狂乱
「桐香、恵、どうしよう、私…」
ルークさん達を止めることができなかった。私は涙を堪えきれず、泣きながら2人の方に振り返った。
「桜だけのせいじゃない。私だって何もできなかった。」
「そうだよ。桜だけじゃない、私たちもいるよ!」
桐香は私の肩にぽんと手を置いて、恵はぎゅっと私の手を握ってくれた。二人の手を取って私は立ち上がることができた。
「でも、実際どうする? このままじゃいられないけど、何をすれば良いんだろう?」
恵は腕を組みながら首をかしげて言った。
「とりあえずルークさん達を追いかけよう。桜が言ってた通りルークさん達と国軍が戦うのは絶対に止めないと。」
「どうやって止めるの? 追いついたとしてもさっきみたいになったら…」
「…うまくいくかはわからないけど、私に考えがある。だから、中央監獄まで行けさえすれば。」
「ほんと!?」
「いや、もしかしたらってくらいだけど。」
「よし! じゃあ、それでお願い! ほら、桜も行くよ!」
恵は私の背中を叩いて玄関のように歩き出した。
そうだ、めそめそしてる暇なんてない。
私たちはもう一度準備して、中央監獄へと向かった。
+++
―中央監獄正門前
「ルカに会わせろ! こんなまともな説明もなしに納得できるわけがないだろ!」
「だから、内乱が始まって以降、面会は許可していない。罪人が間接的に戦争に関わることを防ぐためにな。」
門前には鎧を着た数人の衛兵が集まっており、その前で中央監獄に到着したルークと衛兵をまとめる職を任された中年の監獄局員が言い争っていた。
「罪人だと? ルカ本人が人を殺したって言ったのかよ。」
ルークは局員の胸ぐらに掴みかかった。
「国の要人を殺しておいて自分がやったと自白する馬鹿がどこにいる。」
ルークは2人の衛兵に制止され、局員は襟を整えながら整然と言った。
「証拠がないだろ。勝手に決めつけるなよ。」
2人の衛兵に押さえつけながらもルークは役人を睨み付けた。
「証拠も何も、あの状況で殺せるのは一人しかいない。人気のない深夜の時計塔展望台、殺されたレイノルズ氏は背中側から剣で心臓を貫かれていた。たまたま現場に居合わせた兵士がそれを発見した時、その場にいたのは奴のみ。加えて奴はレイノルズ氏の物と思われる金貨の入った布袋を持っていた。もはや疑う余地などあるまい。」
「ちゃんと調べてもいないくせに…!」
ルークは衛兵の腕を払い、腰に身につけていた剣の柄に手をかけた。それに呼応するようにルークの後ろにいた仲間達は武器を手に取り、姿勢を低くして構えた。
「仲裁組織が、墜ちたものだな…。」
局員は眉間にしわを寄せ、衛兵に合図を出すように右腕を上げた。
「え!? これってやばいやつ?」
「ちょ、ちょっと待った~!」
私たちが着いた頃、ルークさん達と国の衛兵が一触即発の雰囲気でにらみ合っていた。私たちは慌てて息を切らしながら両者の間に割り込んだ。
「…! なんで…、家で待ってろって言ったよね!?」
ルークさんは困惑したような顔で私たちを叱るように言った。
「私たちだってルカさんをこのまま失いたくない気持ちは同じです。私たちにも手伝わせてください!」
私はルークさんに訴えかけるように言い、局員の目の前に1枚の紙を突き出した。
「私たちをルカさんに合わせてください。私たちにはその権利があるはずです。」
私が出したのはアインスに来る前にカイルさんからもらった文書だった。直接会えなくてもこれさえあれば少なくとも監獄の中には入れる。私たちが監獄の中でもっと詳しい話を聞いて、ルークさん達に説明すればこの場を収められるかもしれない、と言うのが桐香の作戦だった。
「むぅ…、しかし、罪人に会わせるわけにはいかんだろう。」
「いいの? カイルさんの依頼だよ?」
少し動揺した局員に向かって、桐香が詰め寄るように言った。
(この人、レアンドロさんより地位低そうだから、押せばいけるかも。)
桐香が私たちに向かってぼそっと言った。相変わらずいい性格してるなとも思ったけど、今は乗るしかない。
「私たち、カイルさんに頼まれてこっちに来たんだよ? カイルさんの頼みだよ!」
恵は両手を腰に当てて頬を膨らませた。正直、その体勢の上目遣いは脅しよりかわいさが勝ちそうな気がするけど…。
「あのカイルさんだよ!? すごい人だよ!」
私も2人に負けじと必死に訴えた。
「いや、しかし…」
「通してあげなさい。」
揺らいでいる局員の後ろの衛兵達よりさらに後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。
それは長身で相変わらず顔色の悪いレアンドロさんだった。
「…っ、いやだから私たちは…って、え?」
レアンドロさんの顔見て少し焦った桐香は、意外な返答に拍子抜けしたようで珍しく間抜けな声を出した。
「え? いいんですか!?」
「ええ、ただし君たち3人だけです。」
「な!? 長官、ですが…」
驚いたのは私たちだけではなく、局員の人もレアンドロさんの返答に困惑しているようだった。
「彼女らはここ数日、庁舎内で内乱の解決につながる仕事をしてもらっている。それにこの3人は仲裁組織の人間でなければアインス市民でもない。この状況を打破できる可能性のあるのなら、使えるものは使うべきではないかね?」
「…はい、承知しました。」
納得できない様子の局員をよそにレアンドロさんは私たちの方に向き直った。
「案内します。着いてきてください。」
淡々とそう言いながらレアンドロさんは入り口の方に歩いていく。
「すみませんルークさん、必ずルカさんの話を聞いてくるので待っていてください!」
私たちはルークさん達とそう約束して、小走りでレアンドロさんの後ろをついて行った。
正面玄関から中に入り、いつも昇る階段の前を通り過ぎ、奥の突き当たりにある鍵付きの重厚な扉を開けると地下につながる階段が現れる。薄暗い階段を下に降りると、そこは監獄という名にふさわしい重苦しい雰囲気が漂っていた。
「ところで、どうして許可をくれたんですか? 今まで直接会わせてもらえなかったのに。」
両脇に鉄製の扉がいくつもある狭い通路を歩きながら私は質問した。
「すごくありがたいんですけど、さっき言ってたことって本当の理由じゃないですよね?」
「全てが嘘というわけではありません。実際、あなた方が作成した資料は我々の仕事にも役立っています。ですが、当然、それだけが理由ならあなた方をここに入れないでしょう。」
歩きながら振り返ることはなかったが、いつもより少し感情のこもった声で続けた。
「私自身も今回の件に関しては納得のいかない点が多々あります。捕らえられた彼女とも殺されたレイノルズ氏とも面識がありますが、殺す理由も殺される理由も見当がつきません。私一人ではきっと解決できない。あなた方ならもう少し話を聞き出せるのではないかと考えたところです。」
「でも、それじゃ…」
「はい。私の私情と独断です。幸い、ここに私の行動を咎める人はいませんのでね。」
冗談なのか本気なのかわからないけど、一見規則に忠実な堅い人だと思っていたレアンドロさんのその言葉は少し意外だった。
「ここです。」
2,3分通路を歩いたところにある扉の前で足を止めた。その扉を開けると手枷のついたルカさんがいた。
「ルカさん!」
私は思わずルカさんの肩に抱きついた。
「桜!? どうしてここに…」
ルカさんは状況が飲み込めないようで唖然とした様子だった。
「では、私は少し席を外します。」
そう言ってレアンドロさんはもと来た通路を戻っていった。
「みんな怒っているだろう。本当にすまないことをした。」
ルカさんは視線を落とし、俯いて言った。
「そんなことありません! みんなルカさんの無実を信じてます。ルークさん達もここまで来てるんですよ。」
「だから、何があったのか話してください。」
私は落ち込むルカさんを励ますように言った。
「念のため聞きます。ルカさんは人を殺したりしていませんよね?」
桐香は言葉では単刀直入に聞いたけど、頬に汗が流れていて緊張しているようだった。
「…ああ、レイノルズさんを殺したのは断じて私じゃない。」
「…! よかった! やっぱりそうだよ…」
私はとりあえず一番聞きたかった言葉を聞けて心底安心した。しかし、続いた言葉は予想外なものだった。
「…でも、私があの場にいたのは確かなんだ。それなのに、私には何があったのかわからない。あの場には私たちしかいなかったし、誰かが隠れている気配もしなかった。だから、私は私の無実を証明できないんだよ……。」
「…どういうことですか?」
私は意味がわからず桐香と恵と目を合わせた。
「あの、ルカさんが良かったら、昨日何があったのか詳しく教えてくれませんか?」
桐香の言葉に少し間を置いてから、ルカさんは意を決したように語り出した。
「…本当はみんなに内緒にしておきたかったんだ。でも、こうなってしまった以上隠すわけにも行かないから話すよ。昨日の夜は―」
+++
―1日前
事件が起きる直前の深夜、桜が寝たのを確認したルカはアインス随一の大聖堂に隣接する時計塔の展望台で人を待っていた。展望台からは直下の広場から街の四隅にある櫓までアインス全体を一望できる。新月のその日はいつもより暗く、街は恐ろしいほどに静まりかえっていた。ルカは石造りの腰壁に肘をつき、街を見下ろしていた。
「お待たせしました。いや~、遅くなってしまってすみません。」
息を切らしながら現れた白い口ひげの恰幅の良い初老の男はカブラル共和国司法相・ケビン=レイノルズであった。
「いえ、そんなに待っていませんよ。こちらこそ忙しい中時間作ってもらってすいません。」
ルカはレイノルズに歩み寄り、近くのベンチに座るよう促した。
「あれ? レイノルズさん剣なんて持ってましたか?」
「ええまあ、最近は中央部でも衝突が起きてますからね。今日だってありましたし、護衛を付けることもできませんから、せめて護身用にと。」
ルカは見慣れないレイノルズの諸刃の剣に目をやった。
「ルカさんこそ、何も持たずに平気なのですか?」
「まあ、戦いを無くそうって言ってる人間が人を傷つける武器を持ち歩くわけにも行きませんから。それに私、こう見えて鼻がきくので、誰かが近くにいればすぐわかるんですよ。」
ルカは苦笑しながら、冗談を言うように言った。
「あはは。それは頼もしいですね。
額に垂れる汗をハンカチで拭いながらレイノルズも笑った。
「長居するわけにも行きませんし、そろそろ本題に入りますか。」
レイノルズの息が整ってきたのを見計らい、ルカは麻紐で縛られた紙束を取り出した。
「こちらが今回の分です。」
ルカが取り出したのは仲裁組織の活動報告で、休戦地域の情報や反乱を企てていた人の情報などが記されていた。
「いつもありがとうございます。えーと……あったあった。では、こちらを。」
ルカから紙束を受け取ったレイノルズは肩にかけていた鞄を開け、ごそごそと中を漁り、巾着袋のように口が縛られた布袋を取り出し、ルカに渡した。
「お礼を言うのはこっちですよ。毎回支援してもらっているのに、わざわざこんな夜中に来てもらってしまって。」
布袋には金貨が数枚入っていた。ルカとレイノルズは定期的に会い、活動報告と資金の交換をしていた。
「構いませんよ。それに私も本当ならもっと表だって支援したいのですが、立場上そうも行きませんので…。この国から争いを無くしたいと思うのは私も同じと言うことですよ。」
カブラルの法律では司法機関は独立しており、その予算は全て秩序維持のために使われなければならないと定められており、その長である司法相が民間団体に支援することなど禁忌そのものであった。故にレイノルズは司法相の役割を全うする裏で、ルカと協力し、活動を支援していた。
「では、私はこれで失礼させていただきます。」
レイノルズは穏やかに笑い、手を胸に当ててお辞儀した。
「はい。お気を付けて。」
レイノルズは振り返り、下に降りる階段に向かった。ルカはその背中を途中まで見送り、ふと視線を町の方に戻した。この街の静けさが、戦争が身を潜めている静けさではなく、皆が安心して眠れるような静けさになることを願って眺めていた。
その一瞬、階段の方からドサッと鈍い音がした。
振り返り、音のした方を見たルカは目を見開いた。レイノルズが大量の血を流し倒れている。護身用に持っていた剣が背中側から心臓を貫通するように刺されており、ピクリとも動かない。
「レイノルズさん!? なんで…、しっかりしてください!」
ほんの一瞬だった。ほんの数秒目を離した隙にレイノルズは襲われていた。誰かが隠れている気配など微塵もしなかったはずなのに。ルカはなんとか止血しようと来ていた上着を脱ぎ、傷口を圧迫した。
「誰だ? 誰かいるのか?」
偶然、時計塔を見回りに来ていた国軍の兵士が物音を聞きつけ展望台まで来ていた。
「ちょうど良いところに! こっちだ! 手伝ってくれ!」
ルカ一人ではレイノルズを治療し、体を運ぶことはできない。ルカにとって偶然現れた兵士は幸運に思えた。
「…な! い、今すぐ武器を置き、両手を挙げて跪け!」
ルカの思考とは裏腹にレイノルズを発見した兵士は剣を抜き、ルカに向かって構えた。同時に持っていたベルを鳴らし、仲間の兵士を呼んだ。
「待て! 違う! 今はとにかくこの人を助けるのが先決だ!」
「黙れ! いいから言う通りに従え! さもなくば容赦はしない!」
剣を構える兵士の腕は震えていた。ルカの言葉など気にも留めず、兵士はじりじりとルカに迫った。
「そんな…、違う、話を聞いてくれ!」
「黙れぇ!!」
兵士は地面を蹴り、ルカの顔の真横に剣を突き立てた。
「次は首をはねるぞ…!」
「…っ、わかった……」
ルカは為す術なく兵士の指示に従った。
(すまないルーク、みんな……)
兵士はルカの両手を後ろで拘束した。この時既にレイノルズの息はなかった。
+++
「これが私が見たことの全てだよ。」
確かにルカさんの話は信じがたいところもあった。でも、ルカさんが嘘をつくとは思えないし、ましてルカさんがレイノルズさんを殺す理由は一つもないように思えた。
「じゃあ、本当に誰がやったかわからないんですね…。」
「一応ですけど、嘘じゃないですよね。」
「ちょっと、桐香…」
疑ってるわけではないのだろうけど、桐香の発言に恵が慌てて止めようとした。
「いや、そう思うのも当然。実際、一瞬目を離した隙に殺されて、犯人の姿は見てませんなんて、苦し紛れの言い訳にしか聞こえないでしょ。」
「それは…、でもだからって、証拠もないのに投獄するなんてひどいですよ!」
「今はみんな疲れている。あの日見た兵士の目も怒っているのではなく怯えているように見えた。この先の見えない争いの中でみんな自分のことで精一杯になってしまっている。私だって、今はもうどうすれば良いのかわからない……。」
ルカさんは悔しそうに唇をかみしめた。昨日話していたときも感じたけど、ずっと一人で抱え込んでいたのだろう。
「私たちはルカさんに会ってまだ少ししか経っていませんけど、ルカさんが誰よりも頑張ってきたことはみんなわかっていると思います。だから、無責任かもしれませんけど、ルカさんの疑いはきっと晴れると思います。」
「もしそうでなかったら私たちも闘ってやりますよ!」
恵はルカさんの前にぐっと拳を出して笑って見せた。それを見たルカさんはふっと吹き出し、表情が明るくなった。
「ははは。闘うのは駄目だって言ってるだろ、まったく。本当に君たちは不思議だね、いきなり現れたかと思ったら、突拍子もないこと言って、それなのに意外と自分を持ってて、私を助けてくれる。」
「え? いや助けてもらってばかりなのはこっちですよ。」
「そんなことないよ。君たちは人を助ける力がある。もっと自信持ちな。」
ルカさんを励まそうと思ったのに、私たちが背中を押されてしまった。急に褒められて顔が熱くなった私にルカさんはそんな優しい笑顔と言葉を向けてくれた。
「それで、みんな外で待ってるんですけど、今話したことってレアンドロさんとかルークさんに話しても大丈夫ですか?」
レイノルズさんに秘密裏に支援されていたこともあり、桐香はルカさんの確認を取った。
「うん。こうなってしまった以上は仕方ない。お願い。桐香、君になら任せられる。」
「ありがとうございます。必ずここから出しますので待っていてください。」
桐香は自信に満ちた笑顔でそう言って、レアンドロさんの方に戻った。私と恵もルカさんに「また後で。」と告げて桐香の後について行った。
「……なるほど。そうでしたか。」
「はい。でも本当にルカさんはやってないと言ってるんです。信じてください!」
桐香がレアンドロさんにルカさんから聞いた状況をありのまま伝えると、腕を組んで考え込んでいた。信用だけで疑いが晴れたりしないことはわかっているけど、私はルカさんがこれまで誰よりも頑張ってきたのだと必死に訴えた。
「その話の真偽はわかりませんが、レイノルズ氏の私物なども含め、後々詳しい捜査を行うでしょう。直ぐとはいきませんが、いずれ必ず。」
「じゃあ…」
「現状で罪状は保留。皆さんの主張の通り、確固たる証拠もなしに彼女を拘束し続けることはできません。しかし、それですぐ解放というわけにもいきませんので、少しの間、身柄はここで留置させていただきます。」
「そうですか…。わかりました。とにかく私たちはルカさんの言葉を信じています。あとはよろしくお願いします。」
そう言って私とレアンドロさんは中央監獄のロビーで別れた。すぐに解放とは行かないけど、ルカさんがやっていないと本人の口から聞くことができた。私たちはルークさん達に状況を伝えようともう一度門の方に向かった。
門の前ではお互いに武器は収めているけど、衛兵達とルークさん達の睨み合いが続いていた。
「ルークさん!」
「…! 戻ってきた! どうだった!?」
私がルークさんに声をかけるとルークさんは食い気味で結果を聞いてきた。
「結果から言うと、ルカさんはやっぱりやってないそうです。」
「やっぱり! ああ、よかった…。」
ルークさんの表情はさっきまでと違って、安心したように柔らかくなった。
「じゃあ、ルカは戻ってくるんだよね?」
「いや、それが…」
私たちは昨日何があったのか、何故深夜にルカさんとレイノルズさんが会っていたのかを話した。ルークさんは最初は困惑しているようだったけど、ルカさんの考えを納得してくれたようだった。
「そう…。でもルカが戻ってくるなら時間の問題だよね。」
ルークさんは少し悲しそうだったけど、さっきまでの戦意はなかった。とりあえずルークさん達と監獄の衛兵達が衝突するような最悪の事態は避けられたようだった。
「はい。だから、今は私たちにできることを……」
ブオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォ!!!!!!!!!
言いかけたとき、突然私たちの頭上であの気味の悪い笛の音が鳴り響いた。
「え…?」
「今の音って…」
音を聞いた瞬間考えたくもないことが頭をよぎった。
「…やっぱり、罪もないルカが捕らえられてるっておかしいよね。」
家に戻ろうとしてたルークさんが立ち止まり、ぽつりと言った。
「あいつらからルカを助けないと。」
振り返ったルークさんの表情はまるで獣のようだった。いつもの柔らかい表情でも、さっきまでの怒った顔ではなく、刺すような狂気的な目をしていた。
「違う! 違うんです! ルカさんもそれで納得してて、監獄の人たちだって悪意があってこうなったわけではないんです!」
あの音が人を狂わせることは昨日痛いほどわかった。人を戦いに向かわせる狂気の音色。やっと止められそうだったのに、こんなところでルークさん達に闘わせるわけにはかない。私はルークさんの前に出て必死に止めようとした。
「もういいよ。」
ルークさんは一言そう言って、私の肩を押しのけて衛兵のもとへ向かっていく。仲間の人たちも武器を手に取り歩いて行く。
「待って! だからここの人たちは誰も悪くないんです! 闘ったって意味ないですよ!」
「どいてくれ。」
武器を持って門の中に入っていくみんなを止めたくて、私は必死にルークさんの腕を掴んだ。
「待ってください! まだ、話が…」
「どけ!」
「うっ…」
ルークさんは私の手を払い、腰の剣を抜いた。
「行くぞ!!!」
「おおぉぉおぉおお!!!!!」
「ふざけやがって、迎え撃て!!」
ルークさんのかけ声でなだれ込むように監獄の門を破っていく。迎え撃つ側も武器を取り、瞬く間に戦場へと変わった。
「みんな…行かないで……」
私の声はもはや誰にも届かなかった。空しさと怒りで涙が溢れてくる。あと少しだったのに、全部アイツのせいで…。私は拳を強く握りしめた。
「闘簫天っっ!!!!」
あの音が鳴ったときからそこにいることはわかっていた。監獄の向かい側にある建物の屋根で膝を立てて座っている闘簫天は、ニタニタと笑いながら私たちを見下ろしていた。
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