"推し活”のすすめ
凪紗は救急車に揺られながら、ストレッチャーの上に横たわり、酸素マスクをつけられている奏を見る。ついさっきまでは、苦しそうにしていた奏だったが、今ではすやすやと眠っている。
───大丈夫、だよね……?
全ての事情を知ってしまっている以上、凪紗は不安にならずにはいられなかった。日常生活の中でさえいろいろ制限を受けているのに、無理をさせてしまったことへの後悔が止まらなかった。
───このまま状態が悪化したらどうしよう。
さまざまな「もしも」を考え、不安に包まれる中でも、今までの状況を整理する。
───なんで、奏はあの場所にいたんだろう?ナナのインスタライブを見ているだろう事は分かっていたけど、なんでいる場所が……?それに翔亜くんも、公園で待ってるって言ってたのに。もともと瑞希ちゃんを止めに来た感じだったからなぁ。瑞希ちゃんのことを分かってたからこそ、瑞希ちゃんはナナであると公表した私に危害を加えると分かったのだろうか。……そもそも私、今は有名人なのか。顔がばれてしまったからには、名前とか住所とかもばれていると考えるべきだろう。だとしたら瑞希ちゃんみたいに危害を加えようとしてくる人もたくさんいるってことなのだろう。
これからは人目に付くようなところに行くときは、刺されないように気を付けないとな、なんて思い、奏を見つめ続ける。「これからも関わる!」なんて意気込んでしまったがどうしようか、と考える。今や奏だけでなく自分自身も有名人であり、その上自分は全世界に「今後一切関わらない」なんて大口を叩いてしまった。今更まだ会ってました、なんて事実が公になることは、それこそNanashiに迷惑をかけてしまう。何が正解なのか、知名度が上がるだけで自分の行動一つ一つに、こんなにも意味が生まれてしまうとは、有名人は大変なんだなと実感する。
───ゴホッゴホッ
そんなことをぐるぐる考えていると、奏は再び少し苦しそうな表情を浮かべる。
「まずはこっちが優先、か。」
そう
凪紗が両手に力をぐっと込めたと同時に救急車は止まり、ドアが開かれる。そのまま奏はストレッチャーごと降ろされたため凪紗もついて降りる。あらかじめ待っていたのであろう医者と看護師に奏を乗せたストレッチャーは病院内へ運び込まれていくため、凪紗もとりあえずはそれに着いて行く。
すこし進んだところで、看護師の一人から
「お連れ様はこちらでお待ちください。」
と言われたため、凪紗は近くにあったソファーに腰を下ろす。きょろきょろと周りを見渡すも、人はほとんどいなかった。ボーッと奏が運び込まれた部屋のドアを眺めていると、足音がこちらに向かってくるのが聞こえた。音のする方へ視線を移すと、1人の白衣を着た医者が早足で歩いて来ていた。その医者は一瞬凪紗の方へ視線を移すと、その瞬間足を止めてしまった。
「?」
凪紗は首を少し傾ける。
「……誰かの付き添いですか?」
医者は凪紗の疑問の表情に答えるように話しかけた。
「あ、はい。たった今運ばれてきて。」
「……そうですか。では。」
「……っ!」
そのまま医者は奏が運ばれた部屋へと消えていった瞬間、彼の胸ポケットから下げられた名札が凪紗の目に入った。
「……南野希一」
凪紗はその名札に書かれていた名前を口にする。
─────偶然、か?
ふと奏が言っていたことを思い出す。
───母親は十年前、俺が九歳の時に死んだ。
───血液型が特殊らしくて、血縁関係のある人か、同じ血液型の人からしか臓器提供か受けられないんだ。
「奏の血縁関係にいる人。」
これ以上深入りすることは、きっと奏は嫌がるだろう。もしかしたら今度こそ、もう二度と関われなくなるかもしれない。そのくらい奏にとって、病気の話はタブーだった。奏自身も様々な事を考えた上で、病気と向き合ってきている訳で、自分がわざわざそこに割って入って、「自分が助ける」なんて事、余計な事だと凪紗自身も分かっていた。
それでも、どうしても凪紗の脳裏には、苦しそうに笑う奏の顔が焼き付いて、離れなかった。




