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''推し活''のすすめ  作者: 雨宮ほたる
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''推し活''のすすめ

episode 1 出会い


「なんか、ずっと前から一之瀬のこと、結構気になってて、だから良かったら、付き合って。」


ああ、またこれか。放課後は、一人暮らしの私にとって貴重な時間、だと言うのに。告白は毎回、放課後の校舎裏。よく話したこともない男子から呼び出されては、皆同じような表情で、同じような言葉を並べ、付き合ってくれと言ってくる。

───バイト、行かなきゃ。

まだ、口をパクパクと動かし何かを話している、名前も分からないその人に、

「ごめんなさい。」

とだけ告げ、急ぎ足でバイト先のファミレスへと向かう。


さっきの人と話したことないよな、

凪紗はバイト中だと言うのに、そんなことを考えていた。時刻は20時を上回り、さっきまで学生やら家族連れやらで賑わっていた店内も、今は仕事終わりのサラリーマンが数人いるだけだ。余計なことを考える時間は、有り余っている。

果たしてあの人は、本当に私という人間を見ていただろうか。

そんな問を自分自身に投げかける。

しかし、凪紗の中ですでに答えは出ていた。

───いや、全く見ていなかった。

あの人はきっと、美人で人当たりのいい、そんな一之瀬凪紗(いちのせなぎさ)に惹かれたのだろう。

そんなものは、幻想だ。

美人で人当たりのいい一之瀬凪紗は存在しないのだ。

私はそんな大層な人ではない。

凪紗は、彼らが自分の容姿が目当てだと理解していた。

凪紗が、自分の容姿が整っている方だと初めて自覚したのは、小学生の頃だった。男子からの何か含みのある目線に、当時彼女は違和感を感じていた。そして、それが下心だと理解するのにそう長くの時間は必要なかった。そして、高校生になった今、彼女の顔立ちは母親そっくりになった。母、一之瀬慧子(いちのせけいこ)は元ミュージカル女優だった。その美しい、透き通った歌声と、誰もが認める、凛とし整った顔立ちから、一時期はミュージカルだけに収まらずドラマや映画などにも出演していたらしい。そんな人気絶頂の中、突然芸能界から姿を消した。父との結婚が理由だった。そんな人生をかけてまでした結婚、そんな母を父は。突如として、過去の記憶がどっと押し寄せてくる。どんどん足に力が入らなくなっていき、凪紗はその場に思わず倒れ込む。

───上手く呼吸ができない。


──ちゃん!一之瀬ちゃん!?

名前を呼ばれて、ハッとする。顔を上げると、心配そうな表情でこちらを見つめる清水(しみず)さんの姿があった。

「あ、ごめんなさい。ちょっとぼーっとしてて。」

「…そっか、それだけならよかった。心配しちゃったよー。」

何となく、察しが着いたのであろう。清水さんはそれ以上は何も聞かずに、レジの仕事を変わってくれた。

「あ、そうだ。一之瀬ちゃん、お客さん来てるよ、」

そう言って清水さんが指した先を見ると、見慣れた制服を着た女子高生4人組がチラチラとこちらを見ている。


「あの、ご要件とは、、なんでしょうか?」

名前も顔も知らない、だが自分のお客だという人達に話しかける。

「あのさ、1年4組の一之瀬さんだよね。私、2年の川田(かわた)って言うんだけど、いきなりごめんね。でもさ、なんで(はら)の告白断ったの?」

その川田という人は凪紗をを笑顔で見つめながら、そんな質問を投げかけてきた。しかし、彼女の目の奥が笑っていなかった。凪紗には何となく察しが着いた。

───めんどくさい

「その、あまり原先輩とは、話したことなくて、、」

「告白、ちゃんと真剣に聞いてた?ごめん、偶然見えちゃって。なんか、ぼーっとしてるように見えたんだよね、こっちからは」

だんだん川田から、笑顔が消えていく。凪紗は少し焦りを感じた。さすがにバイト先で問題を起こす訳には行かない。

「いえ、しっかり受け止めたつもりで」

「じゃあ、原があんたのどこに惚れたって言ってたか、覚えてる?」

───なんだよ、ガッツリ盗み聞きしてんじゃねーか

色々気になるところはあるが、焦りでそれ所ではない。そんな話覚えてるわけが無い。全く聞いていなかったのだから。

……でも私が好かれる要素、そんなの分かりきっている。

「……顔。」

いつの間にか、声に出してしまっていた。

「あはは!不正解!!正解は〜、そんなこと一言も言ってない、でした!!!」

川田の煽りに釣られるように、他の3人も笑い始める。

「ごめんねー、いじわるして。」

凪紗の方を嘲笑しながら、3人のうちの1人がそう言った。それに便乗し残りの2人も口を開く。

「顔って、自意識過剰ーー!」

「あんた確かに顔かわいいけど、そこまで自信あったらさすがに引くわー、、」

「はあ、」

とだけ、空返事をしておく。その時、突然川田が立ち上がった。

───パシャッ

「え、」

凪紗の前髪から頬へ水滴が伝う。彼女は、しばらくしてようやくグラスの中に入っていた水をかけられたことに気づく。

彼女自身、今までも何度か言い詰められたことはあったが、水をかけられることは流石に経験がなく不本意にも驚いてしまう。そもそも、彼女と今まで揉めてきたのはほとんどが男子だった。学校では凪紗が、女子にだけはどうにか嫌われないようにと、自分を取り繕い過ごしてきたおかげもあり、女子とはあまり揉めたことがなかった。

「あんた、ずっと目障りだったんだよね。男子に興味ありません、みたいな顔しちゃってさ。そのくせ、空気読みまくって嫌われないように必死な感じ?、出てんだよね。特に女子の前では。」

川田はすべての感情を爆発させるかのように、早口で凪紗に向かって言葉を発し続ける。

「…あ、もしかして一ノ瀬さんってそっち側の人?えっ、ごめんねー、気づいてあげられなくて。」

蔑むような4つの目が、凪紗に向けられる。甲高い笑い声が、頭に響く。

この目を、この笑い声を、凪紗は嫌というほど知っていた。

───うるさい、うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさい。

どんどん心の中が黒に染まっていく。脳みそがくちゃぐちゃにかき乱される。

───ここは、バイト先。私は一人暮らしをしていて、親もいない。バイト先を今失うのは、まずい。問題を起こしては、いけない。

今の状況を冷静に客観視できている自分もいるが、それよりもどんどん負の感情が大きくなっていく。


───好きになってもらえなかったお前が悪いじゃないか、川田。


そんな考えが凪紗の頭をよぎり、口を思わず開く。

(ひが)むのもいい加減にしてもらえませんか。原先輩が私を選んだんです。文句があるなら私ではなく、原先輩にどうぞ。」

───ああ、やってしまった。

しかし、今まで抑えてきた感情すべてが溢れ出すかのように凪紗の口からは、言葉がどんどんこぼれ落ちていく。

「大体、そっち側の人間ってなんですか。私は性別以前に、人間という存在を好きにはなれません。人を蔑むことでしか自分の立場を、価値を見出すことができない、あなた達みたいな人がいるから。それに空気を読まない人なんか、早々いませんよ。川田先輩たちが空気を読んだことが無いだけですよね。でも、気づいてましたか?今まで先輩たちが空気を読まなくても、特に問題を起こさず生活できてたのだって、ちゃんと脳みそを正常に機能させられるこっちが、空気を読んであげていたおかげなんですよ。ちょっとはその空っぽの頭で考えてみたらどうですか。」

思わず、はぁはぁと肩で息をする。

そこでようやく凪紗は冷静になった。

───本当に良くない。

感情に任せ、言いたいことをすべてぶつけ、相手を下に見る。傷つくとわかっていながら、敢えて傷つけに行き自分だけを満足させる。自己満足でしかない。これでは目の前の4人と同類ではないか。

これだから、人間は好きじゃない。受け入れられない。自分を含めて。

川田が空になっていたグラスを持ち、それを振りかざす。

すべてがスローモーションのように見え、段々とそのグラスが自分へと近づいてくる。

思わず目をつぶり、だが川田の、彼女自身の自己満足を受け入れる。

───自業自得だ。


パシっっ

想像していたより、痛々しくはない音が耳へと入ってくる。何かに殴られた感覚は、まだない。

そっと目を開けると、視界に飛び込んできたのは川田ではなく、背の高い男性の背中だった。


 凪紗が、この人がグラスを受け止めたのだと気づくのには、時間が少しかかった。おそらく店内に何人書いたお客の一人だろう。その男性は凪紗よりも20センチくらい上にある顔をこちらへ向け、こちらを覗き込む。

「大丈夫?」

男性にしては少し高めの声で話しかけられる。帽子を深く被り、マスクもしている。なぜファミレスに来てマスクをしているのか、という疑問も、その人と目を合わせた途端、一瞬で何処かへ消え去った。何もかもを見透かされそうな、透き通ったきれいな目をしていることは眼鏡越しでもよくわかった。その人は男性にしてはかなり小さな顔をあげ、再び川田たちの方へ体を戻した。

「ねえ、君たちさ、さっきからずっと色んな人の迷惑になってるの分からないの?」

決してトーンは低くないが、その人が発した声色でなんとなく緊張感が走る。凪紗自身もも、おそらく川田も興奮して気づいていなかったが、店内の殆どの客を始めスタッフまでもがこちらを見ている。

「えっと、あの、私、、」

川田が言葉に詰まる。

そんな彼女の言葉を遮るように、その男性は話し始めた。

「ごめんね、でも一つだけ言わせて。恋愛は自由でしょ?好きになっちゃいけない人なんかいない。だからこの子のことが好きな原先輩?だっけ、のことをあんたは今も想ってる。そんなあんただからこそ、そっち側とか、こっち側とか、いっちゃいけなかったんじゃん?もし恋愛において、そっち側があるんなら、あんたも十分そっち側の人間になると俺は思う。だからこそ、そんな差別みたいなこともう絶対に言わないでほしい。その軽はずみな言葉で、どれだけの人を傷つけるか考えてから言いなよ。」

優しい人なのだろう、と凪紗は思った。やはり声のトーンは下げずに、怒っているような感じを出さないようにしてくれている。だがなんとなく、声の雰囲気みたいなもので、その真剣さや少しの怒りみたいなものがこちらにまで伝わってくる。

「いっ、行こっ……」

居ずらくなったのだろう。川田たちは逃げるように、その場を去っていった。少し安堵していると、またしても綺麗な目がこちらを見つめた。

「いつか、好きになれるといいね。自分のことも、誰かのことも。」

今度は優しい声でそうとだけ言い残し、私がお礼を言う前に一緒に来ていた友達らしき人たちの所へ戻って言ってしまった。


心臓が今までにない速度で、血液を送り出していた。








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