キャラメルの居場所
初めて会ったときから、紗音はかわいい女の子だった。顔立ちが整っているのはもちろんだけれど、歳を重ねるごとに綺麗になっていった。もちろん、そんな紗音を周りの男子達が放っておくわけがなくて、小学校最後の冬あたりから告白されることが増えていた。でも、紗音は一度も首を縦に振ることはなく、相手が素直に諦めてくれれば良いが、そうではないことも多々あり、俺が間に止めに入ることも年々増えていった。
「そういえばさ、スズって最近、人前で笑わなくなったよな。最近じゃクールビューティで通ってるじゃん。」
『私、圭ちゃんと一緒のときも笑ってない?』
高校からの帰り道、ふと思いついて最近の疑問を口にしてみた。紗音は元々よく笑う方で、「笑顔に惚れた」という奴も多かった。いつも笑顔の紗音だったが、高校生になってから人前で笑っているところをあまり見ていない気がする。
「そんなことはないけど、覚えてる限りじゃ、俺が中三のときまでは俺がいなくてもよく笑ってたと思うんだよね。俺が卒業してからの一年でなんかイヤなことでもあった?」
そう、紗音の近くにいられなかった、1年間。高校に上がってきてからは愛想笑いを浮かべることがほとんどだったから、何かあるとすればその1年しかない。紗音はゆっくりと首を振り、立ち止まって何かを書き始めた。俺も数歩先に立ってそれを待つ。
『私の笑顔が好きって言ってくれる人がいっぱいだったから、笑わなくすれば告白、減らせると思った。断るのもしんどいし』
紗音がいつもの筆談用のノートにそう記して、困ったように笑う。
『好きになってもらえるのは嬉しい。でも、告白されればされるほど、私の居場所はなくなる。』
おそらく、居場所というのは、同性の友達との交友関係のことを言っているのだろう。たしかに、中学時代に紗音が他の女子達と険悪な雰囲気になっていたのを何回か見かけたことがあった。おそらく、あの女子の一団の中に、紗音に告白した男子のことが好きな子でもいたのだろう。そっか、と相槌を打ちながらぼんやりと考えていると、紗音が俺のシャツの袖をくい、と引いた。
「ん、どうした?」
紗音の方を向くと、彼女は、手を出して、とジェスチャーをして見せた。それに倣って右手を差し出した。
差し出した右手に、コロリと小さなものが転がった。
「キャラメル。これも作った?」
何の前触れも、脈絡もなく渡されたそれに少し驚きながら尋ねると、紗音はこちらを見ずにコクリと頷いた。こういうときに渡されるお菓子には大抵意味を乗せて紗音はお菓子をくれる。
(キャラメルは確か…)
いろいろ渡されるようになるうちに自分でもお菓子言葉の本を買って覚えたその本を、頭の中でキャラメルのページまで捲って意味を思い出す。
(意味は、安心する、とか癒やされる、だったっけ。つまり、俺の隣は安心できるのか。)
丁寧に折られた白の包み紙を剥がし、市販のものよりも少し大きくカットされたそれを口に入れる。ほんのりと感じられる塩味と、砂糖を焦がした苦みが、口いっぱいに広がり、歩いてじんわりと汗ばんだ体に心地よくしみていくのを感じた。
「これ、うまい。部活の後とか欲しいかも。また頼むわ。」
『なら、少しお塩増やそうか。汗かいた後なら、その方が良いと思う。』
「よっしゃ。楽しみにしとく!」
また作ってくれるという約束に喜びながら、俺は紗音の頭をポンポンと柔らかく撫でる。
キャラメルに込められた言葉の返事を、乗せるように。
(大丈夫、お前の居場所は、ここは、絶対になくならないから。)