相愛
―2023年6月
この日、ごく普通でありふれた、私にとっては特別な日常は非日常的な形で終わりを告げた。
突然訪れた莉里の死とともに私たちの前に現れた正体不明の白ローブは、よくわからない言葉を並べて私たちを異世界へと誘った。私もやっと手に入れた幸せを手放したくなくて、桜と恵とともに白ローブの提案に乗った。
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―アインス中央監獄の塀沿いの道
「振り返るな! 真っ直ぐ走れ!」
突然現れた闘簫天と名乗る堕天使。私は桜に気絶した恵を背負わせて逃げるように言った。
さっきから恵の様子も桜の様子もおかしい。情緒が不安定で気が動転していてまるで話が通じなかった。とはいえ、かくいう私もさっきから思考がまとまらなくて落ち着かない。
「ははっ! 珍しいな。この笛の音聞いてもまだ冷静でいられるか。」
「あぁ・・・、だいぶ無理してるけどな。」
正直言って私だって恐い。でも、ここで私が冷静さを欠くわけにはいかない。
私は疼く思考を必死に抑えて最善の方法を考えようとした。
私の後には恵と桜がいる。2人だけは何としても逃がす。
「ははは、そうか。ならすぐに楽にしてやるよっ!」
闘簫天は地面を蹴って瞬間的に私の眼前で大剣を振り上げた。
「死んでも2人の所には行かせない・・・!」
私はできる限りの力で引き金を引いた。轟音と爆風とともに闘簫天の体が爆ぜ、土煙が上がる。私は一瞬でも闘簫天の動きが封じられたことを確認して桜の後を追った。
守るんだ、私の親友を。
+++
―ツヴァルスフィア 森の中の屋敷
奉燐天は闘簫天と比べて武器を持っているわけでもなく、戦闘狂というわけでもなさそうだ。桜の機転で操られていた村人を無力化した上、弱点の見当もついている。
「桜、恵!! あの蝋燭を狙って!」
状況は3対1、勝機は見えた。この時確かに私は気が緩んでしまった。
「ふふ・・・、甘いですわ。」
辺りは奉燐天が放った炎で包まれた。次の瞬間、私の目の前にあったのは奉燐天が持つ燭台とそこに刺さった1本の蝋燭だった。
・・・なんだこれ。何も見えないし聞こえない・・・・・・。
あれ? 私は何をしていたんだっけ?
寝起きのようなふわふわとした感覚。何もない真っ暗な空間で夢を見ているような気分だ。
「さぁ、あの2人を撃ちなさい。」
目の前に誰かが現れた。
「誰・・・?」
「私はあなたの最愛の者ですわ。」
「私の・・・愛する・・・・・・?」
「ええ。ですから、私のお願いを聞いてくれる?」
「・・・はい。」
誰だろう・・・。何も感じない空間で何故かこの人の姿と声だけをはっきり認識できる。
「あそこの2人を殺して頂戴。」
その人が指さす先には2人の人間のシルエットが見える。
見覚えのあるような・・・・・・・。でも思い出せない。今はこの目の前にいる人に従うしかない。
私はゆっくりと右手の人差し指をシルエットに向かって立てた。
―・・・か、・・・・・・‥りか・・・!
シルエットは何かを言っている。でも内容までは分からない。
私は隣にいる人の声に従いつつづけた。
―・・・・・・・・・・。
シルエットも私に向かって何か言い続けていた。それを聞いていたらなんとなく安心するような気がした。どこか懐かしいような・・・。
誰だっけ・・・・・・。・・・ん!?
ぼーっとそうしていたら突然体に電流のような衝撃が走った。比喩ではなく物理的に、頭の先から足先まで迸った。
そのせいか、さっきまでよりもシルエットの声がはっきりと聞こえた。
―・・・か。・・・・・・桐香!
「・・・きりか?」
それは何度も聞いたことのある単語だった。そう思うと頭の中の霧が晴れるようにすぅーっと記憶がフラッシュバックしてきた。
そうだ。私の人生は酷い人生だった。でもあるときからすごく幸せだった気がする。確か誰かに救われたんだ。駅で1人の少女と出会って私は・・・・・・・。
『桐香、また会いましょう。』
ふとある情景が鮮明に脳裏に浮かんだ。
どうして忘れていたのだろう? 絶対に忘れてはいけない人がいたのに・・・!
「・・・・・・、・・・めぐ、み・・・。」
気がつくと私の目の前には傷だらけでぼろぼろと涙を流す恵の姿があった。
奉燐天の力とは言え、こんなことで恵のことを忘れていたなんて・・・。
私は後悔とともに改めて己を戒めた。
こんなことはもう二度と・・・・・・。
+++
―ツヴァルスフィア 地下通路
「桜、無事!?」
井戸のような穴に落ちた先で見つけたもう一つの通路と少し広い小部屋。6体の人形とともに現れた戯縫天は無邪気に笑いながら私たちに攻撃を仕掛け、内1体の人形が桜を部屋の外へと殴り飛ばした。
「う、うん! こっちは大丈夫だから、2人はそっちに集中して!」
「桜・・・。」
幸い桜は無事のようだ。でも強そうな人形と1対1、できるだけ早く加勢しないと・・・。
「恵、なるべく早く桜と合流しよう。」
「うん。分かってる。」
さっき桜が5体中3体の動きを封じてくれたから、そいつらに関してはこっちから近づかない限り脅威にはならない。なにより体力を温存することができている。
「まずはあの無傷の牛と羊の人形からなんとかする。戯縫天の本体が何なのかが分からない以上、迂闊仕掛けるより、戦力を少しでも削ぐべきだ。」
「おっけー、じゃあ私は牛の方!」
「了解。それじゃ行くよ。」
「うん!」
私は恵に合図を送って銃を構えた。私たち2人なら無理に接近する必要はない。戯縫天を視界の端に捉えたまま、まずはあの万全な2体の人形を壊す。
「榴弾!」
「火!」
爆風とともに羊の体は宙を舞い、牛の体には煌々と燃える炎が巻き付いた。どちらもそれなりに体力は消費するけど、ほぼ確実に1撃で仕留められる。
「おお~、やるね~。」
一撃で2体をほぼ行動不能にしたにもかかわらず、戯縫天は余裕そうに手を叩いてそんな軽口を叩いている。
「次はお前だ。」
「どうかな?」
不遜な態度の戯縫天に照準を合わせると、戯縫天はにやりと笑った。
「みんなー? まだ終わりじゃないよねー!?」
「・・・!?」
そう戯縫天が声を掛けると、ぼろぼろだったはずの人形が再び体を持ち上げた。
「なんで!? さっきまで動けなかったじゃん!」
「っ・・・、人形動かすって無理矢理もできるのかよ・・・・・・・。」
3体は桜が片足を切断してくれたから物理的に自立できないはずだけど、、四つん這いでよろよろと起き上がり始めた。他に牛は体が燃えたまま直立し、羊は体中から綿を溢しながらじりじりと迫ってくる。
「・・・でも、そんなよろよろじゃまともに闘えないだろ。そんなのに今更・・・。」
「はははは! いいねぇ、じゃあこういうのはどう!?」
人形は無言だが戯縫天の声に呼応するように燃え盛る牛に飛びかかった。
「何して・・・?」
当然人形は全て引火した。かと思えば、その状態のまま私たちの方に振り返り、一斉に走りだした。
「こいつら・・・、恵、一旦時間を稼いでくれ!」
「え、うん! 壁!」
恵は透明な壁を張り、一時的に人形の進行を止めた。
燃える人形はそのままガンガンと壁に体を打ちつけている。見た感じさっきより遅いし、攻撃性能も低そうだけど、燃える2~3mの動く物体ってだけでも十分厄介だ。
「どうする・・・。」
さっきまでの火力を連発すれば肝心の戯縫天と闘う体力がなくなってしまう。でもちまちまやっても結果として体力を浪費することになるし、そうでなくても炎の熱で今も体力を奪われている。
「桐香! そろそろ壁保たないかも・・・。」
時間もないか・・・。
「・・・恵、壁が消えたら戯縫天に向かって突風出せないか? 同時に私が突っ込んで戯縫天を仕留める。今はアイツの周りに人形がいないから接近戦に持ち込めるはずだ。」
「でもそれだと・・・。」
「うん。恵が一時的に1対5になっちゃうけど、そしたらすぐに精一杯の強度の壁張って。その間に私が絶対なんとかするから・・・。」
「そうじゃなくて! この作戦、外に出た桐香の方が危ないじゃん!!」
恵は私の話を遮って私の目を見つめた。
「そこは、なんとかする。・・・でも、もし人形が恵を無視して加勢してくるようならその時は恵も手伝ってよ。」
私は恵を安心させようとぎこちなくても笑顔を作った。
「桐香・・・・・・。」
「よし! 行こう!」
私はそう言って恵の肩を叩いた。
恵を守れるなら私は喜んで地獄に行く。
勝負は一瞬。できるだけ早く本体を見極めて仕留める・・・!
「あ、壁壊れる!!」
「恵、お願い!」
「すぅ・・・、突風!!」
壁の消失とともになだれ込む人形を押しのけて風の道ができる。私はその風に乗るように走り、一瞬で戯縫天に肉迫する。流石に予想外だったのか、戯縫天は目を丸くし、体を仰け反った。
本体は何だ。頭に乗せた小さなハットか? 衣服か? それに付いたでかい針とかリボンとかの装飾品か?
とにかく数撃って確かめるしかない。
「機関・・・。」
私はとにかく弾幕を張ろうと引き金に指を掛けたとき、戯縫天は不意に口角を上げた。
直後、それは私の目の前から消えた。
いや、戯縫天は跳躍し、気づいた頃には恵の頭上にいた。
「・・・・・・恵っ!!」
まるで目で追えないような、闘簫天にも匹敵する速度。後ろを振り返ったときにはもう私に打てる手はなかった。
「まっt・・・・・・。」
スッと、戯縫天は驚いて硬直した恵の額に腰に掛けていた異常に細長い裁縫針を突き刺した。
「何・・・を・・・・・・?」
しかし、深々と貫通しているにもかかわらず、一切の血が出ていない。
「そーれっ!」
そして戯縫天は唖然とする私と恵をよそに、逆側から針を引き抜いた。そこには本来あるはずのない糸のようなものが飛び出て見えた。
「はい! これで君も僕のお友達!」
「え・・・・・・。」
恵は困惑した表情で私を見た。
と同時に、恵の体が突然ぼこぼこと腫れ上がり、肥大していく。
「??? 何? 何が起きてる??」
私は理解できなかった。でも、取り返しの付かないことになったのだと本能的に悟った。
「恵・・・。」
「桐香・・・、助けて・・・・・・。」
「・・・恵!!」
恵は涙を流しながら悲痛な声を絞るように出した。私ははっとして手を伸ばしたけど、もう手遅れだった。
「いや・・・、いやああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
恵の体はもう原形をとどめていなかった。ぼこぼこと膨れ上がり、そこにいたのは2mほどあるブロンドの髪の人形だった。
「恵・・・・・・・。」
理解が追いつかない。これが、今目の前にいる人形が恵・・・?
私は訳の分からぬままとにかく恵から戯縫天を離そうと銃を構えた。それを遮るように1対の人形が戯縫天の前に出る。
「どけっ・・・・・・。」
私はその人形ごと力任せに吹き飛ばそうと引き金を引こうとして止まった。
今、戯縫天の針に刺された恵が人形になった。そしてその時、戯縫天は恵のことを’友達’と言った。そう、戯縫天は全ての人形を’友達’と呼んでいた。なら、ここに居る人形も森にいたのも、穴の下に挟まっていたのも全て・・・
「消えた村の子供達・・・?」
私はその可能性がよぎった瞬間、引き金を引く指が金縛りのように固まった。
「あれ~? 撃たないの? さっきみたいにさぁ、飛ばして、燃やして、僕のお友達を派手に壊さないの~?」
「・・・黙れ。」
戯縫天は煽るようにケタケタ笑っている。
可能性じゃない、確定だ。戯縫天はこうなることを狙って敢えて人形の正体を言わなかったのか。私と恵を確実に殺すために、追い詰めるために・・・。
つまり戯縫天の力は人形を操る力ではなく、人間を人形に変える力・・・・・・・。
「ねぇ、どうしたの? ほら、撃ってよ!」
「・・・っ黙れって言ってんだろっ!!」
「・・・えぇ、恐~い。桐香お姉ちゃん恐いよぉ。」
戯縫天は相変わらず苛つく口調と動作で煽ってくる。
「へへ。恐いから守ってよぉ、恵お姉ちゃん。」
「は・・・・・・?」
そう戯縫天がぐしゃりと笑うと、恵の人形は私に向かって歩き出した。
「恵・・・、冗談だろ? 恵! 分かるだろ、桐香だよ!!」
「・・・き、り・・・・・・・。」
「! そうだ! 桐香だ! やっぱりわかっt・・・・・・。」
一瞬ほっとしかけた私に現実を突きつけるように恵は私の腹を殴った。
「!? けほっ・・・。ははっ、そうだよね。この前屋敷で私、恵のこと殴ったもんね。ごめん。できればこれでチャラってことにならないかな・・・・・・。」
なんとか、と私は恵のもとに歩みよるも今度は払うように横っ腹を蹴られた。
「・・・ごめんて。そんな怒んないでよ。今度何か買って・・・、げふっ!」
その後も恵は私を殴り飛ばしては距離を詰めて何度も殴った。
「はぁ、はぁ・・・、ねぇ、流石に痛いんだけど・・・・・・・。」
どうすれば良い・・・? どうすれば恵を元に戻せる? 何か方法は・・・。
「・・・・・・戯縫天。」
私は少し思案して、戯縫天の方をちらっと見た。
「戯縫天・・・。頼む、恵を元に戻してくれ。なんだってするから・・・・。」
私はその場に跪き、土下座した。方法も代償も何だって良い。恵がまたもとの恵に戻れるなら命もプライドもいらない。
「・・・・・・・。」
戯縫天は急に表情を無くし、私は額を地面に押しつけて懇願した。
「お願いだ。私には何をしても良い。私を殺したいならそうしてくれ。だから、恵を元に戻してくれ・・・・!」
「・・・ぷっ、はははははは! すごいね! いくらなんでもそこまでできないよ!」
戯縫天は驚いているかと思えば、今度は腹を抱えて笑い出した。
「でも残念。僕のお友達になった人間は神でも元には戻せない。だって、その人間は僕のこれが体を通った時点で死んでるんだもん。」
「・・・・・・は・・・?」
戯縫天は例の異常に大きな裁縫針をくるくると指で回しながら言った。
「僕の権能をこの世の人を人形に変える力って勘違いしてるなら教えてあげるよ。僕の権能はねぇ、人間を人形に”転生”させる力だよ。ふふっ、僕の本来の役割は断罪。下界の秩序を乱した人間の魂を輪廻の理から脱して、自動不可能な人形に閉じ込めること。例え僕が消えたって、人形の中の魂が天上に解放されるだけで、元の人間には戻らないんだよ!!」
「なんだよ、それ・・・・。」
「それにさぁ、せっかく面白くなってきたところなのに投了とかつまんないことやめてよ。あ~あ、ここからが本番だったのになぁ。」
戯縫天は首を横に振って、やれやれと大げさなジェスチャーをした。
「・・・そんなわけないだろ、奉燐天の時だって私は恵に正気に戻してもらったんだ。今回だって、きっと・・・・‥。」
「はぁ、あんな人の感情にしか触れない下位天使と一緒にしないでよ。もう無理なものは無理だから、桐香お姉ちゃんも楽になるよいいよ。あ、せっかくだから恵お姉ちゃんに連れて行ってもらった方が良いか。」
「待っt・・・。」
私が呆然と戯縫天の方に1歩踏み出したとき、また恵に背中を殴られた。
「恵・・・。」
飛ばされた先で膝を突いたまま顔を上げると、恵がゆっくり私の方に歩いてくる。
「なぁ・・・、本当にもう恵じゃないのか・・・?」
戯縫天の言うとおり、これが恵じゃなのならもう話は通じないだろう。周りの人形も同じく、私が今更何をしたって救うことはできない死人。だったらこのまま蹂躙され続けるより、この銃で壊してしまった方が・・・・・・。
でも、私には引き金を引く勇気が無かった。
どうしたってあの頃の、暗い奈落にいた私に手を差し伸べてくれて、遊んでくれて、私の隣で笑っていた恵の顔が頭をよぎる。
「っ・・・・・・・。」
私は銃を構えたまま固まった。
この引き金を引いてしまえばもう二度と恵には・・・・・・。
「ぅ・・・、ぁぁぁああああ!!」
私は酷く混乱して目を瞑ったまま出鱈目に右手の指を曲げた。弾丸は出なかった。乾いた発砲音だけが響き、私は恵に壁際まで殴り飛ばされた。
「はぁ・・・。もういっそこのまま恵と2人で・・・・・・。」
私は考えることも苦痛になって、逃げるように瞼を閉じた。
―
「ねぇ、桐香!」
ふと、脳裏に走馬灯のように恵の顔が浮かんだ。
「桐香、あの日助けてくれてありがとうね!」
何言ってるんだよ。私だってもう何度も恵に助けられてきた。ありがとうはこっちの台詞だろ。
「私、桐香に出会えてよかった。私も桐香みたいにかっこよくなりたいって思えるようになれたから。」
私も恵みたいに人を導けるような人になりたかった。
「高校卒業したらみんなバラバラになっちゃうかもだけど、大人になったらきっと私は桐香よりもかっっこいい大人になってるから、私のこと忘れないでよ!」
当たり前だ。私が恵を忘れるなんてあり得ない。
「だから、桐香も格好いい警察官になってよ!!」
「・・・あぁ、そうだな。」
―
もはやいつしたかも分からないような会話が瞼の裏に浮かんだ。夕日が沈む見慣れた水平線を眺めながら、恵はそんなこと言ったっけ。
「恵・・・。」
静かに目を開けると恵の人形は私の目の前にいた。
「やっぱりダメだよね。せっかく恵は私のことかっこいいなんて言ってくれたのに。これじゃあ合わせる顔が無い。」
私はもう一度抱きかかえるように銃を持った。
「恵にはもう届かないかもしれないけど、言わせて。別れの言葉の一つも無いなんて悲しすぎるからさ・・・。」
私は壁に手を突きながらゆっくりと腰を上げて恵の前に立った。
「恵、直接言うのは気恥ずかしかったから言わなかったけど、やっぱりこういうのって言わなかったら言わなかったで後悔するものだね。」
思えば私はずっと素直になれなかった。変にかっこつけてばっかで、いつも本音を恵に言うこともないままだった。
「あの日、私と恵が駅で初めて会った日の次の日、恵が教室で声を掛けてくれたことすごく嬉しかったんだ。まだ私を気にかけてくれる人がいるんだって。それなのに、私もまだ子供だったからさ、色々酷いこととか言ってごめん。」
きっと恵には届かないだろう。でも私はどうしても伝えたかった。
「でも、私は恵のおかげで変われたよ。桜と莉里とも仲良くなれて、モノクロだった私の世界は恵のおかげで綺麗に彩られたんだ。恵がいたから、私は幸せで・・・。」
そう言い終える前に自然と涙が頬を伝う。恵の顔を思い出すほどに声が震えてまともに言葉が出なくなってきた。
「・・・ごめん。もう耐えられない。から、最後にこれだけ‥‥‥。」
私は袖で涙を拭って真っ直ぐ恵を見た。
「私に話しかけてくれてありがとう。私の手を取ってくれてありがとう。私と一緒にお昼食べてくれてありがとう。私と友達になってくれてありがとう・・・。」
私は最後に少し息を吸った。
「恵・・・、私はあなたのことが好きでした・・・・・・・!」
恐くて決して口に出すことができなかった一言。なのに今となっては直接伝えなかったことが狂ってしまいそうなほど悔しい。
私は無理矢理口角を上げて改めて銃を構えた。
「・・・じゃあ、さようなら。また会おうね、恵!」
私は覚悟を決めて、今度はしっかりと引き金を引いた。
目の前で一閃の光が瞬くとともに、恵の人形は跡形も無く消し飛んだ。
「あ・・・、なんだ~。結局壊しちゃうんだ。」
戯縫天は相変わらず遠くで傍観している。
私はどうにかなりそうな思考を必死に抑えて深く息を吐いた。
「次はお前だ、戯縫天!!」
「ふふっ。そうはいかないよ。」
私は自らの体を鼓舞して戯縫天に向かって疾走した。遮るように立ち塞がる燃える人形を躊躇無く撃ち払って戯縫天との距離を詰める。
「・・・死ねっ!」
「すごいねぇ・・・。でも僕の今日の最低目標は達成したし、恵お姉ちゃんもいなくなったから、ここでさよならするよ。」
当の戯縫天は闘う気などさらさらないように手を振って暗闇に消えていく。
「待てっ!! お前だけは許さない!!!!」
私は周りの人形がボロボロになるまで撃ち続けて、戯縫天に手を伸ばした。
「しつこいなぁ。」
だが、あと少しというところで戯縫天がパチンと指を鳴らすと、廊下から壁を破ってキツネの人形が現れた。
「・・・! 穴の下にいた人形・・・・・・!」
「じゃあね~。また会おう、桐香お姉ちゃん♡」
「・・・くっ、逃がすか!! 榴弾!!」
現れたキツネは轟音と爆炎とともに灰燼と化す。
「はぁはぁ、待て、戯縫天・・・・・・!?」
私はそのまま走り出そうとしたけど、不意に足の力が抜けた。
「はぁ、ぜぇ・・・・・・、なんで・・・!?」
足が石のように重い。私の体力はもう限界だった。
「ばいばーい。」
「待て、待て! くそ・・・、動けよ私の身体っ!!」
どれほど叫んでもそれ以上私は戯縫天を追うことはできなかった。
「待てよ・・・、戯縫天!!!!!!」
戯縫天とともに部屋の明かりが消える。私の叫びは狭く暗い部屋に空しく谺した。
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「桐香! よかった無事で・・・、ってすごい傷!」
桜・・・。よかった、元気そうで。
「恵は? 戯縫天には、勝ったの?」
どう伝えるべきだろうか・・・。桜がここに来たと言うことはあの人形を倒してきたのだろう。たった一人で、本当にすごい。
「・・・・・・桜。」
私にはもうまともに何かを考えることができる余力は残っていなかった。
「・・・ごめん。戯縫天、逃がしちゃった・・・・・・。」
「え!? 逃げたの? 意外だなぁ・・・。」
人形のことは言わない方が良いだろう。桜のことだ、きっと罪悪感に駆られてしまう。
「それで、恵は?」
「恵は・・・・・・。」
こんなことを口にするのは死ぬほど嫌だった。でも、言わないと。
「恵は・・・、恵は、死んだよ・・・・・・。」
「・・・え・・・・・・・。」
実際に顔は合わせていない。でも桜が呆然として言葉を失ったことは分かった。
予想通りの反応。それでも伝えないわけにはいかなかった。
もう後には退けない。
絶対にこの先桜だけは死なせない。死んでも私が守らなくちゃいけない・・・。
お読み頂き、ありがとうございます。
この話で回想は終わり、次回からまた桜視点の本編に戻ります。
次回は11/3投稿予定です。
お楽しみに。




