初めての贈り物はマドレーヌ
俺、谷山圭佑は、小さい頃から甘い物が好きだ。それは高校生になった今でも変わらない。その中でも一番好きなのは、あいつが作ってくれたお菓子。あいつの作ったお菓子は他のどんなお菓子よりもおいしいと思う。いつだって優しい味がして、どんな時でも気持ちを前向きにしてくれる。
俺の幼なじみの遠山紗音は声が出せない。先天的なものではない。小学校4年生の時、同じ登下校の班の下級生を突っ込んできた車からかばったときの後遺症だ。基本的には筆談だけれど、スズはたまにお菓子で自分の気持ちを伝えようとしてくる。その時は決まって聞えなくなったはずのあいつの声がする気がする。名前の通り、鈴のような凜とした声が。
圭佑が5歳のとき、紗音が隣に引っ越してきた。親同士が高校時代の同級生だったこともあり、互いの家に遊びに行くことはよくあった。紗音が引っ越してきて2週間くらい経った頃だった。紗音は小さなバスケットを持って圭佑の家にやってきた。
「これ、あげる!」
紗音が満面の笑みと共に差し出したバスケットの中に入っていたのは、甘い香りを漂わせるお菓子だった。
「これ、なに?つくったの?」
「そう、ママと作ったの!マドレーヌっていうんだよ。お花には花言葉って言うのがあるんだけれど、おかしにもあるんだって!」
「ふうん。」
圭佑はあまり興味がなさそうに相づちを打った。それでも紗音は気にする様子もなく楽しそうに言葉を続ける。
「マドレーヌには、『あなたと仲良くなりたい』っていう意味があるんだよ。だからね、けいすけくん、私とお友だちになってください!」
「え?もう友だちじゃないの?」
圭佑は不思議そうに眼を瞬かせて言った。
「そうなの?んふふ、お友だちだったんだぁ。じゃあ、これからも、なかよくしようね。圭ちゃん!」
紗音は圭佑の母親が彼を呼ぶ呼び方を真似してバスケットをぐっと近づけてきた。その答えを示すように、圭佑はバスケットを受け取って、「うん、よろしくね。スズ。」と彼女の母親が呼んでいるように紗音のことを呼んだ。
スズが初めてくれた、手作りのお菓子。焼きたてのそれは温かくてふわふわしていて、今までに食べたお菓子で一番おいしいと感じたことを今でも覚えている。そう、最初にもらったお菓子は、仲良しのお菓子。