運命
―ゼクスピア城 中庭
「やばいやばいやばい・・・・・・・・・、ぶっ!」
統括天に掴まれ、部屋の外へと投げ飛ばされた私は、危うく走馬灯が見えそうになった頃にガサガサと伸び放題の生け垣に落ちた。
よく考えればそこに生け垣なんかがあるのはおかしな位置だが、50年以上も放置された垣根はもはや野生の低木の方に四方八方に伸びていて、そのおかげで私の命はなんとか救われた。
「はぁ・・・、助かった・・・・・・」
それでも普通なら骨折とか枝が体に刺さるとかありそうだけど、見た感じはほぼ無傷だった。
統括天のこの作戦はおそらくその場の思いつきだったのだろう。窓ガラスを突き破った後、特に確認もせず私を手放し、私がその意図に気づいたときにはもう既に城内に戻っていた。すぐにフィーネと闘いに行ったとも考えられるけど、フィーネの言うとおり真体が体をコントロールできる範囲から出てしまうことを避けたとも考えられる。
「どっちにしても、早く戻らないと!」
私はすぐに起き上がり、適当な場所から城の中に入った。
+++
―玉座の間
「桜さん・・・、生きてますよね・・・・・・?」
フィーネは無意識に首に巻いたマフラーを握る。
「次はお前だ、偽騙天。くだらない命乞いはするなよ?」
ふぅー、っと一息吐いた統括天は床に転がった大剣をゆっくり拾い上げる。
「さて、その賜物を返して貰おうか」
「嫌です・・・、私だってあなたを全力で倒します・・・!」
「私の命令を聞き入れぬとは。随分と偉くなったな!」
統括天の跳躍に合わせてフィーネは翼をはためかせる。
いくら賜物を持っていても正面からの一対一では勝ち目がないことは分かっていた。だからこそフィーネが取った選択は時間稼ぎ。桜が戻ることを信じて、それまで死なずに躱し続けることだった。
「羽虫が・・・。身の程を知れ!」
「うっ・・・・・・」
だが速度でも統括天と偽騙天の間には大きな差があった。天井に逃げるもすぐに追いつかれ、叩き落とされる。
「っ・・・、例え私の存在を抹消したとしても、あなたじゃ桜さんは殺せません」
フィーネは膝をついても、屈することはなかった。
「いや・・・、私にだって勝てませんよ」
「あぁ?」
(なんとか時間を稼ぐんだ。きっと焦ってる、なるべく統括天の冷静さを欠かせて隙を作れれば・・・!)
「さ、さっきも言ったでしょう? 私はあなたと違って心を知ってます。天使が皆欲するはずのものを私は持っていて、あなたは持っていない」
「私はそんなものを欲した覚えはない。私はただ自由を望むのみ」
「それで、かつて同じことをした堕天使が、この賜物に葬られたことを見ていたのではないのですか?」
「だから、こうして盤石な布石を敷いていた。お前が裏切るまではな・・・!」
統括天は再び間合いを詰める。迷いなく、フィーネの真体に狙いを定めて。
「うぐっ、こんな、ところで・・・!」
「どうした、挑発は弾切れか?」
大剣の切っ先がマフラーを掠める。笑みを浮かべる統括天だが、その動きに一切の緩着は無かった。2手目、3手目と無駄なくフィーネを追い詰める。
何度も反撃を試みたフィーネであったが、それが叶うことはなかった。
「馬鹿な真似をしたなぁ、偽騙天! お前は余計なことを考えずに私の支配下に居れば今頃あの人間を殺し、自由を手にしていたはずだ!」
「・・・そう簡単にはいきませんよ。桜さんは強いですし、何より一度失敗したくらいで天上は私達を見逃したりはしてくれないでしょう」
統括天はフィーネを押しつぶすように大剣を押しつける。壁に背中をつき、それでも真体を賜物で守りながら統括天と言葉を交わす。
「私の前の障壁は全て駆逐する。私を縛ることなど神にすらできない!!」
この世の物ではない圧倒的な力に、大剣はミシミシと軋む。
「その途方もない闘いの先に、一体何があるって言うんですか・・・?」
「自由だ! 私はこの地上を統べる、すべては統括天の名の下に駆動する世界だ!」
「そんなの、神の真似事じゃないですか!」
「戯けっ!」
必死で槍を抑えるも、統括天の大剣はフィーネの顔の間近に迫る。
「私がどうなろうとお前には関係の無い話だ。お前はここで消える!」
「私だって、負けませんよ!」
「馬鹿が! 今の状況が理解できないか?」
「えぇ。でも、今の私は1人じゃありませんっっ!!!」
フィーネは力を振り絞り、力の限り統括天の大剣を押し返す。
その刹那、大剣に入った亀裂は大きく裂け、真っ二つに断裂した。
「!?」
決して破壊されぬ賜物と過去に残された鉄屑。
激しく撃ち続けられた大剣の耐久力など既に無に等しいものだった。
「・・・これが答えです。統括天」
「馬鹿な・・・!」
フィーネはその一瞬の隙に今度こそ深く槍で統括天の体を貫く。
「人は決して綺麗な生き物ではありません。利己のために人を害し、愛に溺れ、時に無邪気さは他者を傷つける。どうしようもない過去にいつまでも囚われるし、途方もない存在を意味も無く恐れ、挙げ句、同じ生物であるはずの人を欺く」
フィーネは肩で呼吸しながら語った。
「・・・ですが、あなたのような支配者はこの地上に必要ないんですよ!」
「・・・・・・」
力なく項垂れた統括天は震えながらもなんとか手を動かす。
上位の天使にとっては賜物の権能でさえ、完全に影響を及ぼせる訳ではないのかもしれない。それでも先刻のように油断しない限りは統括天も自分で抜け出すことはできそうにない。
それに、ここから平衡状態だとしても、このまま桜を待てば良い。
「・・・生とは・・・・・・。なぁ、生きているとはどういうことだ」
「はい?」
力を失った統括天は不意にそんな言葉を口にした。
「私は、私の自我に気づいてから人間も天使も嫌いだった」
長らく手入れのされていない廃墟で交戦したせいか、沈黙した部屋の中で壁の軋む音がする。
「口を開けば秩序だの、ルールだの・・・。そんなものは思考を捨てた、ただ世界を回すためだけの道具だろう・・・」
「何を言って・・・・・・」
「私はそんな道具には成り下がらない。誰の支配も受けない・・・!」
統括天は覚束ない手で腰から何かを取りだした。
「私は死ぬまで自由を追い求める」
「・・・! それは・・・・・・」
統括天が手にしたものはプラータが開発していた爆弾だった。
どこで盗んだか分からないが、一般人には見えない統括天なら難しいことではないだろう。フィーネもその威力は知っている。
「奥の手だ。お前に使ってやることを光栄に思え」
「まずい・・・!」
その爆弾が3つ括り付けられたうちの1つを統括天は握りつぶす。
目の前で眩い閃光が走る。
フィーネが無我夢中で上空に飛び立つと同時に激しい轟音と爆風が2人を襲った。
「・・・!! はぁ、はぁ、びっくりした・・・。自爆? いや、そんなはずないよね・・・」
天使は微粒子レベルでバラバラになったとしても真体さえ無事であれば再生する。真体を身につけていない統括天なら必ずどこかで復活するとフィーネは考えた。
「再生に時間がかかるなら、多分一番遠くの欠片から再生を始めるはず・・・!」
フィーネは天井付近を飛び、爆発した場所の反対側に向かう。だが、立ち込める硝煙は統括天の欠片を探すことを難しくしていた。
「これじゃあどこに現れるかわからない。なるべく再生しきる前にこの封獄で・・・」
再生が完了する前にもう一度さっきと同じ状況を作る。それこそが最善だった。
だが、慌てていたフィーネは重大なことに気づいていなかった。
「・・・あれ? 封獄は・・・・・・」
気づけばフィーネの手に賜物”封獄”はなかった。
爆風を避け、逃げる際に統括天の体に刺さった槍を引き抜く暇はなかった。
そして、そのまま置いてきてしまった。
「しまった・・・、早く回収しないと!」
全身に寒気が走る。フィーネは身を翻し、全速力で元いた場所に舞い戻る。
「・・・あれ!? ここだったはずなのに・・・」
しかし、その場所に封獄はなかった。
「どうして!? 確かにここにあったはずなのに、もしかして爆風と一緒に飛ばされ、て・・・・・・」
黒い硝煙の中、背中を伝う痛みと共に、フィーネは全身の自由を失った。
「調子に乗ったな、偽騙天」
「・・・統括天・・・・・・」
背後から統括天の低い声が響く。
視線を落とせば、自らの胸から封獄の切っ先が見えていた。
「あぁ・・・・・・、せっかく追い詰めたのに。こんなに簡単なミスで・・・・・・」
フィーネの位階では封獄の権能に抗うことができない。
一切の身動きが取れないこの状況は、フィーネにとっては詰みに他ならなかった。
「ごめんなさい、桜さん・・・・・・」
ただ自分の情けなさと虚しさがフィーネの心を襲った。
「如何に壮大なシナリオも、その結末は案外粗末なものだ。詰めが甘かったな」
「・・・・・・」
統括天は背後からフィーネの首に巻かれたマフラーに手を伸ばす。
「・・・忠告はこれで最後ですよ。あなたのやり方は、正しい方法じゃない」
「ほう、命乞いか?」
統括天はフィーネの言葉を歯牙にもかけない様子だった。
「あなたは神になんてなれません。あなたは地上の人間が持つ力も心も知らない。きっと後悔しますよ・・・!」
「滑稽だな。怖いか?悔しいか? 醜い。それがお前の欲していた心というものだ。そんなものに縋るから負けるのだ。お前が私を裏切り、決死で得たものなどその程度だ」
「それでも、私は・・・・・・」
統括天はマフラーを手に取り、封獄を手放す。
フィーネはそのまま為す術なく、胸に槍が刺さったまま床に伏した。
「私は後悔なんてしていませんよ。だって、天上にいたままじゃ一生知れなかったことを知れたから。桜さんと出会えたから。私は堕天してよかった・・・!」
頬を雫が伝っていた。それは嘘ではない。フィーネの心の証明だった。
「下位天使が。そこで見ていろ、自らの死を。私はこの地で神となる者だ!」
マフラーが無惨に引き裂かれる。それと同時にフィーネの体は崩壊を始めた。
「桜さん・・・、最期はありがとうと直接言いたかったです・・・。でも、間違いなく私は幸せでした。あなたと出会えて、私は世界で一番幸せな天使でした・・・・・・」
+++
―ゼクスピア城内
桜は全速力で走っていた。心臓が破けそうでもどうせすぐに回復するからと、最下層から真っ直ぐ玉座の間を目指していた。
「はぁ、ぜぇ、はぁ・・・、見えてきた!」
そして半開きの荘厳な扉を押し開け、中に入る。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・、・・・・・・」
そこで目にしたものは封獄を持った統括天とボロボロに裂けたマフラー。
フィーネの姿はそこにはなかった。
「生きていたか。だが、数分遅かったな」
「・・・・・・そっか」
私はマフラーの布片を拾い上げる。
柔らかく、冷たいそれを私は空中に置くように手放した。
「・・・どのみちフィーネは私の手で殺さないといけなかった。それが白ローブとの約束だから」
「冷静だな。仮にも ’友達’ だったのだろう?」
顔は見ていない。でもその嘲り笑う顔が容易に想像できる。
「仮じゃない。友達だった、大切なね」
私はゆっくりと歩み寄る。
そして、一息長く息を吐いた。
「さて、決着を着けようよ」
「同意だ」
私は無意識のうちに刀を抜いていた。
お読み頂きありがとうございます。
次回は6/1投稿予定、第6章最終話です。
是非ご覧ください。




