相思
「桐香! 嘘でしょ!? ねぇ!!」
奉燐天の傍らに佇む桐香は、どれほど呼びかけても返事をすることはなく、ただこちらを向いているだけだった。
「無駄ですわよ。桐香はもう私の虜ですもの。」
奉燐天は嘲るような笑みを浮かべたまま桐香の頭をくしゃくしゃと撫でている。
「さっきから桐香桐香って・・・、桐香に触んないで!」
恵は語気を強め、奉燐天に向かって杖を構えた。
「あら、いいの? 私を狙えば桐香も巻き込んでしまいますわよ?」
「っ・・・・・・、桐香! 戻ってきてよ! そんな冗談面白くないよ!!」
「ふふっ。冗談ですって。何も分かっていませんのね。」
緩慢な時草で一歩下がった奉燐天は煽るように口元に手をやった。
「まあ良いですわ。桐香、現実を分からせてあげなさい。」
奉燐天の指示に従順に従うように桐香はすっと引き金に指をかけた。
「・・・! ちょ、待って・・・・・・。」
「壁!!」
銃口を向けられ反射的に体がのけぞると同時、ドンっという銃声より速く、私の目の前で銃弾が爆ぜた。
桐香が放ったそれは見きれるはずもなく、恵が咄嗟に壁を出してくれなければ私の眉間には穴が開いていた。
「そんな・・・・・・。」
最悪だ。
奉燐天のあの蝋燭は、アインスで会った闘簫天の笛みたいな憎悪を掻き立てるなんてものじゃない。完全に人の自我を奪う洗脳だ。あれだけ冷静でここまで私と恵を引っ張ってくれた桐香が今、敵にいる。
どうすれば・・・・・・。
「桜! お願い、桐香は私が止めるから奉燐天を斬って!! 私はアイツを許せない!」
恵は両手で杖を強く握りしめ、懇願するように叫んだ。怒髪天を衝いたようなその表情には絶望や悲観などではなく、親友を弄ぶ奉燐天への真っ直ぐな怒りの色が滲んでいた。
「そうだ・・・。そうだね。私も同じ気持ちだよ。あいつは絶対に許さない!」
恵に感化されるように私の中にも激しい怒りが込み上げてくる。奉燐天は桐香の感情を無碍にして、剰え、私たちに向かって引き金を引かせた。
絶望している場合ではない。私はもう一度刀を握り返した。
「恵、とにかく私は全力で奉燐天に突っ込むから桐香の銃弾防いでくれる?」
「わかった! 任せて!」
正面から突っ込むなんて、桐香に言ったら笑われそうな作戦だけど、今の私にはこれしか思い浮かばない。決して最適解なんかじゃないことは分かっているけど、私は奉燐天に向かって走り出した。
「「やぁぁあああっ!!」」
私は奉燐天に向かって刀を構え、恵は桐香に向かって杖を振り上げた。
「桐香、剣の方を撃ちなさい。」
「! させない・・・、壁!」
奉燐天は、恵は無視しろと言わんばかりに私に向かって照準を合わせさせた。
でも、考えられなかったわけじゃない。恵が防いでくれるから私はただ奉燐天にむかって・・・・・・、
「!? ・・・・・・え?」
桐香の横を通り過ぎようとしたとき、左肩に強い衝撃が走り、私の身体は僅かに宙を浮いた。
「・・・いっ・・・・・・!」
桐香の放った銃弾は恵の壁を破り私の左肩を貫いた。
そのまま床に倒れ、ドクドクと流れる血を見ながらもしもう少し右にずれていたら・・・と考えるだけで全身から血の気が引いていく。
「え!? 桜、ごめん!」
倒れた私を見て、恵は青ざめた顔で一瞬足を止めた。
「・・・っ大丈夫! 今は私より桐香!」
正直言えばすごく恐い。それなのに、今は私が死ななかったことではなく桐香が私を殺さなかったことが良かったとなんとなく思った。だから、これ以上桐香に私たちを傷つけさせる訳にはいかないと私は恵に桐香のところに向かわせた。
「・・・桐香、ほんとにこんな時まで容赦ないね。はは・・・。」
桐香は手負いの私に向かって追撃をとばかりに銃口を向け続けている。
でも、それでいい。その隙に恵は桐香の元までいけるし、桐香は操られたくらいで私を殺さないって信じてる。
「桐香っ!」
「・・・!」
「ほんっっとに! いい加減にしなさいっ!」
恵は杖で思い切り桐香に殴りかかるも、桐香はあっさりと右腕で防御した。
「馬鹿っ! いっつも私のこといじって、天然とかセンスないとか言うくせに・・・・・・、こんな冗談、桐香の方がよっぽど馬鹿なんだからっ!!」
「・・・・・・。」
恵は防がれても尚、目に涙を浮かばせながら何度も杖で桐香を叩き続けた。
対照的に桐香は眉一つ動かさず、淡々と恵の杖を捌いていく。
「ねぇ!! 聞こえてんでしょ!? 返事くらいしろ!」
恵は肩を震わせながら叫んでも、桐香は構わず引き金に指をかける。
「ふふふ、私の桐香は貴方のような泣き虫の汚いガキになんて興味ないですわよ。さぁ桐香、殺しても良いのですのよ?」
「黙れ! 桐香はお前のじゃない! 桐香は・・・・・・」
そこまで言いかけて乾いた銃声が恵の声を遮った。
「・・・なんで・・・・・・。」
「あら、外しましたの? 甚振るなんてかわいそうなことしますのね。」
奉燐天は離れた位置から傍観するように私たちをただ眺めている。
同士討ちが狙いなのは見え透いているけど、とにかく桐香を止めないと今の私1人じゃ隙を作れない。
「次は外しませんわよね? 桐香。」
「・・・。」
奉燐天の問いかけに桐香は無表情のまま静かに首を縦に振る。
「さて、終幕ですわよ!」
奉燐天が高揚したように両手を挙げると同時に恵に銃口が突きつけられる。
「・・・いい加減にしなさいって、言ってるでしょ! 雷撃!!」
「ちょっ・・・、恵!?」
「・・・! かっ、ぃ逞帙あ・・・・・・!」
「・・・え?」
恵は桐香が引き金を引く前に魔法を撃った。直撃した桐香は衝撃で銃を落とし、背中を丸めた。
奉燐天はそれが意外だったのか目を丸くし、少し動揺したように見えた。
「はぁ、はぁ・・・、これはさっき桜の肩を撃った分だよ。」
恵は桐香が銃を拾おうとしたのを見て、もう一度距離を詰め、思い切り杖を振り上げる。
「えぇ!? 恵・・・。」
私は容赦なく桐香の頭を叩き付けた恵に少し困惑していると一瞬動きの止まった桐香の肩を掴んだ。
「もうやめて、こんなこと! 桐香だって本当はしたくないんでしょ!?」
「・・・・・・。」
「友達でしょ!? ねぇ、あんな奴に操られたくらいで忘れたりなんかしたら許さないんだから!」
「・・・・・・。」
ぼろぼろと涙を流しながら訴える恵に対し、桐香は虚ろな目をしながら黙っていた。
「私知ってるよ!? 桐香は顔に出さなから伝わらないけど、苦しいんでしょ!? 私たちがなんとかするから、だから、はやくこっちに・・・・・・、うっ・・・え?」
だが、恵の声を無視するように桐香は恵の腹を殴り、恵はその場に膝を突いた。
「きり、か・・・?」
その隙に桐香は恵の額に銃口を当てた。
「・・・ねぇ、ほんとに良くないよ、こんな冗談・・・。」
恵は無理して口角を上げているような引き攣った表情で、ひどく声が震えている。
当の桐香は相変わらず無表情で片手で銃を構えている。あとは引き金を引いけば恵を殺せてしまう状態で。
「・・・はは、ははは!。桐香、焦らせないでもらいますか? それにしてもさっきの攻撃で完全に桐香の動きを止めてしまえば良かったものを、こんな時にも友達は傷つけられないって本気で思っているなんて滑稽ですわね!」
奉燐天は勝ちを確信したように今までとは違う高笑いをした。
まだ私は刀が桐香に届く距離にある。今すぐ動いて止めれば恵を助けられるのに、私の腕は自分の腕とは思えないほどに震えてしまっている。
恐いのか・・・、私の刀で桐香を・・・・・・。
「さぁ! さぁ、さぁさぁ! 桐香、撃ちなさい! 貴方たちは貴方たちの大切な、愛するお友達に殺されますのよ!!!」
奉燐天の声とともに桐香の指にはぐっと力が入る。
「なんで・・・」
絶体絶命の状況で恵の口は僅かに開いた。
「なんでアイツの言うことなんか聞くの! 本当に私のこと忘れたの!?」
恵は顔をぐちゃぐちゃにしながら桐香の黒い目をにらみ返して叫んだ。
「最低だよ! 桐香なんて! なんか上から目線でクールぶってるくせに、変なところ抜けてて、テストだっていつも赤点ギリギリじゃない!」
「え!? 恵!?」
「体操着忘れて私から借りたくせにぴちぴちだったとか文句言って返すし、私のお弁当の卵焼き勝手に食べるし、桐香が財布忘れたときに貸した500円だってまだ返してもらってない!」
「ふふ、ははっ! これは傑作ね。やっと死を悟って言うことが積年の恨みだなんて、やっぱり愛なんてものは存在しないのじゃない!」
奉燐天は恵みの話を聞いてゲラゲラと腹を抱えて笑っている。
「こっちに来てからだって、私の魔法が便利だからってすぐこき使うし、それに・・・、それにもっと、言いたいことはたくさんあるんだから・・・・・・!」
恵は既に嗚咽と震えでほとんど言葉にならなくなってきていた。
「・・・・・・。」
「だから、そんな最低な桐香となんかもう・・・、もう・・・・・・。」
限界まで振り絞るように発していた声は掠れ、言葉も曖昧になっている。
俯きながら何かを言おうとしていた恵は、それでも顔を上げてぎこちなく笑って見せた。
「・・・・・・ごめん。やっぱり言えない。だって、私はそれでも桐香のことが大好きだから・・・。」
「・・・・・・。」
それから恵は覚悟を決めたように目を瞑った。
「・・・・・・、・・・めぐ、み・・・。」
「・・・え?」
桐香はその引き金を引くことはなかった。
そのままゆっくりと銃を下ろし、真っ直ぐ恵の目を見つめている。
「・・・は? 一体何をしていますの?」
さっきまで嘲り笑っていた奉燐天は一転して当惑しているのが遠目から見えた。
「恵・・・・・・。」
「・・・桐香!」
何故そうなったのかは分からない。
でも、奉燐天の洗脳を受けていたはずの桐香は恵の前で涙を流していた。
「ほんとうに、ほんっとに桐香は・・・・・・。」
恵は桐香の顔を見て、桐香の胸に飛び込み声を上げて泣き出した。
「何をしていますの!? 私の声が聞こえませんの!? 桐香、はやくその娘を殺しなさい!」
「もう桐香にお前の声なんか届かないよ!」
奉燐天は洗脳が解けた桐香に完全に気を取られていたことで隙だらけだった。
私は懐に入り、右腕だけで抜いた刀は奉燐天の左腕を斬り落とす。次いで右手に持っていた蝋燭を狙い右腕を斬り裂いた。
「・・・貴様っ!」
一瞬両手が使えなくなった奉燐天は咄嗟に燭台を口に咥え、飛び退く。
「何故ですの!? 確かに桐香は私を愛慕っていたはずですわ!」
「冗談ならいいけど、本気で言ってるなら多分一生かけても分からないよ!」
私は防御がとれない奉燐天に向かって一気に距離を詰めた。
「・・・私が、こんな人間相手にっ!」
奉燐天は翼を広げ、空中に逃げようとしたけど、ドォン!という轟音とともに右の翼が消し飛んだ。
「・・・っは!」
「ありがとう、桐香!」
左腕で恵の体を支え、少し申し訳なさそうな表情で私の方に視線を向けた桐香に、私はできるだけ左腕を上げて、親指を立てた。
「はぁぁああ!!」
間合いに入ると同時、私は無防備な奉燐天の首を撥ねた。咥えていた燭台はそのままの勢いで宙を舞う。
「やめて・・・、私は・・・・・・。」
「もうダメだよ。私は正義の味方なんかじゃないけど、大切な友達を苦しめた奴は許さない。」
私は落下する燭台の蝋燭を真っ二つに斬った。
「ぁああ・・・、いやぁぁぁぁぁぁっぁぁ!!!!」
蝋燭の破片が床に着くのと一緒に、奉燐天の体は煤のように黒く、散り散りになって消えていく。
部屋の壁に整然と並べられた蝋燭だけが照らす薄暗い部屋には奉燐天が発した断末魔の残響だけが残った。
お読み頂き、ありがとうございます。
次回は2章の最後の話、5/19投稿予定です。
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