泡沫の星
―兵舎内女子寮
窓から差し込む陽射しに、私はゆっくりと瞼を開いた。
「おはよう、サクラ。珍しくゆっくり眠れたみたいだね。」
既に目を覚ましていたマララは柔らかく微笑みながらそう言った。
いつも通り身支度をして、寮を出る。
「おはよう! サクラ!」
「おはようございます。サクラさん。」
「おう! サクラ、今日もよろしくな!」
食堂では特殊先攻班のみんなが挨拶をしてきた。中でもカド=タレスは大袈裟に手を振り、レア=ガードルはポンッと私の背中を叩いた。
「・・・おはようございます。」
「え!? サクラが挨拶を返した・・・? いつもは無視されるのに・・・。」
「カド君! 失礼だよ~!」
ここに来てから何度も見たようなごく普通のやりとりだ。でもなんとなく、いつもとは違ってこの光景が微笑ましく思えた。
そして、この日の私には班のみんなに言わなければならないことがあった。
「あの、一つ効いて欲しいことが・・・。」
そうして私は全員が集まっていることを確認してから話を始めた。
―
「えぇ!? 兵士を辞める!?」
1番驚いていたのはカド=タレスだった。
「なんで!? ここに来たばっかじゃん!」
「やりたいこと・・・、いや、やらなくちゃいけないことを思いだしたので。」
「何それ!?」
「まあまあ、落ち着けタレス。」
「寂しい気持ちは分かりますが、ここはサクラさんの選択を尊重しましょう?」
「でも・・・。」
「そうだよカド君。サクラさんがせっかく決めたことなんだから。」
「ああ、無理に引き留める権利は我々にはないだろう。」
「でも確かに寂しいよ、サクラ・・・。」
「ははは。マララさんまで。みんなで決めたじゃないですか。」
意外にも割とみんな私の唐突な話を受け入れてくれた。まあでも、まだ出会って10日程度の付き合いだからおかしくもないか。
「それで、その話は団長にはしましたか?」
「いえ、まだです。」
「それなら早めの方が良いですね。団長、午後には出掛けるそうなので。」
「分かりました。じゃあ、行ってきます。」
「それと、サクラさん。」
「はい?」
「応援していますよ。」
「? ありがとうございます。」
そう言って班長は優しく笑い、私は少し困惑しつつ執務室へと向かった。
「なんでみんなそんなに落ち着いてるの!? サクラいなくなっちゃうんだよ!」
桜が団長の下に行った後、部屋の中でカド=タレスが声を荒げた。
「えぇもちろん、本来であれば私ももう少し話し合いをしたいところですが。」
「ま、あんなの見せられちゃったらねぇ・・・。」
「・・・あんなの?」
「カド君、食べ過ぎて動けなくなってたもんね。」
「え?」
「後をつけていって、覗き見るのは流石に悪いような気はしましたけどね。」
「はい?」
「あれには涙を禁じ得ない。」
「うわ~ん! サクラー! 幸せになってねー!!」
「えっ、なになに!? 教えてよ!」
任務が一段落した班内ではそんな会話が騒がしく飛び交っていた。
―執務室
「失礼します。」
「何の用だ。」
ノックをして、部屋に入ると、ギルバートは卓上で何か書き物をしていた。
「大事な話があって来ました。」
「言ってみろ。」
ギルバートはそう言いながらも作業を続けていた。
「私はこの、カブラル国軍第九師団を抜けたいと思います。」
「ほぅ・・・。」
その一言にギルバートのペンを持つ手は一瞬止まった。
「・・・まあ、構わん。部隊は再編成しておこう。」
「・・・え? 良いんですか?」
ギルバートは案外すんなりと私の退団を許諾した。元はと言えば死ぬか兵士になるかの選択を迫られたくらいだ。正直、抜けるならそれ相応の報いを、とか言われてもおかしくはないと覚悟していたが、全くそんなことはなかった。
「勘違いするな。お前の代わりなどいくらでもいる。だいたい、1週間程度しかいなかった人員の穴埋めもできないで、兵団として成り立つわけがなかろう。」
「はぁ・・・。」
ギルバートはそう言ってまた作業に戻った。相変わらず感情があるのかないのか分からないような言動だ。
「じゃあ、ついでにもう一つだけ。」
「なんだ、まだあるのか。」
ギルバートは少し面倒くさそうに聞いた。
「いや、これはただの好奇心なんですけど・・・。あなたが私に教えてくれた剣術、”帝国”流って、もしかしてルディアス帝国の・・・・・・。」
「・・・・・・。」
マララに聞いた話だと、かつての周辺諸国に侵略し、悪虐の限りを尽くしたというルディアス帝国。私は何故ギルバートがその名を冠する剣術を扱うのか、何となく腑に落ちなかった。
「・・・あぁ。この剣術は確かにルディアス帝国軍が編み出した剣術だ。」
「やっぱり・・・。」
「とはいえ、俺は帝国の出身でも、帝国の支配思想などは持ってはいない。お前の言いたいことは察するに難くないがな。」
「そう、ですか。よかった・・・。」
私はギルバートのその返答に少し安心した。
しかし、その安堵もすぐに新たな疑問に変わった。
「だが、俺にこの剣を教えた人物は帝国の人間だった。」
「え・・・?」
「正確には帝国を裏切り、連合国軍に勝利をもたらした、俺の恩人であり、師である奴はカブラルでは英雄と讃えられている。」
「その人って・・・。」
「名はカイル=マルティアス。今は何処ぞで司教なぞをやってるそうだが。」
「・・・・・・。」
私は言葉を失った。
カイルさんがギルバートの師匠? 帝国を裏切った?
あまりにも情報量が多すぎる。
「他には何かあるか?」
「なかったんですけど、今、山ほど増えました・・・。」
「は?」
「い、いえ、何でもないです! 失礼しました。」
「待て。」
私は慌てて部屋を出ようとしたとき、ギルバートに呼び止められた。
「一つ、お前に教えておくべきことがある。」
「な、なんですか?」
私はあまり言い予感がしないまま、恐る恐る聞いた。
「お前は強い。だが、同時にお前はまだ子供だ。いいか、居場所というものは何もお前自身だけで決められるものじゃない。誰かに身を委ねることが弱さではないことを覚えておけ。」
「・・・・・・はい。」
唐突に発せられたそんな言葉に私は少し戸惑った。
どうして今そんな話を私にしたかは分からない。でも、それはどこかから取って付けたような言葉ではなく、ギルバート自身が紡いだ言葉であると直感した。
+++
「おかえり、サクラ。」
いつも使っていた訓練場に戻ると、まだみんな集まっていた。だが、なにやらにやにやしていて妙な様子だ。
「サクラさん、これを。」
「? 何ですか?」
そう言いながら班長から渡された物は束に綺麗な彫刻が施された短剣だった。
「私達の気持ちです。短い間でしたが、先の作戦はサクラさんあっての成功と言っても過言ではありませんし、なによりサクラさんは私達の仲間ですから。」
「え・・・、でもこれ、みんなの報酬で・・・・・・。」
驚く私に対してみんな笑っていた。
どうしてあんな態度だった私に、こんなにも温かく接してくれるのだろう。いや、ここに来てからずっとそうだった。私がそれに気づかないふりをして、目を逸らしていただけだ。この人達はずっと私のことを気にかけてくれていたんだ。
「ありがとう、ございます・・・。すいません、私なんかまた・・・・・・。」
また私は目尻が熱くなってしまっていた。昨日から涙腺が緩くなってしまって敵わない。
「えぇ!? 今度は泣いてる!? 今日のサクラどうしちゃったの・・・。」
「カド君、うるさいよ。」
ベティ=ルイスは珍しく辛辣な言葉とともに冷たい視線を送っていた。
かと思えば、すぐに表情を変えて私の前に出た。
「あの、サクラさん、これを・・・。」
「これは・・・?」
少し緊張したような表情のベティ=ルイスの手には白いシュシュがあった。
「サクラさん髪長いから、よ、良かったら受け取ってください。」
「いいの?」
「もちろんです!」
そう言ってベティ=ルイスは、今度は自然にはにかんだ。
「ありがとう。」
私は涙を拭い、心からの感謝を告げた。
+++
「桜さん、こっちです!」
しばらくして、準備を整えた私を出迎えるように、銀髪で首に大きめのマフラーを巻いた翡翠色の瞳の少女が待っていた。
そして、反対側には特殊先攻班の7人が見送りに来てくれていた。
「元気でな、サクラ。」
「サクラー! またねー!」
「また会えたら、今度はもっとお話ししたいですっ!」
「武運を祈る。」
「お体に気をつけて、しっかり寝るんですよ。」
「辛いことがあったら、いつでも戻ってきて良いからね~!」
みんなそれぞれが、それぞれの言葉を贈ってくれた。
「改めて、短い間でしたが、サクラさんに出会えたこと光栄に思います。私達はここからサクラさんの未来を祈っていますので、どうかお元気で。」
「はい。ありがとうございます。」
そうして私は最後に班長と握手をして別れを告げた。
私は長い髪をシュシュでまとめ、もう一度振り返る。
「お世話になりました! またどこかで! いってきます!!」
「「「いってらっしゃい!!」」」
私は手を振るみんなに大きく手を振り返して、新たな一歩を踏みしめた。
随分遠回りをしてしまった。でも、またここから始めよう。
そして、終わらせよう。
「行こう、フィーネ。」
「はい! 桜さん!」
私達は春風とともに兵舎を後にした。
―第5章 完―
お読み頂き、ありがとうございます。
第5章完結です。そして次回から第6章、実質的な最終章です。
ぜひ最後までお付き合い頂けると幸いです。
そして、来週は私生活が忙しいこととストーリーの調整のために休載して、次回は3/2投稿予定です。
お楽しみに。




