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親友を救いに異世界に行った話  作者: 祭
統括天
56/70

帝王

 ―61年前、ルディアス帝国

 ルディアス帝国の君主が住まうゼクスピア城にてカイル=ルディアスは生を受ける。

 カイルには2人の兄がいた。第一王子のミュラと第二王子のハビィ。3人はそれぞれ父である第三代ルディアス帝の寵愛を受け、幼少の頃より帝王学、及び剣術を教え込まれた。


 「愛する我が子達よ。あれがルディアス帝国の誇る剛健なる戦士達だ。よくその目に焼き付けておけ」

 「えぇ、素晴らしいです、父上」

 「すごい・・・、かっこいいなぁ!」

 「・・・・・・」

 かつてその土地に存在したいくつかの小国を束ねることにより建国された帝国は、3代に渡り勢力を拡大し、カイルの父が実権を手にした時代はまさに黄金時代であった。


 

 56年前、ルディアス帝国の領土侵犯に反旗を翻した周辺諸国は、帝国の侵攻を迎え撃つ形で歴史的な戦争が勃発する。

 だが、当時のゼクスピアに戦火が落ちることはなく、城内には安寧が保たれていた。


 「カイル様、お食事の用意が整いました。こちらへ」

 「カルラ!」

 3人の王子には勉学に加え、身の回りの世話をする専属の侍女がつく。カイルを担当するカルラ=メイは30歳手前という比較的若い年齢ではあるが、代々ルディアス帝に仕える家系で育った彼女の仕事は完璧と言えるものであった。


 「お夕食の後は昨日勉強した集団兵法の続きを。それから地理に内政の・・・」

 「カルラ~、そんなにいっぱい大変だよぉ」

 「ですが、これもカイル様が立派な王となるための・・・・・・」

 「それより、僕カルラの話聞きたい! ねぇ、昨日のあの話!! あの後どうなったの!?」

 「カイル様・・・」

 「ねぇ! もっといっぱい聞かせてよ!」

 「・・・・・・そうですね。昨日は普段よりいっぱいお勉強しましたし、本日は休息日としましょうか」

 「やったー!」

 カルラはカイルの傍らに立ち、優しく頭を撫でた。


 傍若無人な帝王の直系でありながら、優しく、明るく無邪気に笑うカイルをカルラは我が子のように想っていた。



 それから数年間、ルディアス国内に戦況を伝える広報誌には勝利の2文字が躍り続けた。


 ルディアス帝国の侵略に対抗する諸国であったが、ルディアスが保有する未知の兵法や兵器、そして各戦場を駆け巡る暗号を用いた情報伝達網は、もともと別々の国であり、統率に難のある連合国軍を苦しめた。



 その圧倒的とも言える好況に翳りが生じたのはカイルが10歳になる頃だった。

 帝国内の一部地域でクーデターが起きたことがその一因であった。


 「陛下、アーキ地方からまたしても反乱の報告が上がりました」

 「ちっ、またか。鎮圧したんだろうな」

 報告を読み上げる参謀に対してルディアス帝は悪態を吐く。


 「はい。ただ、そちらに戦力の一部を割いたこと、情報の伝達に支障を来たしたことによりプラータとの東部戦線で撤退を強いられる結果となりました」

 「己の武を弁えぬ愚民共が。余計な真似をしやがって・・・」


 当然だが、ルディアス帝国にも軍隊は存在する。しかし、代々ルディアス家の男系を絶対君主とするこの国では一般国民の命は軽く、しばしば戦力不足を補うために戦場に投入される。だが、付け焼き刃のような武術しか持たぬ国民の多くは戦死を前提とされ、時間稼ぎや人海戦術のための捨て駒のように扱われることがほとんどであった。

 都合よく解釈すれば無尽蔵の戦力と圧倒的な数的有利の保証であるが、国民の不満と恐怖は日毎に増長し、国力が僅かに傾いたタイミングで起きた反乱は決して偶然ではなかった。


 「ミュラを呼べ」

 「御意」

 ルディアス帝は不機嫌そうに参謀に対して顎で指図した。


 ―カイルの寝室

 「カイル様、お勉強の用意はできておりますか?」

 「うん・・・」

 カルラの日常的な問いかけにカイルは俯いたまま返事をした。


 元気がない。カイルのことは赤子の頃から知っているカルラにとって、返事一つでカイルの様子を察することは容易なことであった。


 「体調が優れませんか?」

 「いや・・・、そうじゃないけど・・・・・・」

 カイルの釈然としない回答にカルラは首を傾げる。


 「では、剣術のお稽古でお疲れですか?」

 「ううん。そうじゃなくて、可哀想だなって」

 「・・・可哀想?」

 カイルのその回答に、カルラの脳内では疑問符が浮かんだ。


 「うん。今日、父上から国の人達が戦ってるって聞いたんだ」

 「はい。皆、国の誇りにかけて・・・」

 「でも、みんな死んじゃうんでしょ?」

 「・・・え?」

 予想外の一言に、カルラが言いかけた「国の誇りにかえて命を賭しています。」という言葉は喉に引っかかった。


 「死にたくないのに無理矢理戦わされるなんて可哀想だよ! それに向こうの国にも人が住んでるんでしょ? どうしてルディアスはこんなに人を虐めるの!? あっちの国の人達から何か嫌なことをされたの!? みんな・・・」

 「カイル様っ!!」

 カルラは混乱しているような様子で矢継ぎ早に問いかけるカイルの言葉を無理矢理遮るように怒鳴り、同時にカイルを抱きしめた。


 「・・・カイル様、それ以上は口にしてはいけません。そして、その話は決して他の誰にもしてはいけません・・・!」

 「・・・・・・」

 カイルは驚いたように口を開けたまま固まっていたが、やがてゆっくりと首を縦に振った。


 「・・・今日はお勉強はお終いにしましょう」

 「どうして?」

 「意味が、ありませんから・・・」

 カルラは目の前のカイルにすら届かないような小声でそう呟き、部屋を出た。


 (カイル様は幼少期より帝国の思想と国政を学んでいらっしゃる。そして、それを教えたのは全て私だ。カイル様も2人のお兄様同様に、陛下に倣った強い支配欲と残虐さを持ってしまってもおかしくはなかった。いや、寧ろそうなるように教えるのが私の役目であり、私自身もそれは仕方がないことだと諦めていた。なのに、カイル様は顔も知らぬ誰かを心配し、帝政に疑問を持った。これが何を意味するのか、未熟な私には分からない。でも――)


 カルラはカイルに挨拶して静かに扉を閉める。その片手にはルディアス帝が自ら記した帝政に関する教本が握られていた。


 それからはカイルが誰かに「可哀想」という言葉を口にすることはなかった。



 ―49年前

 開戦から7年が過ぎた頃、カルラとミュラ、ハビィの侍女の3人が参謀の執務室に呼び出されていた。

 まず参謀が口にしたことは、第一王子であり、次期君主としての筆頭候補であったミュラ=ルディアスが戦死したという報告であった。


 それを聞いたミュラの侍女は泣き崩れ、ハビィの侍女は無表情であったが、カルラには一瞬その顔が笑ったように映った。


 「もう一つ、重要な報告がある」

 参謀は淡々と3人の侍女に命令に等しい方針を語る。


 「ミュラ様に代わり、今後はハビィ様を四代ルディアス帝の筆頭候補とする」

 「!? どうしてですか!? 本当にミュラ様は亡くなられたのですか!!?」

 「見苦しいですわよ。現実を受け入れなさい」

 涙を流しながら訴えるミュラの侍女を、ハビィの侍女は無碍にあしらい、一方で参謀はそのやりとりをまるで意に介さず続ける。


 「加えて、カイル様には戦場に出て頂く」

 「え・・・? 何故ですか・・・、カイル様はまだ12歳ですよ?」

 不意を突かれたカルラは、当惑しながら参謀に訊いた。


 ルディアス帝国での成人は15歳とされ、ミュラが戦場に投入されたのは16歳の時。カイルの年齢では兵士としての戦力として不十分とするのが一般的であった。


 「今後、ハビィ様が四代ルディアス帝に即位された場合、カイル様には軍師長としての立場を担って頂く。加えて、現状の戦力を補う上で幼少期より兵法と剣術に長けたカイル様は現地の兵士共の士気を高める上で最適だとルディアス帝は考えていらっしゃる」

 「・・・・・・」

 カルラは絶句した。この数分のやりとりで帝国側が相当な苦戦を強いられていることは火を見るより明らかだった。


 「それとも、何か異論があるかね」

 「・・・いえ、失礼いたしました」

 参謀の刺すような視線に、カルラは唇を噛んだ。


 ―カイルの寝室

 「カルラどうしたの? 具合悪い?」

 その夜、いつものように勉強していたカイルはカルラの顔を覗き込んだ。


 「いえ、大丈夫です。ご心配おかけして申し訳ありません」

 「そーなの? 無理しなくてもいいよ?」

 「相変わらず、お優しいのですね」

 カルラは気丈に振る舞い、笑顔を見せた。しかし、その心中は穏やかではなかった。

 

 現状ではまだ帝国が僅かに優勢ではあるが、戦況は確実に悪化の一途を辿っている。ルディアス帝は民衆だけではなく、自らの子でさえも捨て駒にしてしまうのだろうか。そんな不安がカルラの胸中で渦巻いていた。


 「・・・カイル様。カイル様は大きくなったら何がしたいですか?」

 

 単純な興味か、カイルが戦地で命を落としてしまうかもしれないことを憂いてか。気づけば無意識にそんな言葉がカルラの口から零れていた。


 「大きくなったら・・・?」

 「あ、いえ! 何でもございません! 失礼いたしました!」

 「僕は大きくなったら王様になりたい」

 「え・・・」

 カイルはカルラの謝罪など気にせず即答した。しかし、その回答はカルラにとっては少し意外だった。


 (そうか・・・。カイル様にもちゃんと王子としての矜恃が・・・・・・)


 「でも、僕は平和がいいなぁ。」

 そうカルラが思考していたとき、不意にカイルはそんなことを付け足した。


 「誰も戦わなくていい。誰も死ななくていい。そのために僕が頑張る。僕はそういう王様になりたい!」

 「カイル様・・・・・・」

 カルラは言葉に詰まった。

 子供らしい、言葉足らずの夢物語。だが、屈託のないカイルの表情が、その言葉がカイルの真意であることを物語っていた。とても帝王には似つかわしくない、天性の純潔。


 「・・・・・・カイル様、今から私が話すことをよく聞いてください」


 カルラは意を決した。


 「なに?」

 「カイル様は、これから数日の内に戦場へ招集されます」

 「・・・・・・え?」

 カイルはその一言で事態を察したようだった。


 無邪気な笑顔が一気に引き攣る。


 「先日、ミュラ様が亡くなられました。そして、これからはハビィ様が次期ルディアス帝として帝王学を学び、カイル様は軍師長候補として戦場に赴くこととなります」

 「でも、僕戦場なんて行ったことないよ! まだお兄様達より体も小さいし、誰も傷つけたくなんてない!」

  

 こんな話の中でも、あくまで「死にたくない」ではなく「傷つけたくない」と言うのだ。

 

 「はい。おそらくカイル様は現地の戦士達の士気を高めるための象徴(マスコット)として扱われるでしょう。しかし、それは戦場に立たなくても良いと言うことではなく、皆に自分のために戦えと言い続けなくてはならないことを意味します」

 「なんで・・・」


 或いは、その方がカイル様にとっては辛いことかもしれない。


 「やだよ・・・、嫌だよ! 僕、そんなことしたくない!! どうしてそんなことしなくちゃいけないの!? どうして誰かにそんなことが言えるの!?」

 「あなたがルディアス家の血を引く方だからです!!」

 「!?」

 カルラは震える声で声を荒げた。


 「カイル様はルディアス帝の子で、生まれたときから絶対的な権力を持っています。それがカイル様の運命なのです」

 「そんなの・・・、そんなの僕は欲しくない!」

 珍しく駄々をこねるカイルを前にカルラは奥歯を噛み締めた。本当ならこんなことは口にしたくもない。それでも、カルラが何を思っても最後に決断をするのはカイル自身だ。だから、カルラには全てを話す義務がある。カイルは全てを知る権利がある。


 カルラはそこまで話して、もう一度重い口を開く。


 「ですが、カイル様にはこの運命から逃れることができるかもしれない選択肢がございます」

 

 カルラは怯えたような表情のカイルの目を見て言った。


 「カイル様、この国から、ルディアス帝国から逃げましょう」


 この国いる限り、カイルにはルディアス帝の子であるという運命が取り巻き続ける。

 自分の子供同然のように想ってきた愛する主人がそんな運命に苦しみながら生き続ける姿を、カルラは黙って見ていることができそうになかった。


 「もちろん、途中で捕まれば命はありません。ですが、国境を越えてさえしまえばカイル様は自由の身。そこでならカイル様は王様にだってなれるかもしれません」


 カルラは笑った。


 「でも・・・」

 「決めるのはカイル様自身です。カイル様がどんな選択をしても私はカイル様のお側にあり続けます」

 「・・・・・・」

 カイルはしばらく俯いたまま黙っていた。当然だ。齢12の少年にこんなことすぐに決断できるわけがない。


 しかし、程なくしてカイルは顔を上げた。


 「・・・僕は、王様になりたい。カルラと一緒に」

 「・・・! はい!」

 

 それはカイルが初めて自らの運命に触れた瞬間だった。


 君主の実子である主に国を捨てることを提案するなど、侍女にとっては言語道断、あってはならないことである。カイルが拒否し、誰かに告げれば打ち首は避けられない。

 賭けだった。だが、カイルはカルラを信じた。


 頭が良いとは言えないし、思想も性格も帝王としての才覚に著しく欠けている。


 しかし、それはカルラにとっては命を賭けても良いほど喜ばしいことだった。

お読み頂き、ありがとうございます。


次回は3/16投稿予定です。

お楽しみに。

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