異世界召喚に巻き込まれた男性店員さん
日常が普通通り送れることの有難さは、毎日のように実感している。
簡易キッチンで作ったご飯をお皿に入れて、店内へと進む。
「ご飯だよ、ゆっくり食べてね」
「にゃーん!」
俺こと相澤悠太が勤務しているのは、猫カフェだ。
こういったところは、女性が多いらしいけど俺も女性に混じって店員として動いている。
なんといっても、猫たちが可愛い。
子猫が多いため、食べ方が下手なのだがそれもまた可愛い。
最初は面接で落とされるかな、と不安だったけど動物に対する姿勢が評価されて今に至る。
「あぁ、猫たちのご飯の時間なんですね」
「はい、そうなんです。あ、延長されますか?」
「いや、そろそろ帰ろうと思います。家で宿題しないと、親に怒られてしまうので……」
話しかけてくれたのは、近所の高校に通っているらしい男子高校生のお客様。
俺よりも小柄だけど、力が強く頭もいいので将来は警察官になるのだと教えてもらった。
そんな将来有望な子を見送ろうとした時。
急に眩い光が店内を包み込んだ。
ゆっくりと目を開けると、そこは夜。
それと、周囲を見渡すと何もない平原のようだった。
おかしい。俺は室内に居たはずなのに、どうして外にいるんだろう。
「え、お、お兄さん!地面見て下さい!」
「地面……?なんだろう、この怪しい魔法陣……」
複雑な模様だけど、たぶんこれは魔法陣と呼ばれるものだ。
何がなんだかよくわからず、二人で困惑していると周囲から黒いローブを被った人たちが集まってきた。
口々に、召喚が成功した、御子様が来てくれた、と言っている。
男子高校生が急に腕を引っ張られて、どこかに連れていかれそうになっている。
慌ててその子を奪い返そうとした時、さらに別の集団が現れたらしい。
ローブの人々が慌ててどこかへ逃げようとしていたが、その集団に捕まっていた。
恰好を見る限り、おそらく騎士団と呼ばれる人ではないか、と思う。
騎士団長さんと副騎士団長さんの二人に支えられながら、俺たちは王城らしきところに連れてこられてしまった。
王様に面会した時に、暴徒による異世界召喚に巻き込まれたことを告げられた。
(そうだろうなぁ……明らかにファンタジーな世界だよ、ここ……)
さらに驚いたことに、俺たち二人は元の世界に戻れないらしい。
男子高校生の方は、御子と呼ばれていたから神殿が預かることになった。
困ったのは、俺だ。
特に何もないごく普通の一般人男性は、どうするべきか全員が悩んでいる。
帰りたくても帰れない。けれど、身勝手な理由で放り出しても人道に反する。
王様と一緒に宰相らしき人と、騎士団の上二人も悩んでいる。
(まぁ、ここの人たちが人権を尊重してくれているのは有難いかな。どこかで読んだのは、いきなり奴隷とかあったから……)
聴こえないように小さくため息を吐いて下を向いた時、真下に人の顔があった。
「うわっ……!って、え?」
「考えごとをしていたの?」
「え、あ、あぁ、うん……君はいつからそこに……」
「ん?騎士団長の後ろに居たんだよ。今はここにいるけど」
体操座りで真下から綺麗な顔の少年に覗き込まれるなんて、経験したことがない。
顔を上げて、その少年の手を取ると予想以上に高身長だった。
俺が170センチないくらいだけど、この子は余裕で180センチは超えている気がする。
というか、少年と言っていいのだろうか。顔立ちは幼いが、これだけ高身長だと威圧的だ。
「ありがとう、お兄さん。ねぇ、団長、副団長!お兄さんのこと、僕が預かってもいい?」
「は?いや、それはそちらの男性に聞くべきなんじゃないか……?」
「本人の意思確認を先にしろ、アレクシス……」
「あ、それもそうだね!ねぇ、お兄さん。僕ね、生活力がゼロでこのままだと死んじゃうって言われているんだ」
天使のような笑顔で、とんでもないことを言いだしたぞこの子。
普通の騎士は生活力がなくても、メイドさんや食堂なんかで衣食住は大丈夫なんじゃなかったかな。
あれ、思い違いだったりするのか。わからない。
「せ、生活力がゼロ……?!え、でも騎士なんだよね?メイドさんとか食堂とかあるんじゃないの?」
「騎士は騎士でも、王族の護衛騎士だよ。一人暮らしを最近始めたんだけど、全部出来なくてね……ねぇ、家事とかはできる?」
「あぁ……それで生活力ゼロなんだ……うん、俺も一人暮らしが長かったから一通りはできるよ」
「本当?!やったぁ、じゃあ僕のお家のことをお願いしたいんだ!あ、もちろん一人部屋もあるからそこは自由に使っていいから!」
好条件を沢山提示されてしまい、押されに押されて俺は生活力ゼロの護衛騎士様にハウスキーパーとして雇われることになった。
騎士団と王様は、それを見て俺のことをその子に任せることに決めたらしい。
契約成立後に、お互いの名前を伝え合う。
護衛騎士様の名前は、アレクシス・R・イーストフェン、と言うそうだ。
「ユータ、アイザワ?珍しい名前だね……じゃあ、これからよろしくね!ユータ!」
「お手柔らかにお願いします……」
こうして俺の異世界生活が始まったのだった。