“推し活”のすすめ
「ちょっ、待った!!」
カッターナイフをこちらに向けたままの瑞希が後、3歩程のところまで近づいたところで、凪紗は突然後ろから大きい腕に引き寄せられた。その勢いのまま、凪紗は引き寄せた人の体に背中から倒れ込む。
「え?」
と、上を見上げると、自分よりも30cm程上に見慣れた顔が見えた。
「瑞希、何してんだよ。凪紗に、何にしようと……。」
「なんで、庇うの……?翔亜。」
「何、どういう状況……。大丈夫か、凪紗。って、大丈夫な訳、無いか。」
探し回ってくれたのだろうか、翔亜くんも微かに肩で息をしており、汗もかいている様だった。
「公園で待ってるんじゃ……?」
「少し、野放しにしていた、過激派ファンを思い出してね……。」
そういった翔亜くんはチラッと瑞希ちゃんの方を見る。瑞希ちゃんは相変わらず、こちらを殺気づいた表情で睨んでいた。
「まあ、俺が勝手に凪紗とあいつを繋げちゃった訳だし、俺にも責任はあるからね。ちゃんと責任は取ろうと思って……っ!!待って。あの人、は?何、どう言う……。」
翔亜くんは当たりを見渡して、瑞希の後ろにいる、地面に倒れ込むように座って、苦しそうに息をしている奏に気づく。
「……南野奏。凪紗っ!なんで、どういうこと?てか、大丈夫なの、か、?」
「今すぐ!救急車!!早く!!」
凪紗はハッとして、翔亜くんを急かす。
「お、おう。」
翔亜くんは困惑しながらも、救急に電話をかける。
「ゴホッ、ゴホゴホッ!」
奏は依然として苦しそうに息をしている。このまま奏の病気のことが、翔亜くんにも、そしてなにより瑞希ちゃんにばれてしまうのはまずい。電話し終えた翔亜くんが振り返る。
「まずは、瑞希、右手に握ってるそれ、置けよ。」
「……なんで、凪紗を庇うの?私は間違ってない…。凪紗が、凪紗が……。凪紗が奏をたぶらかしたのが悪いでしょ!?」
「たぶらかしたって、凪紗がそう言ったのか?」
翔亜くんは眉毛を困ったように下げながら凪紗のほうを見る。
「たぶらかした、つもりはないけど、私がプレイヤーとしてしてはいけないことをしたのは、事実……。」
「……俺さ、ずっと疑問だったんだけど、プレイヤーとしてしてはいけないことって、何?」
「え?」
「ファンの中にある、暗黙の了解ってやつ?それを守る義理ってあるのか?ナナがデュエット相手だって決まってから、知名度もない女性シンガーと仕事をするだけで、下心があるだの、ファンだの……。ファンだから、近づいてはいけないって誰が決めたんだよ。むしろファンだからこそ、もっと近づきたい、役に立ちたい、って思うの普通じゃない?実力で、努力して推しに近づく、これは正当なやり方なんじゃないのか?なんで、推してる側と推されている側が一定の距離を保たないと、ほかの人に酷い言葉図れるようになるんだよ。……なあ、いい加減やめようよ、瑞希。」
「なんでって、だって不公平じゃない!?同じようにみんなが貢いでも選ばれる人には限りがある。だからみんな一定の距離を保って、推し活するんでしょう?そのほうがみんな幸せなの!!」
「……本当に?それで、本当に幸せか?俺は今まで結構な間、瑞希と一緒に推し活してきたけど、俺から見たら瑞希は、苦しそうだったよ?ずっと。あの子は顔ファンだ、あの子は新規だ、古参だって、おなじプレイヤー通しでも選別し合って、SNSに載せた写真見て、この人と指輪が似てるだの、場所が一緒だの、その度に落ち込んで、苦しんで、最終的に相手を攻撃する。本当にそれが幸せ?」
「……幸せ、だよ?何、言ってるの?私のこと、知ったように言わないでよ!!」
「俺が凪紗と瑞希を合わせた理由、似てたから、なんだ。」
「馬鹿言わないで……!なんでこいつと私が似てるなんて、そんな訳がない。少なくとも私はこんな風にNanashiに迷惑かけたり、しない。」
凪紗はちらっと奏を見る。さっきまでは少し落ち着いてきたように見えるが、ぐったりとしている。
────めっちゃ迷惑かけてますけど……?一番危ない感じで、迷惑かけてますけど。
そんなことは声に出しては言えなかった。
「凪紗に初めて会った時も、瑞希と同じ様に、苦しそうにNanashiのこと話してて、瑞希にとっても、凪紗にとってもいい機会だと思ったんだよ。”推し方”を見直す、いい機会。まあ想像とは真逆な感じで転んじゃったけどな……。」
翔亜くんは軽く笑う。
───ピーポーピーポーピーポー
遠くから救急車のサイレン音がこちらに近づいて来る。
「……王子様には迎えが来たか。じゃあ、お姫様のお迎えも、呼ばないと、だな。」
チラッと一瞬だけ瑞希ちゃんを見た翔亜くんは、スマホを上着のポケットから取り出す。凪紗には何をしようとしているのか、大体予想がついた。その上で、
「待って。いいの、お迎えはもう呼ばなくて。」
「でも、流石にそれは…。凪紗も奇跡的に未遂で済んだけど、もしもう少し遅かったら、危ないところだったんだぞ?流石に友達の俺でも、見過ごすことはできない。」
「いいの、私はこれが公になって今以上に注目を浴びるほうが、死ぬことよりも怖い。それに…」
凪紗は目線を救急隊員によりストレッチャーに乗せられている奏へと目線を移す。
「これは私だけの問題じゃない。これ以上、Nanashiを巻き込むことは出来ない。」
「……はあ、分かったよ。俺からの説教で勘弁してやるか…。」
「あんたに…情けをかけられるなんて嫌。翔亜、いいからはやく呼んでよ、迎え。」
「別に情けをかけている訳じゃない。でも、さっきの翔亜君の言葉を聞いて思った、やっぱり私はNanashiが好き。だから前言撤回。Nanashiにもう一切関わらないなんてもう言わない。瑞希ちゃんが嫉妬で狂っちゃうほどたくさん、関わってやる。ってことで!」
「あっ!待て凪紗!まだ俺はお前の話、聞いてないんだからな!後でたっぷり聞かせてもらうぞ?」
「うん。なんでも話すよ。」
凪紗はにっと笑うと奏を運び入れた救急車の方へ駆けて行き、そのまま乗り込んだ。その後姿を見送りながら、翔亜は少し口角を緩める。
「情緒が不安定だなぁ…。」
ふと凪紗と最初に出会ったときに見ていた背中を思い浮かべる。
───俺の作戦、真逆に転びまくって、一周して成功したってことなのかな。
「さてと、瑞希ちゃん。話そうか。」
少しうれしいような、そわそわしている気持ちを隠しながら、翔亜はまっすぐ、目の前で背中を丸めているもう一人の問題児を見つめる。
「それで?瑞希が頭おかしくなるほど好きな南野奏を傷つけた理由はなんだ?」
「そんなことっ!そんなこと、する訳がない!私は何も、してない。」
「え?でもあんなに苦しそうに…。」
瑞希にやられた訳じゃないとなれば、何が原因だというのだろうか、翔亜の中には様々な疑問が渦巻いていた。
────なんで、南野奏がいたんだ?凪紗を迎えに…?ただの仕事仲間って訳じゃないのか?それにあの苦しみ方。瑞希が気がついていないだけで、揉めた時ぶつかったとか?あんな苦しむ程の事があって、気が付かないなんてあるか?怪我じゃない…?……とすれば、体調がもともと悪かったとか、か?なにか、ひっかかるな……。
ふとさっきまでの光景がフラッシュバックする。
「……あ。」
────なんで凪紗、あんな焦ってなかったんだ?普通あの状況であんな苦しそうにしている人がいたら、怪我を一番に考えるよな。なのに凪紗は遠くから南野奏を見てすぐに救急車を呼んで、その後は症状を確認することもなく、救急車を待ってた…。推しの一大事だというのに、結構落ち着いてた、よな。
まるで、どんな症状か、全てわかっているかの様に、




