友達
ツヴァルスフィア地方の濃い霧に包まれた森の中、私たちは謎の人形を避けるために穴に飛び込んだ。
「う、うわぁぁぁっぁぁぁ!!!」
「ちょ、これ・・・死ぬ!?」
「受け身! 受け身とって!!」
私たちを囲むような気配に怖じ気づいた私たちは桐香から穴に飛び込み、かかっていた梯子を掴んだ。しかし、ぼろぼろに錆びていた梯子は私たち3人の重さに耐えきれず、私たちは穴の底まで真っ逆さまに落下していた。
「恵! なんかして!」
「なんかって何!?」
「・・・ていうか深くない!? これどこまで・・・、ぶっ!」
「げふっ・・・。」
「・・・うっ。」
明かり一つない暗闇の中、もはや落ちているのか浮いているのかよくわからなくなってきた頃、突然目の前に飛び込んできた白くて柔らかいものにぶつかった。
「・・・た、助かった?」
どうやら井戸の底は水でも地面でもなく、ふわふわの何かが詰まっているようだった。
「はぁ・・・、生きてる・・・・・・。」
とりあえず落下しても命があったことに安堵し、ふと横を見ると狭い通路が続いていることに気づいた。
「これって、もしかしてあの水路に続いてるんじゃない?」
「え? あ・・・、確かにそうかも。」
恵の魔法で再び2人の松明に火を灯してみると、確かに構造があのときと似ていて、真ん中の細い道に水が流れている。
「・・・まあ、ここなら追って来なさそうだし、進む?」
桐香はふわふわの何かから降りて、うっすら見える穴の入り口を見上げて言った。
「ちょっと待って、落ち着かせて・・・。」
松明を持って歩き出そうとした桐香に対して、恵は胸を押さえて、はぁ・・・、と深く息を吐いた。
「ところでこれ何? これのおかげで助かったんだけど・・・。」
恵は今私たちが乗っているものを手で撫でながら言った。
「さぁ・・・、なんだろ。」
私たちは桐香に続いて通路に降り、その助けてくれた何かを確認しようと松明で照らして、思わずぎょっとした。
「・・・! 人形・・・・・・。」
松明の火に照らされたそれは鼻が高く、腹部が頭の2倍ほどに膨らんだキツネのぬいぐるみだった。何のためにこんな大きなぬいぐるみが穴の底にあるのか分からないし、なによりここまでの森での経験から無意識に体が強張った。
「大丈夫、動く気配はない。」
桐香は警戒しながらもそのぬいぐるみのお腹をポンポンと叩いた。
どうやらこれは本物のぬいぐるみのようでピクリとも動かない。
「よかった~・・・、また追いかけ回されるのかと思った・・・。」
「ほんとだよ。こんなの心臓が持たない・・・。」
実際、ここまで猿の人形に攻撃されたり、穴を垂直落下したことよりも、びっくりだとか恐怖だとか、そういう精神的な負担の方がよほど大きい気がする。
「まだ安心はできないよ。消えた子供達を探すなら、子供を攫った奴と対峙することは避けられないだろうから。それにたぶんそいつがぬいぐるみを動かしてる張本人だろうし。」
「う・・・、まじかー・・・、でもしょうがないよね。」
「まあ、奉燐天みたいに人を盾にしてくるよりはましでしょ、こっちも遠慮なく攻撃できるし。あとは体力の浪費だけが懸念材料か・・・。」
桐香はこれからの作戦を立てるように話していた。
「すごいなぁ、桐香は。怖くないの?」
「いや、そりゃ怖いよ。さっきだって穴に飛び込むなんて選択、今考えたら、もっと他にあっただろって思うし。」
「あー、確かに・・・。あのときは少しびっくりしたかも。」
「ごめんごめん。ちょっと冷静じゃなかった。」
「いいよいいよ。私たちなんて頭真っ白で何も考えてなかったよ。ね、恵?」
「勝手に巻き込まないでもらえる? まあ、否定はしないけど。」
「確かに。恵、震えてたもんね。」
「な・・・! そ、それで言ったら私だって桐香の青白い顔を拝むことができたけど?」
「・・・恵が返してくるなんて。」
桐香は少し驚いたような悔しそうな表情を浮かべてそんなことを言った。
「はい。今はそこまでね。恵、落ち着いた?」
場が和むからそれはそれでいいけど、ここでいつもの調子で煽り合われても困るので、私はパンと手を叩いて場を収めようとした。
「うん。だいぶ心臓落ち着いてきた。」
「それじゃ、行こうか。子供の救出と堕天使の討伐!」
地面に座っていた恵は立ち上がり、桐香は服の埃を払いながら壁に立てかけていた松明を持ち上げた。
+++
相変わらずの明かり一つない通路。井戸のような穴から入った狭い道は屋敷の1階から入ったときよりもいっそうぼろぼろで、今にも壁が崩れ落ちそうなほどに傷だらけだった。
洞窟を歩いているようなその通路を道なりに歩いていると、突然、石造りの地下道の壁には似つかわしくないきれいな木製の扉が現れた。
「これはまた大仰な・・・。」
「探す手間が省けたのは良いけど、こんなにわかりやすくする?」
扉に何かが書かれているわけではないけど、明らかに取って付けたようなそれは、子供達を攫った犯人じゃないにしても、誰かが使用していることは明白だった。
「この扉といい、人形使って直接襲ってくることといい・・・、今回の奴は随分と挑発的だな。」
桐香は少し苛立ったように眉間にしわを寄せて扉を睨んだ。
「もしかして、あの穴に入ったのも誘導されてたり?」
「ん~・・・、そうだとしたら掌の上で転がされたみたいで腹立たしいけど、そんなこと考えてても仕方ないし、今度はこっちからぶっ飛ばしてやろう・・・!」
「うん! そして子供達もみんな取り戻してハッピーエンドに!」
「ここまで散々怖がらせてくれたお礼、たっぷりしてやるわ!」
私はそれぞれ気合いを入れて、すぅ・・・、と深呼吸する。
「それじゃあ、行くよ・・・!」
「出てこい! 犯人!!」
桐香が勢いよく扉を押し開け、恵は続いて杖と松明を構えて叫んだ。
・・・けど、意外にも中には誰もおらず、しんと静まりかえっていた。
「・・・・・・・留守?」
やや拍子抜けした私たちはゆっくりと中に入り、辺りを見渡した。
中は部屋、というより壁を適当に掘り抜いたような洞窟のようで、奥に行くほど天井が低くなっている。
入り口の近くの天井からは小さなランタンが一つだけ吊り下げられていて、その真下は明るいけど、部屋の隅の方はほとんど何も見えない。
「暗い・・・、明かりが一つあるだけでもましだけど。」
私たちは部屋の奥まで入り、どこかに隠れていたりしないか一応見て回った。
「これ、掘ったのかな? 結構広いけど。」
「1人だったら相当な力じゃない? 教室くらいあるよ?」
「屋敷の地下への入り口のところにあったピアノも重たかったし、やっぱりゴリラみたいな奴なんじゃ・・・。」
「えー・・・、それはやだな・・・・・・、って、うわっ!!」
「え!? 何!?」
部屋の中を適当にぐるぐる歩いていると、突然恵が大声を上げた。
「あ、いやごめん。これ・・・。」
「? これ・・・! うゎ・・・・・・。」
部屋の隅で恵が見つけたのは森の中で見たような大きな猿の人形だった。2mほどもあるそれは足を伸ばして座っており、動く気配はないけどやはりすごく不気味だ。
「ここに戻ってきたの・・・?」
「いや、ちょっと違うよ。目の傷がないし、歯も少し欠けてる。それにあの猿はあのとき確実に壊したはず。」
「堕天使みたいに再生した訳じゃないよね?」
「それは・・・ちょっと考えたくないけど、そうじゃないとしても、こう何体もいるのは嫌だな・・・。」
私たちはしばらく静かな暗い部屋でその猿を黙って眺めていた。
なんとなく、目を離したら動き出すんじゃないかと思って、その場を離れるのが躊躇われた。
「そこで何してるの?」
猿をじっと眺めていると、突然背後から子供の声がした。
「・・・! 誰!?」
私は驚いて、ビクッと肩を上げて反射的に振り向いた。
暗い部屋の入り口の方から響いた子供のような声に、消えた子供が出てきてくれたのかと期待したけど、それがランタンの下に現れると同時にその希望は無情にも消え去った。
「お外が楽しそうだったから見に行ったけど、もう中に来てたんだね。」
無邪気に微笑みながら現れたそれは、確かに子供の姿をしているが、背中から玩具のような小さな黒い翼があり、頭上には歪な形をした黒い輪っかが浮かんでいる。
「子供・・・、いや、堕天使だよね・・・・・・。」
さっきまでここに居るのはゴリラみたいなパワータイプでは、なんて話をしていたばかりなのに、目の前に現れたの身長120cmくらいの中性的な顔立ちの子供だ。まあ、特徴からして堕天使なのは間違いないと思うけど、正直、思っていた想像とあまりにかけ離れていることに困惑した。
「堕天使・・・。子供達はどこにやったの!?」
「子供達? ああ、みんな僕のお友達になったよ。毎日いっぱい遊べるから楽しいんだ!」
その堕天使は恵の声音とは裏腹に、遠足の話でもするかのように笑いながら答えた。
「だから僕嬉しいんだ。お姉ちゃん達とも遊べるから。もっと楽しくなるね!」
「遊ばないよ! あなた堕天使でしょ!? 私たちは君を倒して子供達を助けに来たんだよ!」
「あ、ごめんね忘れてた。初めまして。僕の天名は戯縫天、楽しいことが大好きな元天使だよ!」
「ちょっと! 私の話を聞きなさい!」
その戯縫天と名乗る堕天使は恵の話を無視するかのように自分の話を続け、全く悪気などないかのように明るく笑った。
「聞いてるよ。お姉ちゃん達は僕のこと消したいんでしょ? 分かってる。僕も本当はお姉ちゃん達を殺さないといけないんだよ。でも、僕はもっとお姉ちゃん達と遊びたいからゲームをしようよ!」
「は? 何言ってるの?」
戯縫天は一瞬くらい顔をしたかと思えば、すぐにいたずらをする子供のような無邪気な笑みを浮かべて、パンッと体の前で手を合わせた。
「ほらほら、みんな起きて! みんなで一緒に遊ぼう!」
戯縫天がそう部屋中に響くような声で何かに合図を送ると、真っ暗で見えなかった部屋の隅からズズズz・・・と何か大きなものを引き摺っているような音がし始める。
「ん~、ちょっと暗いかな・・・。これでどう?」
続いて戯縫天はランタンに手をかざした。すると途端にランタンの光が強くなり、部屋全体が明るく照らし出された。仕組みは分からないけど、おそらくそれも天使の力なのだろう。
「・・・・・・な! 他にもいたの!?」
部屋が明るく、見渡せるようになると同時、暗闇からさっき恵が発見した猿以外に猫や兎、馬と言った同じ感じのぬいぐるみが姿を現した。
それらは戯縫天の合図とともに立ち上がり、私たちを見下ろすように並んだ。
「・・・まあ、そりゃそうか。ここがあいつの本拠地ならこれくらい当然。」
「冷静に言ってる場合!?」
私たちはその6体の巨大な人形を前に武器を構えた。
相手は姿が子供とはいえ躊躇う余地はないことは奉燐天の時に嫌というほど学んだ。今度は最初から全力で、とにかく隙は与えちゃダメだ。
「ルールは簡単だよ。僕は君たちを全員殺したら勝ち。お姉ちゃん達は1人でも生き残って僕を消したら勝ち! それじゃ・・・、スタート!!」
楽しそうに声を張り上げる戯縫天が拳を突き上げると、人形立ちは一斉に私たちに向かってくる。
「相手は6体・・・、とにかく片っ端から吹っ飛ばす!」
「待って、桐香! 私が行くから2人はサポートして!」
私は銃を構えた桐香を制止して人形の中に飛び込んだ。
確かにこれを1発で倒すなら今まで通り恵が魔法で燃やすか桐香が火力で撃ち抜くのが速いけど、6体ともそれをしたのでは肝心の戯縫天と闘う体力がなくなってしまう。
だから私は走りながら刀を抜き、巨大な人形の足を狙った。
「私が足を斬って動けなくするから、2人はサポートお願い!」
「なるほど・・・、わかった! 任せて!」
私は振り返らずに一番手前の兎の足に向かって走った。
「まずは一体目・・・!」
私を叩き潰すように振り上げられた右腕に構わず私は左足を斬り裂く。中の綿が飛び散り、視界が一瞬白くなるとともにバランスを崩した兎は前屈みに倒れた。
「次っ!」
私はとにかく足を止めないように動き続けた。
ここに居る人形は力強いし、でかいし、顔怖いけど、闘簫天ほど強くはないし、奉燐天のように狡猾でもない。ここまで闘ってきた相手に比べればどうということはない。
私はここまで覚えてきた動きや練習してきたことを思い返しながら刀を振るった。
「2体目!」
私は兎のすぐ後ろにいた猿の背後に回り込み、滑り込みながら足首を斬り落とす。
森とは違って1人じゃない。冷静に、確実に攻撃すれば勝てない相手じゃない。
「次・・・!」
私が次の狙いを定めると、恵が周りに壁を作って他の人形が邪魔しようとするのを牽制してくれる。
集中できている。今は人形の動きがより緩慢に見えて、自分が行くべき道が分かるような感覚がある。
「次は、馬のやつ!」
私が正面から刀を構えると馬は長い片足を上げて私の頭を蹴り飛ばそうとする。
「銃撃。」
でもそれは桐香が捌いてくれる。
なんとなく意図が通じ合っている気がして自然と口角が上がった。
「やあぁぁぁぁ!」
私はそのまま軸足を斬り、馬は一瞬宙に浮いてから無抵抗に地面に落ちた。
「はぁ・・・、次っ!!」
少し疲れてきた。でもあと半分、これならすぐに戯縫天の所までいける。
「・・・次! 猫の・・・・・・」
4体目の猫の形をした人形を、と思った矢先、視界の右側に何か赤い大きなものが映った。
「・・・! うぐっ・・・・・・。」
「え!?」
「桜!」
気づけば私は地面に倒れていた。
「・・・何?」
「あっはっは! やったぁー、引っかかった!!」
訳が分からないまま顔を上げると腹を抱えてゲラゲラと笑う戯縫天とその手前に腕が2対もある赤いウルサスのような見た目をした一際大きな人形が見えた。
「すごいでしょ? 僕の最高傑作なんだ! 他の子達が斬れてもこの子はなかなかそう簡単にはいかないよ?」
戯縫天はそう言って得意げにウルサス人形の背中を叩いた。
「・・・でも、あと3体だけだよ。そんな余裕ぶってていいの?」
「ふっふっふ。甘いよ、お姉ちゃん。ここからは僕の作戦開始! 君はあの刀のお姉ちゃん、他のみんなは後ろの2人を狙って!」
戯縫天は軍配を上げるような仕草で左腕を付きだすとウルサス人形は私の方へ、他の無傷の2体と足を切り落とされた3体は体を引き摺りながら恵と桐香の方に向かってくる。
「最高傑作って言っても、人形は人形でしょ!」
巨体の割に動きも速いし、他よりもパワーがあるけど、さっきは不意を衝かれただけで分かっていれば防げない攻撃じゃなかった。腕が多いのだって姿勢を低くしていればそれほど脅威にはならない。
今までバーリングにあった本を読んだことがある。攻撃を躱して、回り込んで、そのまま軸足を回転させて・・・・・・。
「斬る!」
私の刀は確かにウルサス人形の左脚の付け根を捉えた。
・・・しかし、手に違和感がある。今までにない刃が弾かれるような感覚。
「斬れてない・・・・・・!」
ウルサス人形の足から綿が飛び散ることはなく、当然足は繋がったままだ。
「桜、上!」
「え・・・・・・。」
足を斬れなかったことに一瞬気を取られてしまったせいで完全に防御が遅れた。
無防備にウルサスに殴り飛ばされた私はそのまま壁を突き破り、さっきまで歩いていた地下通路まで飛ばされてしまった。
「・・・・・・げほっ、ぅ・・・。」
体をもろに壁を打ちつけ、しびれるような痛みを全身に感じた。ただ、これほど派手に飛ばされたにもかかわらずまだ立ち上がることができるのは、相変わらずこの体のすごいところだ。
「桜、無事!?」
姿は壁と土煙でよく見えないけど、部屋の中から恵の声が聞こえた。
「う、うん! こっちは大丈夫だから、2人はそっちに集中して!」
我ながら人のことを心配できる立場ではないとは思うけど、あっちは2対2+αに戯縫天で、こっちは一応1対1だ。せめてこいつは2人から引き離して、私が速く倒して戻るのが最善だろう。
「ふぅ・・・、来るなら来い!」
私はゆっくりと壁に空いた穴こじ開けて外に出てきたウルサス人形に向かって刀を構えた。
お読み頂き、ありがとうございます。
次回は第3章の最後の話となります。
引き続き読んで頂けると嬉しいです。
次回は7/7投稿予定です(七夕に掲載する話じゃないかもしれませんが・・・)。
よろしくお願いいたします。




