崩壊
―約1ヶ月前、ツヴァルスフィアの森の中
「・・・・・・何の用ですの?」
廃墟と化した古い屋敷の一室で、奉燐天は頬杖をつきながら音もなく現れた来客に声をかけた。
「やあ、久しぶりだね。奉燐天。」
明るく挨拶しながら部屋に入ってきたのは、小さな黒い翼と頭上に歪な黒い環を浮かばせた戯縫天であった。
「私たちはお互いに干渉しない約束でしたわよね? 何をしに来たのかしら。」
「冷たいな~、久しぶりに会ったんだから少しぐらいお話ししようよ~。」
「はぁ・・・、興味ありませんわ。用がないなら帰ってもらえる?」
奉燐天は面倒くさそうに戯縫天を手払いする。
「はいはい。わかったよ。」
一方で、戯縫天は残念そうに腰に手を当てて頷いた。
「じゃあ本題だけど、つい最近アインスで闘簫天の存在が抹消されたことは知ってるよね?」
「ええ、なんとなく察していますわ。ようやく上の方々が動き始めたということなのでしょう?」
「おお、話が早いね。さすが奉燐天!」
戯縫天はパチンと指を鳴らし、さらに続ける。
「それで、僕は統括天から伝言を預かってきたんだよ。」
「伝言?」
「そう。厄介なその天上の手先をやっつけるために僕と君で協力して欲しいって。」
「協力ですって? 何故私とあなたが行動を共にしなければないんですの? 手先と言っても人間なら単独でも問題ありませんこと?」
「でも、現に闘簫天が負けてるんだよ? 協力には僕も賛成だな。」
「・・・・・・なら、それなら最初から伝言なんて回りくどい真似しないで、直接命令をなさったらどうですの?」
「やぁ~、地上に降りた時点で上での位階なんて関係なくなってるの分かってるでしょ? ねぇ、お願い。それに僕らにやって欲しいのは3人いる手先の内、1人でも殺せれば満足だって統括天も言ってたよ。」
「は? 私たちで1人でも殺せれば満足だなんて、闘簫天がやられたからって傲慢が過ぎるんじゃありませんの?」
「それは僕に言われても困るなぁ。」
静かに憤慨した奉燐天は席を立ち、部屋の蝋燭に火を付けた。
「もう良いですわ。その手先とやらは今どこにいますの? 私が直々に引導を渡して差し上げますわ。」
「待って待って。そんなに慌てなくてもそのうちあっちから僕らの所に来るはずだから。それに、ほら! 協力!」
「っ・・・。いちいち面倒ですわね。・・・・・・それで、どうするのですか? まさか連携しながら闘えなんて言いませんわよね。」
「まあまあ、あんまり言うとそろそろ僕の心も傷ついちゃうよ?」
「・・・・・・・。」
「作戦は簡単だよ。僕と君の権能で交代しながらゆっくり手先の体力と精神を削るんだ。特に後者は上の祝福でも鍛えられないし、人間である以上、最大の弱点だからね。」
戯縫天はくるくると指を回すような仕草をしながら話した。
「交代で、ですか・・・。まあ仕方ありませんわね。不本意ですが、従いましょう。」
「うん、ありがとう! それじゃあ、よろしくね!」
戯縫天はそう言い残し、暗闇に溶けるように部屋を後にした。
+++
―現在、ツヴァルスフィア地方の森の地下
戯縫天を含む複数の傀儡と桐香、恵は部屋の中で、ウルサスを模した2対の腕を持つ巨大な人形と桜は部屋の外にある地下通路で対峙していた。
「はぁ、はぁ・・・。」
一旦距離を取り、追いかけてくるウルサス人形が部屋の中に戻らないように誘導しながら通路を走っていた。
「さて、ここからどう闘うか・・・・・・・。」
ある程度部屋から離れ、ウルサス人形に戻る気配がないことを確かめてから私は振り返った。
さっき少し仕掛けてみたけど、やはり他の人形と違っていて簡単に刃が通らない。どうすれば攻撃が通るのか・・・と考えているとふとある違和感に気づいた。
「・・・ん? 近づいてこない?」
振り返ったあと、真っ直ぐ飛びついてくるかと思ってけど、意外にもそれはじっと私を睨み付けたまま通路の真ん中で仁王立ちしている。
「何かを待ってる・・・? いや、それとも逆に私が部屋に戻らないようにしてる・・・・・・・?」
確かに状況的にはあっちの方が厳しいかもしれないけど、ならなぜこの一番強そうな奴を私にぶつけたのだろうか。
考えても分からない・・・。でも、なんか嫌な予感がする。
「距離を取ったのが裏目に出た・・・、はやく倒して戻らないと!」
私はウルサス人形に向かって踏み出し、刀を抜いた。
一方のウルサス人形も私とほぼ同時に激しい水飛沫を上げながら跳躍する。
「ふっ・・・・・・!」
飛び上がった勢いそのままに私に向かって振り下ろされる拳を掻い潜り背面をとる。
他の人形に比べれば相当強いけど、闘簫天みたいに目で追えない速度ってわけじゃない。それに拳が多少化するくらいなら、中が綿だからたいしたダメージはない。
問題になるのはあの布地だ。あいつの布地は普通のフェルト状の生地ではなく、堅くて厚いレザー生地のようで簡単に斬ることができない。実際、さっきはそれでカウンターを食らってしまった。
「・・・っりゃ!」
踏み込みすぎず、動きが大げさにならないように注意しながら刀を払う。しかし、やはり多少の切り傷を付けることができても有効なダメージは与えられない。
「何か・・・、なにか工夫しないと・・・!」
私はバーリングで読み漁った剣術の本に書いてあったことを思い返しながら再度ウルサス人形に接近した。
そもそも剣道とか居合とかの予備知識なんて全くないし、ただの付け焼き刃だけど無いよりは幾分かましだろう。
「やああぁぁぁ!!」
私が正面から刀を構えれば、当然ウルサス人形も防御姿勢を取る。ただ、腕が4本もあるだけに防御しながら攻撃してくるのが厄介極まりない。1振り入れたら、すぐに降りかかる拳を捌き、隙を見て背面に・・・・、これが理想だけど流石に手数が足りない。
「もう・・・・・・、こんなのどうやって・・・!」
実際は足下が濡れているし滑るし、こっちが捌きに入るとウルサス人形はすかさず4本の腕で襲ってくる。体勢を崩してしまう前に後退して距離を取るのが関の山だった。
「はぁはぁはぁ・・・、疲れる・・・・・・。」
接近して打ち合い、すぐに離脱する。それを走りながら何度も繰り返しているうちにだいぶ息が切れてきてしまった。それなのに人形は相変わらず平気な顔をして腕を構えている。
「理不尽だ・・・・・・。」
本音を言えば一旦休憩して息を整えたい。でも、そうしている間に中で戯縫天と闘っている2人が怪我するかもしれない。私たちの分断が目的ならウルサス人形は休憩する私を襲ってくることはないだろうけど、それこそ戯縫天の思うつぼだ。
「助けは来ない・・・、なんとか私1人で考えないと・・・・・・・。」
考えれば考えるほど思考が絡まって、正解が分からなくなる。
こんな時、桐香なら冷静に状況に合わせて行動できたかな。
恵だったら別な方法であの人形の動きを止められたかもしれない。
今の私にできることは刀を振るうことくらいしか・・・・・・。
・・・いや、確かに一つだけ別の方法はある。でもこんなのが成功するかどうかなんて・・・。
「考えてる余裕なんて無い。やるしかない・・・!」
まだ闘簫天と闘ったすぐの頃、傷も癒えきってないときにルカさんの家で見つけた1冊の本。じっくり呼んだわけでもないし、もちろん実践したことも無いけど、その本にはバーリングで読んでいた物とは違って一昔前に実際に戦場で使われていたらしい軍用式剣術というものが記されていた。
1対1の状況、相手が槍や薙刀のようなリーチが長く、重量のある武器を使用していた際に用いられる武術。
「ふぅ・・・・・・。」
まさに今の状況にぴったりだ。そもそも役に立つか分からないし、障りの部分だけパラパラめくっただけの付け焼き刃にもならないようなものだけど、今はこれしかない。
私は意を決して深く息を吐き、1歩踏み出した。
ウルサス人形はそれに呼応するように激しく前進し、私に右上腕を振り上げた。
「・・・来た!」
私は間合いに入るギリギリで止まり、刀を身に寄せて小さく構える。
「確か・・・、刀身を体に引き寄せて、相手の攻撃を鍔に近い部分で受けることを意識する・・・。」
私は本で見た内容を復唱しながらウルサス人形動きをじっと見た。
当の人形はそんのことは全く意に介さずそのまま腕を振り下ろす。
「・・・そして、直撃をぎりぎりで避けて、力の流れとは垂直に刃を入れる!」
真っ直ぐに降りてきたウルサスの人形の腕を避け、続いて私を薙ぎ払うように振るわれた腕の手首に対して、上段から刀を叩き付けるように受け止めた。
「・・・受けたら、刀身を引っかけて、相手の力を利用しながら思い切り体重をかけて下に押し込む!!」
私はそのまま全身の力をフルで使ってウルサス人形の腕を地面に叩き付けた。
「・・・・・・・。」
ダンッ!という鈍い音とともに人形は膝から崩れ、完全に体勢を崩した。
この剣術・・・というより武術の本懐は武器の破壊。自分より優れた武器を使用不能にして優位性を奪うこと。弱点はこちらから仕掛けづらいこと、少しでもタイミングがずれれば致命傷になりかねないことだけど、この人形には駆け引きをする知性も無く、動きも単純だったおかげでなんとかうまくいった。
ただ、それでもウルサス人形は下の2本の腕で体を支え、残った左上腕で私の頭に掴みかかろうとした。
「ここからは・・・・・・・、応用!」
ある程度は予測していた。人形に痛覚や苦痛は無く、体が少しでも動く限り戯縫天の命令に従って私を殺しに来る。だから私はすぐに押さえつけていた右上腕を足で踏みつけて迫る掌に刀を突き立てた。
人形の怪力で刀身が突き刺さっているにもかかわらず、その左腕を止めることは無く、鍔まで突き刺さったところでなんとか必死に受け止めた。
体勢の悪い人形と全力の私で力はほぼ互角。
「・・・これを待ってた!」
ほんの数秒前にウルサス人形の体勢を崩したときに次はどう動いてくるかを考えながら咄嗟に思いついたこと。
今までの剣術じゃこの人形の生地を裁ち斬ることはできない。・・・なら、内側からならどうだろう?
力が拮抗し、一瞬両者の動きが止まった瞬間に私は思いきり腕に深く突き刺さった刀を無理矢理振り払った。
「っ裂けろぉぉぉぉぉ!!」
傷さえできてしまえばあとは力一杯引き抜くだけ。
ビリビリと音を立てながらウルサス人形の左上腕には裂け目が広がり、中から大量の綿が飛び出し視界を白く染めた。
「まずは、1本っ!」
まずは1本、確実に戦力は削いだ。
私は再び、距離を取って少しウルサス人形の様子を観察した。
人形だから当たり前だけど、ウルサス人形は腕を1本失ったにもかかららず表情一つ変えずすっと立ち上がった。
「まあ・・・、だよね。」
でも、それでもいい。知性の無い人形が次に起こす行動は・・・・・・。
私はもう一度刀を構え、ウルサス人形との距離を詰めた。
ウルサス人形も予想通り、返り討ちとばかりに2本の右腕を振りかぶろうとした。
人形に痛みも思考も無い。ただ命中率が高く、より私にダメージを与える選択を取ろうとする。だからこそ残った2本の腕を後ろに引いて構えた。左上腕が無いことで左右のバランスが崩壊していることを考えずに。
「・・・・・・!」
右腕を引いた勢いそのままにウルサス人形は仰け反るようにバランスを崩し、もはや攻撃どころでは無い。まして骨も筋肉も無いのだから人形を自立させてバランスを取るには左右の重量バランスしか無い。それが崩れるなら、腕1本でも人形にとっては致命傷になる。
「やっぱり・・・!」
必死に左腕を振り、転倒を避けようとしているけど、その姿は無防備そのもの。私はこの隙に軸足の右脚に向かって刀を抜いた。
「カブラル軍用式剣術・対武装兵士! 鎧に対して垂直に、払うのではなく叩き斬る!!」
鎧で武装した相手に剣で攻撃するなら鎧の隙間を狙うのが普通だけど、それができないなら剣を捨てる覚悟で鎧ごと叩き斬るしかないらしい。なんとも脳筋な剣術だけど、この国の軍隊は本当にそうしていたらしい。
でも幸い、私の刀は決して折れることは無いという保証が付いている・・・!
「とどめぇ!!!」
私はその通り、助走を付け、木こりが斧を振るように重心に向かって刀を振り上げた。
硬さと柔らかさを併せ持ったような構造の足でも、力の逃げ場が無いこの状況のおかげで木材のようにバッサリ斬れて残った体はドシンと背中から倒れ込んだ。
「まだ・・・、まだ油断しちゃダメ・・・・・・!」
私はそう自分に言い聞かせて、すかさず人形の首めがけて刀を上段に振り上げた。
どれほどのダメージを与えても、例え燃やしたとしても人形は動けるまで動き続ける。
「・・・ぅうらぁぁ!」
私がそのまま刀を振る下ろすと人形は仰向けのまま残った腕を交差させて受け止めた。ただそれはカウンターができる体勢でも、ずっと私の刀を受け続けられる力も無く、刃はそのまま両手首を斬り落として首を飛ばした。
「はぁ・・・、はぁ・・・・・・、これで流石に、いいよね・・・・・・。」
人形はまだ動いている。でも、これ以上何かができるわけでは無く、片足もないので立ち上がることも這うこともできない。
「戻らなきゃ・・・・・・、2人の助太刀に・・・。」
私は思い腰を上げてゆっくりと立ち上がった。ここからは部屋の状況はわからないけど、ウルサス人形が動いている以上まだ決着は付いていないはずだ。
「はぁ、はぁ・・・・・・・、ふぅ・・・。よし!」
私は呼吸を整え、急いで部屋に戻った。
+++
私がウルサス人形に飛ばされた壁の穴から部屋に戻ると、部屋の中はもと来たときのように薄暗く、小さなランタンが吊されているだけで、しんと静まりかえっていた。
「これは・・・・・・、桐香! 恵! どこ!?」
私は部屋の中に唯一あるランタンに向かって歩いた。戯縫天はおらず、まわりにはぐちゃぐちゃで原型をとどめていない人形がいくつも転がっているが、2人の姿が無い。
「ねぇ! 恵!? 桐香・・・・・・」
そうして部屋を壁伝いに歩いていると、壁にもたれかかるようにして足を伸ばして俯いて座っている桐香の姿が見えた。
「・・・! 桐香! よかった・・・、無事で・・・・・・。ってすごい傷!」
まるで人形のように力なく座り込む桐香の服は至る所がぼろぼろで、血を流し、顔には無数の痣があった。
「・・・・・・・。」
「恵は? 戯縫天には、勝ったの?」
「・・・・・・・桜。」
桐香は俯いたまま口を開いた。
「桜、ごめん・・・。戯縫天、逃がしちゃった・・・・・・。」
「え!? 逃げたの? 意外だなぁ・・・。」
あれだけ挑発しておいて逃げるとは。ニュアンスは違うけど、戯縫天も闘簫天みたいな純粋な戦闘狂かと思い込んでいた。
「それで、恵は?」
「・・・・・・・。」
辺りを見渡しても暗がりの中に恵の姿は見えない。
「恵はどこ?」
「・・・・・・・。」
私もそうだけど、とにかく桐香の怪我がひどい。恵だって傷ついているはずだ。
「ねぇ、きり・・・」
「恵は・・・・・・・。」
桐香は私と目を合わせることなく、絞り出すように声を発した。
「・・・・・・・・・・・・恵は、死んだよ。」
「・・・・・・え・・・?」
予想も理解のしようもない。ただ、この時私は何か大事な物が崩れる音が響いた気がした。
―第3章 完―
お読み頂き、ありがとうございます。
第3章完結です。27話からは第4章に入り、舞台も変わります。
ぜひご覧ください。
次回は7月14日投稿予定です。
よろしくお願いいたします。




