大本が消えたためか、周囲にいた魔物たちも離散していた。
残ったのは、真っ黒な黒い結晶。これは邪神の核だろう。
それを拾い上げると、ゲールを呼ぶとそのまま飛び乗って屋敷へと帰る。
ここまでの大立ち回りがあったこの場所は、巨大な大穴として残るだけだった。