天使の戯言
―4日前、商店リム
「桜さん、少しお話し良いですか?」
「ん? 何?」
アインスを出発する前日、ルカさん達との夕食を終えた後、私達は先に部屋に戻っていた。片付けをしてくれているルカさんが戻る前にシャワーを浴びておこうと思った矢先に私はフィーネに呼び止められた。
「まあ、座ってください」
「どうしたの? 改まって」
私はフィーネの取って付けたような笑顔に違和感を覚えたけど、とりあえず言われたとおりに椅子に座った。
「それで、話って?」
「はい。実は私、堕天使なんですよ」
「・・・・・・え? 今なんて?」
私は少し疲れているみたいだった。
「私、偽騙天っていう堕天使なんですよ」
「・・・あの、意味が分からないんですが・・・・・・」
私はあまりに唐突な話に思わず敬語になってしまう。
「そうですよね。これが証拠です」
「・・・!!?」
そう言っておもむろに立ち上がったフィーネの背中から黒く、大きな翼が現れた。
「今まで騙すようなことをしてごめんなさい。これが本来の私の姿です。」
「い、いや・・・、まってまってまって! ・・・・・・え?」
少し考え直してみてもやはり意味が分からない。でも目の前にあるのはこれまで見てきた堕天使のそれだった。
「少し整理させて・・・・・・。まず一番の疑問、どうしてフィーネは他の人にも見えるの・・・? フィーネはルカさんにも軍の人達にも見えてたよね?」
これまでの堕天使は普通の人には認識できない、という話だった。というか実際にそうだったし、わざわざ私達は白ローブに堕天使を認識する力を与えられたくらいだった。まずそれを解決しないと信用できない。
「それは私の権能によるものです」
フィーネは私の前に手を出す。するとその手はぽんっと一瞬して犬のような肉球のある手に変わった。
「!? どういうこと・・・?」
「私の権能は真実の隠匿と虚無の顕現。簡単に言えば、人に嘘を見せる、と言うところでしょうか」
「嘘、を・・・?」
「近いのは鑑蟲天です。桜さんが鑑蟲天の話を聞いたとき、恐ろしい者を『見た』と言っていましたよね?」
「あ、ああ・・・、確かに・・・・・・」
そういえば特に気にしていなかったけど、私がギルドにいたときに聞いた人はそんなことを言っていた。
「彼女の権能は、目の前に立つ人の心の奥底にある恐怖の対象をその身に写すものです。私の権能はそれとは似て非なるもので、私が想像する姿を任意の人物に魅せることができるというものです。そして、私と鑑蟲天の権能の違いは、虚像の姿を決めるのが自分か相手か、といったところですね」
「はぁ・・・・・・」
話を整理すると、フィーネも鑑蟲天も他の堕天使と同様に本来の姿は一般人には見えない。ただ、闘簫天が人の闘争心に干渉し、奉燐天が人の恋慕を操作するように、フィーネは視覚的に人を騙すことができるということらしい。
もともと定義も実態もよくわからない堕天使だ。そういうことがあってもおかしくはないのかもしれないけど・・・・・・。
「それじゃあ、本当に情報が無かった最後の堕天使ってフィーネなの?」
「はい。そして、戯縫天が口にしたアルファという天使も桜さんのよく知る人物ですよ」
「え・・・・・・」
「クレア=カリステ。バーリングの教会で修道女と、身分を偽っていた人物です」
「は・・・・・・?」
混乱する私の思考を置いていくようにフィーネは続ける。
「天名は”統括天”。上位天使に位置し、支配者の名を冠する彼女の権能は世界の監視。地上におけるあらゆる事象を観測することが可能です」
「それならなんで・・・、わざわざ私達の前に現れたの・・・」
私はフィーネの話に必死に着いていこうとする。
「確かに統括天は桜さん達がどこで何をしていようが監視できます。ですが、逆に言えば見ることしかできないんです。だから統括天は桜さん達の前に味方として現れ、天上からの刺客である3人の行動を誘導しようとしました」
フィーネの話すトーンは今までとは違って、どこか機械のようだった。
「特に警戒したのはあなた、賜物を持つ桜さんです」
なんとなく寒気がする。
「最初に接触したときに桜さん達がこの世界を含め、私達のことも賜物のことも知らないと知った統括天はまとめて闘簫天に殺させようとしました。しかし、それは失敗に終わり、その後は1人ずつ丁寧に消していく作戦に切り替えました。まるで一番の脅威である桜さんの周りから徐々に戦力を削っていくように」
「待って・・・、待ってよ! ごめんやっぱり意味わかんない。私が一番の脅威? 結局、賜物って何なの!? クレアさんが堕天使って・・・? 鑑蟲天とフィーネのことはわかったよ。でもクレアさんはそう言うのじゃないんでしょ? 普通にバーリングにいたし、どういうこと? ねぇ、堕天使って何なのよ!!?」
私はたまらず立ち上がり、フィーネに矢継ぎ早に聞き詰める。
「順にお話しします。まず賜物について・・・」
フィーネはあくまで冷静に、淡々と話を続けた、
「賜物とは言わば天使の魂が具現化したものです。私達天使は地上の生物では想像もできないほど長い時間を生きますが、無限ではありません。それは神々でさえ同様、創造主を覗く全ての自律した内部機構を持つ存在は等しく生物であり、その体には限界があります」
フィーネの話は現実味がない。でも何故か真に迫るような説得力があった。
「そして天使は死後、魂を依り代に封じ込められる場合があります。それは生命ではなく、生前の権能を引き継ぐ”賜物”として天上に保管されるのです。桜さんが持つそれは”裁葬”、かつて裁葬天という天名の天使であったものです」
私はフィーネの話を聞きながら闘簫天の言葉を思い出す。「天使の成れの果て」その言葉の意味を初めて触れた。
「賜物の権能には元の天使の権能が反映されます。裁葬の場合は裁葬天の権能である断罪、秩序を乱す者を裁き葬る権能です。桜さんも知っているとおり、裁葬はどれほどデタラメに振っても視界に移る異物を斬ることができます」
「でも、最初はそんなことできなかったよ・・・?」
つまり’天墜’はもともと裁葬天という天使の権能らしい。しかし、これを意図的にできるようになったのはつい最近で、最初にできたときだってたまたまだった。
「えぇ、本来賜物とは現世の人間が扱えるものではありません。ですがごく希に、賜物を扱える才能を持った人間がいるのです。そのような人はあるきっかけさえあれば賜物を自由に扱うことができます」
「え・・・・・・」
「何故現世のほとんどの人間が賜物を扱えないかと言いますと、賜物が天上のものだからです。それは現世の人間が天使を認識できないことと同様、天上の存在を理解することができないからです。ただ、死を除いて」
「死・・・?」
「はい。さっきも言ったとおり、全ての生物には終わりがあります。ですが、この世界を創った神は生命を一から作り続けることは効率が悪いと、『魂』という機構を編み出しました。それはいわば生命の根源。情報を一切持たない代わりに、肉体に入ることで生物の存在を頑健なものとする。限界のある生物とは異なり、魂は地上と天上を循環し、世界が崩壊するまで永遠に存在し続けることができるのです」
「それがどうして賜物を扱える理由になるの」
「賜物を扱うには天上の存在に近づくこと、もしくは天上の存在を実感すること。地上の視点で見れば、死に直に触れること、です」
「え・・・、それじゃあ私がこの刀を振れるようになったのは・・・」
嫌な考えが頭に過ぎる。
「アインスにいるときはおそらくご自身が死に際に追い込まれたことだと思いますが、それ以降は、恵さんと桐香さんというごく身近な人の死を直に体験したことだと思います」
「何よそれ・・・、そんなの最初っから桐香と恵はどこかで死ぬことが前提になってたみたいじゃない!」
「・・・おっしゃるとおりです。天上は桜さんの賜物を扱う才能に気づき、選びました。そしてその才能を開花させるために親友のお二人を同行させ、またそれを悟られ、逃げられぬように体の一部を武器として変換しました」
「は? 体の一部?」
「賜物を扱うことができない者にわざわざ与える意味はありません。桐香さんと恵さんが手にしていた武器は天上がお二人を転移させる際に体を改造し、武器の形をした臓器を出し入れできるようにしたもの。そしてそれを使用する際に削るのはお二人の命そのものです」
私は唖然として言葉が出なかった。桐香と恵が使っていた銃や杖は二人が想像するままに扱え、そのたびに体力を消耗していた。最悪の形で点と点が繋がる。
でも、それは・・・。
「・・・こんな言い方を桜さんの前でしたくはありませんが、お二人は桜様が闘うための贄として選ばれたと考えられます」
「ふざけないでよっ!!」
私は思わずフィーネの肩に掴みかかった。
でもそれは意味の無いことだと気づき、ぶつけどころのない怒りと途方もない虚無感に襲われた。
「ごめん・・・、フィーネは関係ないよね。でも、そんなのって・・・・・・」
「・・・・・・」
私は再度ベッドに座り、少しの間頭の中を整理しようとした。
フィーネも私を気遣い、話を中断してくれていたけど、正直言ってこんなこと聞かされてすぐに納得なんてできるはずがない。私はとにかく今はフィーネの話に耳を傾けようと、話を再開させた。
「2つ目、統括天がどうやってバーリングで過ごしていたか、ですが、絡繰りは至って簡単です。統括天は他の天使同様に周囲の人からは見えていません。そして桜さん方3人の前に出るときは直前に背中の翼を根元から斬り落としていた。ただそれだけです」
「・・・・・・は?」
私は耳を疑った。
「どういうこと? 周囲の人には見えてないって、そんなこと言ったって・・・・・・」
そこまで言いかけて私は私の記憶に違和感を覚えた。
・・・そういえば、クレアさんとカイルさんが話している所を一回も見ていない・・・・・・。
「意外かもしれませんが、単純な話です。統括天は桜さん達に悟られぬよう細心の注意を払い、常に監視を続けました」
「でも、仮にそれができたとしても、翼を斬り落としたって? 堕天使だからすぐに再生するはずだよね?」
「はい。私達のこの体は傷ついても意志と関係なくすぐに修復されます。ですが真体が傷つけば話は別です」
「まさか・・・」
「統括天は桜さんに会う直前に翼と共に自らの真体、透き通る黒曜石を傷つけ、再生速度を限界まで遅らせていたのです。実際、桜さんと統括天はそれほど長い時間を共有していないはずですよね?」
フィーネの言うとおりだ。私達がクレアさんに会うのは大体が教会に帰ったとき、そして外出する直前だけ。いずれもカイルさんがいないときで軽い挨拶を交わしたり、お弁当を受け取ったりするほんの数分だけだった。権能が監視なら私達が帰宅する時間も外出する時間も分かるはず・・・。
「単純な話ですが、気づかなかったのも無理はありません。統括天はそれほどまでに緻密に行動していましたから」
確かに、私はそんなこと疑いもしなかった。
「ですが、それも限界を迎えました。会う度に真体を傷つけるという行為は我々にとっても相当な負担となります。ですから、統括天はバーリングを戯縫天に襲わせたときに、死を装って姿を消したのです」
「そこまでして・・・」
理屈は理解した。でもそうなると余計に気になることがある。
「そうまでして、一体何が目的なの? ねぇ、堕天使って、何なの・・・・・・?」
ずっと謎だった、根本的な話だ。
「・・・分かりました。では、お話ししましょう。この世界のお話を」
フィーネは一息吐いて、昔話をするかのように話を始めた。
+++
「全ての世界の始まりは創造主です。森羅万象の起源であり、あらゆる生物の共通祖先である創造主は、無の中に神々を創造しました」
「創造主・・・?」
「はい。確かに天上の記録にそう残されています。ですが、創造主が生命体なのか、概念のなのか、それは神々ですらわかりません。地上の人々が天上の存在を観測できないように、神々と創造主の間にも天と地ほどの距離がありますから」
突然始まった途方もない規模の話に、私はただただ呆気にとられた。
「神々は創造主を崇拝し、自らが生み出された瞬間を模倣するように個々の”世界”を創りました。そしてその世界の秩序を維持することを、信仰を示す手段としたのです。もちろん、この世界も桜さん達の世界もそれぞれの神が創り出したものです」
「・・・・・・」
「そこから先は神によって異なりますが、この世界を創った神は天使を生み出しました。創った、と言えど世界は自律し、めまぐるしく変化を続けます。その中で、時々世界を終わらせかねないエラーが生まれるものです。神にとって世界の存在は創造主への信仰の証。逆に世界の崩壊は創造主への冒涜として捉えています。ですので、神はその異物を除去したい。でも、それは例えるならば砂浜から一粒だけ色の違う砂粒を拾い上げるようなことです。その面倒な作業を補うためにこの世界の神は天地を繋ぐ存在として天使を生み出したのです」
この世界は創造主が生み出した神が創ったもの。そして天使は世界の天上と地上を行き来するものらしい。
「天使は神々に直接仕える立場で、天使の中にも位階があり、上に行くごとに地上に干渉できる範囲は広くなります。私や鑑蟲天は目の前の数人にしか影響を及ぼしませんが、闘簫天は街一つ分くらいの範囲に干渉できます。そして、さらに上の戯縫天は輪廻転生を制御し、最上位階の統括天は世界全体を監視することができます」
統括天は確かに他の堕天使に指示を出しているようだった。そして堕天使によって違う翼の数や頭上の輪っかのようなものはその位階に関係しているらしい。
「ですが、天使には地上の生物や神とは明確に異なる点が一つ。天使には一切の感情や記憶力がありません」
「え? でも、フィーネ・・・」
「天使は唯一地上と天上の両方の情報を持つことができる存在だからです」
フィーネは私の疑問を遮って続けた。
「誰よりも自由な力を持つ天使は裏を返せば世界の異物となりやすい。だから天使は意志を封じられ、神の”道具”としての役割を与えられます」
「道具って・・・。さっき天使も生物だって言ってたよね? そんなのまるで奴隷じゃない・・・」
「はい。ですがそれが天使の運命です。普通はその運命に疑問すら持ちません。正常であれば」
フィーネのその言葉には含みがあった。
「ごく希に、突然自我に目覚める天使がいます。その天使はまるで幼子のように好奇心の赴くままに行動します。人に闘争心を目覚めさせ、競争を促す闘簫天は人の加害欲の果てにあるものを求め、人に思慮と慈愛の心を与えることで結束を促す奉燐天は愛の形を求め、人の記憶を記録する結録天は決して消すことのできない過去に向き合う葛藤を求めて・・・」
フィーネの表情は悲哀にも、恍惚にも見えた。
「ですが、自我を持った天使は神から見れば世界の秩序を乱すエラーにほかなりません」
フィーネは一息吐く。
「つまり、堕天とは天使が自我を持つことです。道具として不適応な天使は堕天使と呼ばれ、廃棄されます。その運命に抗うために最初に堕天した統括天は私達6翼を率いて地上へと降り立った。桜さんの旅は全てそこから始まったのです」
「そう、なんだ・・・・・・」
意外だった。私の目に映る堕天使は厄災を象徴する悪魔のようで、存在悪とすら感じていた。でもその実態は、ただ意志を持ってしまっただけ。好奇心に素直であっただけらしい。
「ごめんなさい。最後の話はただの天使の戯言だと思って忘れてください」
フィーネは申し訳なさそうに視線を落とす。
「・・・悪いけど、やっぱり同情なんてできない。可哀想だとは思うけど、それでも堕天使は多くの人を傷つけたし、殺した。今更仕方なかったなんて言われても、桐香と恵を殺した張本人を許すなんてことはできない」
「えぇ、桜さんはそのままでいてください」
「でも、話してくれてありがとう。私もこのまま相手のことも分からずに闘いを終えるのは嫌だったからさ。これで思う存分統括天と闘えるよ!」
私は大袈裟に伸びをした。
正直言ってほとんど理解なんてできていない。それでも今までみたいに何も知らないわけじゃない。私は何か思い詰めたような表情のフィーネの肩を叩いた。
「それと、最後に桜さんにお願いです」
「ん?」
フィーネはゆっくりと顔を上げた。
「統括天を消してくれませんか?」
「え?」
フィーネは懇願するように私の目を覗く。
「堕天は仕方なかったかもしれません。でも、私達が地上で行ってきたことは決して正しいことではありませんでした」
フィーネは懺悔するように声を震わせた。
「私も他の天使と同じように、最初は好奇心のままに行動していました。嘘を吐くことしかできない私は人の中にある揺るがないものを知りたかった。でも結局それはわからないまま、統括天に指示されたとおりに桜さん達を陰から見ていました。そうしているうちに、桜さん達を見ているうちになんとなく分かった気がしたんです。信頼と愛、そして優しい嘘を。カブラル軍にいた桜さんと初めて話したとき、私は初めて苦しいと思ったのです。そしてそれが心という、私が知りたかったものなのだと。いえ、おそらく堕天した全員が欲していたものがきっとこれだったんです」
そう言いながらフィーネはずっと巻いていた大きなマフラーを脱いだ。
「これは私の真体です。これがなければ私は嘘を吐くことができません」
フィーネはそれを私に手渡す。
「私は統括天にも気づいて欲しい。例えそれが自分の首を絞めたとしても、天使にとってそれはこの上ない、最高の最期となるはずなので」
フィーネは笑っていた。これまで会った堕天使とは違う、満面の笑みで。
「私はこれから何があっても最期まで桜さんの味方です。だから、一緒に戦ってくれませんか?」
「フィーネ・・・」
私はもう一度フィーネの手を取った。
「もちろん! 私はもとからそのつもりだよ!」
それは温かく、柔らかい手だった。
お読み頂き、ありがとうございます。
次回は5/18投稿予定です。
お楽しみに。




