憑き人
「さぁ、あの小娘共を殺しなさい。」
ツヴァルスフィア地方の森の奥、屋敷の一室で奉燐天と名乗る堕天使は妖しく笑った。
「「「あ莠ぁ゛あ縺ぁあ゛あ゛ああ!!!」」」
奉燐天の合図とともに部屋の中にいた男の人達は奇声を上げて、一斉に私たちのもとにに向かってくる。
意志のない機械のようなその人たちは、目を見開き、ゾンビのように襲いかかってくる。
「ど、どうする!? こっち来るよ!」
「っ・・・、とりあえず・・・」
桐香は腕で私たちを守るようにやって迷わずバッチから銃を取り出した。
「だめだよ桐香! 相手は一般人だよ!?」
「分かってる! 撃たないから、これで殴るだけ!」
「それもダメでしょ!」
見た目も言動も恐ろしいけど、今目の前にいるのは奉燐天に操られているだけの村人達だ。正当防衛とはいえ高い身体能力を与えられてしまっている私たちが応戦したら怪我をさせてしまいかねない。
「・・・っじゃあ、どうするの!」
「とにかくここは逃げよう! 今は闘えないよ!」
桐香は考えるように一度髪をくしゃっと掴み、踵を返した。
「・・・わかった。 とりあえず出口まで!」
私たちは部屋を出て一心不乱に走った。ふと後ろを見ればさっきの男の人たちがぎこちない動きで走って追ってくるのが見える。
その奥では蝋燭に照らされる奉燐天の妖しげな笑みが浮かんでいた。
「ふふふ。逃げられると良いですわね・・・。」
「一旦外に出よう! 状況を整理しないと対処しきれない。」
「わかった!」
さっきの部屋から玄関までは真っ直ぐなので、迷うことなく私たちは玄関の扉に辿り着いた。
「はぁ、ふぅ・・・、早く出よう、後ろから来てる。」
「わかってる・・・けど、なんで!? 開かない!」
私は無事玄関まで戻れたことに安堵して、ドアノブに手をかけた。しかし、その安心も束の間、いくら押しても開く気配がない。
「え!? 鍵は壊れてたんじゃ・・・」
「仕方ない・・・、2人とも離れて! 扉ごと壊すから!」
桐香は一歩引いて、扉に向かって銃を構えた。
「いや待って! これ、外から押さえられてない?」
確かに私が扉が開かないことに焦って、恵が体当たりをしてみると、少しだけ開いてからすぐに閉まったような気がした。
「扉の奥にも人がいるってこと!? それじゃあ扉爆発させたら・・・」
「っほんとに、悪趣味だな堕天使ってのは・・・!」
私たちが扉の前で手こずっている間にも部屋から追ってきた男達はすぐそばまで来ている。
「恵! とにかくあれ止めて!」
「う、うん! えっと・・・壁!!」
恵は通路を塞ぐように大きな壁を張った。男の人はそれに衝突するようにぶつかった後、乱暴に殴りだす。そうしている内に透明な壁には少しずつ亀裂が入り始めた。
「うっ・・・、薄いからちょっとしかもたないかも・・・・・・。」
「大丈夫、今のうちに行こう!」
私たちは男の人が壁を破る前に、視界に入った階段をとにかく駆け上った。
+++
「はぁ、はぁ・・・、もう、いきなり訳わかんなすぎ・・・・・。」
適当に2階にのぼり、最初に入った部屋は元書斎のようで周りに本や紙が散乱しているものの、部屋の真ん中には大きな机があり、3人とも身を隠すことができた。
「はぁ、行ったかな・・・?」
さっきまでバタバタと聞こえていた足音はだいぶ小さくなり、男の人達は角で分散したようだった。
「ねぇ、あれって消えた村人達ってことなんだよね?」
「うん・・・、まあ格好も様子もおかしいけど、流石に幽霊とかゾンビとかそういう類じゃないだろうし、あの奉燐天とかいう堕天使に操られてるってことなんだと思う。」
「じゃあ、あの人たちも被害者なんだ・・・。」
「多分ね。闘簫天だって人おかしくしてたし。」
「堕天使ってこんなのばっかりなの・・・・・・。」
アインスにいた闘簫天は人の怒りだとか恨みだとかの感情を増幅させて首都での内乱を煽っていたけど、今回もそういう感じなのだろうか。にしても今回の件は正気じゃなさすぎる感じだけど。
「・・・ってなると、あの村での事件は奉燐天がこの屋敷に人を連れてきて、なんの目的か知らないけど、あんな格好させて操ってる。っていうのが真相なんだろうね。」
桐香ははぁ・・・と少し疲れたようにため息をつきながら状況を整理した。
「それならその村人達が操られてる原因を探れば良いんだね。」
「そうだね。闘簫天の時は笛の音が原因で、実際それが闘簫天の本体だった。だから今回も村の人たちが何で操られてるのか分かれば奉燐天とも闘えると思うけど・・・。」
「けど?」
「問題は手前の村人達だよね。桜の言うとおり、確かに正面から闘うわけにも行かないし・・・。」
「やっぱりそこだよね・・・。」
仮に奉燐天の本体が分かったとしてもさっきみたいに村人を操ってこられたら正直手の出しようながない。
「・・・でも、この状況は逆にチャンスかもしれない。」
「え? なんで?」
「今、私たちを追ってきた人たちは手分けして私たちを探してるみたい。だから、今のうちに奉燐天の居場所を逆に探し出せれば相手は手薄だ。」
桐香は机の端から少し廊下を覗き、1人の男の人が歩いて部屋の前を通り過ぎるのを見て言った。
「なるほど。じゃあ廊下にいる村人達を掻い潜って奉燐天のところに行くんだね!」
「でもそれはそれで大変じゃない?」
「うん。だから一旦私と2人に分けて居場所だけ調べた方が良いと思う。」
そう言って桐香は書斎の引き出しに入っていたペンと紙切れを私に渡した。
「え? 手分けするの?」
「私が2階で2人は1階。その方が効率良いし、見つかりにくいでしょ?」
「いや、それはそうだけど桐香1人で大丈夫?」
「大丈夫だよ。危なくなったら発砲音で伝えられるし、村人に会ったら逃げるだけ。これでも陸上部だよ?」
桐香は微笑みながら肩に立てかけた銃身をさすっている。
「そ、そっか。じゃあ頼んだよ桐香。」
「ああ。また15分後にここに集合しよう。」
そう言って私たちは村人の隙を見て部屋を出た。
―屋敷1階、玄関前
「歩いてるだけだね。なんか、ゲームのNPCみたい。」
玄関前でどこから行こうか話していたときに村人が近づいてきていたので、私たちは物陰に隠れ、その様子を見ていた。
「こっちに気づいている気配はなさそう・・・。通り過ぎたらとりあえず左側の廊下行こう?」
私たちが逃げた後、数人の村人達が屋敷内を巡回してるようだった。とはいえ、そこには意志はなさそうで、恵の言うとおりプログラム通りに動くNPCのようだった。
私は桐香からもらった紙を手に取り、さっき3人で行った奉燐天がいた部屋をメモした。
「あ、行ったよ。私たちも行こう。」
「まずは1番手前の部屋に・・・・・・。」
ぱっと見た感じ1階の左右の通路は、それぞれ3つの部屋と突き当たりの大きな部屋で構成されていて、手前から2つが客間、1番奥、突き当たりの手前が倉庫のような小さな部屋で、古めかしい掃除用具やボロボロでなにが書いてあるのか分からない本で埋め尽くされていた。
「ふぅ・・・、部屋を見てまわるだけなのに結構疲れる・・・。」
玄関から見て左側の通路の突き当たりの扉の部屋の前で恵がため息を零した。
扉を少し開け、奉燐天がいるかどうかを確認してメモするという単純な作業なのだが、定期的に廊下を通る村人の目を避けながらなので神経がどんどんすり減っているような気がする。
「あとここだねー・・・。ゆっくり開けるよ。」
私は突き当たりの両開きの扉の片方をゆっくり開けた。
さっき見た反対の通路の部屋での光景があまりに奇怪だったので、開けるときは手が震えてしまっていた。それでも私は意を決して中を覗き込んだ。
「どう? どうなってる?」
恵も怖いのか目をそらして中を覗く私の背中に聞いた。
「中は・・・・・・、大丈夫、誰もいない。」
わずかに開けた扉の間から見えたのは、微弱な月の光に照らされる大きなピアノと2、3個の椅子が転がっているだけというもので、奉燐天も村人もいない、放課後の音楽室のような印象だった。
「よかった~・・・、じゃあ一旦階段のところに戻って・・・・・・! 桜、部屋入って!」
「え・・・、なに!?」
扉を閉めて振り返ろうとしたとき、恵が私の身体をぐいっと部屋の中に押し込んで中から扉を閉めた。
「村の人たちがすぐそこまで来てた。ちょっとここに隠れてた方が良いかも。」
「えー、あと戻るだけだったのにー。」
仕方なく私はこの間にメモをしてしまおうと紙とペンをポケットから取り出した。
「暗くてよく見えない・・・、恵、火出してくれない?」
「いいよ。」
恵は燭台に置かれた蝋燭を一本引っこ抜いて火を付けた。
たった1本の蝋燭だけど、それだけで暗くてほとんど見えなかった部屋の中が少し見えるようになった。
「・・・ん? 何あれ?」
ふとピアノの方に視線を送ると床に敷かれた絨毯の端がめくれていて、床板の一部が不自然に剥がれているように見えた。
「桜ー、どうしたのー?」
「いや、なんかさー・・・・・・」
そのことを恵にも教えようと、恵の方に視線を戻したとき、何か違和感を感じた。
・・・・・・恵の後ろに、誰かいる・・・?
「見ぃ、縺げっ縺ぁ・・・」
「・・・! いやああああーーー!!!」
蝋燭の淡い光でぼぅっと照らされる恵の背後に男の人が立っていた。
「え!? ちょあ、待って・・・・・・」
扉の裏に隠れていたのだろうか。私は驚いて絶叫し、恵は腰を抜かしてその場に倒れ込んだ。
「あ゛ぁあ鵶ぁ、谿コ縺輔↑縺?」
もはや言葉になっていない声を上げる、そのおそらく村人であろう男の人は右手に持っていた錆び付いた鉈を恵に向かって振り上げた。
「っか、あぁ・・・・・・。」
恵は咄嗟に杖を構えたが、震えてしまってうまく言葉を発せなくなっている。
まずい・・・声が出せないと恵は魔法を出せない・・・。
「恵!」
私は村人に飛びかかろうとしたけど、私の足も震えてしまって力が入らない。
なんとか恵の腕を掴んで体を引き寄せるのが精一杯だった。
「大丈夫!? 恵、立てる?」
「あ、ありがとう桜、ちょ、ちょっと驚いただけだから・・・。」
恵は震えながらもなんとか立ち上がって呼吸を整えようとしている。
「螂臥≒螟ゥ讒倥?縺溘a縺ォ・・・!」
その人の動きは相変わらず操り人形のようにぎこちなく、ゆっくりと上体を上げて、よろよろしながら私たちの方に近づいてくる。
「村の人たちをこんなことにして、ほんとに堕天使ってのは・・・。」
激しく脈打っていた私の心臓は少し落ち着いてきて、冷静に状況が見えるようになってきた。
「とにかく部屋を出よう、じゃないと・・・」
「縺?≠縺ゅ=縺ゅ≠?!」
扉の方をちらっと見た隙にその人は私のところに走ってきた。
「・・・! なっ!?」
私は慌てて刀を抜き、男が持っていた鉈を弾いた。
闘簫天と比べれば相手にもならないくらいだけど、この人は敵じゃないからそのまま闘うわけにはいかない。
「恵、急いで出よう!」
私は恵の手を引いて扉に向かった。しかし、男は鉈を取ろうともせず真っ直ぐ私たちの方に来る。
「・・・これは不可抗力っ!」
恵は持っていた蝋燭を男の額に向かって投げつけた。ぺちっと音がして蝋燭は折れて火も消えたけど、その人は一瞬ふらついた。
「ごめんっ、後で謝るから!」
私たちはその隙に部屋を出て、バタンと扉を閉めた。
ふぅ・・・と一息つこうとして顔を上げたとき、目の前にはさっきまで廊下を徘徊していた別の男の人が立っていた。
「げっ!」
「なんでこんなタイミングの悪いことに・・・!」
「隕九ヶ縺代ぁ゛ああ!!」
その人も例によって奇声を上げて短剣で襲ってくる。
刀で防ごうとしたとき、刃を立てて良いものかと一瞬迷ったせいで、私は腕にかすり傷を作ってしまった。
「痛っ・・・!」
傷自体はたいしたことはないけど、反射的に右手に持っていた刀を落としてしまった。」
「騾?′縺輔・・・。」
「っ・・・、水!!」
再び短剣を向ける男の顔にバケツを被ったように水がかかった。
「桜! 流石に無抵抗じゃ切り抜けられないよ!」
恵が私が怯んだのを見て水の魔法で気を引いてくれた。
男が顔を手で拭っているうちに、恵はそのまま私の手を引いて廊下を走った。
「ごめん、それとありがと、恵。」
「うん! とりあえず桐香と合流しよ!」
私たちはそのまま巡回する村人に出くわさないことを祈りながら全力で廊下を駆け抜け、2階のさっきの部屋までダッシュした。
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