“推し活”のすすめ
ガラガラガラと音がして、凪紗の正面にある扉が開き、看護師に中に入るように促される。よく分からないまま、言われるがままについて行くとそこには南野希一と書かれた名札を下げた医者がいた。
「どうぞお座り下さい。」
と言われた凪紗はまたしてもよく分からないまま言われた通りにする。
「とりあえず今は薬でだいぶ落ち着いています。といってもまだ詳しい検査なども必要なので、3日程は入院して頂くことになります。服やタオルなど必要な物は明日にでも持ってきて下さい。明日する検査は、……」
南野希一医師は淡々と話す。凪紗はその説明を聞きながら彼の顔をちらっと見る。眉間によるシワと切れ長の目により、少し怖めの印象を受ける顔立ちであり、鼻はすっと通っている。美形の部類に入るだろう、が、しかし凪紗には奏と似ているとは思えなかった。
─────やっぱり思い過ごしか。苗字が一緒の人なんてたくさんいるし。
そこで凪紗の視線に気づいたのか、希一医師は顔を上げる。
「……何か?」
「いっ、いえ。なんでも……。」
凪紗は慌てて答える。
「……ところで、貴方は彼の状態について知っているのですか?」
「えっ、」
突然そんな事を聞かれたので少し戸惑う。状態、とは奏の病気の事を言っているのだろう。もし知らなかった時でも言い逃れることが出来るような言い回しをしているんだろうなぁ、なんて事を考えながら
「はい、あまり詳しいことは聞かされて居ませんが。」
と答えた。
「……そうですか。ではなんとなく察しはついていると思いますが、今回の発作も拡張型心筋症によるものです。今のまま入院もせず、薬だけで症状を抑えるようなことをしていると、悪化する一方です。……特にバンドのような、体に負担にかかるようなことをすると、目に見えずとも症状の進行を促すことになりかねない。」
───やはり今のままでは奏は……。
「普通なら入院してもらい、移植の順番が回ってくるのを待ってもらうのですが…、何せ彼の血液型は特殊でね。なかなか合致しないんですよ。合致するとしたら、血縁者を探してその人の心臓を移植するか、奇跡的に合致するものが回ってくるのを待つか、それか多少合わなくても、後遺症覚悟で生きることを選ぶか。いずれにしても、これからどうするかの決定権は確かに彼本人にある。……しかし、情報は最大限伝える義務が医師にもあるもので、ね。彼はどうも医者が嫌いなようで、私の話は聞きたくないようだから、君から伝えておいてくれないかな?」
そう言った希一医師は少し寂しそうに笑った。
「あ、はい。それは構いませんが……。」
「それでは、これで。」
凪紗は看護師に案内され、部屋を出て奏の病室へと案内された。奏が横たわっているベッドの傍にある椅子に腰かける。すやすやと眠る奏を見つめる。
───私はいつも、奏にもらってばかりだ。
画面の向こうにいる彼らについていき、彼らの音楽を聴き、ライブ映像を何度も見直し、余韻に浸りながらグッズを買い、こんな推し活をしている間は、自分ばかりがあげている、一方的なもののように感じて、彼らからも見返りが欲しい、自分を見つけて欲しいと、欲してばかりいた。しかし、もうすでに彼らからは、彼らの作る音楽からは、「生きる理由」という一番大事なものをもらっていた。
───それに微塵も気づかずに、それ以上を求めていたなんて、なんて贅沢で愚かなのだろう。
実際に自分は今、奏を含め彼らに迷惑ばかりをかけ、色々なものを貰ってばかりいて、助けてもらっているのにも関わらず、何も返すことができていない。
だからこそ、これからは自分が奏の、Nanashiのことを支え、助けられるように……。
────だからどうかもう少しだけ、この自己満足を理由に傍にいることを許して下さい。
凪紗は祈るように目を瞑った。




