君を知らない世界
―2023年6月18日
日はほとんど沈み、薄暗くなってきた頃、海の見える道路のT字路でけたたましくクラクションの音が鳴り響いた。
「きゃあ!!」
家路についていた莉里はその車が間近を通り過ぎたことに驚き、尻餅をついた。
「す、すまねぇ!! 怪我してねぇか!?」
直後、停止した車の運転席から慌てて男が降りてくる。漁師らしき中年のその男は酷く動揺しているようだった。
「大丈夫か!? やばい、救急車呼ぶか!?」
「あ、いえ! 驚いて転んだだけでぶつかったわけじゃありませんから」
莉里も慌てて腰を上げる。
幸い車はギリギリを通過しただけで衝突はしていない。莉里はスカートの埃を払い、鞄を拾い上げた。
「そうか・・・、だったら・・・・・・」
男はおもむろに手帳を取り出し、何かをメモしてからその紙片を莉里に手渡した。
「俺の名前と連絡先だ。なんかあったら遠慮無く言ってくれ!」
「はあ・・・」
額の汗を首にかけたタオルで拭きながら男はそう告げる。
「いやほんとに悪かった! すまねぇ!」
「いえこちらこそ・・・」
男の焦りように呆気に取られた莉里は車が宵闇に消えていくのをぼーっと見送った。
「深並康介。深並・・・、どこかで聞いた名字・・・・・・」
少し珍しい見たことのないはずの名字。莉里は紙片に記された男の名前をしばらく眺めていた。
気づけば山の上から月が顔を覗かせている。
「はっ、そろそろ帰らないと」
莉里は不意に今日の課題を思い出し、再び帰路につく。
「今日やらなくちゃいけないのは数2と古文の予習と・・・、あ!」
鞄を肩に掛け、道に戻ろうとした莉里は足下に何かが落ちていることに気づいた。
「あ~、せっかく買ったばかりなのに、汚れちゃった・・・」
莉里が手を伸ばした先にあるのは紐が切れてしまった3つのストラップ。
アシカとクラゲとタコ。脈絡のない3種のストラップは転んだ勢いで少し傷が付いてしまっていた。
「・・・にしても、いくら誕生日だからって放課後に1人で水族館行って、こんなにストラップ買うなんて。ちょっとはしゃぎすぎたかも」
なんとなくそのストラップを見ていると笑顔になる気がする。
友達が少ない訳ではないけど、1人でいることが多い莉里にとってこの自分への誕生日プレゼントはどこか特別な物だった。
「さて、そろそろ本当に帰らないと」
莉里はストラップの汚れを拭き、丁寧に鞄にしまう。
街灯が点き、点々とした光が道を示す港町には優しい浪の音がこだましていた。
お読み頂ありがとうございます。
ストーリーの構成上最終話を2話に分けました。もう1話あります。




