“推し活”のすすめ
「私がそこでのバイト中に問題を起こしてしまい、お客様と少し揉めてしまったんです。そこを助けてくれたのが、南野奏でした。私はお礼を言おうと、その場を立ち去ろうとした彼の腕を無理やり掴んだ時、彼の帽子が落ちてしまって、そこで私は気づきました。彼のマスクで隠れた顔と、後ろで彼を見守っている3人の存在に。彼らは私の推しでした。私は単純だったので、自分のことしか考えずに、彼らに何度も連絡先を聞き、最終的には自分とのデュエット曲を作ってくれ、と頼み込みました。無名の私が彼らと関わりを持ち、一緒に作品を作れたのは、皆さんが言うような彼らの私情が入ったからではない、私の私情です。私が彼らの優しさに漬け込んだ、それだけです。」
4人は言葉を飲む。そんな事を言ったら凪紗に批難が集中することは分かりきっている、いや彼女がそうしようと仕向けているのか。
────1人で背負おうとしているのか…
「こんな嘘、俺たちが喜ぶと思ってんのかよ」
悠貴が呟く。もう既に視聴者は凪紗への批判を始めていた。許せない、ふざけるな、同じファンでいたくないなどの今の話を聞いた限りでは仕方ないと言っていいものから、死ね、人間じゃない、ゴミなどといった、見ていられないほどのものもあった。結が思わず目を背ける。もうやめてくれ、こんなメンバーの想いとは裏腹に凪紗は言葉を続ける。
「もちろん、この配信だけで、ファンの皆さん、そしてNanashiへの償いになるとは思っていません。私は今後一切彼らとは関わりを持ってはいけないと自分自身も理解しています。もちろんファンとしても。私一人が彼らと関わりを断つだけでも、償いきれないことをしました。ですが、彼らは何も悪くありません。私が彼らを巻き込んだ。なので皆さんはこれからも彼らを応援して欲しい、これがせめてもの彼らへの償いです。今、出回っている動画についても、私が彼らに言ったんです。あの動画の奏の発言、あれには続きがあります。」
画面を見つめていた結や陸、悠貴が奏の方を向く。奏は驚いたような表情を見せながらも、パソコンから目を離そうとはしなかった。実際あの会話に続きなんてものは無い。
「あの会話の続きはこうです。『お前はそう言いたいんだな?凪紗。プレイヤーがいなければ、今の俺たちはいない、その事がお前にはわかってないようだな。どれだけ俺たちがプレイヤーを想っているか、わかっていない。イロイロはお前とではなく、もっと知名度のある、プレイヤーも含め全員が納得出来るような人に頼む。それから、今後一切、俺らには関わるな。お前の我儘にはもううんざりだよ。』こう、彼は私に言いました。あれは私の言葉を復唱しただけです。彼らはプレイヤーを何よりも大切だと思っています。だからファンを軽視した私を、彼らは軽蔑した、これが全てです。私は1ファンとしてしてはいけないことをしました。私はなんと言われようと、構いません。なので彼らのことは今まで通り応援し続けて欲しいです。そして、心よりお詫び申し上げます。申し訳ありませんでした。」
そう言った凪紗の声は、微かに震えていた。
奏は拳を固く握る。それをパソコンに振り下ろしてしまいたい気持ちを抑えながら。
────全部、俺の弱さが招いた結果だ。俺が史上だけで動いたから。子供みたいに、周りを見ずに。俺が、プレイヤーも、メンバーも、凪紗も、みんな傷つけた。
唇を強く噛む。
────なのに、なんで……
「なんでお前が謝るんだよッ……!!!!!!嘘ついてまで庇うほど価値のある人間じゃないだろっ!!!!」
奏の大声に他の3人がビクッとした。ここまで取り乱す奏は珍しい。そもそもあの動画の時だって、あそこまで声を荒らげている奏は、長年一緒にいた悠貴でも初めて見たようなものだった。昔から自分の感情を殺すのが上手く、空気を読むのも上手い。人の気持ちが分かりすぎて、自分は後回し、そういう奴だった。その奏が……
あぁ、と悠貴は思う。そして画面を見つめる。
────どうしてくれるんだよ、奏を変えたのは、君だろ?凪紗。君と出会ってから、奏の表情が前よりコロコロ変わるようになった。その責任、ちゃんと取ってくれよ。
凪紗のところに行こう、彼女を止めよう、そう悠貴が口火を切ろうとした、その時だった。先に口を開いたのは結だった。
「ねぇ、これ不味いんじゃない?凪紗に批判が集中しすぎてる。それに彼女が今、正常な判断ができるとは思えない。このまま行くと、流されるんじゃ……」
その目はパソコンの画面を捉えていた。そこには溢れんばかりの批判のコメントが流れていた。中には脅迫まがいのものもあり、こんなものを見て、正常な状態を保てるわけが無い。ただ、結が危惧していることは、
「ふざけるなよ。顔も見せずに謝罪とか信じられない。」
「顔を見せることが一番の誠意の表し方なんじゃないの??」
「顔出しせずに、このままのうのうと生きていこうだなんて、甘いんじゃねーのかよ!」
「顔見せろよ!!」
「顔出ししないのは逃げてるのと一緒だろ!!」
批判のコメントのほとんどが顔出しについて触れていた。普段の凪紗だったら、絶対にどれだけ大勢に言われたとしても自分の意思だけでは顔を出すわけがなかった。彼女は自分の容姿にどんな感情が、好機が向けられるか、それを十分過ぎるほど理解しているから。だからこそ、ナナとして顔出しをしないことも最初から許可した。彼女の容姿が他の人の目にどう映るかなど、分かりきったことだったから、そして彼女がそれをいちばん望まないことも知っていたから。
ただこれは”普段”の彼女であれば、の話だった。




