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親友を救いに異世界に行った話  作者: 祭
闘簫天
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神様のような人

 闘簫天が消え、安堵した私はその場に座り、空を見上げていた。

 「まだ、終わってないよ。」

 座りこむ私の元に桐香が銃を松葉杖のようにつきながらよろよろと歩いてきた。

 「まだ戦ってる人がいる。ルカさんの言うとおり元凶がなくなれば終わるなんて都合の良い物じゃなかった。真実を知っている私たちが止めないと。」

 耳を澄ませば時計塔の広場の方から何人もの人の声が入り乱れる喧騒が聞こえてくる。闘簫天の笛の音はアインス銃に響き渡り、今となっては平和な場所などどこにもないように思われた。

 「そうだね、もう少し頑張ろう。」

 私は重い体を起こした。もはやどこが痛いのかもわからないほど全身がボロボロで、関節が軋むような感覚さえあった。

 「いてて…、待って二人とも。」

 恵は街灯の柱にもたれて座っていた。3人とも無事だったけど、みんな満身創痍で、まともに歩くことすらできそうになかった。

 「二人ともちょっとこっち来て。」

 「ん? どうしたの? 一人じゃ立てない?」

 私と桐香は恵に言われるまま恵のもとに行った。

 「そうじゃない、とも言い切れないけど、今はこっち。」

 恵はそう言って私の胸に杖を当てた。

 「治癒。」

 恵の声とともに私の胸にはじんわりと温かい空気が伝わってきた。

 「…! すごい、痛みが和らいでいくよ。」

 闘簫天に斬られた傷は完全に塞がりこそはしなかったが、血が止まり、痛みもだいぶ引いていた。

 「ほら、桐香も。」

 恵は桐香の頭にも杖を当て、闘簫天に飛ばされたときにできた傷を癒やした。

 「うん、ありがと。こんなことできたんだね。」

 「さっき思いついたんだよ。体力的に止血か痛み止め程度にしかならないけどね。」

 恵は「あはは」と苦笑いしながら話した。

 「いや、助かったよ。これでまた少しは動ける。」

 私は恵の手を引いて立ち上がらせた。

 「行こう。私たちでこのくだらない戦争を終わらせよう。」

 私たちは今一番大きな戦場になっているであろう、アインスのほぼ中央に位置する時計塔の広場に向かった。


+++


 ―アインス中心部、時計塔直下の広場

 「……なにこれ? どういうこと?」

 私たちが広場に着いたとき、視界に入った光景に絶句した。カイルさんもルカさんもアインスで起っているのは戦争だと言っていたし、ここでも結託した市民側が反乱を起こし、国軍がそれを迎え撃っているのだと思っていた。しかし、ここで見た情景は想像とは違い、まさに乱闘だった。武器を持った市民と鎧を纏った兵士が、戦国時代の合戦絵巻のように入り乱れて戦っているのだが、中には仲間同士で傷つけ合っている人たちもいた。武器を失っても素手で戦う人、傍らで人が倒れているにもかかわらず、踏みつけて戦う人、その顔には理性など感じられず、ただ敵味方関係なく目の前の人を攻撃するような異様な光景に私は言葉を失った。

 「こんなのおかしいよ…」

 「…っやめろ! こんな戦いおかしいだろ!!」

 私の隣で桐香が広場に向かって叫んだ。こんなの正気ならおかしいと思うはずなのに、誰もやめようとする気配も無ければ、逃げようとする人すらいない。

 「止まって! 戦うのをやめて!!」

 「とまれーー!!」

 私と恵も声の限り叫んで戦いを止めようとした。しかし、私たちの声など届くことなく、私たちの声に耳をかたむける人など一人もいなかった。

 「お願い! もうやめて!!」

 「…! 桜! 危ない!」

 どこからともなく飛んできた矢が私の髪をかすめた。私は桐香に手を引かれて倒れたけど、桐香が気づかなかったら私の頭に直撃していた。

 「桜、大丈夫!?」

 「うん、桐香のおかげでなんとか。でも、これどうすればいいの…」

 ここからは私たちの声を届けることはできないし、この体で戦場と化した広場に入っていっても流れ弾でやられてしまいそうだ。

 「桜、恵、あそこ。」

 桐香が指さした先には円形の広場に隣接して建っている時計塔があった。

 「ルカさんの話だと、あの時計塔に広場を見渡せる展望台があるはず。あそこからなら巻き込まれる心配もないし、私たちの声に気づく人がいるかもしれない。」

 「確かに、ルカさんとレイノルズさんが会ってたのは時計塔の展望台って言ってたっけ。」

 「急ごう。」

 ここから時計塔までの距離はそう遠くはないけど、広場を避けて通るには裏道を通らないといけない。体力的には走って行って時計塔を昇るのはギリギリだけど考えている暇もない。私たちは最後の気力を振り絞り、時計塔まで走った。



 「はぁ、はぁ…意外と階段長いね…」

 時計塔の展望台に来る頃にはみんな息が上がっていた。恵の回復がなかったらここまで来れることはなく、3人とも行き倒れていたであろう。

 なんとかたどり着いた時計塔の展望台からはアインス一体を見渡すことができ、直下の広場だけでなく、街の至る所から黒い煙が上がっているのが見えた。

 「お願い! 私の声を聞いて!!」

 私は呼吸を整え、息を吸い込んでから、展望台の腰壁から身を乗り出して叫んだ。

 「武器を置いて! 戦わないで! こんな戦い、何の意味もない!!」

 私は力の限り、声がかれるまで叫んだ。それでも戦場の喧騒は私の声をかき消し、下に届くことはなかった。

 「お願い! お願いだから、戦わないで…!」

 自分の無力さと空しさに苛まれながらも何度も叫び続けた。無意識に手に力が入っていたようで腰壁を掴んでいた手の指先には血が滲んでいた。

 「どうして……」


 「桜、ちょっとそのまま屈んで。」

 振り返ると桐香と恵がさっきまでしまっていた銃と杖を出し、空に向かって構えていた。

 「ちょっと、何する気!? 」

 「まず、こっちに気づいてもらえないと始まらないから。いくよ恵!」

 「うん! 種火っ!」

 恵が空に向かって叫ぶと、広場の上空にぽっと小さな火が現れた。桐香がそれに向かって引き金を引くと、その火がパァン!と音を立て、花火のように弾けた。その轟音と光に広場で戦っていた人たちは一瞬止まって上を見上げた。

 「ふぅー…ごめんもう無理かも。」

 桐香の体力はもう限界のようで近くの壁にもたれかかった。

 「ありがとう、2人とも!」

 私は目一杯息を吸い込んで、下の人たちに向かって叫んだ。

 「お願いします! 武器を置いて私の話を聞いてください!」


  「誰だあれ? 子供?」

  「…何のつもりだ?」


 反応は微妙だけど、とにかく私の存在には気づいたようだ。

 「もうこれ以上戦わないでください! 戦う理由なんてないはずです!!」

  

  「戦う理由だと? 俺はこいつらに家を焼かれた、俺だけ不幸なのはおかしい!」

  「そうだ、誰でも良いから殺したい!」

  「黙れ! 子供の戯れ言に耳を貸している時間はない!」


 「お願いです! もう誰も傷つけないでください! こんなことしたって意味ないでしょう!」

 体に力が入り、せっかく恵に止血してもらった傷から再び血が噴き出した。それなのに、どれだけ叫んでも誰も私の声に意識を向けることはなく戦場に戻っていく。私の声では状況を変えることができなかった。

 「お願い! 私の話を…」

 もう声が出ない。ここまで来たのに、闘簫天にも勝てたのに、あと一歩が遠い。気がつけば両眼からボロボロと涙が零れていた。

 

 「どうして…、どうして届かないの……」


 「伝わりましたよ。」

 腰壁に手を突き、俯く私の肩に誰かがぽんと手を置いた。振り向くと見慣れた優しい笑顔がそこにあった。

 「…カイルさん!?」

 「ここまでよく頑張りましたね。後は私にお任せください。」

 どうしてここに居るのかはわからないけど、カイルさんは私に優しく微笑みかけ、頭を撫でた。

 「カイルさん、私…」

 「ええ、大変でしたね。皆さんの努力は無駄にはしませんので、安心してゆっくりお休みください。」 

 「私、わたし……」

 こんな時まで優しいカイルさんの顔を見て私は涙が止まらなくなってしまった。

 「では、バトンいただきます。」

 そう言ってカイルさんは展望台に立ち、広場を見下ろした。


 「今すぐ武器を捨てなさい!!」

 

  「…え!? マルティアス司教!?」

  「なんで…大司教様がここに…。アインスにいなかったんじゃなかったのか?」


 「すごい…、みんなこっちを見てる。」

 戦っていた人たちは仰天したようにピタッと動きを止めて時計塔を見上げた。

 「みなさん、己の胸に手を当ててもう一度冷静になってよく考えてください。あなた方が戦う理由などありません。これ以上無意味に血を流すのはやめてください。」


  「……」


 カイルさんの言葉に戦場が沈黙した。

  

  「…戦う理由ならあります。国の連中は俺の家族を殺したんだ! 妻も子も! あなたの言うことでも俺は許せない!」

  「そ、そうだ…俺もだ! 俺の友人は反乱に巻き込まれて死んだ!」


 戦場にいた一人が叫び、呼応するようにみな口々に戦う理由を言い、広場は再び喧騒で満ちた。

 「…では、あなたのご家族やご友人は、今あなたの目の前にいる人に殺されたのですか? それとも亡くなられたあなたの大切な人が誰かを恨み、自分が死んだ分人を殺せと言い残したのですか?」

 「それは……」

 再び戦場は静寂に包まれた。みんなカイルさんの言葉を聞いていた。

 「この戦いには大義も意味もない。あなた方がやろうとしているのはただの人殺しです。何も一切合切全てを失ったわけではないでしょう。今は失ったものがあまりにも大きすぎるから残った大切なものに目を向けられていないだけです。利己的な理由で人を傷つけ、新たな怨恨を生み出せば、残った大切な物すら危険にさらすことになるでしょう。ですからどうか、これ以上自分を不幸にするようなことはおやめください。」

 喧騒は嘘のように静まりかえり、カイルさんの声だけが遠く響いた。

 「……それでも、それでも俺はこの衝動を抑えられない! 何のために妻と息子は死んだんだ、この怒りはどこにぶつければ良い…」

 「如何なる理由があれど、命を無碍にする行為は許されません。ただ、そんな理屈では納得できないほどあなたは辛く、苦しいでしょう。どうしても生きるのが辛くなったら教会に来てください。やるせない重いも抱えきれない苦しみも私にお聞かせください。私にあなたが生きる手助けをさせてください。」

 「……あぁ、俺はなんでこんなこと…」

 さっきまで戦場で叫んでいた人は武器を落とし、涙を流していた。

 私はカイルさんと出会って数日しか経っていないし、本人も自分のことをあまり話さないから、カイルさんがこの国でどれだけの地位の人かは知らないけど、今のカイルさんの言葉には暖かさと神々しさがあって、まるで本物の神様の言葉のようだった。

 「みんなの戦意が無くなっていく…」

 闘簫天にかけられた魔法が解けていくように武器を捨て、今までの行為を悔いるように泣き崩れる人もいた。広場にはさっきまでの狂気はなく、戦いを続けようとする人はいなかった。

 「さて、改めまして、皆さん本当にありがとうございました。」

 カイルさんは振り向き、右手を胸に添えて深くお辞儀した。

 「カイルさん…、こちらこそ本当にありがとう…ございま、す……」

 私はカイルさんにお礼を言おうとしたところで、視界がぼやけて気を失った。薄れゆく景色の中で桐香と恵も力尽きたように瞼を閉じるのが見えた。


+++


 ―中央監獄門内

 中央監獄の門内にある壁で囲われた敷地内ではルカを取り戻すために攻め入ったルークらと応戦する国軍及び衛兵の衝突から1時間以上が経過していた。多くの人員が倒れ、仲裁組織でまともに立ってていられるのはルークを含む僅か数人であった。対する国軍側も半数以上が倒れ、互いに疲弊しきっていた。

 「はぁ、はぁ、もう諦めたらどうだ。」 

 「ふざけるな…! 例え僕が死のうとルカは解放してもらう!」 

 ルークは残り少ない力を振り絞り、対峙していた衛兵に向かって剣を振り下ろした。

 「見損なったぞ。罪人を庇えば同罪だとなぜわからん。」

 衛兵は剣を受け止め、ルークの腹を蹴り返した。ルークは背中から力なく倒れたが、すぐに起き上がり、衛兵を咎めるように睨みつけた。

 「誰が罪人だと? そう決めつけているのお前らだろ!!」

 ルークは思考を怒りに支配されているように鼻息荒く叫んだ。傷ついた体を引きずるようにしてルークは再び衛兵の中に飛び込んでいく。


 「待ちなさい!」

 血の匂いと土煙が入り交じる戦場の中に戦いを制する声が響いた。一瞬時が止まったように誰もが声の方向に視線を向けた。

 「……ルカ!」

 視線の先にいたのは投獄されているはずのルカだった。事態の異常さに気づいたレアンドロが独断でルカを一時的に解放していた。

 「ルカ! よかった解放されて…」

 パン! と駆け寄るルークの頬をルカが叩いた。

 「…え?」

 「馬鹿……。本当に馬鹿だよ、お前は。」

 「ルカ…」

 「でもごめん。いっぱい心配かけさせた、ルークにいっぱい人を傷つけさせてしまった。」

 ルカは困惑するルークを抱きしめた。

 「違う…、僕は、ルカに謝ってほしかったんじゃなくて……」

 ルークは込み上げてきた感情を抑えることができず涙を流した。ルカに会った時点でルークの戦う理由は無くなっていた。

 抱き合って泣く2人を見てそれ以上武器を持とうとする者はいなかった。



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