異世界へ
「夢…って訳じゃないよね。」
ついさっきまで生まれ育った海沿いの町にいたはずなのに、気づけば見知らぬ教会のような建物の壇上で目を覚ました。教会と言っても結婚式とかで見たことあるような形ではなく(確かに椅子の配置とかはそれらしいけど)、石や木材、ステンドグラスなど色んな様式をごちゃ混ぜにしたような造りになっていた。
教会の中はがらんとしていて私たち以外に誰もいない。
「本当に異世界に来たんだ・・・私たち・・・。」
隣で同じく目を覚ました桐香がつぶやいた。恵も目を丸くして天井を見上げている。2人が一緒にいることを確認して少し安心しているとギィと音を立てて教会の扉が開いた。
「・・・! なんと、我々の祈りが報われたのだ。この国にも救いが訪れる・・・!」
扉を開けた中年くらいの男の人は私たちの姿を見て驚いたと思いきや目を閉じて何かブツブツ言いながらこちらに歩いてきた。背が高く、キリスト教の祭服に似た法衣を纏い、縦に長い帽子を被った僧侶らしきその人はひざまずくような姿勢で話した。
「天使様、よくおいでくださいました。私はこの町で司祭をさせていただいております、カイル=マルティアスと申します。近頃、この国は様々な厄災に見舞われており、微力ながら日々お祈りを捧げて参りました。この奇跡は平和を願う善良な民の願いの結晶であると確信しております。どうか我々に救いを与えてください」
「ちょっ、ちょっと待って!まず私たちは天使じゃないので顔を上げてください!」
私も慌てて膝をついてカイルさんに頭を上げるように言った。
「謙遜なさらないでください。我々はあなた様方のお力を信じております。我々にできることがあれば命を賭してでも―」
「えっと、じゃあまずこの国のことを教えてよ。」
はやくも落ち着きを取り戻した様子の桐香がカイルさんの話を遮るように言った。
「はい。ではまずこちらに。」
私たちはカイルさんに導かれるまま教会の奥にある部屋に入った。
「では、僭越ながら私から改めまして説明させていただきます。」
私たちは小さな木製の円卓を囲んで座り、カイルさんは円卓の中心に地図を広げた。
「まずこの町はカブラル共和国のバーリングという町で、各地からの特産品が集まるカブラル有数の商業の町でした。」
カイルさんは地図上の赤文字で示された土地を指さした。文字自体は見たことない言語だったけど何故か理解できる。
「でした、というのは?」
「つい数ヶ月前まではこの国は平和そのもので、この町も多くの人が交流する賑やかな町でした。しかし、20日ほど前、首都アインスにて内乱が勃発したのです。」
地図上のバーリングと大きな川を挟んだ地図の中心、大きな左右対称の国会議事堂のような建物の絵が描かれた場所を指して続ける。
「内乱? それってテロみたいなことですか?」
「テロ・・・と言えばそうなのですが、少し妙なことがございまして。内乱が始まった日の夜、首都に住むリムという商人がとある議員の屋敷を火矢で襲撃したことが引き金となったのですが、そのリムという方は決して粗暴な人というわけではなく、陽気で町の人々からも信頼されているような方でした。もちろん国の体制に不満があったと言う話も聞いたことがありません。」
「それ、不満はあったけど隠してただけとかじゃないの?」
話を聞いていた桐香が質問した。今のところ単独犯のテロ事件として考えても不思議ではない内容だった。しかし、カイルさんの返答は確かに妙なものだった。
「いえ、その可能性は低いと思います。リムさんは公的機関とも取引を行っていましたので、反乱を起こすメリットはありません。それに、後にリムさんはカブラル国軍に捕らえられ、動機が聞き出されたのですが、どうやら記憶が曖昧なようで、虚ろな目をしたまま、ただ頭に血が昇っていたとしか話さないらしいのです。」
「確かにそれは妙な話ね。でも、それだと内乱って言うより放火事件のような気がするのだけれど。」
恵もだいぶ状況に慣れてきたようで顎に手を当てて考え込んでいた。
「ええ、おっしゃる通りこの事件は内乱の引き金に過ぎません。この事件の後、事件があったアインス西部地区にて襲撃事件や強盗事件が次々と起り、やがて暴徒と化した住人達と鎮圧のために武器を取った国軍によって首都は戦場となりました。」
「今まで普通に生活してた人たちが突然暴れ出したってこと? そんなことある?」
「はい。それも一人や二人ではありません。尋常ではない。もしかしたら私たちでは手の届かない超常的な力が働いているのでは、とまで考えてしまいます。」
超常的な力ってもしかして・・・
「あの白ローブが言ってた堕天使・・・・・・」
桐香がぼそっと呟き、私たちは目を合わせた。
「説明ありがとうございます。少し休みたいんですけど、」
「ええ、では2階の部屋をお使いください。」
カイルさんは私たちを2階に案内してくれた。空き部屋は3つあってそれぞれ一人ずつ使って良いと言ってくれたけど、知らない世界に来て一人になるのは不安だったのでその日は3人で過ごすことにした。
部屋に入ると、恵は3,4人は寝れるであろう大きなベッドに背中から倒れ込んだ。
「色々ありすぎて疲れた~。」
こっちの世界の時間はよくわからないけど、私たちが飛ばされたのは日本の18時くらいだったので今はおそらく21時くらい取ったところだった。そうでなくても今日は頭がパンクしそうなほどの出来事ばかりだった。恵だけでなく私も桐香も相当疲れていていうようだった。
「さっきの話、もしかして倒さないといけない堕天使って奴のことじゃない?」
「もしかして早速大ヒント来た?」
「ん~、って今日はもう頭回んないかも。」
私もベッドに寝転び、額に手の甲を当てた。
「もう今日は寝ようか。」
いろいろ3人で確認しておきたいことはあってけど、明日に回して今日は眠ることにした。知らない世界と言うだけで不安しかなかったけど、案外すぐに眠りにつくことができた。
+++
翌日、目を覚ますと隣で寝ていたはずの桐香がいなかった。
部屋の扉を開けて廊下に出ると、手すりに肘をかけて吹き抜けの下階を見ている桐香がいた。下のチャペルのよう場所ではカイルさんが礼拝を行っている。
「おはよう、桐香。眠れなかった?」
「おはよ。むしろ昨日はよく寝れたよ。快眠過ぎて早く起きたくらいだよ。」
桐香は礼拝の様子を眺めながら笑った。
「そっか。それと昨日はありがとね、桐香が冷静でいてくれたから私も恵も落ち着けたよ。最初こっち来たときはほんと訳わかんなくて、ははは…。」
「私だって最初は慌てたよ? でも、横で桜と恵が私より混乱してるの見てたらなんか落ち着いた。そういう意味では私も桜たちに感謝してるよ。」
「それどういう意味?」
桐香の表情は昨日よりも柔らかくなっていた。まだ全く現実味はないけど、朝の通学路で会って話しているときのようで少し安心できた。
「桜! 桐香! どこ!?」
私たちが下を眺めながら話しているとバンッと勢いよく扉を開けて恵が出てきた。髪はボサボサで息が上がってる。相当慌てたようだった。
「恵~、こっちいるよ~。」
私たちの声に気づいた恵は慌てて走ってきた。
「よかった~。起きたら2人ともいないから堕天使にさらわれたのかと思ったよ。」
「いやいやそんなわけ無いでしょ。」
「ごめんごめん、ちょっと早く起きたから礼拝見てたんだよ。」
恵は安堵したような表情で膝に手をついて息を整えていた。この様子を見ているとさっき桐香が言っていたことがなんとなくわかるような気がした。
何はともあれ、こうして私たちの異世界での生活が始まった。
お読みいただきありがとうございます。
1章が終わるところまでは1日1話か2日に1話くらいのペースで投稿しようと思います。
よろしければコメント等書いていただけると嬉しいです。