料理屋での不穏な話
市場の少し奥にある小さな料理屋さんの扉を開けると、既にお客さんが入っていて盛況だった。
アレクシスが配膳をしていた女性に声をかける。
「女将さん、空いているところに座っていい?」
「おや、アレクシスじゃないか!いいよいいよ、好きに座りな!」
扉から少し奥にある空席に座ると、テーブルにあったメニューを開く。
こちらの文字は読めないし、どんな料理があるのかも想像ができない。
メニューとにらみ合いをしていると、アレクシスが小さく笑う。
「僕のおススメメニューでもいい?」
「お願いします……全然読めない……」
「わかった。クレイ!オーダーを頼む!いつものメニューで!」
「おうよ、任せな!」
おそらく厨房があるであろう方向に向かって、かなりの声量でメニューを告げると
そこからも低めの男性の声が返ってきた。
ちゃんと聞こえていて、かつ料理人まで声量が大きいってなかなかにすごい。
「あの、クレイさんって……?」
「あぁ、ここの店主で正式にはクレイズ・ノルンという名前なんだ。女将さんは、アンナ・ノルンだよ」
「平民の方、ですよね……?」
「うん。この国では、平民も家族名を名乗っていいことになっているからね」
それでは貴族と平民がわかりにくいのでは、と思ったがそこは考えられているようだ。
アレクシス含めた貴族たちは、ミドルネームとして母親の名前の頭文字を入れる風習がある。
「僕の場合は、アレクシス・R・イーストフェンでしょう?母親の名前はリリアンだから、Rが入っているんだよ」
「アレクシスさんのお母さんの名前、初めて聞きました。それでRになっているんですね……」
「母様の臨終が、僕の心の傷の元になっているからね。それであまり母様の名前は口にしないようにしているんだ」
「……早く傷が治って、親子でお母さんのお話ができるようになるといいですね……」
「うん、ありがと。あ!もう料理が来たみたいだよ」
この忙しさの中でも、女将さんは手慣れた様子で料理を置いていく。
最後にデザートと紅茶も出してくれるらしい。なかなかに豪華な昼食だ。
アレクシスのおススメメニューというのは、非常にわかりやすく肉料理のフルコースだ。
少しずつ出す、というわけではなくワンプレートにどんっと乗っている。豪快。
添えられる程度の野菜を食べて、お肉を少し食べるとなんとも上質なお肉だというのがわかる。
「美味しい……!これって、何かに漬けておいたお肉を焼いているのかな。味がしっかりしているのに、口の中でとろける」
「ふふ、ユータってなんだか料理研究家みたい。あ、このソースをかけるとまた味が変わるよ」
おススメされた調味料をかけて、お肉を食べると確かに味が違う。
先程のこってり具合が緩和されて、柑橘系の爽やかさがマッチしていてこれはこれで美味しい。
一緒に丸いパンも食べつつ、メインを食べ終わるとすぐにデザートと紅茶が出てきた。
「この料理屋ってね、実は夜には居酒屋になるんだよ」
「えっ、じゃあ一日中営業しているってことですか?」
「ううん、夜間に関しては息子夫婦が中心になって経営しているんだってさ」
「なるほど……二世代共同経営……!」
見た目を言うのはよろしくないとは思うけど、女将を見る限りではそれなりにお年のようだ。
それなのに二十四時間働くというのは酷というもの。
朝から昼までは親夫婦、夕方から深夜までは息子夫婦と分担しているのなら安心だ。
日本という国は、そういう部分を見習って欲しい。主に過労死が多い案件。
それはさておき、デザートのケーキを食べてミルクティーを飲んでいると後ろからの会話が耳に入ってきた。
「なぁ、聞いたか?北部辺境領、また魔物が増えているらしいぜ」
「あぁ、だからギルドの募集に魔物討伐案件が高ランク者に案内がいっているのか……」
「オレはよくわからないんだけど、その魔物討伐が出来なかった場合って、北部辺境領が潰れるのか?」
「北部だけじゃねぇよ。間違いなく王都に攻め込んでくると思うぞ」
「なんでだよ?北部から王都ってだいぶ遠いじゃん」
「ばっか、食料とか物資が最も豊富なのは王都なんだぞ。魔物の奴らも頭がいいから、すぐにそれに気づいて進軍してくるんだ」
「うぇえ……マジか。ということは、北部辺境が食い止めてくれているからここまで被害が出ていないんだな……」
「そういうこった。こういう時こそ、鬼神の黒騎士様が殲滅してくれりゃ対応が早いんだけどなぁ……」
後ろの人たちの会話が終わった後、ガタガタと立ち上がりお会計を済ませていなくなっていく。
先程の会話を聞く限り、再び北部辺境伯領が危機的状況にあるようだ。
ちらりとアレクシスの方を見ると、どこからか取り出した白い紙に何かを書いている。
それから何かを唱えるとその紙は、白い鳩へと姿を変えて先程の冒険者たちと一緒に外へ向かって行った。
「アレクシスさん、今の話……というか、なんですかさっきの鳩」
「ん?連絡鳩だよ。緊急だったから、姉さんに合えないか打診を送ったんだ」
「なるほど……でも、本当なんでしょうか。偽物の依頼という可能性もありますし……」
「うん、姉さんに確認を取るのはいいとして、僕は冒険者ギルドに行かないといけない。ユータも来る?」
「もちろんです!わぁ、ギルドって本当にあるんだ……!」
もちろん、あるよォとのんびりとした会話をした後。
お会計をさっと済ませて、アレクシス案内で冒険者ギルドへと向かった。
ギルドの建物は、市場から少し離れた位置にあるがかなり大きな場所だった。
中に入ると、色々な依頼が貼ってある案内板やパーティーメンバーとの打ち合わせをする冒険者たちが居た。
アレクシスは迷いなく、中央の受付に声をかけている。
「職務中に失礼。北部辺境領から魔物討伐依頼が出ているというのは、本当かな」
「アレクシス様……!はい、その通りです。北部辺境騎士たちが、ギリギリ対応できている状況ですが……どうにも人手が足りないようでして」
「……うん、正式な依頼文書だ。これを出したのは父さんだろうな」
「はい、前ご当主様が直々に提出されたのを確認しております。まだ適した冒険者は見つかっておらず……申し訳ございません」
「あなたのせいではないから謝らないで。邪神降臨の時に大規模な犠牲者が出たからね……確認できたから引き続き業務を頼む」
「はい!」
正式な依頼文を確認したかっただけらしい。
後ろで怯えながら聞いていた俺を見かねてなのか、アレクシスが用件を終えると肩を抱き寄せて一緒にギルドを出た。
再び賑やかな市場に出ると、食材の買い出しをしようということになり買い物の仕方を教わった。
どの食材がどういうものかの説明もしてくれて、本当にアレクシスが居てくれて心強い。
一通り買い物を終えると、家の前に一人の女性が佇んでいた。
「あれ、姉さん。もう来れたんだ」
「アレク……えぇ、今日は王城に用事があったから。事情説明をするわ、入れて貰える?」
「うん。ユータ、家に入ろう」
「はい……」
二人の神妙な面持ちに、俺は持っている買い物袋をぎゅっと掴むことしかできなかった。