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親友を救いに異世界に行った話  作者: 祭
鑑蟲天
43/70

亡霊

 ―リッドフォークの森

 「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・。」

 アインスよりずっと北東、カブラルと隣国との国境にほど近い森の中で私は呼吸が整うのを待っていた。

 

 激しい雨が降り続ける山中で、私の前には大きくひび割れた鏡が落ちている。

 鑑蟲天(フォービエル)。目の前の人間が嫌悪するものの虚像を映し、人を恐怖させるらしい。でも、私にとって、闘う相手が嫌いなものなら躊躇がなくて寧ろよかった。


 「・・・・・・醜い・・・。」

 私は目の前に映る、一見何の変哲もない鏡に刀を突き刺した。


 しばらく手入れのしていない長く伸びた前髪が私の視界を遮る。


 でも、それもどうでもいい。


 私は適当に髪を払い、その森を後にした。


 「・・・あと3体。」


 +++


 ―1年前、バーリング

 「・・・・・・桜。・・・桜・・・・・・・。」

 暗闇で桐香の声がする。

 「桐香! どこ!? 桐香!!」

 「・・・桜・・・・・・。さくら・・・!」

 「桐香!? ねぇ、どこ・・・・・・」

 「・・・さくらぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 「・・・!?」


 目を開けると見慣れた天井が視界に入った。

 「・・・、夢・・・・・・。」

 暗闇で首のない桐香が私に手を伸ばす夢。私はじんわりと滲んだ額の汗を拭った。


 昨日の夜、桐香が自分の頭を撃ってからどうやって教会のこの部屋に戻ってきたのか記憶がない。もしあれが夢ならばどれほど幸せだろうか。

 でも、3人でも有り余るほどの大きなベッドの上に1人。その事実が私に到底避けられない現実を突きつけていた。


 まるで宙に浮いているような感覚のまま、ぎこちなく体を起こして窓の外に目を向ける。するとそこには凄惨な状況が映っていた。ぼろぼろに崩れ去った建物に黒く焼け焦げた屋根。遠くにはまだ数本の黒煙が立ち昇っている。

 まるで戦争の跡のような、思わず目を背けてしまいたくなるような光景とは裏腹に、嫌みなほどに良く晴れた空には呑気な小鳥が歌っていた。


 「・・・・・・・。」


 一通りぼーっと眺めたあと、私は決められた行動をただ行うだけの機械のように無感情のまま制服に着替えて部屋を出た。


 礼拝堂には多くの町の人が詰めかけている。そのほとんどが暗い表情をしていて、泣き崩れている人も少なくなかった。


 「・・・! 桜様・・・、お目覚めになったのですね。」

 「はい。さっき。」

 階段を降りると、祭壇の前で人と話していたカイルさんと目が合った。どうやらカイルさんは戯縫天(シュフクトール)に襲われることなく、無事だったようだ。


 「この度は恵様に続いて、桐香様も・・・。天使様の寛大な祝福をお祈りしております。」

 「・・・はい。」

 カイルさんはそう言って両手を合わせ、深く目を閉じた。


 「それで、ここに居る人たちは?」

 「えぇ、ここにいる皆さんは先の災害で大切な人を失った、もしくは行方不明の方を探していらっしゃる方達です。私が確認できただけでも相当数の方が亡くなられたようで、町の主要機関や公共設備は壊滅、おそらくこの町に住み続けるのは難しいかと・・・。ですから、こちらに来られて間もないところ申し訳ありませんが、桜様も移住を検討する必要があると存じます。」

 「・・・。カイルさんは?」

 「私は亡くなられた方々の鎮魂を続けます。そして、この町の皆さんが新たな居場所を見つけられましたら、私もどこかへ行きましょう。」

 「そうですか。」

 相変わらずこの人は非の打ち所がないほどの聖人だ。どれほどの人望や名誉があろうと、いつだって自分のことを一番最後に置いている。本当に、素直に尊敬する。


 「どころで、どこかへ出掛けるので?」

 「少し・・・、町の様子を見てきます。」

 カイルさんは私が制服を着ているから、外出すると気づいたようだった。


 教会の玄関を開け、面している通りを真っ直ぐ東に向かって歩く。そして、10分も歩かぬうちにそこに辿り着いた。


 私がこの町で戯縫天に出会い、桐香が命を落とした場所。

 本当は全て夢で、桐香は今もどこかで生きている、なんて妄想めいた甘い期待を抱いていたわけではない。ただなんとなく私の曖昧な記憶を補填しようとしただけだ。


 その場所にはべっとりと赤黒い血痕が残っていた。傍らの瓦礫には飛散する血飛沫の跡があり、無意識に昨日の光景が脳裏に浮かぶ。

 「桐香・・・・・・。」

 遺体はない。きっと誰かが運んだのだろう。結局私は全てを桐香に押しつけたまま、何も返すことはしなかった。


 昨日の夜、どれくらいの人が人形になったのだろうか。一夜にしてそこそこの広さの町が機能不全に陥るほどに壊滅したと考えれば、相当の数の人が戯縫天の毒牙に掛けられてしまったのだろうけど、今は驚くほど静かで、どこかでまだ暴れ回っている喧騒は聞こえない。あるいは戯縫天が去るとともに一緒について行っただけかもしれない。

 いずれにせよ、ここに住んでいた多くの人たちは何も分からぬまま襲われ、傷つき、死んでいったのだろう。知らぬ間に私たちの闘いに巻き込まれて。


 「ねぇ、桐香。これから私はどこに向かっていけば良いのかな・・・。」

 私は膝を折り、桐香の跡に指先を触れた。


 不思議なもので、こんな状況なのに涙も流れない。朝起きてからここに来るまで頭では分かっているのに、まるで実感が湧かなかった。新聞に載っている顔も知らない誰かの訃報を眺めているような感覚だった。


 悲しくて、辛くて、恐い。突然1人になった。大切な親友を失った・・・。


 なのに、どうして。桐香の顔が思い出せない。今朝からずっと、桐香を思い出そうとしても顔が塗り潰されたように暗くて、一切の表情が分からない。あれほど毎日一緒にいたのに、無理矢理思い出そうとすると激しい頭痛と吐き気に襲われる。


 「ごめん・・・。」


 私はそっと手を放し、ゆっくりと立ち上がった。


 「・・・そうだよね。これからどうするかなんて、そんなの決まってるよね。」

 私は立ったまま軽く手を合わせ、踵を返した。


 どうするかなんて考えるまでもない。強くなる。これから私は1人で3人分、何があっても堕天使を皆殺しにする。そして、死んでも莉里を助ける。

 もう、私に残っているのは莉里しかいないのだから。



 「カイルさん。」

 再び教会に戻った私は礼拝堂のカイルさんを呼び止めた。


 「何でしょう?」

 「すみません、できることなら私もカイルさんの手伝いをしたかったですけど、私はアインスに行くことにします。」

 「なるほど。桜様が謝ることではありませんよ。ここにいる皆さんもこれからどこか別の町に移る予定です。それに、この町の方々ももう桜様達には何度も助けられていますから。」

 「・・・はい。これまでお世話になりました。」

 「どうかお体に気を付けて、お元気で。」

 

 それから私は軽く荷物をまとめ、出発する準備をした。

 カイルさんは色々忙しそうにしてたけど、私に最低限の通貨をくれた。本当にありがたい。でも、これで人に頼るのは最後にしよう。これから私に起こる全てのことは私の責任で誰のせいでもなく、誰かを巻き込むこともない。全て私が選び、私が進む道。もう私の前から誰かがいなくなることもない。


 「あと4体・・・・・・。」


 ただ強く。誰よりも。


 +++


 ―現在、アインスより北東の樹海

 アインスの町から北東に向かって20kmほど移動した山脈の麓。その中の佇む、景観とは不釣り合いな寂れた円錐形の屋根の建物がある。私はその建物の軋む扉をゆっくりと開けた。


 「お、来たか。こんな土砂降りの中どこに行ってやがったんだ?」

 「・・・別に。」

 扉を開けると同時、ガラガラと錆びた鐘の音が響き、無精髭を蓄えた男か酒瓶を片手に反応した。


 「相変わらず湿気た面しやがって。もっと笑ったらどうだ? ここはどこよりも自由な(ブラック)ギルドだぜ!? ギャハハハハ!!」

 「酒臭・・・。すいません、水を一杯。」

 私は面倒くさく絡んでくる男を無視してウェイターに小銭を渡した。


 アインスから離れ、影に潜むように佇むこの場所は世の中に馴染めなかった、所謂外れ者が集まる通称”(ブラック)ギルド”。とはいえ、ギルドと言っても冒険者の拠点でも商工会でもなく、復讐や暗殺のような犯罪も報酬次第では依頼できる、言わば何でも屋のような場所だ。当然、こんなことは許されていないけど、今のところ、というか設立してから半世紀近く国軍に摘発されることはなかったらしい。そう、国も手に負えず、見て見ぬ振りをした場所がここだ。

 ただ、そんな法の手が届かないアンダーグラウンドでも私にとってはどうでもいいことだった。手段を選ぶ余裕なんてなかった。


 「なぁ聞いたか? バーリング、1年経っても復興しねぇらしいな。」

 「当たり前だろ。もうあの町にゃ誰も住んでないからな。まああんなことになっちゃ無理もないが。」

 ギルドの端の机では男2人が新聞片手に話していた。


 「未曾有の大災害なぁ・・・。不自然だと思わねぇか? 俺はまたブラータあたりが新兵器でも作ったんじゃねぇかと踏んでる。」

 「馬鹿か。バーリングは商業ルートの拠点の一つだぞ? そんなとこ襲ったら宣戦布告もいいところだろ。」

 「ガハハ! ちがいねぇ。」

 時計なんて物はなく、年中薄暗いこの場所にいると、段々時間感覚がなくなってくる。バーリングの一件は遠い昔のようにも、つい最近のようにも思える。


 「さて・・・。」

 私は空になったコップを机に置き、雑多に張られた依頼の山から適当に1枚抜き出してカウンターに渡した。


 「コード。」

 「サクラ。」

 「承知。」

 顔の見えない受付嬢とそんな機械のようなやりとりをして、私は再び玄関の扉を開けた。


 「おい、もう行くのか? まだ雨なんでねぇだろ。」

 「・・・・・・。」

 肌に刺すような雨が降りしきる中、私は依頼書に記された場所へと向かう。



 「おい・・・。ったく、生きてんのか死んでんのかわかんねぇ奴だな。」

 「構うなよ。まともに話が通じるような奴じゃない。ありゃ完全にイカレてるよ。」

 「あぁ。1年前に突然やってきて、ボロボロの剣で淡々と依頼を遂行して首を持ってくる。付いたあだ名が、亡くした首を探す”亡霊”だ。」




 

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