仇
―フュンフゲイトの街
バーリングよりも西に位置し、山間の渓谷を切り開くようにして造られた街は、話の通り立地にしては随分発展していた。
「意外と皆さん普通そうですね・・・」
連続して子供が消えているという事件が続いている割には街中は人の往来があり、ツヴァルスフィア時とは雰囲気がまるで違っている。フィーネはそれが意外だったのか、道行く人々を目で追っていた。
「まあ大きな事件にはなってるだろうけど、街も大きいし交易も盛んだから、それだけで動かなくちゃいけない人も多いんじゃないかな」
私も見慣れない街を見渡しながらフィーネの隣を歩く。
「お? お嬢さん達、旅行かい? よかったらうちの宿どうだい」
そうしていると私達は髭を蓄えた大柄の男に呼び止められた。
若干強面だけど、笑顔と口調からして悪い人ではなさそうだ。
「まあ・・・、旅行ではないですけど。最近この辺りで子供達が失踪していると聞きまして」
「あ~、知ってたか。そうなんだよ。困ったことに、特にあっちの端の方に住んでる家で被害に遭ってるみたいでなぁ」
男はそう言いながら街の西の方を指さす。
「もしかしてお二人さん、政府か軍関係の人?」
「いえ、そういうわけではありませんが・・・。口で説明するよりもこれを見てもらった方が早いかもです」
私は鞄から早速カイルさんに貰った文書を手渡した。
「・・・・・・ほお! そうか、君たちカイルさんのお仲間だったか! これは失礼!」
男はそれを読むなり勢いよく頭を下げる。
「ってことは君、この事件を解決しに来てくれたのかい!?」
男は意気揚々と私に問いかける。
しかし、私は何と言えばいいのか考え、少し言い淀んだ。
「・・・はい。確かに私はこの一連の事件について心当たりがあります。そして、その元凶を取り除くことも、可能です」
「じゃあ・・・!」
「ただ、今日まで行方不明になっている子供達はもう帰ってこないと思います」
「え・・・・・・」
男は口を開けたまま言葉に詰まる。
「子供達が消えたあたりから、妙な生物を見かけたという話は聞きませんでしたか?」
「あ、あぁ。子供の捜索に向かった兵士が背の高い奇妙な生物を見たと・・・。なんでも、とても生き物のようには見えないが、確かに自立して動いてたって・・・」
「それは人形のような形でしたか?」
「え? なんでそこまで・・・。確かにそんな噂を聞いたな」
やっぱり・・・・・・。
疑念が確信に変わる。戯縫天がこの街にいる。誘い出そうとしているようにも思えるけど、ここで牽制すればもっと子供が狙われるだろう。
「それで、子供達はもう帰ってこないって・・・?」
「はい。もう既にもう亡くなっていると思います。だから、私には原因を取り除けても事件の解決はできません」
「そうなのか・・・」
私の話に、男は残念そうに両手を腰に当てた。
「情報ありがとうございました。私達はこれで・・・・・・」
「待ってくれ!」
出会い頭で重い話をしたことを申し訳なく思いながら立ち去ろうとすると、私達はまた呼び止められた。
「今夜泊まる場所はあるのか?」
「いえ、これから探そうかと・・・」
「この時間じゃ旅商人が多い、どうだ? 家に泊まっていかないか? 多少古いがこの街ではそれなりに有名な旅館なんだよ!」
「・・・良いんですか?」
「当たり前よ! カイルさんのお仲間だって言うならお代もいらねぇ!」
男はそう言いながら快闊に笑う。
「・・・わかりました。ありがとうございます。」
日が暮れてきたこともあり、私達は男の提案に素直に甘え、その背中に着いていった。
+++
「いらっしゃいませ~」
旅館に入ると女将さんらしき人に深々とお辞儀をされた。その後には小さな女の子が覗き込むようにこちらを見ている。
「この2人はカイルさんのお仲間なんだ!! 今晩泊めさせてやってくれ」
「あらあら、そうでしたのね。では一番良いお部屋を用意しなくては」
「いやそんな、ただでさえ無料で泊めさせて頂いてるのに・・・」
女将さんは微笑みながら手帳のような物を捲る。
「そんでここ最近子供達がいなくなってる事件あるだろ? その犯人を捕まえてくれるってよ!」
「えぇ!? あんたまたそんな嘘、お客さんの前でやめてもらえる?」
「嘘じゃねぇって! 本当だよ!」
「もう。ごめんなさいね、家の旦那こんなので」
男はこの旅館の亭主で、女将さんとは夫婦らしい。口では言い合っていても仲睦まじそうな雰囲気だ。
「・・・ほ、ほんと・・・・・・?」
そんなやりとりを眺めていると、背後からか細い声がした。
振り返ってみるとそこにはさっきまで女将さんの後の隠れていた小さな女の子だった。
「あ、家の娘だ。良かったら仲良くしてやってくれ」
「そうなんですね~。お名前は何て言うんですか?」
フィーネは膝を曲げ、女の子に声をかける。
「ミモザ・・・」
「良い名前ですね。私はフィーネ、よろしくお願いします、ミモザちゃん」
フィーネはミモザちゃんの小さな手をとり握手をした。ミモザちゃんは人見知りなのか困ったように目が泳いでいる。
「あ、あの!」
「・・・?」
しばらくその様子を微笑ましく見ていると、ミモザちゃんは私の目を見て声を発した。
「犯人を捕まえてくれるってほんと!? アイネちゃんもリンちゃんも帰ってくる!?」
「・・・・・・」
私はその純粋な眼差しにどう答えたら良いのかわからなかった。
「お、おい、ミモザ! それは・・・」
状況に気づいた亭主さんは話を止めようとしてくれたけど、私は手で制して、ミモザちゃんの前に膝を突いて座った。
「・・・ごめん。君の友達を連れ戻すことはできないの。」
「え・・・」
「でも、必ず犯人を捕まえるから。これからは安心して遊べるように・・・」
「やだっ!」
そう言いかけているときにミモザちゃんは涙を浮かべて廊下の方に走って行ってしまった。
「・・・・・・」
「桜さん・・・」
「すまねぇ、俺が変な言い方しちまったから」
「あなたのせいじゃありません。それに友達が帰ってこないと言われて黙って受け入れるなんて、そんなことできはしませんよ」
私はゆっくり立ち上がり、振り返った。
「・・・では、お部屋借りますね」
私は女将さんに案内されるまま廊下を歩いて行った。
+++
―翌朝
「フィーネはここで待っててくれない?」
「え?」
私と同じく出発の準備をしていたフィーネはきょとんとしていた。
「前にも行ったけど、堕天使は普通の人には見えないんだよ。それに今回の奴は特に危険なんだ。だから、今日はここで待っていて欲しい」
「でも、それでは私が来た意味が・・・」
「私が傷ついて帰ってきたら手当てしてよ。それだけでも十分心強いから」
「わ、わかりました・・・」
フィーネは少し不服そうな表情を浮かべながらも了承してくれた。
「でも! 本当に1人で良いんですか? 今回の戯縫天?は恵さんと桐香さんを、その・・・」
「大丈夫・・・とは宣言できないけど、前にも行ったみたいに、私はもう昔の私じゃない。フィーネを置いて死んだりしないよ」
「桜さん・・・」
実際、少し手が震えている。怖いものは怖い。
でも、フィーネがいてくれれば心強いというのは本当だった。1人で闘っていても1人じゃない。それだけで私はずっと強くなれる。
「じゃ、そろそろ行ってくるよ」
「は、はい! 気をつけて・・・」
私はそう軽く手を振りながら部屋を出た。
早朝の、人通りがまばらな街を歩く。
亭主さんからは街の西の方としか聞いていない。でもなんとなく戯縫天がいそうな場所は想像がつく。なんなら、もしそうでなかったとしても、あっちから出てきそうな気がしていた。
しばらく歩いていると段々建物が少なくなり、上り坂になった。おそらくもうここら辺が街外れなのだろう。
「・・・・・・」
少し開けた場所に出たとき、私は立ち止まって目を閉じた。
「・・・・・・」
そよ風が頬を撫でる。
枝の葉が擦れる音が心地よく響く森の中は静かだった。
「・・・・・・!」
私は刀を抜く。
静寂を破るように頭上から大きな人形が降ってきて、私はそれを斬り裂いた。
「ふぅ~。達人みたいなことするねぇ」
「やっぱり・・・」
森の中の僅かに開けた場所で戯縫天は大きな人形を4体連れて姿を現した。
ゴリラの体にゾウの頭をはめたような人形に、3mくらいの手足の長いキリンのような人形。羽の生えたライオンのような人形は背中に戯縫天を乗せ、一番手前にいる4体目は私はが地下道で闘った物とうり二つのウルサス人形だった。
「ねぇ、びっくりした!? ねぇ!」
「・・・・・・」
「反応薄いなあ。覚えてるでしょ?この子! 君と森の下で遊んだ子と同じだよ!? すごいよね、この世界は。あの時はこれが最高傑作、二度と作れないと思ったけど、今は同じように作れるようになったよ! しかも4体も! この世界はインスピレーションの宝庫だね!!」
他の人形とは異なる堅い布地に重い材質。簡単に斬ることができなくて、強かった人形が今目の前に4体立ち塞がっている。
「どうしたの、前みたいに「何これ、何これ!?」って騒がないの?」
「・・・相変わらずだね」
「え?なんて? まあいいや。忘れてるなら思い出させてあげるよ。さぁ、ターゲットは桜お姉ちゃん! ファイナルラウンドの始まりだ!!」
戯縫天の指鉄砲をするような仕草と共に、手前のウルサス人形が私に向かって走り出す。
「忘れるわけ、ないでしょ・・・・・・」
私は刀をゆっくりと体の前に持ち上げた。
2対の腕があり、2~3mはありそうな体躯のウルサス人形は大口を空けてドスドスと突進してくる。
私は流れるように刀を上段に構え、ギルバートの言葉を思い出していた。
+++
―カブラル国軍第九師団 野外修練場
「全ての剣術には真髄というものが存在する」
私が特殊先攻班に加わった翌日の夜、木刀を持つギルバートの下で修行を始めた。
「この剣術の場合は先取専攻。『攻撃こそが最大の防御』という言葉があるが、それを体現する剣術と言えよう」
そう言いながらギルバートは砂の入ったゴムボールのような物を真上に放り投げた。
「防御の型はなく、敵からの攻撃やカウンターに対しては一切の対抗手段がない。」
「・・・でもそれじゃあ、もし躱されたり、防御されたら簡単に斬り返されるってことですよね?」
「あぁ。その通りだ」
落ちてきたゴムボールはギルバートの一振りで破裂し、砂は派手に飛散した。
「だからこそ、帝国流極剣術における技は全てが一撃必殺。戦闘にすらならないうちに敵を屠ればいい」
ギルバートは木刀を肩に置き、振り返る。
「視覚からの情報だけではない。聴覚で敵の心理を読み、嗅覚で大気の流れを、剣を振るその感覚から己の力量を推し量る。そして、実戦でのみ得られる洗練された勘。あらゆる情報から最適解を導き出し、最善の技を思索する。心技体、剣術を越え、あらゆる武道を極めた者のみが初めて体得可能な戦闘術。故に”極”剣術だ――」
+++
フュンフゲイトの森の中、目の前にウルサス人形が迫る。
ギルバートの話はあまりにも馬鹿馬鹿しい理想論に思えた。だけど私にそれを教えたのは実際にその理想論を現実にした者だった。
人形だから心理はなく、動きは単調。弱点は既に知っている。
ギルバートはよく言っていた。「よく磨かれた剣に斬れぬ物はない。石だろうと鉄だろうと、全ては剣士次第」と。
「ふぅ・・・・・・」
私は心を落ち着かせるように深く息を吐く。
1、2週間の練習で体現できるものだなんて考えていない。だからこそ今ある全てをこの刀に込める。
「・・・帝国流極剣術」
あの時、私がもっと速くウルサス人形を倒し、桐香と恵のもとに戻れていれば・・・、なんて何度考えたことか。
私は重心を前に落とし、踏み込む準備をする。
あと一歩、ウルサス人形の右脚が地面に着いたとき・・・・・・。
今。
「”黒残雪”!」
一瞬の跳躍。旋風のように繊細で鋭利な斬撃はウルサス人形の脇腹を斬り裂き、伝播するように広がった傷口は、桜の着地と同時に胴体の完全な切断に至る。
「・・・・・・えっ! う、嘘・・・?」
力なく倒れ込む人形を目の前にした戯縫天は立ち上がり、その歪んだ笑みが崩れる。
「さて・・・、あと何体いるんだっけ?」
私は袖についた土埃を払い、戯縫天に刀を突きつけた。
お読み頂き、ありがとうございます。
次回は4/13投稿予定です。
お楽しみに。




