不完全クエスト
―樹海の闇ギルド
「よう、亡霊。昨日の夜中も首持ってきたんだってなぁ。連日ご苦労なこった!」
「・・・・・・。」
早朝、誰もいないギルドの卓上で1人水を飲んでいると、荒々しく扉を開けて入ってきた中年の男に話しかけられた。何度か顔は見たことあるが、名前など覚えていない。
「てか、お前寝てんのか? 昨日も帰ってねぇだろ。」
「・・・2時間くらいは。」
「おいおい、よくそんなんで動いてられるな。いつかその辺で野垂れ死んでも知らねぇぞ?」
「どうせ、寝ても寝れないから。」
「はぁ? また訳分かんねぇこと言いやがって。まあいいけどよ。おい! 酒一杯くれ!」
男は何をしに来たか分からないが、私の向かい側に勝手に座り、早朝だというのに酒をあおっている。
「そういえば、一つ。」
「あぁ? なんだ、お前から話題出すなんて珍しいじゃねぇか、亡霊。」
「昨日、アラクっていう山賊の屋敷に行ったんだけど、どうしてあんな一山賊が立派な屋敷に住んでるのか気になって・・・。」
「おい! 今アラクって言ったか!?」
私が話し終える前に、男は慌てたように聞き返してきた。
「まさか、お前が昨日持ってきた首ってのは、アラク=バイセンの首じゃねぇだろうな・・・?」
「そうだけど。」
「マジかよ! お前、アラクって言ったらここらじゃ有名な豪傑だぞ!? 俺らだってあの山賊に関わるような依頼は牽制してたってのに、その本拠地に乗り込んで当人の首を獲って来だと? はぁ・・・、マジでどうなってんだよお前。」
男は呆れたように額に手を当てて天を仰いだ。
「うぃーす、やってるかー。」
そうしていると、また玄関の扉が開き、今度はもう少し若めの男が2人ギルドに入ってきた。
「お! 良いタイミングできたな、お前ら! ちょっと聞いてくれよ!」
向かいに座る男は2人を見つけるとすぐに手招きして、私が座っている卓まで呼び寄せた。
「ん? どうしたんですか、ジェルさん。また賭博場で身ぐるみ剥がされたんですか?」
「違ぇよ。・・・いや違くはないが、そんなことより! 聞いたか? 昨日コイツがあのアラクの野郎を討伐しちまったってよ!」
「は? まじッスか!?」
男は親指で私を指し、興奮したように早口で喋った。
「いいなぁ。相当懸賞金もらえたでしょ。」
「じゃあ俺たちもあの山に行きやすくなりましたね!」
「馬鹿野郎っ! そうじゃねぇ!!」
ヘラヘラと話す若い2人に、男は急に声を荒げて立ち上がり、肩を組んでなにやら耳打ちを始めた。
「なぁ、最近の依頼シケてると思わねぇか?」
「あぁ・・・、確かにそういえばそうっすね。」
「だろ? 正直癪だが想像以上だ。このままあいつがここ居着いてたら、俺たちの仕事がどんどん減っちまう。商売あがったりだぜ?」
「・・・! 確かに!」
「でもどうするんですか? あの人話通じるんですか?」
「まあ仕事減らしてくれって言ったって聞かねぇだろうな。」
「じゃあどうやって・・・。」
「良い案がある。お前、あれ持ってこい。」
「え!? あれですか!?」
「声がでけぇ! 構わねぇよ。依頼は依頼だ。遅かれ早かれあいつも手を出すだろ。」
「確かにそうかも・・・」
「あの、屋敷の話し・・・」
「! おっと! いけねぇ、そうだったな! 悪い悪い!」
ひそひそと話す3人組に、私はしびれを切らして話を戻そうと声を掛けた。中年の男はビクッと肩を浮かせた後、額に汗を滲ませながら着席した。
「アラク山賊団がなんででけぇ屋敷なんか持ってるかって話だったな。」
「はい。」
「まあなんだ。簡潔に言っちまえば、あの屋敷は当然持ち主がいたんだが、無理矢理奪われたって所だな。」
「やっぱりそういう・・・。」
「だが、もう少し話は複雑だ。」
男はぐいっと酒を一口飲んだ後に続けた。
「お前、あの山に行ったんなら近くに小さい村があるの分かるだろ? あの屋敷の持ち主は元々あの村の領主だったんだが、あるときから近くに縄張りを張り出したアラク山賊団と絡み始めたんだ。命は助けてやるから村での蛮行には目をつぶれって所だろうな。領主とはいえ小さい村、たいした衛兵も雇えず、脅されたんだろ。」
「はい。」
「んで、それでもまだよかったんだろうに、領主が良心の呵責に耐えられなくなったのか、山賊がさらに欲を掻いたのか、あの屋敷の領主が死んで、今の様って訳だ。」
「・・・なるほど。」
そこまで聞いて、あの老人が言っていた、いつまでも兵士が来ないという話に合点がいった。
「こんな話聞いてどうすんだ?」
「別に・・・、気になっただけ。」
「そうかよ。」
男は何か期待が外れたように冷めた表情になり、グビグビと酒を喉に流し込んだ。
「それでだ!」
かと思えば、急にドンッと勢いよく酒瓶を机において話を切り出した。
「亡霊、お前は何のために毎日毎日依頼を消化してるんだ?」
「・・・強くなるため。」
「そうかそうか。」
男は私の回答を聞くやいなやにやりと笑みを浮かべた。
「おい! 持ってこい!」
「は、はいっ。」
男がそう言って身をひねると、さっきの若い男が依頼の山から1枚抜き取ってきた。
「・・・これは?」
そうして私の前に置かれた紙はボロボロの古紙に描かれた1人の肖像画のようだった。ただ、本当にその男の容姿が描かれているだけで、それ以上の情報は何一つ記されていない。
「お前、己の強さのためって言ったよな。ならこの依頼がちょうど良いんじゃねぇか?」
「これが、依頼?」
「そうだ! これは立派な依頼だ。内容は単純明快! この絵の男、カブラル国軍第九師団団長、グリフィン=ギルバートの暗殺! 誰がいつ何の目的でこれを依頼したかは分からねぇが、報酬はこのギルドの最高額だ!!」
男は大仰に両手を広げて、大口を開けて語る。
「なにそれ? 意味が分からないんだけど。」
「そうだろうな。だがお前はやるぜ? なんせこの依頼は未だかつて誰も達成できていない。なぜならこの男はカブラル最強と名高い男だからだ! 誰も勝てない、もはや人間とも疑わしいような相手、強さを求めるならこれ以上ない依頼だろ!!?」
「・・・・・・‥なるほど。」
男はにやにやしながら身を乗り出して熱弁した。
「・・・わかった。引き受ける。」
「! マジか・・・、いや、よく言った! それでこそお前だぜ!」
男は手を叩いて笑っている。
私がそう言って依頼書を受け取り、席を立つと、後ろの若い男はどこか申し訳なさそうな表情得浮かべていた。
この国で最も強い人間。なるほど。
「お願いします。」
「コード。」
「サクラ。」
「承知。」
私はいつものように顔の見えない受付嬢に依頼書を渡し、機械的なやりとりをした後、剣を背負って玄関に向かう。
「待て。」
「・・・?」
すると、珍しく受付嬢がしゃがれた声で私を呼び止めた。
「夕刻、月が天辺を過ぎた頃、その者は東の滝に現れる。」
「・・・はい。」
あまりにもざっくりしすぎているけど、おそらくこのグリフィン=ギルバートという男が現れる場所と時間のことだろう。素性を探る手間が省けた。
「武運を祈る。」
視界の端に移った受付嬢はそう呟いて、両手を合わせたように見えた。
いつ誰が残したのか分からない依頼と大袈裟な報酬。そしてカブラル最強と謳われる人間。一体どれほどの恨みを買ったのか、それとも誰かの嫉妬か。
まあそんなことはどうでもいい。あくまでも人間1人。相手誰であろうと私の練習になってくれればそれで十分。
私はいつもと変わらない動作で無造作にギルドの扉を開け、目的地に向かった。
―ギルド内
「・・・本当に行っちゃいましたね。」
「なんだ? 心配か?」
「い、いや、そういうわけじゃないですけど・・・。何というか、人を死に行かせてしまったようなような気がして・・・・・・・。」
「馬鹿が! それが目的だろ。」
残された男達は円卓で酒を片手に話していた。
「俺初めて見ましたよ。あの依頼受け取った人。」
「だろうな。俺も何十年ぶりだ。それもたった2人。いずれもここに帰ってくることはなかったがな。」
「やっぱりあの噂は本当なんですね。’不完全クエスト’って・・・。」
「当たり前だ。誰が何のためにって言う重要な情報が欠落している上に、事実上達成不可能なバランスもクソもねぇ欠陥だらけの依頼だから通称’不完全クエスト’。気味悪いなんてもんじゃねぇよ。」
「でもどうします? あの人本当にグリフィン=ギルバートの首持ってきたら。」
「がははは! もしそんなことになったら俺の全財産お前にやるよ!!」
男は赤い顔で大きく笑った。
「でも、あの人、1人でアラク山賊団の屋敷に行って無傷で帰ってきたんでしょ? もしかしたら、もしかするんじゃ・・・。」
「ねぇよ! もしそんなこのになったら、いよいよアイツは人間じゃねぇ、本物の亡霊だ。なんたって相手も人間やめてるような奴なんだからよ! カブラル最強、一騎当千、人間兵器。巷の噂で耳にする異名は数知れねぇ。今は『鬼神』だったか?」
「・・・ですね。」
「まあ何にせよ、邪魔者がいなくなった。短ぇ間だったけどギルドの仲間だったんだ。盛大に弔ってやろうぜ! 献杯!!」
男は1人酒瓶を掲げ、続くように若い2人も酒の入ったコップを合わせた。
お読み頂き、ありがとうございます。
次回は12/22投稿予定です。
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