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親友を救いに異世界に行った話  作者: 祭
鑑蟲天
53/70

もう一度

 ―第九師団兵舎内

 静かに目を開けると、1週間ぶりに見る天井が視界に入った。

 「よかった・・・! 目を覚ました!」

 「サクラ~! 無事で良かった~!」

 最初にここに運ばれてきたときと同じ医務室。

 ベッドの周りには特殊先攻班の人とギルバートがいた。カド=タレスやベティ=ルイスは所々包帯を巻いていたりはしているが、総じて全員生き残っていた。


 「あの後、ガル=ベンガードはどうなりました。」

 「お前の脇で泡を吹いて倒れていたぞ。」

 「はい。私達がサクラさんを発見したときには既に意識はありませんでした。サクラさんがやってくれたんですよね?」

 「・・・・・・はい。」

 話を聞いてみると、私が気を失った後、程なくしてボイズ隊の二人があの部屋に辿り着いたらしい。まあ、2度も爆発音がしたはずだから見つけること自体はそこまで難しくはなかっただろう。


 「そうだ。’マルファス’が持っていた兵器は・・・・・・。」

 「安心しろ。俺達もサンプルは回収した。プラータとの通信で使っていただろう暗号文書もな。ご丁寧に暗号の解読表付きだ。」

 奥の椅子に腰掛けていたギルバートはゆっくりと立ち上がる。


 「まあ、これが今後に吉と出るか凶と出るかは分からんが、とにかく証拠も十分だろう。お前達の仕事は一旦完了だ。あとで報酬をやるから、好きに使え。」

 「やった!! 祝勝会だ!」 

 「クラウス、肉買いに行こうぜ!」

 ギルバートのその一言に、一気に部屋の中は騒がしくなった。カド=タレスは両腕を挙げて喜び、レア=ガードルは班長の肩を組んで笑っていた。


 +++


 その日の夜は宣言通り祝勝会が開かれた。班の8人が狭くも広くもない石造りの部屋に集まり、兵舎では珍しく、部屋の中には肉と酒の匂いが充満していた。


 ただ、私にとってはそんなことはどうでもよくて、ただ遠巻きからその様子を眺めていると、班長が肉の載った皿を片手に私の向かい側に座った。


 「サクラさん、昨日は申し訳ありませんでした。」

 「何が?」

 開口一番、班長が口にしたのは謝罪だった。


 「一人で危険な目に遭わせてしまって。監督者として私がきちんと指揮を執るべきでした。そうすればサクラさん1人にこんな傷を負わせることもなく・・・。」

 「別に。この傷は班長の判断ミスじゃない。全て私の弱さのせいだから。」

 「ですが、それは・・・・・・。」

 

 「それよりも、私が倒れていた部屋に他に誰かいませんでした?」

 「他に・・・? 私達が発見した時にはサクラさんとガル=ベンガード、そして幹部のサイゾ=イシスの亡骸だけでしたが。」

 「私より少し年下くらいの少女とか見ませんでした? 銀髪の。」

 「ああ、フィーネさんですか。ですが、あの方はアインスに向かわれましたよね?」

 班長の表情にも口ぶりにも嘘を吐いている様子はなかった。

 

 幻? いや、前日にも会っているんだ。そんなはずはない。


 「・・・そうですか。」

 「え? どちらに?」

 「少し夜風を浴びてきます。」

 私はそう告げて兵舎を出た。


 +++


 ―兵舎外の森

 「何してるの、こんなところで。」

 「桜さん! よかった、無事だったんですね・・・!」

 一昨日と同じ森の中に少女は黙って立っていた。

 少女は私に気づくなり、笑って駆け寄ってくる。


 「何考えてるの? あんな所まで来て、殺されるかもしれないって分からない?」

 「それは・・・。」

 少女はまた俯いて言葉に詰まった。


 「・・・やっぱり桜さんのやり方は間違ってると思います。どんな相手でどんな理由があっても、人を殺すなんて間違ってます。だから・・・・・・。」

 「はぁ・・・、そんな綺麗事言うためにわざわざ戻ってきたの? 話にならない。それじゃ。」

 「待って!」

 私は少女の話を無視して踵を返した。


 「・・・またそうやって逃げるんですか?」


 「は?」

 だが、少女の口から放たれた言葉は意外なものだった。


 「ルカさんから話は聞きました。桜さんに、桐香さんと恵さんという大切なお友達がいたこと。そして、そのお二人が亡くなられていること。」

 「・・・・・・だったら何だって言うの?」

 「実際にどんなことがあったのかは知る由もありませんし、きっと今の私じゃ桜さんの痛みも苦しみも想像しきれないと思います。でも・・・。」

 そう言って少女は静かに腰に仕込んでいたであろう短剣を抜いた。


 「でも、やっぱり今の桜さんのやってることは正しいことなんかじゃない。だから私は桜さんを止めに来たんです・・・!」

 「・・・・・・。」

 「本気ですよ。」

 呆然とする私に向かって、少女は短剣を構えていた。


 「・・・はは。馬鹿じゃないの? 人の気も知らないで。だいたい、そんな短剣で私に勝てるの思ってるの?」

 「思ってないですよ。それでも、私がやらなきゃ桜さんはこの先、間違った道を進み続けて戻れなくなってしまいます。だから、無理矢理でも私が止めるんです!」

 「くだらない。さっきから私が間違ってるだとか、私の気持ちがどうだとか、 なんで何も知らないあなたがそんなこと言えるんだよ。」

 「何も知らないから聞きに来たんです! 話をして、私はもっと桜さんのことを知りたいから! 桜さんに間違った道を進んで欲しくないから!!」

 少女の短剣を握る両腕は細かく震えていた。

 

 「そんなこと頼んでない。私は1人で十分だから。」

 「まだそんなこと言うんですか!? こんなこと間違ってるって、本当は自分でも気づいてるんでしょう!?」


 ・・・何から何まで苛つく奴だ。


 「はぁ・・・、うるさいな。間違い、間違いって・・・・・・。」

 「間違いですよ! 今の桜さんを見た桐香さんと恵さんがどう思うか考えたことがありますか?」

 「はぁ? 私はその桐香と恵に託されたからこうやって、2人の分まで強くなろうとしてるんだよ。 ここで私が負けたら、2人が生きた意味が無くなるから。」


 私は苛立ちを隠しきれなくなっていた。


 「違います! 桜さんがやってることはお二人への弔いなんかじゃない! 桜さんは、お二人がいない現実を受け入れることから逃げているだけです!」

 「あぁ?」


 「過去から目を背けて、誰かの返り血で桐香さんと恵さんの記憶を上塗りしようとしている! 辛い記憶に、思い出ごと蓋をしようとしている!」


 少女は絞り出すような声で叫んだ。


 「そんなの・・・、そんなの桐香さんと恵さんの死に対する侮辱ですよ!」


 「・・・! っふざけんな!!!」

 

 私は咄嗟に少女の頬を殴り飛ばしていた。


 手から離れた短剣が宙を舞い、私は馬乗りになる形で少女の胸ぐらを掴んだ。


 「もう一回言ってみろ! 今度こそお前を殺してやる!!」

 「ええ、分からないなら何度だって言いますよ! あなたは2人のために強くなろうとしてるんじゃない、自分を不幸にして悲劇の主人公ぶってるだけだ!!」

 「お前・・・・・・!」

 私は目に涙を浮かべながら、それでも引き下がろうとしない少女をもう一度殴った。


 それしかできなかった。


 「悲劇なんかじゃない、現実だ! 恵は私の知らないところで殺された! 桐香は私を庇って死んだ! 2人は私の親友だった! でももういないんだよ! だから・・・。」

 私は怒りのままに叫び散らした。


 「だから私は・・・、闘わなくちゃいけないんだ! 2人の分も強くなって、勝たなくちゃいけないんだよ・・・! それがお前なんかに・・・、お前は桐香のことも恵のことも知らないだろ!」

 「知らないですよ・・・! でも、桜さんだって、お二人のこと何も分かってないんじゃないですか!?」

 「そんなわけないだろ! 私達はいつだってみんなで過ごしてきたんだ! この世界に来てからも3人で! バーリングでも、アインスで闘ったときも、ツヴァルスフィアの森の中でも! 一緒に話して、泣いたり、怖がったり、それでも笑って! 今だって、2人は私の後で私を見てるんだよ!!」


 そうだ。あの日から2人がずっと私を見てるんだ。私が強くなるところを。堕天使に勝つところを・・・・・・。

 「これからもずっと、私達は3人で・・・・・・」


 「そんな人いませんよ、どこにも!」



 「・・・は?」


 私は一瞬、少女の言葉が理解できなかった。


 「いつまでそうやって2人を呪うつもりですか! 桜さんは自分の不幸の原因を2人に押しつけているだけだ!!」

 「何言って・・・・・・。」

 「じゃあ、桜さんは2人に自分たちの分まで闘えって、苦しめって言われたんですか!? 桜さんに未来を託した桐香さんの言葉も表情(かお)も忘れたんですか!!?」


 今度は少女が、力が抜けた私の肩を掴んだ。


 「ずっと一緒だったんでしょ? だったら、今の桜さんを見たお二人がどう思うか、想像することくらい簡単なはずでしょう!?」

 「・・・・・・!?」

 

 少女は激しく肩を上下させて声を震わせた。


 「もう一度思い出してくださいよ。桐香さんと恵さんのこと。そしてそのお二人が託そうと思った桜さんのこと。」

 「なんだよ、それ・・・・・・。」


 思い出せない。頭が混乱する。


 あの日何があった?


 桐香は、恵は、どんな顔だった・・・?


 混乱する。頭がぐちゃぐちゃになる・・・・・・。


 「違う・・・。桐香も恵もここにいる。2人がいるから闘えるんだ・・・。だから、私は強く・・・。」

 私は背後の顔の見えない2人を見た。


 「桜さん・・・!」


 「私、強くなるから。2人の分まで強くなって、仇は取るから! 堕天使は全員、私1人で倒すから・・・!」


 「桜さんっ!」

 「黙れよ! 駄目なんだ!駄目なんだよ、強くなくちゃ! 弱くちゃ誰も救えない! 子供も、街の人も、友達も! 誰も守れない!」

 私は肩を掴む少女の腕を払った。


 「私が弱かったから桐香も恵も死んだんだ! 私が責任を取らなくちゃいけないんだ! もう失う物なんてない! 弱い私はもういらない!!」

 「そんなことありません! 2人は桜さんのせいで死んだんじゃない!」

 「じゃあ何で桐香も恵も死んだんだよ! 私がもっと強かったら、2人の分まで動けたら・・・! 私は誰1人助けられなかったんだよ!」 

 「私は救われました!」


 「・・・・・・は?」


 少女は私の言葉を遮って叫んだ。

 

 「私も、ルカさんもあなたのおかげで救われました! あなたが優しかったから!」

 「は? 何言ってんだよ、お前・・・。そんなの・・・・・・。」

 

 「誰も助けられなかったなんて言わないでください! 桜さんは確かに私を助けてくれた! 桜さんの言うそれは弱さなんかじゃない!」

 少女はもう一度私の肩を掴んだ。


 「それはあなたの優しさです!!!」

 「は・・・?」

 


 ―桜、相変わらずお人好しだな。

 ―桐香! お人好しじゃなくて、桜は優しいんだよ。

 ―ま、確かにそうかもね。

 ―お? 桐香ちゃんが恵ちゃんに同意するなんて珍しいね~。



 ・・・あれ? 


 今、何故かとても懐かしいような気がした。

 遠い、遠い、遙か昔のような記憶。でも、ずっと心のどこかに引っかかっていたかのように、スッと、いとも簡単に情景が浮かんだ。


 「ルカさんは1年前のあなたを心から尊敬していました! 私だって、あなたが手を差し伸べてくれたから今ここに居ます! ただ強いだけのあなたはあなたじゃない! あなたは誰よりも優しくて、なんでもない日常が大好きだった、深並桜です!!」


 「・・・そんな、そんな綺麗事・・・・・・。あれ・・・?」

 勝手に視界が滲む。なんで? 

 なんで今更になって、桐香と恵の顔が鮮明に思い出せるのだろう。どうして、こんなにも2人が恋しいのだろう。


 「なんで・・・。泣くなよ、私は強くならなくちゃ・・・・・・。あれ?」


 「・・・泣いていいんですよ。もっと素直になってください。そんなあなただから、きっと桐香さんと恵さんは桜さんに繋いだんです。」

 「ふざけんなよ・・・、私・・・・・・。」

 

 まるで固く閉めていた栓が壊れてしまったように涙が溢れ、同時に、ずっと口にできなかった言葉が抑えきれなくなった。


 「分からなかったんだ・・・ずっと。どうして私だったのか。桐香はいつも冷静で、落ち着いてて、どこに行ってもみんなをまとめてくれた。恵は面白くて、一緒にいるだけで楽しくて、それなのに意外と頭が良くて、二人とも立派な夢を持ってた。なのに、残ったのが何もない私だった・・・・・・。どうしても分からなくて、悔しくて、どうにかして私が生き残った理由を見つけたかったんだ。私は、私だから莉里を助けられるんだって・・・・・・。」

 あの戯縫天(シュフクトール)がバーリングを襲った日から、考えても考えても答えは全く見えなかった。

 

 どうして私だったんだろうか。


 その答えを探すのに必死になって、いつしか二人のことも思い出さなくなっていた。


 「最低だった。私は何の才能もないくせに、私が思ってたより私は最低だった・・・。どんなに頑張っても二人みたいになれないままだった・・・・・・。」


 頭を抱え、みっともなく涙を流す私を、少女はそっと抱いた。


 「なんで桜さんだったかなんて、そんなの簡単ですよ。」

 少女は囁くように優しい声で教えてくれた。


 「それは、恵さんも桐香さんも桜さんことが自分のことより大切だったから。長く生きて、誰よりも幸せになって欲しかったから。あなたと同じですよ。」

 「・・・。」


 「それに、何の才能もないなんて嘘です。誰もが羨むような才能を桜さんは持っています。気づきませんでしたか? 桜さんの周りにはいつも人が集まっているんです。あなたを中心に人の輪ができる。それはとても素晴らしい、立派な才能だと私は思います。」

 「なん、で・・・・・・。」


 「もう自分を苦しめるのはやめてください。私は桐香さんと恵さんの代わりにはなれないかもしれませんけど、私は何があってもずっと桜さんの味方です。」


 初めて見る少女の目は真っ直ぐに私を見ていた。


 「だから、桜さんは桐香さんと恵さんが大好きだったあなたでいてください。」


 「あぁ、あああ・・・。」


 耐えられなかった。ここまで1人で頑張ってきたのに、たったそれだけの言葉を私はずっと求めていたのかもしれない。


 「ああああぁぁぁぁぁ・・・・・・!!」


 その日は久々に泣いた。


 あの日泣けなかった分も全て取り戻すように。


 

お読み頂き、ありがとうございます。


次回は2/16投稿予定、第5章の最終話です。

お楽しみに。

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