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北部辺境の領主館まで

前方に愛馬ゲールと共に先導するアレクシス。馬車の後方に上空から待機する天馬部隊。

その馬車を囲むように配置されている騎乗した騎士。

見たことがない家紋を付けていたので、おそらく北部辺境領騎士団の人だろう。

移動に関しては必要最低限の護衛の数。

これについては、姉のキャサリンさんから説明を受けている。


「奴らには、集団行動の意思を確認している。そのため、敵側もこちらを注視しているわ」

「つまり、敵の陣営も俺たちの方へと動き始めている……?」

「その通り。北部辺境領に到着するためには、一か所だけ一本道になっている箇所がある。おそらくそこで鉢合わせとなる」


精密に書かれた地図を広げられて、ルートを確認する。

確かに渓谷となっている箇所を通らないと、北部辺境領へとたどり着けない。

ここで大勢の護衛がいるとすれば、大損害を免れないはず。


「……多すぎる護衛は、逆に危険ですね……だから、少数精鋭で守る」

「ユータ殿は本当に頭がいい。ただのハウスキーパーにしておくにはもったいないわね」

「褒めても何も出ませんよ、キャサリンさん。ところで、この渓谷は元々川があったところですか?」

「あぁ、急激な干ばつにより川が消え、渓谷になったところ。そのため、周囲の山に潜伏して狙撃するのも厳しい立地よ」

「急斜面ではなく、足場があるようなら……上空からの総攻撃も起こりうる……」

「余程、足腰が強く狙撃の腕が良くなければ出来ない戦法ね。敵にそこまで実力はないと思っていいわ」


渓谷の上部からの攻撃はほぼ不可能。

それでも、どこかに迂回路があれば挟撃は可能になる。


「上部からなくとも、挟撃の可能性は存在しているの。だからこそ、強い戦力で強行突破するのが一番、ということ」

「……俺が戦力になれれば良かったんですけどね……お荷物になってしまい、申し訳ございません」

「何をおっしゃるの!それはないよ、ユータ殿。弟のアレクがあそこまで元気になれたのは、あなたがいたからだわ」

「……それって、どういう……?」

「おっと、ご本人が来たわね。詳細は北部辺境伯領に到着してからお話ししましょう」


自分自身がアレクシスの傍にいることの重要性。

その謎は残ったままだが、今は無事に到着することが先決だ。

問題の渓谷に入り、中盤の辺りに差し掛かると後方が騒がしくなってきた。

天馬部隊が、上空から背後の敵を撃退しているようだ。

前方も前方で、様々な魔物が行く手を阻もうとしているがアレクシスが強烈な剣戟で蹴散らしていく。

撃ち漏らした分の魔物は、両サイドにいる精鋭騎士が確実に仕留めるという流れが確立された。


「……さすがだなぁ……」


戦い慣れた騎士が連携して討伐を行う。これが騎士団なのだろう。

騎士たちの戦いぶりに感動しながら、馬車はあっという間に渓谷を抜けて北部へと走って行く。

無事に北部辺境の領主の館へと到着すると、アレクシスが駆け寄ってきた。


「ユータ、ごめんね。途中は戦闘があって怖くなかった?大丈夫?」

「大丈夫ですよ、アレクシスさん。それよりも、御者さんは大丈夫なんですか?」

「ん?あぁ、彼は元々最前線で戦っていた騎士のひとりだよ。怖かったかい、ルーク?」

「おやおや、こんな老いぼれでも戦場の中にいると高揚感に満たされますぞ。まだまだ若いもんには負けんわい!」


ガハハッ、と豪快に笑うその姿を見て俺は胸を撫でおろした。

まさか馬車を操る御者さんまでも、元騎士だとは思わなかったけど。

馬車から降りて、御者さんに改めてお礼を告げると「坊ちゃんをよろしく頼みますぞ」と意味深なことを言われてしまった。

坊ちゃんと言われる相手は、どう考えてもアレクシスだけだ。

どうしてこんなにも、俺はアレクシスと一緒にいることを喜ばれるのだろう。

俺たちが荷物を持って、館へと入るとすぐに執事やメイドに囲まれて部屋へと案内されてしまった。


「あのっ、アレクシスさんは?!」

「ごめんね、ユータ。僕は、元領主たちと打ち合わせをしないといけないから。先に休んでいてね」

「え、あ……はい……」


おそらく館の中でも、一番安全であろう中央の部屋に通された。

荷物を運びこんでもらい、いつもの軽装に着替えると部屋に夕食が運ばれてきた。

どうやら、俺以外の面々とは夕食が別になってしまうようだ。


「おひとりで寂しいかと思いますが……今は非常事態なので、お部屋に運ばせて頂きました」

「いえ、大丈夫です。むしろ、ここまで運んでもらってありがたいです。いただきます……」


温かなスープ、適度な厚さのステーキと、温野菜。アレクシスの家でも良く出す温かいパン。

家で食べる内容とさほど変わりはないけれど、どれも優しい味がした。

食べ終わると、お風呂に入ることをすすめてくれた。

部屋に併設された湯殿に向かうと、二人入れそうな猫足バスタブと洗い場。その横には脱衣所がある。

衣服を脱いで、身体を洗ってからバスタブへと入る。

これも温かくて、身体の疲れが消えていくようだ。


「……俺だけ、こんなでいいのかな……?」


雇用主のアレクシスは、最前線で戦う重要な戦力。姉のキャサリンさんは、上空から敵を撃退する戦力。

前領主は、彼らを率いる軍師であり総大将。

全員が戦いに臨まなくてはならないメンバーだ。

自分の無力さを感じながらも、せめてアレクシスの弱点になりそうな俺自身はしっかり守らなければならない。

ほどよく温まり、用意されていたタオルで身体を拭いて寝間着に着替える。

ベッドに座り込んで、ぼーっとしているとあっという間に深い夜になった。

そろそろ寝ようかなともそもそベッドに入ろうとした時、控えめに扉のノックが聞こえた。


「ユータ、起きてる?アレクシスなんだけど」

「あ、はい……どうぞ」


ゆっくりと開かれた扉の先には、まだ少し濡れた状態のアレクシスがいた。

いつも通りの笑みを浮かべるも、そこには酷く疲労の色が見える。

律儀に扉を閉めて、こちらを向くアレクシスに対して両手を広げて待っていると、

ゆっくりと大きな猫は胸の中へと入っていく。

柔らかな髪を撫でながら、お膝に寝かせるととろんとした表情をしている。

少しだけ安心したようだ。しばらくお膝に寝かせて、頭を撫でているとアレクシスは少しずつ眠りそうになっている。

このタイミングで言うのは、卑怯かもしれない。

でも、アレクシスが心の傷を明かしたのだ。自分自身にもある、心の傷を打ち明けてしまおう。


「アレクシスさん、これは……独り言です。俺は一度、顔見知りの男に襲われかけました」


出来れば語りたくはなかった、ストーカー強姦未遂事件。

この起こりは、一年前。奨学金を貰いながらもペットトリマーとして働くために専門学校へと通っていた頃だった。

俺の両親は早くに離婚し、女手ひとつで育てられた。それでも、専門学校へと入る二年前に病死。

そのため、学校へは独り暮らしを余儀なくされていた。

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